万魔の長
「チキチキ!輸出向け新製品開発会議〜いえ〜い♡」
アビドス高等学校本校舎、小会議室にハナコの快活だがどこか艶かしさも含む宣言が響き渡る
「うへ〜い!」
「イェーイ!キキッ…なかなか面白そうな議題ではないか」
「「………」」
円卓を囲むのは五人
返事をしたのは、三人
アビドスのトップ三人が会議にいるのはわかる
私もいびりの一環として会議に呼ばれることは多いのでわかる…アビドスに有益な提案なんてするはずもないのに
だが…この人はなぜここにいるんだろう
月雪ミヤコは、長い足を組んでこの場の誰よりも偉そうにふんぞり返っている万魔殿議長兼捕虜、羽沼マコトを眺めていた
「ちょっと待って、なんでマコトが参加してるの?」
ミヤコと同じくノリについていけなかった空崎ヒナが聞く
普段はミヤコとは相容れない三人組の一角だが、それ以上に嫌う相手がいては感想も一致するということだろうか
「なんでって…ヒマだからだが?食事と読書くらいしかやることがない、ここには砂糖以外のまともな娯楽はないのか?」
「いやそれが自分を捕虜にしてる組織の会議に出席する理由になるわけないでしょ」
いつも砂糖入り食品を勧めてくるイカれ女のくせにすごいまともな事を言っている、そう思いながらミヤコも一応マコトに忠告する
「…そもそもどうして当然のように檻から出歩いているんですか…捕虜らしく立場をわきまえた方が良いのでは?」
「このマコト様は万魔殿の議長だぞ?囚われの身といえどVIPにはVIPなりの待遇というものがある…キキキッ、ホシノは案外そういう話はわかる奴だ」
小鳥遊ホシノに直談判して校内や図書室を歩き回る権利を勝ち取ったということだろうか
正気かコイツ…?
「うへ〜、そろそろ話を戻そうか…ハナコちゃん、説明よろしく」
「はい♡それでは…先日の口座ハッキングによる金銭盗難、及び改ざん事件の影響でアビドスが組織として保有するクレジットは大きく減少しました…
現状アビドス自治区の中だけで半独立した経済が存在すること、また砂糖・砂を介した物物交換や精製砂糖を金貨代わりにした取引などもあるため一般には直ちに影響はありませんが、外部からの兵器や弾薬の搬入に将来的な不安が及ぶ可能性があります
…そこで今日皆さんに考えていただきたいのは、外部からクレジットを獲得するための新製品のアイデアです♡」
席を立ったハナコがホワイトボードに議題と成り行き、簡単な条件などを書き込んでいく
曰く、食品は警戒心が強く推奨されないこと
曰く、より純度の高い砂糖の製法が漏れるのを防止するため加工法と砂のセット販売は避けること
曰く、ある程度の生産性や利益が見込めること
…正直私やアホのマコトがいる場で明かしていいとは思えない経緯と議題だが、巻き込まれてしまったものは仕方ない
いつも通り黙って静観していよう
見ればマコトも黙り込んでいるではないか、ようやくあまりに重大で面倒な話に首を突っ込んだことを理解したのだろう
「そう…それじゃあ私から、化粧品なんてどうかしら?化粧水や保湿クリームに砂糖を配合して、肌からの吸収率が悪いならそれとなく"食べる"、"飲む"、"吸う"といった使い方の噂を流すとか…」
最初に意見を出したのはヒナだった
それなりに常識的…というか食物ではないものに紛れさせるという観点なら普通な意見ではあるだろう
「なるほど、化粧品ですね〜♡悪くない案ではないでしょうか、やっぱり美容とか関心ある人は多いですからね…ただ、摂取法をそれとなく流す感じだと気づかない方も多そうです…かといって堂々と明記するわけにも…」
「ふむ…確かに、もっと吸い込むとか打ち込むとかそういう摂取につながるような使い方を想定してもらえる方がいいのかも…でも食べ物以外となると難しいんじゃないかしら?」
真面目だが悍ましい議論が進む
次に手を挙げたのは小鳥遊ホシノ、ハナコに促されて発言し始める
「うへ〜、それじゃあ銃弾なんてどうかな〜?ヒナちゃんの銃って特別な弾使ってたよね、普通の銃でも撃てるように改良して売ってみたらいいんじゃないかな」
"ピースメーカー"、空崎ヒナのために特別に設計された機関銃…だったか
麻薬の銃弾を打ち込んで敵対者の正気と戦意を奪う恐ろしい兵装だ
「なるほど、銃弾…確かにキヴォトスの銃弾の消費量は増えてますからね♡敵に撃つのも自分に撃つのも気持ちよくなれて良いでしょう、…♡
ただ、やはり既存メーカー・ブランドのシェアが強い業界かもしれません、有事の際だからこそ信頼性の高い使い慣れた銃弾を購入する方が多いようなので…」
「うへ〜…難しいんだねぇ」
ホシノはぐでっと机に突っ伏し、ポケットから取り出した飴玉を口に放り込んだ
意見は出尽くしたのだろう
連合の反撃…いや、報復の準備である包囲は効いてきているようだ
資金的なダメージの回復を狙った会議でも、有効になりそうな意見は得られなかった…きっとここが三人から解放される日も遠くは……
「キキキッ…一つ案がある、発言いいか?」
尊大な表情を浮かべた魔人が手を挙げた
…発案するのか?
