乃木家のとある部屋にて
ナナシ「ワイ君とほにゃほにゃしたいんよ!」
「はい、解散。二人とも帰りましょう」
開口一番頭の悪いことを言いだした友人を置いて、樹、友奈と一緒に帰宅しようとする。
帰りにお夕飯の材料だけ買って行きましょうか。
「待って~見捨てないでほしいんよ~……」
よよよ……と泣きながら縋りついてくる園子。
まったく、この子は……。
「あのね、園子。貴女が可及的速やかに集まってほしい、って言うから来たのに、開口一番夜の営みについて聞かされたアタシ達の気持ちも考えなさい?」
「だって~……ワイ君が~……」
「……アンタは普段はしっかりしてるのに、どうして大赦ワイ君のことになるとポンコツになるのかしら……」
はぁ……とため息をつく。
この子と知り合ってからもうずいぶんと経つが、こと恋愛方面においては相変わらずだ。
中学時代から彼女の恋愛が成就するように色々と手を尽くしたが、まさかこの年になっても頼られるとは思ってもみなかった。
「まぁまぁ、お姉ちゃん。園子さんも本気で困ってるみたいだし、その辺にしよ?」
「友達同士助け合う! 勇者部時代からの私達の約束です!」
「はぁ、仕方ないわねぇ……」
「三人とも、恩に着るんよー!」
「というより、園ちゃん。まだ大赦ワイ君とその……し、してなかったの……?」
すでに何度もゆゆワイ君とそういうことをしてるだろうに、相変わらずそういう話に弱い友奈ちゃん。
うーん、いくつになってもこの子は可愛いわねー。
「そうですね。大赦ワイさんと付き合って、もう結構経ちますよね?」
「うん……」
「それで、今まで一度も手を出されていないと」
「そうなんよ……」
しょんぼりとした様子で園子が俯く。
うーん……あの園子命な大赦ワイ君のことだから、園子自身に興味がないってことはないんでしょうけど……。
「大赦ワイ君とはどこまで進んでるの?」
「き、キスまで……」
「フレンチ? それともディープ?」
「フレンチしかやったことないんよ……」
うーん、私なんてワイと付き合って二、三日でディープまでいったんだけどなぁ……。
「私とお姉ちゃんは、お兄ちゃんと三日くらいでディープキスしたよ、園子さん? ちょっとゆっくりと愛を深めすぎなんじゃないかな?」
「ぐはぁぁなんよっ!?」
あえて言わなかったことを明言し、容赦なく園子の心を斬り裂く樹。
……我が妹ながら恐ろしい子ね。
「だ、大丈夫だよ、園ちゃん! キスするまでの時間で愛は測れないよ!」
「……そういう、ゆーゆはいつゆゆワイ君とディープキスしたの?」
「え……えーと、えーっと…………つ、付き合った日に、そのまま……?」
「うわあああああああんっ!!!」
ついにさめざめと泣きだしてしまう園子。
泣いたり笑ったり忙しいわね……。
「はいはい。キスの話はそこまで。本題はどうやって大赦ワイ君と一線を超えるか、でしょ?」
「うぅぅ……フーミンせんぱぁい……」
あの鈍感で有名な大赦ワイ君を落とすとなると、生半可なアプローチでは不可能だろうけど。
ここはアタシ達で女子力高めのスーパーな作戦を考えるべき!
