世界一嫌いだと言ってくれ

世界一嫌いだと言ってくれ

16:55

「~~~~ぅああア……ッ!!」


つぷり、と。ドフラミンゴの糸がローの心臓へ最後のひと縫いを終えた。

施術台に拘束されたローがとうとう力を抜き、びしょびしょに汗をかいた体で弱々しく呼吸する。


さすがに真剣だった表情を緩めたドフラミンゴの眼前で鼓動する、キューブに入ったローの心臓。

真っ赤にぬめるその表面には、これ以上なく悪趣味な刺繍がされていた。

髑髏が歯をむき出して笑う、ドフラミンゴのジョリーロジャー。流れるような筆致で書かれた「Donquixote Doflamingo」の文字。余白を埋めつくすクラシカルな紋様。


「…………ッ!!」

信じがたい侮辱だった。ローはとっくに切れた唇を噛み締め、きつく目を閉じる。

オペオペの能力で取り出した心臓は、キューブの上から与えられた痛みをはっきりと持ち主に伝える。長時間心臓を縫われ続けた痛みが、まだ強烈にローを苛んでいた。

耐えがたい胸の痛みを、今だけは刺繍だけのせいにしようとするローの体内へ、糸で彩られた心臓が戻される。施術台の拘束が外れるかわりに、再び海楼石で戒められた。


「フッフッフッフ!! いい顔だなァ、ロー!!」

顔を覗き込む気配がしたと思えば、軋むほど顎を鷲掴まれる。目尻に突き立てられる爪に渋々瞼を上げれば、いかにもご機嫌ですといった風情のドフラミンゴが笑っていた。

だらりと舌を垂らし、厭らしく口端を吊り上げる。


「俺が憎いだろう? ロー」

「……」

「今更隠さなくて構わねェよ。憎いはずだ」

鬱陶しいと思った。ローが苦しむほどドフラミンゴが上機嫌になるのはいつもどおりだが、今日は微塵も反応を返す気になれない。

気付いたうえで無視しているのか、ドフラミンゴはローの髪をひと撫でし、大げさに腕を広げてみせた。


「お仲間を皆殺しにしたあとも、あらゆる手を使ってお前を苦しめ続けるおれが!! 憎くて憎くてたまらねェだろう!? なあロー!!」

愉悦に満ちた声色。しかし執拗にローを甚振ろうとするその声は、どこか必死に言い募っているようにも響いた。嘲笑の底に、ほんのひとかけらの焦りや激情が見え隠れする。この瞬間に限って、ローは怒りだけなく、哀れみにも似た侮蔑をドフラミンゴに抱いていた。

それを知ってか知らずか、ドフラミンゴは鷹揚に言葉を重ねた。


「今日は機嫌がいい。少しは恨み言を聞いてやろうか、ロー」

「……」

「…………おい、ロー?」

ローは黙って顔を背けた。流石に訝しむドフラミンゴを意には介さない。

はっきりと自分の意思で、ドフラミンゴの言葉をすべて無視した。

目と口を閉ざし、それをはっきりと示す。しんと冷えたローの表情は、侵しがたい拒絶としてドフラミンゴの目に映った。

どうせ青筋を立てたのだろう。ドフラミンゴの気配が一瞬で降下する。


「────ぐあッッ!!!」

手加減なしの拳がローの頬を捉えた。瘦せ衰えた体はたやすく吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちた。

連日の暴力と、心臓へのダメージで疲弊したローには過ぎた苦痛だった。ぐわんぐわんと目眩がして、意識が一瞬で混濁する。弱い呼吸に危うい喘鳴が混じった。ぐったりと力が抜ける。

流石にこれ以上は命に関わると判断したのだろう。ドフラミンゴは激しい舌打ちをしたあと、大きくため息をついて気を落ち着けた。肺の空気を吐ききるような長い沈黙のあと、ローの瘦身を抱き上げて施術台に戻す。


「……水でも持ってきてやる。寝てろ」

低い声で言い部屋を出て行く。

最初から用意しとけよ愚図。と、ローは胸の裡だけで吐き捨てた。

震える体をどうにかマシな態勢に落ち着け、重たい隻腕を顔の前へかざす。ローの左手を、繊細なフィンガーブレスレットが飾っていた。

華奢な装飾品に輝いているのは、幾粒もの小さなダイヤモンド。クルーたちの遺灰で作らせたと、高らかにドフラミンゴが謳った代物だ。

きらめく宝石のひとつひとつを唇でなぞり、ローは大切な者たちの名を呟いた。


「……シャチ。ペンギン。イッカク。ジャンバール……!!」


胸が。声が。体が震える。

一度ドフラミンゴに踏み潰され、歪んだブレスレットを額に押し付ける。仲間の、同盟の、家族の、あの人の。すべての名前を呟いて目を閉じたあと、離した指先に自分の血をつけた。

左手を使い、左の肩口へハートの海賊団のシンボルを描く。万が一にも見られないようすぐ舐め取って、飲みこんで、体の裡へしまいこむ。

お生憎様、とうそぶいた。


お生憎様、ドフラミンゴ。

おれに憎まれたいんだろう。仲間への懺悔も悲しみも押しのけて、自分を一番に憎んでほしいんだろう。


お生憎様、ドフラミンゴ。

どれだけおれを嬲っても。どれだけあいつらを貶めても。

どれだけおれを、お前への恨みだけで生きる人間にしたくても。


おれはずっと、ずっとあいつらを愛してるよ。


END










●2023/1/12 追記

スレッド動画化等に伴う無断転載への措置として、

同じ小説を23-01-12 13:15:57にぷらいべったーで非公開投稿いたしました。

上記以外のものは無断転載です。

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