予期せぬ出逢い・前

予期せぬ出逢い・前

一ニ一


「なーなー、トラ男。そっちの世界のおれってどうしてるんだ?」

「………………ッ」

「そっちでもおれ達、同盟組んだんだろ!?…………トラ男?」

「……麦わら、屋は──────死んだ」

「え?」

「……………おれが、殺したんだ」


ローの言葉に、その場が鎮まりかえる。

あぁ、こんなことを言うつもりはなかったのに。

どうしてこうなったのだろうと、現実逃避のようにローは朝からの行動を思い出していた。




その日はようやく、1時間だけだがポーラータング号の外へと外出の許可がローに降りた。ちょうど新しい島へと着いたのが昨晩のことで、今日の朝にこちらの“ロー”から許可が出たのだ。いや許可が出たというのは少し語弊がある。リハビリ以外では部屋に引き篭もりがちなローを外に出すための所謂“船長命令”だった。


確かに引き篭もるばかりでは精神衛生上良くないとはロー自身もわかっていた。だが今のローは、彼らの厚意で置いてもらっている立場だ。だからこれ以上迷惑を掛けるわけにいかないと引き篭もっていたのだが、そうもいかなくなったらしい。


「まだ激しい運動をしたら開いちまうような傷はあるが、まぁお前ならセーブできるだろ」

「それで、誰が同行するんだ……?」

「おれです!!」


そう質問すると、すぐさま“ロー”の近くにいたシャチが勢いよく手を挙げた。「今日はよろしくお願いしますローさん!」と満面の笑みで言っている横で、他のクルー達が地団駄を踏んでいるのは何故だろう。久しぶりの島だし、余程出掛けたかったのだろうか。


「ああ…よろしく、シャチ」


わからないが、とりあえずシャチが嬉しそうなので良いかと思った。


✳︎

シャチは、毎朝のルーティーンとなっているローの服選びの様子を眺めていた。今日訪れる島ではちょうど祭りの時期らしく、仮装をしている人が多いらしい。それを知ってか、街に行っても溶け込めるような服装を選びローに決めてもらおうとしているのだ。

シャチが今回の外出で同行者になれたのは厳正なるジャンケンの結果である。キャプテンを除いた総勢20名の中からこの権利を勝ち取った時は思わず「ぃよっしゃあああ!!」と叫んでしまったほどだ。

街で何かあったらいけないので武器は携帯していく。今のローはまだまだ本調子には遠く、やっと痛みもなく歩けるようになったくらいで、走れもしないのだから。勿論能力を使った戦闘なんてもってのほかだ。オペオペの実の力は、ただでさえ体力を使うのだから彼の身体が持たないかもしれない。


「……シャチ」

「あぁ、ローさん着替え終わったんすね。その格好は…魔法使いか何かで?」


少し目を離した隙に着替えを終えていたらしいローの姿を見る。

身体全体を覆うフード付きの灰色のローブに身を包み、左手には長くて丈夫そうな杖が握られている。杖を支えにしたら外出中も歩きやすいだろう。


「なんでも、有名な小説に出てくる魔法使いの服を参考にしたって。……これ、見た目より軽いからラクなんだ。シャチの分もあるぞ。これ以外のはクリオネやイッカクが用意してくれてたんだが、クリオネのは────」


小さく微笑みながら服について語っているローを見ていると、シャチも自然と笑顔になっていた。

本当に、この人がこんな風に笑えるようになって良かったとシャチは心の底から思う。最初に出会った時の、虚無としか言いようがになかった表情は今は見る影もない。悪夢に魘される頻度もだいぶ減ってきたし、こうして時折笑顔を浮かべてくれるようにもなった。それが何よりも嬉しかった。


「じゃ、そろそろ行きましょうか。荷物はおれが持つんで安心してください」

「……ありがとう」


クルー達からの大きな「いってらっしゃ〜い」という声を背に、2人は街へ繰り出した。


久々の外は、人々の活気に満ちていた。道には多くの露天が並び、そこに吸血鬼やら狼男やらゴーストやら様々な仮装した子供や大人が列を成している。事前情報通り、仮装している人間が殆どのようだった。


