三つ目の刺青
謎時空
ベッドの中の話だけどエロいことはしてない
深夜の来訪者がフードを脱ぐ。
人目を偲んできたためか、普段よりも幾分厚着だ。
開いた窓から直接降り注ぐ月明かりに来訪者……ポートガス・D・エースは目を伏せた。
「良いのかよ、寝室にまで通しちまって」
エースは挑発的な笑みを浮かべながら、ドフラミンゴが腰掛けているベッドに横になる。
質の良いそれは一人分の体重が加わったところで軋みはしない。
これまでもエースがドフラミンゴに迫ることは度々あった。
ドフラミンゴはどういう心持ちか、その好意に振り向くことなく、かと言って振ることもせずに遊ばせている。
さて、今晩はどう迫ってくるのか。
グラスに残った酒を呷り、ドフラミンゴは傍のエースへ向き直った。
「なんもしないからさ」
どこか楽しげに呟くと、エースの手は性急に自身の衣服を剥がしていく。
ストリップにしては情緒がない。
恥じらいゆえか珍しく逸らされた視線は悪くはなかったが。
そう時間も経たずに普段と変わらぬ服装になると、ようやく手が迷い始めた。
「あー……捲んのじゃ見えにくいかな」
「何がしたいんだお前は」
見えにくいも何も、もう残ってる衣服はズボンだけだ。
つまりエースが見せたいものはその下にあるという。
「ほら、気にしねぇからさっさとしろ」
「わっ!!おれが気にするって!!!」
ドフラミンゴがベルトに手をかけると、広いベッドをゴロゴロと転がってエースは抵抗する。
しばらく騒ぐと、ようやく追ってきていないことに気がついたらしくうつ伏せで息を整えた。
「つーか気にしてくれよ……」
こもった声が情けなく響く。
ドフラミンゴは思わず笑って、エースに背中を向けた。
「これでいいだろ」
不満げな唸り声のあと返事はないが、ゴソゴソと衣擦れの音。
「もういいぜ」
ドフラミンゴが振り返ると、エースが一糸纏わぬ姿で座り込んでいた。
アクセサリはそのままに、局部は自分の衣服で辛うじて隠しているものの、無防備な姿だった。
そんなことよりも青白い月光に照らされる肌に、とびきり目を引くものが刻まれていた。
右腿の付け根に近い場所に刺青が入っていた、翼に囲まれた二つのD。
自身の境遇を揶揄されたようで、ドフラミンゴは静かに息を呑んだ。
望めば何もかもを語るエースに対して、ドフラミンゴは己の半生を伝えていない。
「なんでこのマークにした?」
「糸ってモチーフ難しいだろ。それにアンタ、ひょいひょい空飛ぶし」
「フッフッフッ!」
無駄な推測だったかとドフラミンゴは笑う。
どこか飾ったような笑みに気がついたエースは、言い訳のように言葉を続ける。
「イニシャルだけなら、もし見られても俺の名前だって誤魔化せるだろ?」
「必要な言い訳はこんなとこに入れた理由だろ、精々見られねぇようにしろよ」
和らいだ空気の中、ドフラミンゴも横になる。
体に絡まって煩わしいエースの服をポイポイと持ち主へ投げ渡した。
「しかし墨まで入れちまうとは、随分と惚れ込まれたもんだ」
一瞬、白ひげを話題に出してからかってやろうと思ったがやめておく。
ドフラミンゴは自分の半分も生きていないこの若者の心を弄ぶほど性根が曲がっているが、片手間に怒らせるほど屈折してはいない。
それほど強い関心をエースに対して持っていないのも理由の一つだが。
「何回も言ってるだろ……好きだって」
「その割にお前の体じゃ二人目の男じゃねえか、悲しいぜ」
エースの背中を刺青をなぞるように撫でる。
そこには彼が父と慕う男のシンボルが大袈裟に刻まれている。
向かい合う形でドフラミンゴがエースを引き寄せると、簡単にその体は腕の中へ収まった。
あからさまに熱くなっている体に、いっそ哀れみを覚える。
「いや、親父は家族だし……三人目だぞ」
「三人目?」
予想していた反論から繋がった予想外の言葉に、思わず鸚鵡返しになる。
エースが左腕のSを指差して言う。
「これはまだ言ってなかったか、死んだ兄弟のマークなんだ」
ドフラミンゴはサングラスの奥で目をすがめる。
脳によぎったのは自分の元を離れていった二人のこと。
郷愁に耽るエースはその不穏な沈黙に気づくことなく、微笑みながらSの刺青を眺めていた。
死んだ兄弟を暖かな声で語り、新たな父を見つけている。
やはりこの青年に同じ思いを返すことはできない。
ドフラミンゴにとって、エースは心の致命的な箇所がよく似ていた。
エースを傍に置いてしまえば、自分ですら知らない自分が顔を出しそうで恐ろしかった。
「……お前のことだから書き損じかと思ったぜ」
からかうため出したはずの声は、薄青の部屋のなか苦しげに溢れた。
それまで腕の中で大人しく固まっていたエースが、驚いて顔をあげる。
ドフラミンゴは歯噛みした。
(ほら見ろ、このガキは見て見ぬ振りすらできやしねえ)
「家族以外の刺青は初めてだし、見せないところに彫ったのも初めてだよ」
その気持ちを分かっているから、おれの気持ちを分かってくれ。
そんな言葉が聞こえてきそうだった。
若くハリのある手が胸元に縋りつく。
かつて己をも焼いた炎の化身が、腕の中で頬を染めている。
この熱を知らなかった頃には戻れない。
こいつだって、刻む前には戻れない。
もっと傷を知ればいい、いつかこっぴどく振ってやるから。
ドフラミンゴは重なっている腿を割り開き、三つ目の刺青に爪を立てた。
「痛いって」
責める言葉と裏腹に、エースは喜びを顔に浮かべる。
未だ彼らは情を交わしたことがない。
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ドフラが一回しかエースに矢印向けなかったの、よっぽどエースが地雷だったんじゃないかと思って書いた。
どっちも一見陽キャだし何も考えずはしゃぐ時もあってほしい。