世界が輝いて見えるのは
※書きたいとこを継ぎ接ぎしたのでとっちらかってる
※幼少期の話
弟が産まれてから、キャメルの世界は一変した。何がどう変わったのか、自身ではよく分かっていない。けれど前よりずっと、キャメルは笑顔でいることが増えた。一番大きな変化と言えばそこだろう。
生きるためだけに摂っていた食事も、コレは美味しいから弟にも食べさせてやろうと思うようになった。
着られればそれでよかった服も、弟に見合うものを見繕うようになった。
お風呂は出来るだけ毎日入って気持ちのいい状態で、枕の高さにまでこだわったベッドで弟と二人で眠るようになった。眠る前の「おやすみ」も、起きてからの「おはよう」も、毎日新鮮な気持ちで言うのが日課になっていった。
キャメルの世界は弟を軸に回っていた。
「クロー! こっち向いて!」
キャメルが呼びかけるとクロコダイルが振り返る。それを合図にキャメルはカメラのシャッターボタンを押した。
「撮れた! ふふっ、見ててね」
キャメルは写真をクロコダイルに見せるために笑いながら近づいた。その数秒後、カメラの下に付いた隙間から正方形の薄っぺらが出てきた。そこにはクロコダイルがいる。
「朝日とクロ。絵になってるね」
満足気なキャメルは写真を大事そうにポケットにしまった。
最近、戦利品として手にいれたカメラがどうやらキャメルは気に入ったらしく、事ある毎にクロコダイルを被写体にしていた。
これで何枚目だろうか。撮られてばかりのクロコダイルは兄に言う。
「自分の写真は撮らないの?」
「クロを撮る方が楽しいから」
兄ばかりが自分の写真を持っていて、それはフェアじゃないと感じたクロコダイルの質問へ、すぐに答えが返ってくる。
それでクロコダイルは、兄の知らぬ間に、こっそりカメラを使ってやろうと決めた。
◇◆
その日の夜。
「おやすみ、クロ」
「おやすみ……」
寝転んだ状態で兄と目を合わせるとクロコダイルは不思議な感覚になる。それはきっとキャメルの瞳孔が地面と水平を保っているからだ。横に伸びていた瞳孔は寝転ぶと今度は縦になる。
クロコダイルがそれに初めて気づいて本人に伝えた時も、「クロとおそろいだ」と兄は笑っていた。
そんな兄の目を見ているうちに、いつの間にか眠ってしまうことがほとんどだが今日は違った。
すっかり眠ってしまった兄を確認してからクロコダイルは体を起こした。
そして棚の二番目の引き出しに入っているカメラに手を伸ばす。ずっしりとしたそれを胸の辺りまで持ってきて抱えて、ボタンの位置を確認したら、次はレンズを覗いてボタンを押すだけ。
レンズ越しに眠っている兄を捉えたクロコダイルは、しばらくしてカメラを下ろした。
兄を撮ってやろうと思っていたのに、いざその時がきてみれば眠っているのを撮るのは味気ないなんて思った。
「……くろ?」
しまった、とクロコダイルは肩を跳ねさせる。兄が目を覚ましてしまった。
「んん? ……そっか、くろもとりたかったんだね」
クロコダイルの手に持っているのが何なのかをゆっくり認識したキャメルはそう言った。
寝ぼけ眼で、舌足らず。勝手に使ったことを怒られるかと思ったクロコダイルだったが、どうやらその心配は要らないようだ。
「あした、いっしょにとろうね、いっぱい。よふかししちゃだめだよ。ほら」
キャメルは横においでと言うように、さっきまでクロコダイルがいた場所をポンポンと叩いている。
それでもカメラを仕舞おうとするクロコダイルを止め、布団の中に招き入れた。
「カメラは枕元にでもおいておけばいいよ」
「いいの?」
「うん。それよりほら、体が冷えてる。あっためないと」
「……うん」
兄に抱き締められながら目を閉じればクロコダイルの意識はすぐに夢も見ぬほど深いところに落ちていった。
次に目を開けたのは、朝日に照らされた部屋が暖まってきた頃だった。
◇◆
クロコダイルは一人、目を覚ました。懐かしい夢を見ていたような気がする。しかし気分は最悪だ。隣に兄はいない。昨日、自分の前からいなくなってしまったから。
ベッドの上で、ぼうっとしていると部屋の扉が開いた。部屋に入ってきたのは、クロコダイルが物心つく頃には何故かいたラクダだ。二人で暮らし始めてしばらく経った頃、そいつにはショコラという名前がついた。兄がつけたのだ。
クロコダイルはそのラクダから顔を背けた。それでも近づいて来るのが分かったので、両膝を抱えた状態でそこに顔をうずめた。
しかしラクダはお構い無しにクロコダイルの背に擦り寄ってきた。時折鳴き声を上げながら、何かを話しかけるように。それが鬱陶しくなったクロコダイルは、
「なんなんだよ!」
と、声を荒らげてベッドから飛び退いた。
するとラクダは、やっと起きたとでもいうように今度はクロコダイルの服を噛んで引っ張った。
「おい! 止めろ!」
これがなかなか強い力で、クロコダイルは大人しくラクダの後を着いていくしかなかった。
連れられてきたのは兄が服を作るのに使っていた部屋だった。その部屋の机の引き出しを、ラクダは鼻を引っ掛けて器用に開けてみせる。
入っていたのは、写真だ。まだ船の上で生活していた頃の。兄がよく撮っていた。
何枚もあるというのに、写っているのは構図も背景も似たような自分ばかりで、クロコダイルは思わず笑ってしまった。けれどその中から一枚の写真を見つけて、目を見開いた。
そこに写っているのは自分と兄。それから今より小さいショコラ。
兄は見切れているし、光の当たり方も微妙だし、多分コレが今ある中で一番出来が悪くて、しかし唯一兄が写っている写真だ。コレを撮った後、自分がカメラを壊してしまったから。転びそうになった拍子に持っていたカメラを落としたのだ。クロコダイルが転ばずに済んだのは兄が支えてくれたからだ。
何でカメラを受け止めなかったのかと、そうすればまだ使えたはずなのにとクロコダイルが問えば兄は笑って答えた。
『写真はクロとの思い出。すごく大事だけど、それ以上に今いるクロが大事だから』
この写真には、そういう記憶がつまっている。
……あぁ、余計なことを思い出してしまった。
「こいつをやるから元気出せって言いたいのか?」
クロコダイルはショコラの方に向き直り、あざけるように鼻で笑って、そして。
「……嘘つき。おれが、だいじなんて、うそつきやがって」
震える声で、絞り出した。口に出したらそれを受け止めきれなくなって。
「アニキなんて……アニキ、なんて…………うぅ」
昨日からずっと抱えていた感情が、決壊してしまう。
両親に売られそうになったときだって少しも泣かなかったのに、どうして今。
けれど本当は分かっている。両親に売られることよりも、兄に見捨てられてしまうことの方がずっと、ずっと。
「い゙やだ! な゙んでおいて行くん゙だ! ……アニキは、おれのこと、もうどうでもよくなったのか!?」
叫んでも叫んでも、胸の痛みはなかなか消えてはくれない。それでも苦しくて泣き叫ばずにはいられなかった。
そんなクロコダイルの慟哭を、ショコラだけが聞いていた。
クロコダイルが泣き疲れて眠ってしまうまで、そして眠ってしまってからも、ショコラだけが寄り添っていた。