二人の魔女
ホシノさんにトリニティへの砂糖輸出について相談された時、私の頭の中にある人の顔が浮かんだ。
コハルちゃんから聞いていた人、その優しさ故に裏切られて、今なおトリニティで辛い思いをしている人。
「ミカさんを砂糖漬けにしちゃいましょう、そうしたらきっとナギサ様とセイア様は言うこと聞いてくれますよ」
この策自体は本当だ、ミカさんを人質にすればティーパーティーは手中に収めたも同然⋯だが私の狙いはもう一つある
「あはは、さすがハナコちゃん。トリニティの事に詳しいね」
「それと、できればアビドスに勧誘してください。ミカさんはきっと役にたちますよ」
嘘じゃない、ミカさんの戦闘能力自体はアビドスの役に立つ⋯
ただそれよりも、私はミカさんを救いたい。
エデン条約以降、ミカさんは罰を受けたのにそれ以上の私刑を受けている、トリニティの悪しき面々によって。
でも、彼女はそこから逃げない、いや逃げられないのだ。大好きな親友がいるから、大好きな親友が彼女を守って縛りつけるから。
ならば私はその友情の鎖を断ち切ろう、この砂糖という名の「刃」で。そしてこの幸せなアビドスに堕とすのだ
「ふふふ⋯楽しみですねミカさん、二人で砂漠の魔女になりましょう?ここにあなたの敵はいませんよ」
ミカさんに砂糖を与え始めて少し、作戦は順調だと報告を受けた
「ハナコちゃん、ミカちゃんの件、上手く行ってるよ~」
「でも、アビドスに来る気は残念ながらないみたい」
「⋯⋯⋯⋯そうですか、仕方ありません。砂糖の量を増やしましょう❤️」
「ダメだよハナコちゃん、これ以上やるとミカちゃんの人質としての価値がなくなっちゃうし、私は自分の意志でこっちに来てほしい」
「それじゃダメなんです!あの二人から引き離すには⋯もっともっと⋯⋯⋯⋯あ、いえ、そうですね⋯⋯すみません、ちょっと熱くなっちゃいました」
ミカさん、なんで?あんな学園滅ぶべきなのに、なんであそこにしがみつくんですか?
親友がいるから?だから離れられない?私は大好きな友達を裏切ってここに来たのに?なんであなたは親友を裏切らないの?
あなたもそうするべき⋯いや、ここに堕として見せる。私たちは同じ魔女だから⋯
私の手であなたを魔女に戻してあげます
「協力者」のおかげでトリニティには楽に潜入できた。高純度の砂糖をチラつかせればミカさんが入れられている救護室にさえ入れるのだから、やはりこの学園は終わってるとしか言いようがない。
どうやらミカさんが依存症になっている事は把握されているみたいだ。本来の作戦ならここでミカさんからは手を引くべき⋯だけど私は彼女を諦めない、彼女の救済を必ず成し遂げる
(⋯⋯⋯⋯ん、う~ん?確か私お菓子を食べて眠くなっちゃって⋯この柔らかさ、誰かに膝枕されてる?)
(この気持ちよさとふわふわ感、ナギちゃんじゃないな⋯セイアちゃんじゃもっとないか⋯⋯えっと?)
