世界で1番大好きでカッコいい人へ

世界で1番大好きでカッコいい人へ




「それじゃあ行ってくるね」

「車には気を付けろよな」

「いってらっしゃ〜い!」


旦那と息子を玄関で見送ったあたしと娘。

ドアが閉められると同時に、娘がキッチンまで走って行った。


「ママはやくー!パパ達が帰ってきちゃうー!」

「今さっき出掛けて行ったばっかだろ!」


…今日はバレンタイン、数日前に娘が手作りチョコをあげたい言って来たのがことの発端だ。

旦那と息子を驚かせたいから2人には内緒で作りたいとも言っていたが、あたしはこっそり旦那にだけ娘のチョコ作りの事を話し、息子を外に連れ出すのに協力してもらった。


「さて、今年はどんなチョコを作るんだっけ?」

「ソースの入ってるのと、ガナッシュが入ってるの!」


去年まではトリュフチョコや生チョコを作ってたのに、今年はボンボンチョコを作りたいとか…小学生になってから凝ったのを作りたいと言いやがって。


「そうだったな、じゃあ最初にシェルチョコレートから作ってくか」

「しぇる?」

「ソースとかを入れる為のチョコの事だよ」


シェルチョコレートはミルクチョコとビターチョコの2種類を作る。

まず娘にそれぞれの板チョコを細かく砕かせて、あたしは小さめの鍋で湯煎用のお湯を沸かす。

お湯が沸騰したら火を止めて、鍋にピッタリ収まるサイズのボウルに砕いたチョコを入れ、溶かす。

チョコが溶けたら、今回はハート型のシリコンモールドを使用、穴一つにつきスプーン1杯分のチョコを入れて、モールドを傾けたりして縁までしっかりチョコを塗る。

モールドを2つ用意して、それぞれのチョコを塗れたら冷蔵庫に入れる。


「次はガナッシュだな」

「アタシ1人で作る!」

「分かってるよ、今度は湯煎じゃなくて電子レンジを使おうな」


ガナッシュはビターチョコだけ使用。

耐熱用ボウルにチョコと生クリームを入れて、ラップをしないでレンジに入れさせる。

チョコが焦げないよう600wで20〜30秒温めたらボウルを持って軽く円を描くように回させる、これを3回繰り返し、レンジから取り出したらゴムベラで中心から優しくグルグル混ぜ合わさせる。

チョコと生クリームが混ぜあって、チョコがツヤツヤしだしたら徐々に外側に向かって大きく混ぜさせ、全体的にツヤが出てもったりした感じになれば乳化完了、ガナッシュの完成だ。


「ママ!コレにつぶつぶのヤツ入れたい!前にママが作ってくれたタルトにかかってたヤツ!」

「つぶつぶ……ああ、フランボワーズフレークの事か、確かまだ残ってたはずだけど…」


冷蔵庫の奥にあった容器を取り出す。

娘はガナッシュに大さじ3杯分のフランボワーズフレークを入れて、グルグル混ぜ合わせた。


「今年は凝ったのを作りたがるなぁ」

「えへへ!だって大好きな人にあげるんだもーん!」

(大好きな人ねぇ……)


あたしはチラリとテーブルの上を見た。

そこには100均で買ったチョコを入れる為のラッピングセットが置いてあるのだが、青色の四角い箱と、水色の丸い箱とは別に、赤いハートの箱がある。


(赤いやつ…絶対本命へのだろ…)


実は娘、旦那と息子以外にもチョコを渡したい人がいるらしく、今回のチョコ作りの大部分はその人のためみたいだ、誰に渡すのか聞いてみたが、


『世界で1番大好きでカッコいい』


…という事以外、その本命の事を教えてくれなかった。

流石にこの事は旦那には教えていない、教えたら絶対に発狂して面倒な事になるのが目に見えてるからだ。


(しかし小学生でもう好きな人が出来たのかぁ、早いなぁ)

