世界のつづき

世界のつづき


本当にいい仲間を持ったな。あいつは。

二手に分かれた一味と共にウタの能力で流れ着いたのだろう海兵たちの目をかい潜り、とうに滅びたこの国を未だ治める王のもとへと向かう。

平和という言葉を体現したような美しい街に入ってさえしまえば、そこからはもう道なりに進むだけだった。12年間閉ざされた夢の住人たちは、おれたちが何者であるのか気付くことも、気にすることすらない。

街中にも海兵は多少うろついていたが、多くが世界徴兵で入隊した新参者なのだろう。ヤーナムの街で厄介な連中を片端から叩き出しているヴェルゴたちと比べてしまえば、路地に入ればやり過ごせる程度の、お粗末な練度の寄せ集め部隊だった。

古い医療の街、ヤーナム。

今はあの人が治める秘匿の島から来たと明かしたおれに、ルフィの仲間が何か言うことはなかった。時間は限られ、味方は少ない。船長の示した道に挑むには、内輪揉めを起こしている暇などないのだ。特にこれほど、手持ちの情報に差がある場合においては。

こいつらはいつか姉様と共に聞いたルフィの話の海賊みたいに、冒険と、宴と、なにより自由を愛していた。そういう手合いはバカ騒ぎはしても、決して愚かではないということを、おれはよく知っている。

友達の為に片腕を失い、麦わら帽子を託して去ったあの男は、もうエレジアに着いた頃だろうか。

「あんたがこの国の王だな」

ウタの養い親は供も連れずにたった独り、国内放送用の電伝虫を備えた大部屋でおれたちを待っていた。


「私が"この世界"を封じた秘匿の存在を思い出したのは、一年ほど前に、この見慣れない楽譜を手に取った時だった」

国王は静かな声で、古びた楽譜をおれたちに差し出した。

刻まれたカレルが示すのは、いつか人々が赤子に祈ったのだろうその願い。

何よりもよく、見知った一字だ。

無音、断絶、静穏―凪のカレルが、寂しげに小さく滲んでいた。

「君たちの居る世界では…頂上戦争というものが終わって少し経った頃、一隻の軍艦がこのエレジアに流れ着いた。世界一の歌手になって、いつか迎えにやって来る赤髪の彼らのもとへ戻りたいと願っていたウタは、外の状況を聴いて深く悩んでいた」

「ウタはずっと外に出たいって思ってたんだな…」

「てめェの能力に閉じ込められてるってことにも気付かなかったのか?」

「そうだ…ウタはこの国に眠る赤子のことなど、知る由もなかった。そして真実に辿り着けたはずの、"魔王"の秘匿を継いできたはずの私も夢の中では全てを忘れ、終にこの夜へと至ってしまったのだ……」

チョッパーとゾロ屋に応えた声には、秘匿を守る暗い使命を帯びた者の持つ独特の色があった。

「だがあんたは思い出した。そんならその、"赤子"ってヤツの居場所にも心当たりがあんじゃねェのか?」

「…ひでェ話だが、このまま夢を見続けても全員共倒れになるだけだ。あんたの国はもう……」

「…分かっている」

ロボ屋と黒足屋の言葉を噛み締めるように頷いた王は、おれたちに背を向け放送用の電伝虫へと歩を進めた。

「君たちの探している"赤子"は姿なき故に、声のみの存在だ…歌こそが触媒となり、またその本質でもある」

「居場所を見つける…いや、"創る"にもあんたらの手助けが要る、という解釈で構わねえな」

「……少しだけ、時間をくれないか」

あの人は、ドフラミンゴは、おれたちがここに着く前に"秘匿"を狩ったはずだ。大量の水に沈む、あらゆる秘密を隠す眷属を。

「私たちは向き合わなければならない。ずっと前から、夢の終わりを待つだけの存在に成り果てていたことに。そして―」

この亡国の王が治める民は皆、もう思い出している。

「私たちの悪夢が、真実何を苗床として産まれたのかということに」


「あの王様一人だけに全部任せて良かったのかな?」

「エレジアの民は音楽を愛する…おれたち無法者の出る幕はねえ」

コソコソする必要がねえなら、コッチの方が良いに決まってる。というロボ屋の言に従い、おれたちはサニー号に立ち寄って大型のロボット兵器を引っ張り出していた。移動もまあ、それなりに早い。

目を輝かせたチョッパーを膝に乗せて、猛ダッシュするロボに揺られる。しかしだ。ウチじゃ作れねえのか、こういうの。

ヤーナムのでこぼこに歪んだ古い石畳を思い出しながら、おれはどこからどう見ても明らかな運用の難しさを、デュラ相手にどうやって誤魔化すか考えていた。

「あれが"魔王"か?またとんでもねェデカさだな!!」

「ナミさんとロビンちゃんが危ねえ…!!急ぐぞ野郎ども!!!」

人ならぬ声が夢に響くと同時に、遺跡を囲む木々を突き破り黒い影が立ち現れた。

"魔王"、トットムジカ。
哀れな、禍々しくおぞましいはずのその姿におれは何故か、心臓を突き刺す懐かしさを感じている。

「おれとゾロ屋、黒足屋、ロボ屋は魔王を叩きに行く。チョッパーはホネ屋とニコ屋、ナミ屋の雲と合流してくれ」

「分かった!おれたちは眷属を倒せばいいんだよな!!」

「ああ。ドフラミンゴの説明通り、連中には能力者の攻撃しか通らねえ。厄介な相手だろうが、対応は任せたぞ」

「任せとけ!!」

変態した観客へと向かっていくチョッパーの背を見送り、ロボの上から飛び降りた。

世界が悪夢に沈むかどうかの瀬戸際でも嘘を吐き続けるおれを、あいつもルフィも、外に残してきた仲間たちも信じている。その信頼を、裏切るつもりはなかった。

「懐かしい狩りが始まるぞ…"鬼哭"」

お前がコラさんと共に挑んだ狩りの夜の追憶よ、おれにその意志を継いでくれ。


鼻屋の号令で、それぞれ"魔王"に攻撃を打ち込んでいく。

たった2年で、一味の連中は皆見違えるほどに強くなっていた。でなければ、誰一人欠けることなく万国から逃げおおせることなど、到底できはしないだろうが。

「ロー!!残った腕を狙え!!!」

「"鬼哭"!!!」

限界まで出力を引き出した攻撃で、鳥のような爪を並べた腕の最後の一本が落ちた。

「行けー!!!ルフィ!!!!」

鴉羽を広げるピエロ頭に向かって、一味の叫びを受けたルフィが空を駆けていく。

気が狂いそうなほどの懐かしさをかき消すように、止まない赤子の声を打ち消すようにドラムの音が響いて、暗い森に白がたなびくのが見える。

先ほど青い月光で腕の一本を斬り飛ばしたドフラミンゴは、聖剣の名を持つ狩り道具を構えることもせず、響く音色にただ耳を傾けて立っていた。

空を覆う巨大な黒い翼の下で、太陽が輝いた、気がした。



「こっから出るぞ!!ウタ!!!」

もうずっと、夢の中にしかない閉ざされた都を、夜明けが赤く照らしていく。

あの日と同じ麦わら帽子を被ったルフィは、その背に鴉羽を負った幼馴染の手を引き上げて笑っていた。





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