「この格好で来て良かったですね。普段の格好だったら逆に浮いてましたよこれ」

「だな………」


久々の外で多少気分が上がっているのか、キョロキョロと周りを見渡すローの姿は実年齢よりも幼さを感じさせる。


「どこか行きたい場所とかあります?」

「ん、そうだな………土産屋、とか。いつも世話になっているから、なにか土産を…持って戻りたい」

「ッ……いいですね!土産!みんな喜びますよ」


少し恥ずかしそうな姿のローを見て、シャチは思わずその頭を撫で回したくなった。それを予想したのか嫌そうに左手であしらわれたので、シャチは素直に手を下ろした。

✳︎


道行く人に場所を聞いて少し歩いた先でたどり着いた土産屋で、ローはハートの海賊団みんなで分けれるように25個入りのクッキー缶を購入した。

ここに来るまでに、散々何を土産にしたらいいのか迷った。迷った末に、形に残らない食べ物に決めたのだ。ローは本来この世界にいるべきじゃない人間だ。

どうせいつかはこの世界を去らなくてはいけない。彼らにとっても、思い出なんて少ない方がいいに決まっている。


「はい、ローさん」

「………コレは?」


ローが菓子を選んでいる横で、シャチも何か買っているのは見ていた。てっきり“この世界のロー”か、ペンギンあたりに購入したのだと思い込んでいたものだから、目の前に差し出された小袋にローは思わずキョトンと首を傾げてしまう。


「プレゼントですよプレゼント。勿論ローさんにです」

「おれ、に……?」

「他に誰がいるってんですか。もし気に入らなかったら返品してきてもいいんで見るだけ見てもらえませんか?」


言われた通り、包装を開けてみる。その中身はブレスレットのようだった。黒と白の紐で編まれていて、小さく金色のメダルが付いているシンプルな物だ。シャチの方を見ると、照れ臭そうに頬を掻いていた。


「……………………」

「その、だいぶローさんの怪我も回復してきたでしょう?それのお祝いというか……いや、やっぱ手首に付けたら邪魔ですかね!?」


無言でブレスレットを見つめ続けるローが嫌がっているとでも思ったのか、シャチは早口で話し出す。やっぱり返品しますか、なんて言い出す前に訂正をしなければ。

どうしてシャチがブレスレットをプレゼントに選んだのか、その理由をローは正しく理解していた。

クルー達の遺灰で作られたダイヤ。そのダイヤが嵌まっていたブレスレットを、ローはドフラミンゴに取り上げられていない時にはずっと眺めて大切にしていた。

例えそのブレスレットが悪趣味な嫌がらせの産物だったとしても、それがローに唯一残された仲間達との繋がりだったから。

だが───この世界には持ってこれなかった。

何もない手首を眺めては、そこにブレスレットがないという事実がローの心を暗くさせた。ローの様子に疑問を持ったこの世界のクルー達にせがまれてブレスレットの話したことがある。それをシャチが覚えていたのだろう。