「あれ⋯⋯ハナコちゃん?」
「ふふ、おはようございますミカさん。よく眠れました?」
「ん~ハナコちゃんって行方不明じゃなかったっけ?コハルちゃんが言ってたような⋯⋯⋯ダメだ、頭が痛くてよく思い出せないや」
「あら?じゃあお菓子を食べてください、きっと良くなりますよ?」
そういうとミカさんはすぐに私からお菓子をひったくって自分の口に押し込んだ、思った以上に依存状態に陥っているらしい。それでもアビドスには来ないと言うのだから大したものだろう。
「むぐぐ⋯むぐぐ⋯⋯ごくん。ありがと~ハナコちゃん!ナギちゃんもセイアちゃんもひどいんだよ!?こんなの食べちゃダメ!ってさ。毒なんて入ってないのに。」
「それはひどいですね、なら⋯私と一緒にアビドスに来ますか?そこでならいくらでも食べて大丈夫ですよ。」
「それに、あそこはミカさんを嫌う人なんていません。みんなが幸せな天国(地獄)です」
「⋯⋯⋯でも、ナギちゃんとセイアちゃんが⋯⋯⋯」
「なら後で来て貰えばいいじゃないですか。ね?私の手を取ってください」
ミカさんは迷っていたが、私が必ずお二人を連れてきますと言うと手を取ってくれた。
「セイアさん!ミカさんは無事なのですか!!?」
「ダメだナギサ、すでに脱走されている…それにこれはミカ一人の仕業じゃない。明らかに脱走を手引きした人物がいる」
そう言って震える手で私に一枚の紙を手渡すセイアさん、そこに書かれていた文字を見て、私は意識を失った
『ミカさんは私が魔女に堕とします、今度こそトリニティを滅す魔女に
砂漠の魔女』
ミカさんをアビドスに連れ帰って少し、最初はナギサ様とセイア様の事ばかり気にしていたが、たっぷりの砂糖を毎日与えると次第に気にしないようになった。
いや、脳内に二人を創り出したのだ
「ミカさん、美味しいですか?」
「うん、ありがとナギちゃん⭐︎いや〜いつもみたいに口に突っ込まれるんじゃなくてあ〜んされるなんて新鮮だよ〜」
「あら、ナギサ様ったらひどいですね。ほら、お口にクリームついてますよ」
「ごめんごめんセイアちゃん、小言言わないなんて今日は優しいじゃん」
ミカさんはアビドスに来てくれた、でも彼女の心はまだトリニティに囚われている。私を通して親友を見ていて、話すのはいつも親友の事だ
ただの砂糖の中毒症状…頭では理解している。だがどうしようもなくイライラする。今側にいるのは私なのに、私たちはこのキヴォトスで二人だけの魔女なのに、なんで私を見てくれないの!?
「ダメですね、ちょっとお菓子を食べて落ち着きましょう、時間はたっぷりあるのですから」
あなたの心からナギサ様とセイア様を消し去り、私だけの魔女にしてあげます
その時は⋯二人でトリニティを壊しましょう。あなたには私しかいないのだから。
ミカさんはアビドスに来てくれた、でも彼女の心は未だにトリニティに囚われている
その瞳は私を見てもナギサ様とセイア様しか映さないし、話すことはいつもあの二人の事だ。
ここはもうあの汚い世界じゃないのに⋯!
砂糖の過剰摂取による認知の混濁、頭では理解しているがミカさんに与える砂糖の量を減らすことは出来なかった、正気に戻るとトリニティに戻ってしまうかもしれないから。
やっと手に入れた私の魔女を再びお姫様に戻すわけにはいかない⋯そんな袋小路はある日打破された
「こんにちは、聖園ミカさん」
「風紀委員長の空崎ヒナよ、トリニティとゲヘナ…長年歪みあってきた学校の出身でもここでなら仲良くやっていけると思うわ」
「これはお近づきの印よ、飲む?」
私と同じくアビドスに参入したヒナさんがミカさんに砂糖がたっぷり入ったコーヒーを差し出した
「セイアちゃんありがと~あれセイアちゃん角ついてたっけ?」
「⋯⋯⋯⋯この紅茶美味しい!これ飲んだらもうナギちゃんの紅茶なんて飲めないよ!」
「ナギちゃん、セイアちゃんに紅茶の淹れ方教えてもらったら?」
「これコーヒーだけど⋯?それに桐藤ナギサと百合園セイアはここには⋯⋯」
ヒナさんは面喰らってたけど、私は突如現れた解法に胸を踊らせた
そうだ⋯ミカさんがまだトリニティに囚われているのなら、その思い出を上書きしてしまえばいい