「園子さんからは、何かアプローチはしてみたんですか?」
「えっと……例えば、夜にお風呂入った後にわざと薄着で密着してみたり……」
「おー! なんだか大人の女性ぽいよ、園ちゃん! それでどうなったの!?」
「……『寒いのでしたら上着をお貸しします』って、服をかけてもらった……」
「……大赦ワイ君は、や、優しいね!」
「うぅぅ……あのタイミングで、そういう優しさは求めていなかったんよー……」
「ほ、他には? それだけではないですよね、園子さん?」
「あ、あとは……お酒を飲んだ後にワイ君の耳元で今日は眠りたくないの……って囁いたりもしたんよ」
「お、いいじゃない! 顔を赤らめた彼女からの耳打ち! 女子力高いわよ! ……でも、それも失敗したのよね?」
「……うん。早く寝ないと明日の予定に響くからって……」
「なんで!? なんで、翌日に予定がある日に誘ったんですか!? 大赦ワイさんじゃなくても断られる可能性高いですよ!?」
「い、良い雰囲気だったから……つい……」
「……うーむ、このクソボケカップルはー……」
重症すぎて泣きたくなってくる。
園子は勇者部でも女子力高い方なのに、どうして大赦ワイ君が絡むとこうなるのか……。
三人で天を仰いでると、慌てたように園子が口を開く。
「ま、待って! 待ってほしいんよ! こ、この間のアプローチは良い所まで行ったんよ!」
「どんな感じだったの?」
「え、えっとね。なんてことない昼下がりだったんだけど、私がつい、早く子供が欲しいな……って呟いたら、あのワイ君が耳まで顔を真っ赤にしてたの……!」
「「「おおーーーー!!」」」
「それで、どこまでいったんですか!? その流れなら良い所までは行けたんですよね!」
珍しく鼻息を荒くして身を乗り出す樹。
何だかんだ恋バナが嫌いな女子はいないということね!
「…………婚前交渉はできないって断言されちゃったんよ」
「「おおぅ…………」」
「……でも、わざわざアンタが相談しに来たってことは、それだけじゃなかったんじゃない?」
「……ワイ君ね。婚前交渉はしたくないって言ったけど、そのまま私を抱きしめてね。『……でも……本当はダメですけど、もう少し時間をください……。こっちもそれまでに準備をしますから……』ってね……。私の耳元で言ってくれたんよ……」
「「「ふぉおおおおお!!!」」」
これよ、これっ!
鈍感な男がたまに見せる男気!
くぅ、ラブコメ度高いわよ、園子!
「もう少しじゃないですか、園子さん!」
「そうだよ! そこまで行ったら、もうあと一歩だよ!」
「やるじゃない、園子!」
「そ、そうだよね? これ、やっぱりワイ君も期待してるよね!?」
「決まってるじゃない!」
「じゃあ、後はどうやって本番に誘うか、ですね!」
「そうなんよ……。みんなはどうやって、初めてを迎えたの? できれば教えてほしいなーって……」
ワイとの初めて、か……。
「私とお姉ちゃんは、お兄ちゃんと添い寝してたら自然とそういう雰囲気になってたよね?」
「そうね。特別、お互いに誘い合ったわけじゃないんだけど、本当に自然と体を重ねてたわね」
「おぉ!? なんだかすっごく付き合いの長いカップルみたいな感じなんよ!」
「そりゃあ、付き合う前から一つ屋根の下で家族として過ごしてたもの」
ワイと姉弟ではなく、正式に恋人として付き合いだしてから、私と樹はよくワイのベッドに潜り込んで添い寝していた。
最初は私と樹の内どっちか一人が一緒に寝ていたのが、やがて毎日三人で一緒に寝るようになった。
ある日の夜、自然と三人で代わる代わるキスをして、そして……。
「すごかったよね……。最初にお兄ちゃんとお姉ちゃんが何の合図もなく、突然ディープキスをし始めて……。私も慌ててお兄ちゃんとキスをして……」
「なーに言ってるのよ。始めたのはアタシからだけど、樹の方がよっぽど長くワイの唇を独占してたじゃない」
「え、えへへ……。だって、お兄ちゃんとキスしてたら、すごい幸せな気持ちになっちゃうんだもん……」
「分かるよ、樹ちゃん! キスっていいよね。私もゆゆワイ君とそういうことする時は、いつも何度もキスをおねだりしちゃうんだぁ……」
