乾杯

乾杯


「フッフッフ、まさかお前の方から酒を飲もうと誘いが来るなんてな」

 先程までムスリとしていたが乾杯するに至って気分を切り替えたのであろう。口の端を釣り上げてドフラミンゴが笑い、グラスを持ち上げる。タンチョウは合わせるようにグラスを持ち上げて軽くグラス同士を寄せて鳴らした。チン、と軽い音が響き二人でグラスを傾ける。

 タンチョウは久方振りにドフラミンゴと共にドンキホーテ家の屋敷へと帰ってきていた。

 数日前にドフラミンゴが酒が飲める年齢になったのだからとファミリーで盛大に宴をしたのだが、折角だからご両親と弟にも顔を見せて来るといいという幹部達の言葉に乗せられる形で帰ってきたところまでは良かったのだが。

「まさかロシナンテの奴、海軍に入ると言って家を出た後だったなんてな……」

 少し面白くなさそうな口調でドフラミンゴがグラスを傾ける。まあそれはそうだろう。つい何年か前まで兄上兄上と慕い、大きくなったら兄上と海賊をやる! なんて目を輝かせていたロシー坊っちゃんが帰って来てみれば居ないなんて思いもしなかったのだろう。それもすれ違う形で前日飛び出して行ったなんて間が悪すぎる……。これもドジっ子のなせる技だろうか。

 タンチョウ自身は忙しそうな兄上の代わりに、と時折電伝虫で連絡が来たり手紙を預かったりしていたのでドフラミンゴが元気か心配する言葉と共に徐々に『センゴクさん』なる人物の話題が出ていたのだが。まさか海軍元帥その人だとは思ってなかった。そんな大物が何故、とは思ったがまあ元天竜人であるドンキホーテ一家の噂を聞きつけるなりなんなりして訪れたりしたのかもしれない。元帥ならマリージョアに出入りする機会もあるだろうし。だとしたら兄の方は海賊になってる事に気がついて頭を抱えてそうだが……。

 ドンキホーテの姓を隠してもいないので知る人が聞けば気がつくだろうし。だからこそドフラミンゴは自身の立場を盤石なものにする為に奮迅している訳だ、力をつける前に叩かれては目も当てられない。

「……海軍に入るの自体はまあ、いいさ。あのドジ具合と善人さだ、海賊業をやるよりはよっぽど安全だろうよ」

「今のドフィ坊っちゃんがそれを言いますか? 善人さで言ったらやってる事はドッコイドッコイだと思いますけど」

「五月蝿えトカゲ」

 笑顔のまま器用に青筋を浮かべるドフラミンゴにやれやれ、と肩をすくめて見せてグラスを呷る。海賊だからと悪ぶっているように見えるがその性根の根本は苛烈でいて優しい。天竜人として過ごしていた頃よりも丸くなった男は家族だけではなく他の者にも分かりづらいが理解や優しさを見せるのだ、本人が気が付いていないがそんなドフラミンゴに憧れて支えたいと思う人間が集まって出来たのがドンキホーテファミリーだ。

 ドンキホーテファミリーは身内を非常に大切にするし、ドン底にいる人間に手を差し伸べる。ドフラミンゴ自身はそんなつもりは全くないだろうが、もしかすると自身が下界に降りて天竜人だとバレたらこうなっていたのかもしれないと頭の片隅で思い浮かべて手を差し伸べているようにも見える。

 分かりにくいが、やっぱりホーミング様と奥様の息子だなと愛も変わらず惚れ直してしまう。付き合う年数が増えれば増える程いい男になったと思う事が増える一方だ。チリチリと焦がれる思考を現実に戻すようにタンチョウは話を変えることにした。

「とにかくロシー坊っちゃんのことはその内また連絡来るだろうからそれを待てばいいでしょう。……ドフィ坊っちゃんはホーミング様や奥様とゆっくり話をしなくていいのかしら?」

「ああ、明日でいい。夕飯の時も二人してはしゃいでたからな……少し落ち着いてから近況は報告してえ。それにお前だって酒を飲もうと誘って来たじゃねえか」

「あら、イライラしているドフィ坊っちゃんの相手を二人にさせては酷だもの。……それに普段はファミリーもいるしこんなに静かに二人で話をする機会もそこまでないでしょう?」

「違いねえ。……しかしもうお前と出会って10数年か。時が経つのは早いもんだ」

「随分と濃密な時間でしたよ。奴隷としてホーミング様に買ってもらって、その一年後には皆して下界に降りて一年掛けて貴方達を追い掛けて。……本当に大きくなりましたね、ドフィ」

「! ……フッフッフ、もう背もすっかり抜いちまったからな」

「まさかそこまでスクスク育つなんて思ってはいませんでしたよ、……育ち過ぎです」

 そんな言葉の応酬を重ねながら夜は更けて行く。そうして起きてきた二人にこれまでの事を楽しげに話すドフラミンゴを見つめ、タンチョウは懐に仕舞いこんだ瓶を一撫でした。

Report Page