「ママぁ、ガナッシュどうしたらいい?」

「ん?ああじゃあ冷蔵庫に1時間くらい入れて、少し冷やそうか、冷やしてる間に昼飯食おうぜ」

「はーい!」



………その頃、旦那と息子は………



「そろそろお昼かぁ、息子、何食べたい?」

「ハンバーグ…んーでも母ちゃんのハンバーグの方がぜったいうまいし…カレー……母ちゃんが作ったのよりうまいかなぁ」

「(エースのご飯で舌を鍛えられているせいで選択肢が狭まってる…)じゃあ母さんが作れない物でも食べるか」

「………母ちゃんが作れない食いもんって…なに……?」

「……………フォアグラ…とかかなぁ……」

「フォアグラ食っていいの!?」

「はぁ!!今のなし!今のなしいぃぃぃ!!」



〜〜〜⏰〜〜〜



「……パパ達、マック食べたって」

「いいなぁ、アタシも新作のやつ食べたい〜」

「今度の休みの日に食いに行くか」


腹ごしらえも済んで旦那からの定期連絡を確認し、チョコ作りを再開する。

冷蔵庫からシェルチョコレートとガナッシュ、そしてヨーグルトに掛ける用のフルーツソースを取り出す。


「チョコで蓋をするから、満ぱんになるまで入れるなよ」

「……これくらい?」

「ああ」


娘はビターのシェルチョコレートにイチゴ、ブルーベリーのソースを注いでいく。

ミルクの方にはガナッシュをスプーンで入れて、全部のシェルチョコレートが埋まったが、ガナッシュがかなり余ってしまった。


「コレ、生チョコにできるかな?」

「冷蔵庫で一晩寝かしておけば大丈夫だぞ」

「じゃあそうする!」


ボウルからラップを敷いたバッドに流し、ゴムベラで平らにしてから軽く空気を抜いて、上からラップをピッタリ掛けてやり冷蔵庫へ入れた。


「最後はチョコで蓋をして、冷蔵庫で1時間冷やせば完成だ」

「フタするのもやらせて!」


娘がソースやガナッシュを入れている間に、それぞれのチョコを湯煎しておいた。

娘はスプーンで丁寧に塗っていき、全部に蓋をして冷蔵庫にそっと起き、チョコ作りを終えた。


「チョコがかたまるまでどうしよう」

「ラッピングの準備をするでもいいし、この残ったチョコでオヤツ作って食うでもいいよ」

「溶けたチョコで…?」

「昨日爺ちゃんからイチゴ送られてきただろ?あと板チョコを買う時にマシュマロやクッキーも買ってある……今日のオヤツはチョコフォンデュだ」

「………!!」


娘の目が輝いた。


「パパ達には内緒な?」

「うん!」


イチゴの他に朝食用で買っていたバナナも残っていたからそれも一口サイズに切り、ちょっとしたパーティー気分なオヤツタイムになった。

ちょうど旦那から定期連絡が来て、2人で映画を見てから帰ってくるようだ。


「あと2時間くらいで2人とも帰ってくるみたいだ」

「え!早くラッピングしないと!」

「そろそろ固まってるだろうし、チョコペン温めるか」

「あ!ママ!温めおわったら向こういっててほしいんだ!」

「え……どうして?」

「チョコにもじかくところ、見られたくないの!はずかしいから!」


………これは……相当本命の相手にお熱のようだな……。


「おわったら呼ぶから、それまで寝るおへやで待ってて!」

「分かった分かった、火傷しないように気を付けろよな」


娘に背中を押されて、寝室に押し込まれた。

扉の向こうで足音が小さくなったのを確認してから、あたしはこっそり寝室を出て、足音を立てないようにキッチンを除く。

何を書いているかは分からないけど、娘は真剣な表情で冷蔵庫から出したチョコに文字を書いていた。

真剣に何かを作ってあげたい相手が出来た事にあたしは嬉しく思いつつも、娘が大人の階段を登り始めている事が少し寂しく感じ、寝室へと戻った。



〜〜〜⏰〜〜〜



娘が呼びに来たのは旦那達がそろそろ帰ってくる頃で、キッチンに戻ると既に箱にはリボンやシールが貼られていた。