「……いいなぁ。私もワイ君ともっとキスしたいなぁ……」
ゆゆワイ君とのキスを思い出してるのか、幸せそうな顔をしている友奈を園子が羨ましそうな顔で見る。
アンタも頑張って、この話に入れるようになりなさいな。
アタシ達も応援してるからね。
「それでキスした後は、もう自然とそういう雰囲気になってたんだけど……。ワイが『するぞ。風、樹』って、ね。アタシのことを……ねーちゃんじゃなくて、始めて呼び捨てにしてくれたのよ……」
嬉しかったなぁ……。
あの時、ああ呼ばれてアタシも改めてワイの彼女になれたんだ、って思えたんだもの……。
「呼び捨て……ワイ君から、呼び捨て……園子様じゃなくて、園子って……」
アタシの言葉で自分と大赦ワイ君の場合を想像したのか、園子がすごく気恥ずかしそうな、嬉しそうな、複雑な表情をしていた。
恋人になってからも大赦ワイ君は園子のことを敬称で呼んでいたが、どうも二人きりの時もそうらしい。
本当に真面目な子よねぇ、大赦ワイ君……。
「私はお兄ちゃんが『するぞ』って、断言してくれたのが良かったかなぁ。雰囲気に流されてするんじゃなくて、お兄ちゃんの意志で抱いてもらえるんだ、ってすごく嬉しかった覚えがあるよ」
「断言……ワイ君が、ほにゃほにゃするって、強い口調で……」
あー、樹の言うこともすごく分かるわ!
ただ流されて私達姉妹を契るんじゃなくて、あの時のあの言葉にはワイ自身の覚悟が感じられたものね……。
「その後は、二人で交互にワイにご奉仕したり、ワイに可愛がってもらったりして、十分に前戯をしてから、アタシ、樹の順番で初めてを貰ってもらったわ」
「あー……やっぱり、ちゃんとそういうことしておかないと痛いの?」
「アタシは、そこまででもなかったわね……。どっちかと言うと、樹の方が……」
「うん。私は結構痛くて、しばらく動いてあげられなかったんだよね……」
「そうだよね……初めては痛いもんね……」
頬を染めて話を聞いてた友奈も頷く。
「うーん……やっぱり、初めては気持ち良くないの?」
「どうかしらねぇ……。アタシも樹も痛みが引いた後は気持ち良くさせてもらったし……やっぱり個人差はあるんじゃない?」
「でも、やっぱり二回目からの方がより気持ち良かったかな? もちろん、初めての時も嬉しかったし、気持ち良かったけどね」
……あー、今更だけどあの時のこと思い出してたら、なんだか体が熱くなってきた。
横目で見ると樹も顔が真っ赤になってる。
……今日のお夕飯は精の付く物にしましょうか。
「そっかー。……ゆーゆはどうだった? やっぱり初めての時より、その後の方がよかった?」
「…………わ、私の時はね。その……ゆゆワイ君が…………私のことを思って……お、お薬を使って………くれたから…………」
「初っ端から媚薬を使ったの、アンタ達!?」
あの誰にも気遣いができて、友奈には特別優しいゆゆワイ君が!?
「う、うん……。あの頃のゆゆワイ君って、私のせいですごく悩んでて……それで、ちょっと……その、強引に……初めてを誘ってくれたの……。あ! 強引って言っても、少しだけだよ!? ゆゆワイ君にしては、ちょっとだけ強引だっただけなの!」
「うーん……。ねえ、ゆーゆ。真面目な話。ゆゆワイ君とは上手く行ってるんだよね?」
「う、うん」
「……嫌な言い方するけど、無理やり付き合わされてるわけじゃないよね?」
「もちろんだよっ! 私とゆゆワイ君はちゃんとした恋人同士だよっ!」
「……うん。じゃあ、信じるんよー」
「と、とにかく! 私の初めての時は最初だけ痛くて、後はもう気持ち良すぎてよく覚えてないんです!」
「それはそれでどうなんですか……?」
「ゆーゆ的にはどうなのー? 結構、特殊な初ほにゃだったみたいだけど?」
「え、ええっと……やっぱり最初はちょっと悲しかったけど、でも今思えばそれだけゆゆワイ君が私のことをす、好きなんだなーって……」
「うーむ。この彼氏大好きっ子は……」
……でも、もしアタシもワイに強引にそういうことされてたら、どう思ったのかしら?