彼女の中の大切な思い出を、私との物だと認識させればいい
そのための砂糖は、たくさんあるのだから
「ね、ハナコちゃん。子供の頃のあれ覚えてる?え〜覚えてないの、ボケるの早くない?」
私の教育のおかげか、ミカさんはすっかり元の明るさを取り戻した。
記憶の混濁中に教え込んだおかげか、今じゃ紅茶よりコーヒー、ロールケーキよりも飴を好むようになった。ただしどうしてもナギサ様とセイア様は頭から消せず、私とナギサ様の幼なじみ三人にセイア様を含めた四人で毎日を過ごしていた、という風になっている。
「まあ、ここら辺が限界でしょうか⋯」
ミカさんの中から二人を消せなかった事は残念だが、大事な存在の中に私を捩じ込めただけ良しとしよう。ミカさんと一緒にトリニティを潰す事自体は問題なくできるのだから。
「ミカさん、ナギサ様にセイア様と会いたくないですか?」
「え⋯そりゃ会いたいけど、でも私二人に内緒でここ来ちゃったしな〜会ったら絶対連れ戻されるし最悪また監禁だよ⋯」
「それなら⋯お二人をこっちに連れてきちゃえばいいんです。」
「ナギサ様もセイア様もきっと、ミカさんに会いたいですよ?」
「そうかな〜?でもナギちゃんとセイアちゃんがこれ知らないのもったいないよね。私とハナコちゃんは知ってるのにさ」
「きっとミカさんが迎えに来るのを待ってますよ、私も手伝いますから、ね?」
ふふ、ちょっと予定とは違いますがこれで良しとしましょう。
ミカさんと一緒にトリニティを潰す、私の願いは叶うのだから。
「ナギちゃん、久しぶり!今日は私がコーヒー淹れてみたんだ~☆飲んでくれる?」
突然私の部屋に入ってきた幼なじみは、開口一番にそう言った。
ある日突然トリニティからいなくなったミカさん⋯私の最愛の幼なじみ。彼女を守るためなら何でもする⋯そんな私たちの思いを利用するために砂糖漬けにされ、人質として利用されていた。いつの間にか姿を消していたため、私とセイアさんが血眼になって探していた彼女が、笑顔で私の目の前にいる。
「ナギちゃんどうしたの?飲んでくれないの?ミカかなしいな~?」
本当は今すぐに彼女を抱きしめたかった、何でトリニティから消えたのか問い詰めて、二度と私たちから離れないようにと泣きつきたかった。だがそんな私の思いとは裏腹に、私の第六感はこの場からすぐに逃げ出すようにと警鐘を鳴らしていた。
いつもの笑顔なのに何も映っていない空虚な瞳、そしてミカさんの身体中から匂い立つ甘さ、三日月状に裂けた笑顔、明らかにこれはいつものミカさんじゃない⋯!
その場から逃げ出そうとした私をミカさんは難なく捕まえ、その場に引きずり倒した
「あれ~なんで逃げるのナギちゃん?せっかく砂糖をたっぷり入れた紅茶を用意したのに」
砂糖...?まさかミカさんはすでに完全にアビドスに完全に堕ちて⋯⋯!?
「コーヒーもこぼしちゃったし、まあいいや。こんなときのためにこれももらったしね」
そういうとミカさんは懐から飴を取り出し、自らの口に含むと私にキスをした
「!!!???」
突然のことに驚いたが、すぐに気づく。私の口の中に先ほどミカさんが口に含んだ飴が押し込まれていることに。
頭の中に突然甘い靄がかかり、抵抗する気力が急速に失われていく。なんとか舌で飴を口内から押しのけようとするが、ミカさんの舌に邪魔され私の口内で飴が溶かされていく。
二人の唾液に溶かされた飴は私の喉を伝い胃を通過して私の身体を蹂躙し、そのまま私の思考も蕩かした。
そして私は最愛の幼なじみとの暴力的なまでの甘いキスの中で、意識を失うのだった。
「ぷはっ...!ふふっ、ナギちゃんのファーストキスもらっちゃった~これでいいんだよね?ハナコちゃん」
「はい、これでナギサ様も幸せになりますよ♡」
「ナギちゃんがこれを知らないなんてもったいないからね~セイアちゃんにも教えてあげたいけど、やりすぎると危ないし」
「じゃアビドスに帰ろっか!ハナコちゃん☆次はセイアちゃんもつれて帰るよ~」
(ふふっ、思った通りです。ミカさん、あなたはやっぱり私と同じ魔女ですね♡)