「1人でラッピングしたのか?」

「うん!すごいでしょ!」

「すごいすごい!最後まで1人で出来て偉いなぁ!」

「えへへへへへぇ」


頭を撫でてやると、娘は赤ん坊の頃と変わらない笑顔で笑ってくれる。


「ただいまー」

「うわめっちゃチョコのにおいがする!!」


ちょうど旦那達が帰ってきて、部屋中に充満したチョコの匂いに誘われ、キッチンまでやって来た。


「お帰り、楽しめたか?」

「それより母ちゃんと姉ちゃん!2人でチョコ食ってたのか!?」


甘い物が大好きな息子は、あたし達がチョコを食ってたと思い込んで怒っているようだ。

娘は「ちがうよー」と言って、テーブルに置いてあった水色の箱を息子に渡した。


「はい!これ弟に!」

「へ?」

「今日バレンタインだから、お姉ちゃんからチョコのプレゼント!」

「お……おお……ありがとう……」

「パパにも!はい!」

「ありがとう娘!」


青色の箱を受け取った旦那は今にも泣きそうな笑顔で喜んでいる。

遠くない未来に娘からのチョコを渡されなくなったらどうなるんだろうなこの人。


「あれ?そっちの赤いハートのはダレの?」


ポツンと残された、一際目立つ物に息子が気付く。

旦那は「え、俺のと全然違う」と言ってるかのような表情になって娘と箱を交互に見た。

旦那に本命がいる事を知られたらどうなるか…さて、どう切り抜けるんだ娘よ……。


「これはねぇ…」


娘は焦る様子もなく、不敵な笑みを浮かべながら箱を手に取って、くるりとあたしの方を向き、


「はいママ!受けとって!」


と、赤いハートの箱を、あたしに差し出してきた。


「………へ?」


理解するのに時間がかかってしまった、いやまだ分からないんだけどこの状況。

固まって箱を受け取らないあたしに、娘の表情はだんだんと不安そうになっていき、耳も垂れてしまっている。


「コレ…あたしに?」

「そう!ママへのチョコレートだよ!」

「でも、だってコレ、娘が大好きな人にあげるって…」

「だからママだよ!アタシが世界で1番大好きで、1番カッコいいと思ってるのは!」

「……っ!」


屈折のない、嘘偽りのない言葉はあたしの脳天までに届き、やっと娘の行動を理解した。


「……今、ここで開けていい?」

「うん!」


娘から箱を受け取って、丁寧にリボンを解き箱を開けた。

中にはピンクと水色のペーパークッションが敷き詰められていて、箱の中心に文字が書かれたチョコが鎮座している。

チョコ1つに1文字、7つのチョコで書かれた文字は……。


『 マ マ だ い ス キ ♡ 』


けっして綺麗とは言えない文字だけど、娘の気持ちが込められたソレは、あたしを歓喜で泣かせるには十分な効力を発揮していた。


「〜〜〜っありがとう娘!あたしも大好きだよ!」


あたしは娘を抱きしめて頬擦りした。

娘は「くるしいよぉ!」と言いながらも抱き返してくれて、視界の隅で尻尾を嬉しそうに振り回しているのが見えた。


「………なぁ母ちゃん、母ちゃんはチョコくれねーの?」

「あ、コラ!少しは空気を読めって!」


完全に旦那と息子を置いてけぼりにしてしまっていた。

あたしは娘から離れて、今朝日が出る前に作っていたチョコレートシフォンケーキを冷蔵庫から取り出し、家族に見せた。


「勿論あるぞ!あたしからみんなへのバレンタインチョコだ!」


今日2回目のオヤツタイム。

全員分切り分けたシフォンケーキに泡立てた生クリームをたっぷり乗せる、娘には特別に余っていたイチゴも飾り付けた。


テーブルの上にはあたしが作ったシフォンケーキと、娘が作ったチョコを並んでいる。

あたしは、娘の愛情が籠ったチョコを、一粒ずつ噛み締めながら味わった。



終わり

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