失望する? 拒絶する? ……どうだろう。
絶対にしないだろうけど、ワイがもし万が一そんなことをするなら、きっと何か事情があるだろうし……アタシも許しちゃう……のかしら……?
……あ、ダメだ。友奈のこと叱れない。
アタシも大概色ボケしちゃってるわ。
「強引……ワイ君に、無理やり………………いい…………」
あのー園子さーん?
なんかトリップしてるけど大丈夫、アンタ?
……もしかして、この子そういう性癖してたの……?
「はっ!? な、なんでもない! なんでもないんよー!?」
「……まあ、園子さんの性癖はともかく、私達の話はこれくらいかな?」
「そ、そうだね。私もゆゆワイ君と心が通じ合えたあとは、ひたすら、し、してただけだったし……」
「初めてでひたすらって……。意外と友奈って性欲強い?」
「そっ!? そ、そんなことないよっ!? え、エッチなことも週に1、2回くらいしかしないしっ!」
「あ、そんなものなんですね」
「時間だっていつも半日くらいで、丸一日する時なんて二週間に一回くらいだもん!」
「十分多い、というか長いわよ!?」
毎回、半日って!
アタシ達そんなに長くすることなんて、ひと月に一回三人で一緒にやることがあるか、ないかよ!?
「あ、あれ……? これくらい普通、だよね……?」
「ごめん、ゆーゆ。実際にしたことない私でも、半日は長いと思うなー……」
「やっぱり友奈さんはドスケベでしたね!」
「そんなぁぁ……」
——ピピピッ!
「あれー? 夏ワイさん? どうしたんだろー?」
友奈が樹の容赦ない一撃で撃沈していた所、突然園子の携帯が鳴り始める。
どうも電話の相手は夏ワイさんみたい。
「あれ、よく聞こえない? ごめん、みんな。ちょっとスピーカーにしていい?」
「別に構わないわよ」
「じゃあ、失礼するんよー。ぽちっとな」
『私は園子様に笑顔でいてもらいたい。幸せになってもらいたい。そして……その隣に私も立っていたいんです』
「……え? ワイ君の、声……?」
「これは……」
もしかして夏ワイさん今、大赦ワイ君と話をしているのかしら?
「他の人の話し声も聞こえるから、大赦ワイさんには隠れて携帯を通話にしてるのかな?」
「たぶん、そうみたいね」
『園子様に想いを告げて、実際にお付き合いさせて頂いて……ようやく気付けたんです。私は後ろから着いていく関係ではなく、この人の隣で一緒に歩んで行きたい、と』
……なるほど。
会話の中で大赦ワイ君が園子への想いを口にしてたから、夏ワイさんが気を遣って園子へ話が聞こえるようにしてくれてるのね。
『……主従関係じゃなくて、恋人……厳密には夫婦の関係になりたい、ってか?』
『はい。恐れ多い事なのは百も承知です。でも、あの人を本当の意味で笑顔にできるのは……僕しかいないと、今は確信を持って言えますから』
……なによ、園子。
ちゃんと想ってもらってるじゃない、あなた……。
『私は、必ず園子様を幸せにしてみせます。絶対に』
「ワイ君……」
目をうるうるさせた園子が感極まったように呟く。
よかったわね、ホント……。
「良かったね、園ちゃん」
「うん……ありがとう、ゆーゆ……」
「これだけ想われてるなら、無理にあなたから動かなくてもいいんじゃない? その内、大赦ワイ君の方からお誘いが来るわよ、きっと」
「そ、そうかな……」
「きっとそうですよ!」
「そ、そっか。えへへー……」
