下克上の準備①
流魂街・志波空鶴の屋敷
カワキが事件の黒幕として四大貴族の名を挙げた事で、志波家の大広間に集まった者達は訝しげに顔を見合わせる。
仲間と目配せする者、一人黙考する者、何をするでもなく蹲る者、行動はそれぞれだったが、話を聞いた者の大半はその顔に疑念の色を浮かべていた。
彼らが疑念を抱いたのは、尸魂界の貴族が事件に関わっている事ではない。
なぜそれほど重要な話をカワキが知っているのか。
彼らがはじめに疑念の目を向けた先は、黒幕の正体を告げたカワキだった。
「殿下が言うんだったら情報の真偽は確かなんだろうぜ。真偽はな」
醒めた目をしたリルトットは、カワキが告げる以上は情報に嘘はないと断定した上で「だけどな」と言葉を区切って疑り深くカワキに問いかける。
「問題は目的だ。俺達にそんな話をして、殿下にいったいなんの得がある?」
「まさか殿下がなにもなく情報だけボクらにくれる……なんて都合の良い話、ある訳ないもんね」
疑いを投げかけたのはリルトットだけではなかった。
広間の中央に立つカワキを見る滅却師の少女達の視線には、隠し切れない警戒心が滲み出ている。
——あの殿下が見返りもなく動くなんてあり得ない。
奇しくも、この場の滅却師は全員が同じ事を考えていた。
「……なあ、殿下。あんた、俺達になにをさせたいんだ?」
疑いの目を向けられる事は想定内だったのか、あるいは単にそういった類の視線を向けられる事に慣れていたのか。
問いかけられたカワキは、焦るでも開き直るでもなく、ただ書類に記載された事実を述べるような口調で答える。
『言った筈だ。情報を聞いたからと言って行動を強制する気はない、と』
目的を明かすつもりはないのだろう。
答えになっていない答えを返したカワキに、困った表情をしたネリエルが諭すように言葉をかける。
「カワキ。それだけじゃ解らないわ。私達にして欲しい事があるんだったら言って。協力できる事なら力になるから」
『君達になにかを頼むとすれば、それは私からじゃない』
「……? どういう事?」
『……ああ。来たようだ』
困惑するネリエルに、カワキは視線で襖の外を示した。
階上から廊下へと下りてくる複数の霊圧が感じられる。
その中の一つ、突出して色濃く荒々しい霊圧を感じ取った者から顔色を変えて緊迫した空気を漂わせる中————
大広間の襖が開いた。
「……なんの集まりだ、こいつぁ」
襖の向こうから現れたのは五人の死神。
最も色濃い霊圧を発する更木剣八、その後ろに付き従った斑目、弓親。
更にその横に、無言で中を見渡す六車が立ち——四人の後ろから現れる形で、護廷十三隊の総隊長、京楽春水が姿を現した。
「や、みんなお揃いのようで。可愛いお嬢さんもいっぱい居て嬉しいねえ」
『前置きは要らないよ。現世の状況と犯人の情報は開示してある』
「……随分と耳が早いねえ」
一瞬だけ押し黙った京楽だったが、すぐにポンと両手を叩くと、気軽な調子でその言葉を口にした。
「それじゃあ、ちゃっちゃと始めちゃおうか。四大貴族に対する、下克上をね」