事件発覚――早朝の報せ

事件発覚――早朝の報せ


黒崎家


 微かに小鳥の囀りが聴こえ始めた早朝、悪夢でも見ているのか、くぐもった唸り声を漏らす一護の寝顔をカワキが見下ろす。


「ぅぐ……ぐうぅ……」


 カワキは眠っているところを叩き起こすことに微塵の躊躇も罪悪感も無く、一護に声を掛けた。


『一護。朝だよ、起きて』

「ぅう……」

『起きて。三度は言わないよ』

「んん……」

『…………』


 カワキは一切の容赦なく一護から布団を剥ぎ取った。勢い良く引き剥がされた為に一護は頭から床に落下する。

 ――ゴトンッ! と鈍い音が響くと同時に「がっ!?」と一護が悲鳴を上げた。


「ぅぐぉ……! な……何だよ、夢かよ、ちくしょう……痛ってぇ……」


 一護はベッドの傍に蹲ってぶつけた頭を抱えながら呻いた。

 寝ぼけているのか、自分の寝相でベッドから落ちたと思い込んでいるようでカワキに気付かずブツブツと何かを呟いている。


「つーかうなされてベッドから落ちるってベタか俺は……あー頭いて……」

『おはよう。早速だけど報せがある』

「うお!? カワキ!? ど……どっから入った!? 何で俺の部屋に居ンだよ!」


 頭を摩る一護にカワキが声を掛けた。

 やっとカワキの存在に気付いたようで、寝ぼけ眼の一護の意識が一気に覚醒する。

 尻餅をついて後退りながら突っ込む一護に、カワキは悪びれもせず答えた。


『窓の鍵が開いていたよ。不用心な事だ』

「不法侵入した奴が言う台詞か!? つか俺がベッドから落ちたのって……」

『私は布団を剥がしただけだ。落ちたのは君の運動神経の問題だろう』

「やっぱお前の仕業かよ! 開き直ってんじゃねえ!」


 何をぎゃあぎゃあと喚くことがあるんだと言うような態度で気怠げな溜息を吐いたカワキ。

 文句を言い足りない様子の一護の言葉を遮って、カワキは本題を切り出した。


『報せがあると言った筈だよ』

「報せ……? 朝っぱらから何だよ?」

『……気付かない?』

「は? 一体何の――」


 頭を押さえて起き上がった一護は、そこまで言いかけてハッと目を見開いた。

 今、頭を押さえている手は昨日の戦いで重傷を受けた筈だ。だというのに、痛みも傷も、跡形も無く消えている。


「! ――治ってる……誰が……!?」

『霊圧を探ってみると良い』


 カワキに促され、一護は包帯を外した手を顔に押し当て目を閉じる。


「――――……この霊圧は……井上?」

『ああ。昨夜、彼女が君を治した』

「そうか、後で礼言わなきゃな。……で、報せって何だ? これと関係あんのか?」


 治療された腕を持ち上げ、怪訝そうな顔で首を傾げる一護。

 カワキは頷きを返して淡々と述べた。


『――井上さんが破面に拐われた。先月君が戦ったウルキオラという個体だ。彼が君達を人質にして井上さんを脅迫した』

「!?」


 情報の洪水に一護が固まった。濁流の中に呑み込まれたように思考が押し流されていく。

 カワキは気遣うことなく説明を続けた。


『井上さんは虚圏へと連れ去られる直前に12時間の猶予を与えられ、その間にここへ来て君を治したんだ』

「――――な……何を言って……アイツが井上を拐った……!? 俺達を人質にってどういうことだよ!?」

『そのままの意味だよ。“要求に従わない場合、仲間の命は無い”と言っていた』


 悲痛な面持ちでカワキを問い詰める一護に、カワキは事実関係を整理して伝える。

 平然とした様子のカワキに一護が感情を抑えられず、掴みかかる勢いで吼えた。


「何でそんな平気な顔してんだ!? お前は井上が心配じゃねえのか!?」