幸せそうに笑う園子を見てると、こっちまで自分のことのように嬉しくなってくる。
「ふふふ。あまり友人の惚気を聞くのも悪いかしら。樹、友奈ちゃん。アタシ達はちょっと席を外しましょう?」
「そうだね、お姉ちゃん!」
「はい!」
「みんな……本当にありがとうなんよ……」
「別にいいわよ。友達でしょ、アタシ達?」
「……うん。友達、なんよ……」
……まったく、園子は良い笑顔するわよね。
大赦ワイ君が惚れこむのも分かるわ。
「じゃあ、電話が終わったら呼んでね、園ちゃん!」
「うん、わかったんよ」
そうして、アタシ達が席から立ちあがろうとした瞬間——
『——私に、馴染の娼館を紹介してほしいんです』
——場の空気が凍った。
「『…………………………は?』」
……笑顔のままの園子とスピーカーから聞こえてきた夏ワイさんの声がシンクロする。
あ、これ絶対にヤバいやつだわ……。
「……じゃあ、園子。アタシ達は部屋の外で待ってるからー……」
「フーミン先輩、私達友達だよね?」
「え、ええ……もちろん友人よ? それはそれとして、今は外に出たいというか……」
「友 達 だ よ ね ?」
「……席に、着きます……」
貼り付いた笑顔のままの園子の圧力に屈して、同じく逃げようとしていた樹と友奈と一緒に席に座り直す。
……今の園子に逆らっちゃダメね、うん。
『…………OK、大赦ワイ。もう一度、落ち着いて、ゆっくりと、話してくれ。……俺に、何を紹介してくれだって?』
『はい。私に、娼館か、もしくは娼婦の方を、紹介して、ほしいのです』
『……聞き間違いじゃねーのかよ……。ウソだろ……?』
夏ワイさんが呆然としている顔が目に浮かぶ。
……大丈夫よ、夏ワイさん。
こちらも皆同じ気持ちだから……。
「ふふ、ふふふふふ……」
感情がバグっている園子が怖い笑い声をあげているが、敢えて無視する。
……いや、本当に何言っちゃってくれてるのよ、大赦ワイ君!?
『園子様を幸せにしたい!』って宣言してたあなたは、どこに行っちゃったのっ!?
『実は、私は生まれてこの方そういう経験が皆無でして……』
『……まあ、別に珍しくはないんじゃねーか? 今日日中学生や高校生で童貞を捨てるやつも多いが、三十歳を超えて魔法使いになる男だって今でもいるからな。……ていうか、お前。園子ちゃんとはヤってないのか?』
『はい。婚前交渉はどうかと思いまして。園子様には一度誘われたのですが、私の方からお断りしました』
『……絶対それ、誘われたの一度だけじゃないぞ』
流石は夏ワイさん、大正解よ。
案の定、園子の涙ぐましい努力は、ほとんど通じていなかったらしい。
……逆にここまで鈍感な彼に、一度でもアプローチを理解してもらった園子の方がすごいのかもしれないわね……。
『ですが、私も男なので、正直このまま結婚まで我慢できる自信がないんです』
やったわね、園子。
やっぱり大赦ワイ君も我慢の限界だったみたいだゾ?
これならあと一歩で一線超えれそうだから、アタシ達は先に帰っちゃダメ?
あ、やっぱりダメですか、そうですか。
『お、そうか。だったら、今すぐ園子ちゃんと子作りしたいです!って頼みに行けばいいと思うぞ? ……土下座しながら』
「土下座ぐらいで許すなんて、夏ワイさんは優しいな~。ゆーゆもそう思うよね?」
「そ、そうだね……園ちゃん……」
怖い。
何が怖いって顔は満面な笑顔なのに、声に感情が全くこもってないのが、すごく怖い。
大赦ワイ君……!
