世界がもし100人の凪の村だったら

世界がもし100人の凪の村だったら

ストーリーテラーニキネキ

世界には100人の凪しかいませんでした

凪たちは、お互いに必要最低限の干渉しかせず、怠惰に、静かに暮らしていました


ある日のことです

村境に住んでいた1人の凪が、見慣れない少年に出会いました


「やっと人間を見つけた!」


初めて見る凪以外の人間でした

無気力で怠惰な凪と違い、少年はキラキラした笑顔で、大きな声を出して走り出し、突然凪に飛びついてきました

「世界にはもう俺しかいないと思ってた!」


その瞬間、凪の世界に色がつきました


少年は、玲王と名乗りましたーーこれが、はじまりです

村境の凪は、玲王を家にあげることにしました

どこにもいくあてがなかった玲王は、お礼にと細々した家の中のことを引き受けました


凪が嫌々ながらも生きていくためにしていたことを、玲王はとても楽しそうにおこないます


毎日新鮮にこんなことがあった、あんなものを見たと笑顔で話す玲王を見ていると、

凪は今まで何も自分の目には映ってなかったと気づきました


玲王のキラキラひかる瞳に自分の姿が映っているのを見ると、胸の中がぽかぽかするようでした


玲王は、凪が何を言っても笑ってくれました

「凪は面白いな!」と言ってくれるので、凪も自分のことを話すようになりました

そうすると、自分は自分で思うより、色々と感じていたことに、だんだん気がつき始めたのです


これを幸せと呼ぶのかな

凪は、生まれて初めて、そんな単語を口にしました


でも、ある日

村の用事を伝えに、近所の凪が家にやってきたときに、その幸せは、終わったのです

「え? 凪がふたり?」

玲王は、その大きな瞳をさらにまあるく開きました

訪れてきた川向こうの凪も、珍しく瞠目しています


世界には、玲王のほかには凪しかいませんでした

それが、あたりまえでした


村境の凪には、すぐにわかります

なにしろ、同じ凪なのです


川向こうの凪も

山の麓の凪たちも

谷に住む凪たちも

里に住んでいるたくさんの凪たちも


玲王を見れば、きっと、自分と同じことを思うのだ、と


村境の凪は、その瞬間に

衝動的に、持っていた鍬を、振り上げました

「凪?」

さらりと、玲王の紫色の髪が流れるのが、村堺の凪の視界に入りました

玲王が首を傾げて、自分を見つめているのに気が付きました


衝動が、すうっと消えていきました

玲王の前で、俺は何をしようとしたのだろう?

凪は、自分の気持ちが、よくわかりませんでした


川向こうの凪が、伝言も忘れてじっと玲王を見ています

けれど、玲王は、自分を心配そうに見つめています

それだけで村境の凪は満足して、ゆっくりと腕を下ろしました


川向こうの凪が、こちらを睥睨しながら、低い声で言います


村の集会に呼びにきたんだけど、玲王をみんなに紹介しないといけないと思う

玲王をこの家に、いつまでも住まわせるわけにはいかないと思う

彼の身の振り方は、村のみんなで決めるべきだ、と


村境の凪は、目の前がまっくらになりました

「え……どういうことだ、これ……みんな、凪なのか?」


玲王が呆然と呟きます


どうしてなのか、村境の凪にはわかりません

けれども、その言葉に、胸がとても痛くなりました

叫び出したいような気持ちでした


村には、100人の凪がいます

みんな、同じ凪です

それは事実でした


それなのに、今は、それがとてもとても嫌で仕方がないのです


村の集会で、玲王は全員にお披露目されました

最初は戸惑っていた玲王でしたが、状況を飲み込むと、礼儀正しく自己紹介をしました

村境の凪は、隣に立つことを許されませんでした


ただ籤で今年の村長にローテーションが回ってきていただけの凪が、玲王の隣に座っていて

玲王の家を村の中心に用意する、と決めてしまいました


村境の凪が無意識に握っていた拳から、血が滴り落ちました


凪は、怠惰で無気力な生態のいきものでしたが、無能ではありません

やろうと思えば、どんなことも可能にするだけのちからがありました

けれど、必要最低限にしか活用するつもりはありませんでした


玲王は、まるで正反対の少年でした

自分の持てる力を、あらゆるものに惜しみなく注ぎ込みました


そんな玲王を見ていると、なぜか凪も、頑張ってしまうのが、不思議でした


玲王が少しでもこの村を、凪を好きになってくれるように

玲王のために家を建て、玲王のために家具を揃え、玲王のために村の規則を見直しました

こんなに集会が何度もひらかれたのは、凪の知る限り、はじめての出来事です


凪が頑張ると、玲王はきらきら輝く笑顔で、褒めてくれます

「凪はすごい! ありがとう!」

凪には、それだけでじゅうぶんなのです

どの凪も、そのためだけに汗を流しました


村境の凪は、少し離れたところから、それをじっと見つめてることしかできません

その夜は、臨時集会に玲王だけが呼ばれませんでした

村の誰か1人だけを集会に呼ばないという事態もまた、はじめてのことでした


議題は、村境の凪の糾弾でした

玲王のために、玲王の言う通りに、どの凪も頑張っているのに、彼だけが非協力的だからです

彼だけが、玲王から距離をおこうとするからです


玲王が、そのことをとても悲しんでいると村長の凪が伝えた時、村境の凪の心には昏い歓びが生まれていました

そう、彼は確かに、玲王の悲しみをよろこんでしまったのでした


もう、村境の凪だけが、同じ凪ではありませんでした

それを、全ての凪が、気がつきました


「こいつは玲王を悲しませる」

「こいつを殺そう」


そう言い出したのは川向こうの凪だったと、村境の凪はぼんやりと考えていました

「玲王の特別になりたくて一生懸命になるなんて、それは特別でもなんでもないことの証拠じゃない?」

村境の凪は、ゆっくりと口角を上げてーー生まれて初めて笑顔を作って、ようやく口を開きます

「ここで俺を殺したら、玲王はもっと悲しむよ」


村長の凪ははっきりと、双眸に嫌悪を浮かべました

昨日玲王に頭を撫でられていた里の凪が、はっきりと舌打ちをしました

一昨日玲王に花を贈っていた橋下の凪が、息を呑みました


全部、全部、村境の凪は見ていました

忘れてやらない、と睨みつけました


しかし、川向こうの凪だけが、村境の凪と同じように、唇の端を吊り上げました

慣れていない、歪な笑みです

「可哀想だね、村境の」

声には、侮蔑が込められていました


「明日から、俺がお前の家に住むよ」

川向こうの凪が、鍬を手に取りました

「どうして玲王に、俺たちの区別がついているなんて、信じたの?」


ああ、どうしてあの時、振り上げた腕を下ろしてしまったのだろう、と村境の凪は後悔しました。

玲王の前で川向こうを殺しておけばよかった、そうすれば


玲王にとって、特別な凪になれたのに















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