そのブレスレットの代わりにはならなくても、ローに贈りたいと思ってくれたのだ。

その気持ちが、優しさが、思わず言葉を失ってしまうくらい嬉しかった。


「いや、………別に、邪魔じゃ…ない。まさかこんなのを貰えるとは思ってなくて、驚いただけなんだ」

「じゃあ…!」

「プレゼントをありがとう、シャチ。……早速だが、“コレ”。付けてくれないか?」

「わかりました!」


微笑みながらシャチがローの左手首にブレスレットを嵌めてくれた。思わず掲げてみる。綺麗だ。想いの籠ったプレゼントなんていつぶりだろうか。


「大切にする。………本当に、ずっと大切にするから」


ブレスレットを付けた左手を胸の前でまるで掻き抱くように握り締めた。

彼らに対しては物を残さないくせに、自分だけこうして受け取るなんて我ながらなんて卑しいのだろうとローは自嘲する。

彼らの優しさに甘えるばかりで、何も返せない。返し切れない。

駄目だとわかっているのに、欲ばかり増えてしまう。

もっと此処にいたい。帰りたくない。

だけどそれは決して叶わない願いだから。せめて物だけは持ち帰りたい。例えすぐに取り上げられて壊されたとしても、この思い出は消えやしないから。


「そんなに喜んでもらえるなんて…!嬉しいです!じゃあそろそろ1時間経ちますし、船に───」

「あれッ?トラ男だ〜!!」

リィン


その場に可愛らしい声と涼やかな音が響いた。トラ男というその特徴的な呼び名を使うのはあの一味しかいない。思わず声の聞こえた方を向けば、小さな妖精がそこにいた。


「まさかトラ男達もこの島に来てたなんて驚いたぞ! 魔法使いの仮装してるのか?」

「それはこっちの台詞だぜ、まさかお前らも来てたなんて。そ、魔法使いの二人組だよ。そっちも妖精の格好似合ってるぞチョッパー。なんで腰に鈴なんて付けてるんだ?」

「…………ぁ……………………」

「ロビンが鈴付けてた方が絶対素敵って言うんだ。だから、…………トラ男?」

リィン リィイン

「ロー、さん……?」

「どうしたんだ?」


彼が動くたびに、鈴の音が聞こえる。

所詮ただの音なのに。今は痛みなんてないのに。

連想してしまう。思い出してしまう。


「ひっ……ぁ……ァア…………………ぃ、やだっ……………やだ……………ッ」


身体が強張って思うように動かない。

口の中はカラカラだ。

元の世界で首輪に付けられた鈴が、アイツを楽しませるだけの鈴の音が、ローは心底嫌だった。

なるべく鈴の音が鳴らないように、痛む身体を小さく丸めて眠った日々がフラッシュバックする。



『フッフッフッ……やはりその首輪には鈴がある方がいいな。よく似合ってるぞロー』

首輪なんて可愛らしいものではない、海楼石で作られた首枷に涼やかな音が鳴る鈴が付けられた。

ローが動くたびにソレは音が鳴って、その度にドフラミンゴを楽しませた。


『おれの与えた服は着たくないらしいな……だったら暫く裸で過ごさせてやる。聞き分けのない悪い子にはお仕置きってやつだ。フッフッフッ…開放感があって嬉しいだろう?』

服を全て取り上げられ、首枷だけ付けられた状態にされた。どんなに泣いて叫んでも、懇願しても、服が与えられることはなかった。

勿論鈴はそのままで、朝から晩まで拷問の最中でもずっと鳴り続ける音に頭がおかしくなりそうだった。


『ずっと閉じ込めておくのもつまらなくなってきたな。散歩をさせてやろう』

まるでペットのように鎖で繋がれて、一矢纏わぬ姿のまま城の中を引き摺られた。

僅かにいる部下や使用人達が遠巻きにこちらを見ていることに気付いて、羞恥と情けなさと悔しさでいっぱいになった。

鈴は、ずっとずっと鳴り響いていた。



そんな過去を思い出したローは左手に持っていた杖を取り落とし、大きな音が響いた。

その音に我に帰ったのか、ローは出入り口からひとり外へと飛び出した。一緒にいたシャチのことも、妖精の仮装をしていた“見覚えのない生き物”の事も考えずに。



走って、走って。

路地裏へと駆け込んで壁に背中を預けながらローは肩で息をする。

本来ならまだ走れる状態ではないのに、無理をして走ってしまった。両足が焼けつくように熱くて痛い。

そうしてやっと、頭が冷静になってきた。


「ハァ……ハァ………ッそうだ、シャチ!………店に、置いてッきちまった………」


こんな筈じゃなかった。

最近は、こんな衝動的に動くことなんてなかったのに。鈴の音ひとつで自分がここまでオカシクなるなんて、ローは想像もしていなかった。

ポーラータング号には鈴なんてなかったし、実際に聴くまで鈴の音がここまでトラウマなっていたとは自分自身すら思わなかったのだ。


「くそ……………」


夢中で走ってきたから現在地がわからない。痛みに耐えられなくて、ズルズルと座り込む。フードを深く被り、小さくなるように脚を抱え込んだ。

どうしてこうも迷惑をかけてばかりなのだろう。突然いなくなって、シャチもさぞ驚いたに違いない。せっかくクルー達が用意してくれた衣装も汚してしまった。激しい運動はするなと言われていたのに、あんなに走って。痛みで治りかけていた傷口が開いているのを自覚する。


自己嫌悪で沈んでいるローは、ふと足元に気配を感じる。顔をあげると、そこにいたのはローの足の匂いを嗅ぐ小さな犬だった。白い体毛に覆われて、黒毛の模様が四角く背中から頭に入っている。

ローの視線に気が付いたのか顔を上げて、尻尾をブンブン振りながら元気良く鳴いた。


「ワン!」

「……首輪は、してないな…。捨て犬か?」

「…ワフ?」

「そんな首傾げても……おれはエサなんて持ってないよ。どっか…他のところに行け」


ローがそう言っても子犬は理解してないのか、そばを離れようとしない。そればかりかローの足に頬を擦り寄せてくる始末だ。一体何故気に入られたのかわからない。ため息を吐きながら、ふと思い出す。