お願いだから、これ以上ガソリンをかけないで……!
もう十分に園子は燃え上ってるんだから……!
『いえ、今すぐにするつもりはないんです。むしろ、そのために娼館に行きたいと言うべきか……』
『……なんだ? もしかして園子ちゃんと婚前交渉したくないから、性欲を他の女で発散したいのか? それが理由なら、俺はもう帰るぞ?』
——ギリィ……!
……園子の奥歯から嫌な音がしたけど無視よ、無視!
というより、真面目に大赦ワイ君は何でこんなふざけたことを、夏ワイさんに相談しているのかしら?
理由によっては、アタシの女子力マックスエルボーが彼の顔面に炸裂することになるんだけど?
『あ、いえ。別にそんな理由ではないです』
『……じゃあ、どういう訳だ?』
『婚前交渉はできるだけ避けたいのは事実ですが……。実は、そのこと自体はゆゆワイ様や犬ワイ君に相談した結果、責任を取るなら問題ないのではないかと思うようになりまして……』
「ゆゆワイ君、ナイスだよ!」
「お兄ちゃん、流石だよ!」
園子の怒りのオーラが少し弱まったのを見て、樹と友奈が小さくガッツポーズを取る。
本当にナイスよ、ワイ!
『グッジョブだぜ、ゆゆワイ、犬ワイ! そういえば、そいつらは結婚する前からズッコンバッコンしてた奴らだったな! ……んじゃあ、猶更なんで娼婦を紹介なんて頓珍漢な話になるんだよ?』
訝し気な夏ワイさんの発言を聞きながら、アタシ、樹、友奈も頷く。
そして、大赦ワイ君からの返事はこちらの想定の遥か斜め下を行くものだった。
『園子様との初めてを失敗したくないので、先に練習しておきたいんです!』
…………いや、ナイワー。
大赦ワイ君……流石にそれは、擁護できないわよ……。
……あぁ、だから園子に『それまでに準備をしますから』って言ってたのね……。
あなたって時々、ホントに頭が悪くなるわね……。
『別に……失敗してもいいんじゃないか……? そういうのも含めて、夫婦の経験だと思うぜ……?』
『いえ、私だけが失敗するのはともかく、この場合は園子様の初めてが失敗する、という意味でもあるんです。それだけは絶対に避けなくては……! 私は、園子様を絶対に幸せにすると決めたんです。ですので、初夜で失敗するなど決して許されないんです……!』
大赦ワイ君……その熱意をもっと別の所に向けなさいよ……。
ほら、見なさい。
あの友奈ちゃんですら、呆れたような顔でスマホを見てるわよ?
『なので、まずはその道のプロである娼婦の方に教わり、然るべき時に園子様との初夜を迎えるつもりです』
「ふざけないでよ」
能面のような無表情をしながら抑揚のない声で呟く園子がとても怖いです、はい。
『……エッチな本とかAVとかで勉強してもいいんじゃないか?』
『勉強自体は園子様お手製のほにゃ本などで、今もしっかりとしています。ですが、夏ワイさんもよく言われている通り、実践に勝る練習はなし。独学でやるのにも限界があるので、後はプロの方に教わろうかと思いまして』
「……お姉ちゃん。お兄ちゃんが鈍感な人じゃなくて良かったね……」
「そうね……。今の会話を聞いてて、心からそう思ったわ」
最初こそ私達への恋心を家族愛と勘違いしてたことはあったけど、好意を自覚した後のワイはむしろアタシ達以上に気遣いのできる良い男なのだ。
彼氏自慢? 惚気?
もちろんそうですが、何か?
あ、待って園子。
そんな恨みがましい目でこっちを見ないで!?
樹も怖がって、アタシの後ろに隠れちゃったじゃない!?
あと、友奈もどさくさに紛れて一緒に隠れようとしない!
