二人の音楽家

二人の音楽家




トンテンカン、トンテンカン──


まるで音楽を奏でているかのような軽快なカナヅチの音が、夜の船内に静かに響く。


音の主はウソップ。どうやら何かの製作に勤しんでいるようだ。



「ふう、こんなもんか。


……ん?」



キィ、と何かが擦れる音がした。一味にとってはもう聞き慣れた音だ。



「おーウタ、悪ィな。煩くしちまって」



首を横に振る度にキィキィと軋む音がする。これで何も壊れていないと言うのだから不思議なものだ。


何をしていたのか、とウタは問いたげに首を傾げる。



「何してたのかって?それはだな……


あっ」


「?」



ぽん、とウソップが一つ頭を叩いた。



「悪いなウタ、今は言えねーんだ。ちょっと約束しててよ……


もうすぐ完成だし、出来上がったら一番に見せてやるからな。今はちょっと我慢してくれ」


「キィ」



そういうことなら仕方がない。駄々をこねて迷惑をかけるのも忍びない。


表情からは読み取れないが、所作からそんな様な返事が見てとれた。


そのままウタはそそくさと部屋から出て行ってしまった。



「危なかった……済まねェなブルック、バレちまうところだった。


へへ、驚くだろうなァウタ。うし、もう一踏ん張りだ!今晩中に完成させてやる!」



翌朝。



「おーいウタ、いるか〜」


「?」



ぽてぽてとウソップに駆け寄るウタ。どうやら昨晩の品がもう完成したらしい。


駆け寄るウタと同時に、ブルックも歩み寄ってくる。現状では最も身長差の大きな組み合わせだ。



「ウソップさん、完成したんですね?」


「おう、昨日一気に仕上げてやったよ」


「キィ?」



ブルックからの注文の品だったようだ。だがしかし、それならばなぜ自分も呼ばれたのだろうか?


そんな疑問を抱いたウタをウソップが抱え上げ、テーブルの上に乗せる。



「よーし、見てみろウタ!」


「……!!」



テーブルの上に広がっていたのは、色とりどりの楽器。


どれを見ても、通常のそれよりかなり小さい。


つまりは……



「上手いもんだろ?全部ウタ専用に作ったからな」



ウタ専用。その言葉を聞いてウタは思わずウソップを見上げる。


ボタンの目には相変わらず変化は無いが、心なしか輝いて見えた。



「ヨホホホホ!いや〜素晴らしい!ウソップさんに頼んで正解でした!」


「楽器なんて初めて作ったけどな。まァ、このキャプテンウソップ様にかかればこんなもんよ!」



鼻高々に言い張るウソップ。元々鼻は高いのだが。


ブンブンと全身で喜びを表現するウタに、ブルックがそっと歩み寄る。



「ヨホホ、如何でしょうか?お気に召していただけましたかね〜。


先日貴方に少しダンスを教えて差し上げたでしょう?私はその時から思っていたのですが……


ウタさん、貴方には音楽の才能がある。それも類稀なものが……」



少し上を見上げながらブルックは言う。ただでさえ身長差がある故、こうなってしまうとウタからはブルックの表情は何も見えなくなる。



「へえ〜。現役の音楽家にそこまで言わせるたァ、もしかすると本当にとんでもねェ才能持ってんのかもな」


「ええ。常日頃から、と言うわけではありませんが、時々ウタさんを観察させていただいていました。


ふとした時の足取りやリズムの取り方……一般人のそれではありません」


「そういやぁ、時々自分で楽譜やら歌詞やら書いてることもあったな。まァブルックが来るまでは誰も楽譜なんて読めなかったんだけどな」



ポリポリとウソップが頬を掻いた。


ブルックの言うことが本当なのであれば、もしかするとウタが書いた楽譜はとんでもないものだったのかもしれない。



「作詞や作曲までこなすんですね……やはり確信できました!ウタさんこそ、いつか世界一の音楽家……いえ、歌姫になるお方!!」


「おいおい、そりゃちょっと大袈裟じゃねェか?そもそもウタは歌えねーんだぞ?」



大仰にウタを褒め称えるブルックの発言を、ウソップが呆れたように笑いながら否定する。


恐らくウソップ自身に悪意は微塵もないだろう。だが「歌えない」という事実を改めて突きつけられたウタは、



「……ギィ」



少し俯き、項垂れることしか出来なかった。



「……ヨホホホ、そうでしたね!ですがいつか聞いてみたいですね〜、ウタさんの歌声」



そう笑ってブルックは誤魔化したが、その態度を見て、ウタは何となく察した。



──この男は、何かに勘付いている。



ノーヒントで真相に辿り着くことはおそらく不可能だ。


今ウタに影響を与えているものは、そういう仕組みになっている。



だが、ブルックはブルックで、一味の誰とも違う壮絶な過去を経験している。


今彼が想像しているのは、恐らくはその経験からくるもの。


大切にされた人形に魂が宿ったとか、音楽が好きだった幽霊が人形に取り憑いたとか……きっとその辺りだろう。



そもそも、人形が命を持って自分の意思で動いているだけでツッコミどころは満載なのだ。


ルフィがあまりにも自然に「そういう仲間だ」と扱ってくれていたため、少なくとも一味の中では誰もそこを気にかけるものはいなくなったが。



そこに疑問、とまでは行かなくとも、違和感を感じているブルックが仲間入りしてきた。


何かが劇的に変わるわけではないし、一生このままの可能性も大いにある。


……だが、『奇跡』が起こる可能性は、ほんの少し上がった気がする。



今は今で、楽しいのは間違いない。


それでも、やはり出来ることなら──




(いつか、みんなに私の歌、聞かせてあげたいな。)




そんなことを考えながら、ウタは。



「ヨホホホホ!よければ楽器も教えて差し上げましょう!どれでも大丈夫ですよ〜!」


「キィ!」



『ウタ専用』、小さなドラムセットを手に取り、掲げてみせた。


Report Page