土産屋でシャチと話していた“チョッパー”と呼ばれていた生き物。ベポと同じミンク族だろうか、動物のように毛皮を持っていて言葉を発していた。

彼のことを、ローは全くわからなかった。“トラ男”という呼び方をするのだから、麦わらの一味の筈だ。こちらに笑顔を向けてくれるくらい、”こちらの世界のロー“とは親しい筈なのに。

全く見覚えがなかった。ローの記憶の中に“彼”の存在はなかったのだ。

何故なのか──心当たりなら、ある。

だけど信じたくなかった。船長を失った麦わらの一味のクルーが、オモチャにされて誰からも忘れられた地獄にいるなんて。


思考がまた深く沈みかけた時、足元にいた子犬が爪でちょっかいを掛けてきた。ガリガリと靴を攻撃してくるので、仕方なく抱き上げればローの顔をペロペロと舐めてくる。


「やめろ、くすぐったいだろ」

「…ワン!」

「なんだよ………心配してくれてるのか?」

「ワンワン!」


まるで肯定するかのように吠えた子犬を降ろして、その背中を撫でながらローはそんなことを口に出していた。会ったばかりの犬が自分を心配してくるわけがないのに。

それでも気は紛れた。いつまでもここで塞ぎ込んで要らぬ心配をかけるわけにはいかない。そう思ってローは立ち上がる。勿論まだ足は痛いし、歩くのもキツイがそうも言っていられない。


「そろそろ戻らねェと……」

「────どこに戻るって?」


突如、立ち上がったローの真後ろから見知らぬ声が聞こえてきて思わず鳥肌が立った。

すぐさま振り返れば、どうにもガラが悪い男が三人立っている。

ここまで接近されるまで気付かないなんて、どれほど感覚が鈍っているのだろう。ローは心の中で悪態を吐きながら、三人組と対峙する。


「誰だ…!?」

「そう警戒するなよ兄ちゃん、おれ達はただこの島を縄張りにしてる賞金稼ぎさ」

「随分と顔色悪そうだが、どうかしたのかい?」


賞金稼ぎ。こんな時に面倒な奴らに見つかってしまった。

適当に誤魔化してすぐさま逃げるしかない。


「おれは───」

「死の外科医、トラファルガー・ローだな?」

「!?」


口を開いた瞬間、名前を言い当てられる。どうしてバレた?こんな奴らに会った記憶はないし、顔だって隠している。それなのに何故。

ローの動揺を感じ取ったように笑いながら賞金稼ぎ達は答えを教えてくれた。


「さっき中心部の土産屋にいただろう?そこでお前が連れから『ローさん』って呼ばれてるのを聞いててな。隠れてるお前の顔と手元にある手配書とよーく見比べたら似てるわけよ」

「それに死の外科医は手に特徴的なタトゥーをしてるって噂だったし……髭剃って顔隠したくらいでわからねェわけないだろうが」

「最初はよく似た弟か何かだと思ったが、本人だとしたらこんなラッキーなことはねェ!一緒に来てもらうぜトラファルガー」


ジリ、と徐々にローに近付いてくる賞金稼ぎ達。自分が賞金首だという感覚が最近薄れていたせいだろう。警戒心が足りなかった。

このままでは逃げ切れない。この足ではすぐに走るのは無理だ。

土産屋に着くまでも歩き回った上につい先ほども走ったばかりで、既にローの体力は限界に近かった。気を抜けばガクガクと震え崩れ落ちそうな足をどうにか誤魔化しながら、左手を壁に添えて身体を支えて、ローは考える。

能力を使うしかない。広範囲でROOMを広げて、体力が切れるのを構わずに今すぐにシャンブルズで逃げるべきだと。

そんな時、ローの足元にいた子犬が先程までの大人しさとは打って変わって目の前でけたたましく吠え始めた。


「ワン!…ワンワンッ!ウゥー…!!」

「なんだこの犬!五月蝿えな!!」

「邪魔すんなイヌっころ!!」

「…おい、よせッ!!」


ローの静止は間に合わず、小さな子犬は男の一人に蹴り飛ばされてしまう。すぐさま駆け寄り、容態を確認する。幸いなことにまだ体重が軽かったからか、大きな怪我はしていないようだった。意識もちゃんとある。