『夏ワイさんなら通われている娼館や馴染の娼婦の方も知ってると思ったので、紹介してもらおうと今日はお呼びしました』
『……俺は今日ここに来たことを、すっごく後悔しているところだよ……』
夏ワイさん、ドンマイよ……。
今度、夏凜にそれとなく慰めてあげるように言っとくから……。
『なんとか、紹介して貰えないでしょうか。できるだけ園子様と年齢や体格、スリーサイズが近い方がいらっしゃれば、猶の事いいのですが……』
「あははー……ワイくん私のような女の人とほにゃほにゃしたいんだってー……どうしたらいいかなフーミン先輩?」
「…………アタシに聞かないでよぉ」
あまりにもあんまりな大赦ワイ君のクソボケ発言のせいで、園子の目のハイライトは完全にどっか行ってしまったわ……。
胃が……胃が痛い……。
『お願いします! こういうことを頼めるの、夏ワイさんしかいないんです! 私のほにゃほにゃの練習を見てくれる方を、紹介してください!』
『………………わかった。とりあえず、馴染の娼館で条件の当てはまるお嬢を探してみるから、実際の紹介はまた後日でもいいか?』
『もちろんです! ありがとうございます!』
……夏ワイさんは一旦返事を保留にすることで、時間稼ぎをするみたいね。
正しい判断だと思うわ、夏ワイさん……。
「……こっちのことを最大限尊重してくれるクソボケな恋人って厄介だと思わない、ゆーゆ? だって、こっちにことを気遣ってくれてるのに、その努力が明後日を向いてるんだよー?」
「そ、園ちゃん……ちょ、ちょっと怖いよ……?」
「アハハー! 大丈夫だよ、ゆーゆ! 園子ちゃんはーとっても冷静だもーん!」
ヤケクソ気味に園子が叫ぶ。
流石に可哀想になってきたわね……。
「で、でも、園子さん。いい方向に考えれば、大赦ワイさんも初体験には乗り気ってことは分かりましたし……」
『あ、ありがとうございます! ……正直、助かりました。これからは、できるだけ娼館に通うつもりでしたから、お金はいくらあっても足りませんでしたから』
「……その代わり、ワイ君の童貞はどこぞの娼婦の人が頂いちゃうみたいだけどねー? 一夜限りのワンナイトラブーなんよー。私以外の娘とらぶーらぶー。しかもできるだけ、通うんだって? 私が寂しく一人寝している時に、ワイ君は……ワイ君は…………っ!」
「あうぅぅ……」
樹が励まそうとするも敢え無く撃沈。
……今は下手に触らない方がいいのかしら……。
『……行ったな? ……よし。あー、聞いて……いたよな? あ、何も話さなくていいぜ!? 今のお前絶対怖いから!』
どうも大赦ワイ君がお店を出たらしく、夏ワイさんが話しかけて来る。
それ以降の会話は園子がスピーカーを切って、直接話をしていたから詳細は分からない。
そして、しばらくして……。
「うん……うん……わかったよ、夏ワイさん。色々ありがとうね。じゃあねー」
通話を終えて、園子がこちらに向き直る……んだけど、また物凄く怖い笑顔をしてるんだけど!?
