万と。
「相変わらず辛気臭い顔してるわね」
開口一番そんな失礼なことを宣った女は、ずかずか歩み寄ると無遠慮に俺の隣へ腰を下ろした。俺の方こそ、相変わらず羞恥の欠けらも無い格好をしているなと言いたい。申し訳程度に掛けられた羽織では、到底前を隠すことなどできていなかった。知り合ったばかりの頃ならいざ知らず、今となってはもう慣れたもので、突っ込む気も失せる。
女はいい天気ねえと伸びをして、それから俺の肩に腕を回してきた。
「聞いて」
「何をでしょう」
「惚れた男がいるの」
思わず顔を向けた。この女が惚れた腫れたを話題に出してくるとは。明日は鳥でも降るやもしれん。取っ捕まえて宿儺と食べるとしよう。
俺の反応に気を良くしたのか、女は喜色を浮かべてその男について話しだした。曰く、絶対的な強者。何人たりともその隣に立つこと叶わぬ孤高の存在。
あれ、と首を傾げる。なんだかその男に心当たりがあるような。
「ーー宿儺というらしいの」
「おやまあ」
心当たりはどうやら的中のようだ。
「絶対的な強者、それ故の孤独……彼の孤独を埋めるのは私の愛。彼に愛を教えてあげるのよ」
すっかり恋する乙女の顔をしている。これは本格的に、鳥どころか魚さえ降るやもしれんな。喜べ宿儺、明日の食事は少し豪華だ。
「ところであなた、宿儺の居所についてなにか知らない?」
「さあて、存じませんな」
「あっそう。まあいいわ。なんとなく掴んでるから」
明日はねえ、と訪ね歩く予定の場所を話すだけ話すと、用は済んだとばかりに立ち上がる。勢いよく此方を向いたので、裾が大きく翻った。
「あなたも早く愛する人を見つけなさい」
全く嵐のような女だ。彼女に心底惚れられてしまった我が親友の不幸を笑いながら、それはそれとして手を貸してやるかと重い腰を上げるのだった。