『……私は、井上さんが黒腔に消えるまで一緒だった。逃げる機会だってあったよ。だけど……彼女はその道を選ばなかった』

「!」


 目を伏せて昨夜の出来事を思い出すように語るカワキの言葉に、一護が息を呑む。

 カワキの言葉は、井上が己の命より仲間の命を優先したのだと示していた。

 淡々とした口調で紡がれるカワキの言葉はやけにはっきり耳に響いて、昂っていた感情が凪いでいく。


『彼女が別れを許されたのは一人だけ――井上さんは幾つもの別れを天秤に掛けて君を選んだ。私はその選択を尊重する』


 カワキが伏せていた目を上げる。凪いだ碧眼が真っ直ぐに一護を捉え、静かな声が一護の名を呼び、言葉を紡いだ。


『君の護りたいものが、私の護りたいものじゃないんだ』

「――……っ!」


 一護は唇を噛んで、力の抜けた手を握り締めた。部屋に静寂が満ちる。

 落ち着きを取り戻した一護が、おずおずとカワキに謝罪の言葉を告げた。


「……悪ィ、カワキ。怒鳴っちまって……お前も、井上と一緒にアイツに会ったんだよな? 大丈夫だったか?」

『ああ、私は問題ないよ』


 一護は安心したように「そうか」と一言告げると、考え込むように押し黙った。

 俯いた一護が真剣な顔で視線を上げる。


「井上は虚圏に居るんだな?」

『恐らくは』

「――そうか。なら、俺が井上を虚圏まで助けに行く」

『――――……』


 ――誤算だった。

 井上が自ら虚圏に行く決断を下したのだから、今回は一護も諦めるだろうと考えていたカワキは一瞬言葉に詰まる。

 だが困惑も束の間、カワキは深い溜息を吐いて言った。


『…………仕方ない』

「カワキ?」

『私も同行する。正直反対だけど、事前に言ってくれて良かった。一護を護るのが私の仕事だからね』

「お前、またそれかよ。……ありがとな」


 カワキの言葉を受けて呆れたような表情を浮かべた一護が、ふっと微笑んで感謝の言葉を伝えた。

 いつも通りの雰囲気が戻り始めた室内に新しい声が響く。


「――黒崎、すぐに……待て、何でお前がここに居る、志島カワキ……!?」

「!」

『おや、今日は義骸じゃないんだね』


 室内に居た二人が声の主を振り返った。

 視線の先で、黒い死覇装に白い羽織りを着た少年――日番谷が、窓枠に足を掛けて固まっている。

 日番谷の視線はカワキの姿に釘付けで、幽霊でも見たかのような表情だった。


「井上織姫と行動していた筈じゃ……」

『私は一護に話があってここに来たんだ。そちらの用件は?』


 当然のような顔でそこに佇むカワキの姿に困惑と悩みが入り混じった呻きを上げた後、日番谷が室内の二人を見据える。

 その表情は険しく、何か予期せぬ出来事が起きたとわかりやすく伝えていた。

 自然と空気が引き締まり、一護とカワキは真剣な表情で日番谷の言葉を待つ。


「疑問は幾つもあるが……ひとまず置いておく。すぐに来い、お前ら。緊急事態だ」


***

カワキ…一護への理解度が低いので、虚圏突撃は予想できていなかった。勝手に特攻されるより事前予告があるだけマシか……と悟りを開いている。いつもいつも説明が雑で抜けが多い。


一護…早朝から不法侵入者・カワキに叩き起こされて、トンデモ情報を聞かされた。自室が公共スペース並に出入り自由状態。井上を助けに虚圏に行くって言ってるけど現時点では無策。虚圏への行き方も無い。


日番谷…「井上織姫、志島カワキの両名が行方不明って聞いてたのにカワキ普通に居るんだが?」と混乱している。緊急事態なので、とりあえず一緒に来てもらうことにした。

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