「ゆーゆ、フーミン先輩、イッつん。ちょーーっと待っててねー?」
「なに!? アタシ達になにをさせる気!? 今のアンタ、すっごく怖いんだけど!?」
「大丈夫なんよー? フーミン先輩達には、もう少し詳しくお話してもらうだけだからねー?」
がたがた震えるアタシ達を余所に、園子がいい笑顔のまま誰かに電話をかける。
「あ、もしもし。春信さん? 忙しい所ごめんねー? ちょっと睡眠薬を用意してくれない? 男性でもしばらく起きないような強力なお薬。うん。大丈夫だよー? 飲むのはワイ君だから。……春信さん? 私ね。お願いしてるんじゃないの。これは大赦の代表としての命令だよ? 早くして。……うん、それでいいよー。じゃあ、今日の夕方までにお願いねー。じゃあねー」
「……ふう、これでよし」
「……園ちゃん? 今の電話……私、すごく嫌な予感するんだけど……?」
「ねえ、ゆーゆ? ゆーゆはゆゆワイ君にちょっと強引に初体験を誘われたんだよね?」
「う、うん……。そ、それがどうしたのかな……?」
「ゆーゆ。そのことって別に気にしてないんだよね?」
「そ、そうだよ? あの時はゆゆワイ君も色々あったし、今はちゃんと愛してもらってるから、別に……」
「じゃあ、私がワイ君をちょーーーーっとだけ、強引に誘っても許されるよね? 具体的には薬で眠らせてからの逆ほにゃなんだけど」
「えっ!? そ、それは……!?」
「許 さ れ る よ ね ?」
「あ、あうあうあう……」
この友人ハイライトオフのまま、笑顔でとんでもないことを言い出したんだけど……。
「というわけで、ゆーゆには初体験の時のことを洗いざらい話してもらうんよー」
「ええっ!? な、なんで!?」
「だって、ゆーゆがどういう風にゆゆワイ君に誘われたのか?とか、最初は嫌な気持ちだったのが、どういった心境の変化で今みたいになったのか?とか、聞きたいことがたーくさんあるんよー」
「私にとってすっごい羞恥プレイだよね、それぇっ!?」
「頑張って下さい、友奈さん! 友奈さんならこの逆境を乗り越えられると信じています! ……というわけで、私とお姉ちゃんはこれで帰りますねー……」
「樹ちゃん!?」
さり気なく友奈を生贄に逃げ出そうとする樹。
なんだけど……その前に園子が立ち塞がる。
まあ、逃がしてくれないわよね……。
「ダメだよ、イッつん? イッつんとフーミン先輩にも、聞きたいことがもっとあるんよ?」
「ひぇ!? わ、私達はごく普通の初体験だったので、もうこれ以上有意義な情報は持ってませんよ……?」
「そんなことないよー? ねえ、イッつん? イッつんとフーミン先輩は週にどれくらいほにゃほにゃするのー?」
「え? 二、三回くらい……?」
「それだけやってたら男の人の気持ち良い所とか、弱点みたいな所もいっぱい知ってるよねー?」
「え?」
「……二度とワイ君が私以外とほにゃほにゃできないようにしたいから、二人には知ってる限りのほにゃテクを吐いてもらうんよー……」
「えぇぇっ!?」
「あ、ゆーゆもね?」
「うわぁぁぁんっ!? こっちにまで流れ弾がきちゃったよぉ!?」
完全に暴君モードに入ってるわね、園子……。
まあ、恋人のあんなとんでも台詞聞いたら誰だってそうなるかー……。
「フーミン先輩もいいよね?」
「……はぁ。友人のよしみよ。今日は語れるだけ語ってあげるわよ。その代わり、よーっく聞いて、あのクソボケ君と最高の一夜を過ごしなさいよ?」
「もちろんなんよー! ……待っててね、ワイ君。忘れない夜にしてあげるからねー……」
ハイライトのない目で呟く姿は完全に危ない人だけど、もうその辺のことは大赦ワイ君にぶん投げちゃいましょう。
あなたの言道が原因なんだから、そこはなんとかしなさい。
「……いいの、お姉ちゃん?」
「腹くくりなさい。こうなった園子はもうてこでも動かないわよ。友奈もいいわね?」
「はーい……。うぅ、帰ったらゆゆワイ君といっぱいキスしよう……」
「じゃあ、三人とも、改めてよろしくなんよー!」
「はいはい。よろしくね」
さーて、と。
ここにはいない大赦ワイ君?
園子をその気にさせちゃったのはあなたなんだから、ちゃんと責任を取りなさいよ?