下克上の準備③
流魂街・志波空鶴の屋敷
追加の情報という言葉に、再び場の意識がカワキに集中した。
軽く目を見開いた京楽。
呆れた口調の夜一がカワキに言う。
「なんじゃ、まだ隠しとる事があるのか。まったく。お主というやつは……」
『私が提供できる情報は残り三つだ』
「一つちゃうんかい。結構あるやんけ」
堪えきれず平子が口を挟んだ。
間を置かず、さっさと話を進めろと銀城が情報開示を急かす。
「それで? その情報ってのは?」
『産絹彦禰とその斬魄刀について。そして浦原さんを連れ去った完現術者——道羽根アウラの能力に関して』
あげられた項目に京楽はピクリ、と眉を上げると静かにカワキを見据えて言った。
「……! ……聞かせてくれるかい?」
こくり、と頷いたカワキが口を開く。
『ああ。まずは綱彌代時灘を打破する上での最大の障害、産絹彦禰について話そう』
「“最大の障害”だぁ? てめえがそこまで言うってこたぁ……強いんだな?」
凶悪な笑みを浮かべた更木の問いかけ。
未だ見ぬ強者との戦いへと思いを馳せて禍々しい霊圧を揺らす更木に、広間の空気が自然と緊迫したものに変わる。
無機質な表情のまま、カワキが答えた。
『性能は悪くなかった。ただ経験が薄い』
答えた後、カワキは共に彦禰と戦った者達の顔を順番に見回した。
そして、産絹彦禰という存在の成り立ちを語り始める。
『刃を交えた者なら解っていると思うけどアレは真っ当な死神じゃない。中身は霊王の欠片を固めて死神の魂魄や滅却師の脳を混ぜた——謂わば、霊王もどきとでもいうべき存在だ』
「霊王の……欠片? もどき?」
「それは……」
霊王宮にて新たな霊王の姿を目の当たりにした者と、その正体を知らぬ者達の間で反応が別れた。
だが——どちらにせよ、カワキの言葉は信じ難いものだった。
大量の魂魄を折り重ねた存在というものはない事はない。
死神が使う斬魄刀、大虚以上の虚、浦原が作り上げた義骸。
しかし、そのどれもが単一の要素を持つ魂魄を折り重ねたもの——反発する複数の魂魄を織り交ぜて、人格を持つ存在を造り上げるなど到底信じられない。
広間の騒めきを無視して、カワキが話を進める。
『発案は綱彌代時灘だろうけど……恐らく実際に造ったのは道羽根アウラだろうね。彼女は固有の完現術が使えないかわりに、基礎である霊子の使役に優れているから』
何かを思い出したように『ああ』と呟くと、カワキは死神達に目を向けた。
『死神にわかりやすく言うと、彼女は痣城剣八の卍解に近い能力を有している』
「————!」
そこまで聞いて、実際に痣城と対峙した経験がある十一番隊の面々を中心に、彼の能力をよく知る死神達は顔色を変える。
ネリエル、ハリベルの両名は、以前痣城に狙われた破面——ロカと交流があるためか、険しい顔をしていた。
滅却師は大半が疑問の色を浮かべていたが、リルトットは思い当たる節があるようで声をあげる。
「痣城……っつったら、前に殿下が戦ったっていう無間の罪人で合ってるか?」
『ああ』
「あぁ……あの時の……」
当時、カワキの身を案じて警告の手紙を出していたジゼルが苛立ち混じりの遠い目でボソリと呟いた。
報告の中身は殆どなかったが、せっかくの手紙の甲斐も虚しく、カワキが危険人物との交戦を繰り広げたであろう事は想像に難くない。
ジゼルの心配をよそに、カワキは次々と情報を開示していく。
『最後に、産絹彦禰が持つ斬魄刀についてだけど……あれの正体は旧い虚だ』
「バラガンの名に反応したのはそういう事だったのか」
バラガンの訃報に慟哭した事にも得心がいったと、ハリベルが言葉を発する。
落とされた視線には複雑な感情が乗っていた。
対する滅却師や完現術者は、産絹彦禰が虚閃や黒腔を使用する事ができたのはそれが理由か、と納得に頷く。
瞬きを一つ、カワキが見解を加えた。
『私の“眼”には、中の虚は綱彌代時灘とも使い手の産絹彦禰とも異なる目的で動いているように見えた。彼らも一枚岩じゃないと言えるね』
最初にあげた全ての項目を説明し終えたカワキが厳粛に告げる。
『私から提供できる情報は以上だ。質問は受け付けない』