どうして?なんのメリットがあって?まともな意見を出さなければ立場が悪くなる、まともな意見を出すことは社会的、道義的正義への裏切りである…
「どういうつも…」
「ええ、もちろんいいですよ♡会議に参加しているんですから大歓迎です」
思わず出かかった言葉はハナコに遮られた
うむ、とマコトが確認しこれまた偉そうに長い足を組み直し、話し始める
「まず普通の商品に見せかけて売るなら"普通に使ってもキマる"商品でなければならんだろう、そして同時に"競合相手が強すぎ・多すぎ"は避けるべきだ…キキ、ここまでは前二つの意見の問題点で合ってるな?」
うんうんと頷くハナコ、冷たい目でマコトを見ているヒナ…そしてやる気無さそうに机に突っ伏しながらも油断なくマコトを観察するホシノ
臆して然るべき状況をものともせずにマコトは続ける
「ときに、我がゲヘナ学園の自治区には温泉地も数多くあってなあ…各温泉の湯の色や成分、泉質を再現した入浴剤も人気なのだ」
ハッとハナコが閃いたような表情を浮かべた
「入浴剤、温泉、それは……!」
「キキキキ!見張の奴らが話しているのを聞いたぞ…?温泉開発部の奴らが浸かるだけで多量の砂糖を摂取できる温泉を作ったらしいな、その泉質を再現した入浴剤を疲労回復だとかなんとか言って売れば…」
わからない、この人のことが何もわからない
中毒者ではなく、アビドスと敵対する学校のトップであり、脅されているわけでもない…むしろ彼女自身が脅しに利用するための人質
どうしてこの状況でアビドスに有益なアドバイスを送ろうとしている?
「うへ〜、それいいね、元気になるのは嘘じゃないしさぁ〜」
「キキキッ、そうだろうそうだろう!讃えろ!賞賛は悪くない!」
底なしのバカなのか、砂糖も無しにイカれているのか、何か打算があるのか…
智慧ある魔女は、最も早く答えに辿り着いていた
「それじゃあとりあえず入浴剤を作ってみましょう♡
………ところで、マコトさん」
魔女は柔和な笑みを浮かべたまま、鋭い目線をマコトに向ける
「競合相手が強すぎ、多すぎ…それは温泉が多く既存の入浴剤が多いゲヘナにも言えますね?…効果次第ではむしろ私たちの製品が他のシェアを食うこともできるかもしれませんが、警戒度と意識の高さを加味すると…
……もしかしてですけど、私たちを利用してミレニアムとトリニティの足を引っ張ろうとしてませんか?」
再び、ミヤコの思考が硬直する
アビドスへの善意ではなく、連合のゲヘナ以外の二校に対する悪意?