ほっとしながら思わず子犬を抱え上げてしまったが、これではローの左手は塞がってしまう。子犬を見捨てるという選択肢はローの中になかった。だから、被っていたフードを下ろしてその中へと子犬を入れる。


賞金稼ぎ達はその光景をおかしなものを見る目で眺めていた。海賊が犬を構っているのが不思議でたまらないのだ。「海賊のくせに犬なんて助けてるぜ」なんて声も聞こえてきていた。

ああわかっている。普通の海賊ならこんなことはしない。でもローは目の前の命を見捨てられなかった。ただそれだけだった。


「あ────」


その時何故だかローの目線は、賞金稼ぎが来た方向である路地裏を抜けた先の大通りへと向いていた。

ちょうどその瞬間見えたのは、見覚えのあるシルエットで。

こんな偶然があるのか。このタイミングで?

思わず無意識に、ローはその名を呟いていた。


「─────麦、わら屋?」

「!!」


グルンと効果音が付きそうなくらい首が曲がり、大きなサングラスと付け髭が目立つ顔がこちらを向いた。

麦わらのルフィは、変装用のサングラスを持ち上げ肉眼で路地裏の先にいる人物の顔を確認するとその名を叫んでいた。


「トラ男じゃねェか〜〜〜〜!! お前もこの島来てたんだな!!!」

「ッ……………!!」


その場違いに明るい声に、ローの身体は硬直する。どうして気付くのだ。あんな小さな声で、普通なら聴こえるはずのない距離で、ローがこの島にいる事なんて知らなかった筈なのに。その伸びる腕を使って、一瞬でローの目の前へとやってきたルフィは、ローの姿を見て首を傾げて唸り始めた。魔法使いの格好を珍しがっているのとは違うのだとなんとなく思った。


「んん〜〜〜……………わかった!!なんかいつものトラ男と違うな〜って思ったらアレだ!髭がねェんだ!!あとフカフカの帽子もねェし、…………トラ男?なんか具合悪そうだぞ、大丈夫か?」

「別、に………なんでも…ない」


本当に何も変わらない。世界が変わっても、底抜けに明るくて自由な男は何一つ変わっていない。

ローが”この世界のロー“とは別人だと気付いたのかもしれない、なんて一瞬考えたのがアホらしくなるくらいにはこの男は変わらずモンキー・D・ルフィだった。

ただ、その顔を見ると思い出してしまう。

ローが巻き込んで、傷つけて、死なせてしまった同盟相手を。目の前で、飛び散った紅を覚えている。まるでボールのように、飛んできた首が。グシャリと音を立てて───。


「なんでもなくはねェだろ、そんな顔して」

「だから、本当におれはなんでも…」

「───おいおい、いきなり入ってきて無視とはいい度胸じゃねェか。ええ?」


ルフィの登場で一瞬忘れていたが、ローの近くにはまだあの賞金稼ぎ達がいるのだった。

ルフィも今やっと彼らの存在に気付いたようで、ローから視線を外して彼らを見る。


「おれ達はそこの兄ちゃんに用があるんだ。どっか行きな」

「……トラ男、知り合いか?」

「いや…」

「知り合いじゃないって」

「お前には聞いてねェよ!!そもそも誰だテメェは!!」

「おれは海…、じゃなかったッ。さすらいのフードファイターのルーシー、そんでこいつの友達だ!」

「ともだち………」


ローにとってルフィは友達ではない。

だって、この世界では今さっき初めて会ったのだから。ルフィの言う友達とはこの世界の”ロー“の事で、決して今ここにいる自分のことじゃない。

だけど、繋がりも何もかもが無くなった今のローには例え勘違いだとしても、その言葉が嬉しく感じられてしまって。かつては言えていた否定の言葉を口に出すことが出来なくなっていた。

それに気付いたのだろう、ルフィがローを見ながら再び首を傾げている。


「ど、どうしたんだトラ男……? いつもは『友達じゃねェ!!』って否定すんのに。やっぱ今日のお前オカシイぞ。………決めた!サニー号に戻ってチョッパーに診てもらおう!!」

ギュルルルルル

「チョッパー……?まさか、いや待ってくれ…おれは行かな────うぁあアアアアアア!?」


ゴムのように伸びた腕がローの身体へ巻き付いたその瞬間、ルフィはローを掴んで建物の上へと飛び上がっていた。

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