どうしてそんな馬鹿げた話をハナコは警戒しているのか…
「キキキ…なんだ、バレたか」
マコトが薄く尊大な笑みを浮かべて机に肘を置く
その表情は先程までの考え無しのアホの笑みではなく、タヌキと揶揄されることもある悪辣な政治屋のそれであった
この場において"唯一の"正常な思考の持ち主であるミヤコがさらなる混沌の渦に巻き込まれる
「キキキッ!まぁトリニティはもうダメだろう、トップの失政が重すぎる…内政の安定化までどれだけかかるか…いっそ滅びてしまった方が楽かもしれん」
現在進行形で捕虜になってるゲヘナのトップには言われたくないと思う
「本命はミレニアムだ…私は戦後やつらにデカい顔をされたくないのだ、在野の中毒者の治療や治療薬開発、加えて今後の戦闘で主力を担うであろうことを考えると憂鬱だが…であればせめて奴らに治療や戦闘の負担を押し付け、戦後一〜二年の間だけでもこのマコト様率いるゲヘナが優位を得られるようにしておきたい」
…ここに至って理解した
この女は目の前の悪と戦って勝つことよりも、敵も味方たりうる他校も利用して将来の権益を得ることを優先しているのだ
「馬鹿げてる…」
「そうでもありませんよ?勝つことではなく自分と母校が得をする、あるいは最小の損害でトラブルを乗り越えることを目指すと言う姿勢は理解できます…♡政治ですね♡」
思わず口から溢れた感想をハナコが遮る
確かに政治家なら戦いそのものよりも、戦いを経ての未来を見据えるべきというのは道理だ…
しかしそれはこの状況で考えることだとは正直思えなかった
「さて…話はお終いかしら?私はやっぱりコイツは撃っておいた方がいいと思うのだけど」
ヒナがいきなり拳銃を抜きながら言い放った
「キキキッ…撃たないよな?流石に撃たないよな?せめてホシノの意見を聞こう、なっ?」
なんだろう、私も撃った方がいい気がする
アビドスだけを騙したりするならともかく連合軍にとってもマコト一人がめちゃくちゃ迷惑をかけそうに思える
「…そうだね、議長さんは私たちを騙そうとはしてない?本当に利用しようとしただけかな?」
「キキキッ!もちろんだ、ちょっと私に都合の良い展開になりそうな案を出しただけで嘘はついてないし聞かれたことにも素直に答えるとも…だから早くヒナに銃を下ろさせてくれないかヤツの顔がこわい!」
「うへ…嘘じゃないっぽいね〜
ヒナちゃんも許してあげて、きっと議長さんの意見は有益ではあるからさ〜」
そっとホシノがハナコに目配せをし、ハナコも小さく頷く
二人の様子を見る限り、これからキヴォトスにあの悍ましい湯船を作る入浴剤が売り出されることになるのだろう…
そのアイデアがアビドスでは数少ない素面の人間からもたらされたことは、どうしようもなくショックで憂鬱だった
ヒナがため息を吐きながら銃を下ろしたのを見てマコトが笑いだす
「キキッ…キャハハハハッ!この事件、どちらの陣営が勝っても負けても私はゲヘナの…いや三大校の最高権力者の座に返り咲いて見せよう!
貴様らが勝ったらゲヘナに戻って一抜けを宣言、トリニティとミレニアムの失策を突き回しながら穴熊と行こう…
あっちが勝ったらさっさと復興と…ああ、ゲヘナからの主力になるだろう風紀委員会と戦車隊に勲章でもくれてやるか」
なんなんだろうこの切り替えの速さは
アホな面と邪悪な策謀家の面がシームレスに切り替わっている…もはや不気味さすら感じてきた
「風紀委員会が、ここに攻め込むと言うの?」
マコトの発言に僅かにぴくりと反応したヒナが聞き返す
「当然だろう?お前がいるんだ、あの女(アコ)には無視できん」
「そう…そうね、じゃあ…"その時"を楽しみにしておこうかしら」
またあの顔だ
微笑むヒナを見て、おーこわ…と呟きながら立ち上がったマコトはまた悪巧みの顔をしていた…
少しわかってきた気がする、おそらく彼女はゲヘナの風紀委員会が嫌いだ
ヒナとの戦いに負ければ排除できてラッキー、勝てれば自慢げに語っていた戦車隊を温存したまま攻め込めてラッキー、ということだろう
ミヤコもため息を吐いて席を立った
素面の人間…いや、常識に従える真に正気な人間はアビドスで彼女だけだった