一般聖兵くんから見た帝国組の話

一般聖兵くんから見た帝国組の話


ある日のこと。日課の訓練を終えて一息ついた俺はふと空を見上げて思った。見えざる帝国(ウチ)って何だかんだでヤバい人が多いんじゃないのか?


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自身に浮かんだ考えを一人で抱えたくなかった俺は、丁度暇そうにしていた仲のいい同僚の聖兵を取っ捕まえて話を聞いてもらうことにした。

「なんかこう日常として受け入れてたけど、改めて考えれば考えるほどヤバい気がしてさぁ」

「へぇーほぉうなんら」

「··········お前何食ってんの」

「飴。ニャンゾルがくれた。まだあるよ食べる?」

「いや·····いらない··········」

人選を間違えたかも、とため息をつく。聖文字持ちの方々がヤバすぎて忘れがちだがこの同僚、もといロゼも大概な変人なのだ。

能力はそこそこ、戦力もそこそこ、技術こそ目を張るものがあるが、実力自体ならもしかしたら俺の方が上かも、とすら思えるほどロゼはこと戦闘面においてパッとしない。これでも昔はずっと強かったという古参の話を聞いた事があるが、正直眉唾ものである。その上、恋愛対象が幼い少女·····つまるところロリコンなのである。幸い知力が絶望的なお陰で実質的な害はないが·····。コイツのいい所と言ったら誰にでも素直で人当たりがいい所と男の俺ですら時折目を奪われる程の整った顔立ちくらいで··········クソが!

何となく悔しくなって隣で呑気に飴食ってるロゼをどつく。

「いたっ、なに急に」

非難の声を上げるロゼを無視して俺は本題に映ることにした。どうせコイツに何を言っても半分も理解しないだろうし、俺が満足いくまで存分に話し相手として使ってやる。


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リリー・ラエンネック様。陛下の覚えめでたき滅却師の姫君にして、実力者揃いの帝国の中でも特に群を抜いた圧倒的強者。青空を写し取ったかのような絹糸の髪と最高級のアメジストをはめ込んだような瞳はこの世のものとは思えないほどの美しく、臣下にも常に心を配り、穏やかなだけでなく、必要な時には厳しく接することも出来るまさに神の如き御人··········と聞いている。俺は入隊の際に遠くからかすかに見たことがあるだけなのだが、確かにその距離からですら姫様の周りだけは涼やかな風が吹いているように感じた。実力面、人格面においても非の打ち所がない完璧な御方なのだが··········

「あの方は求心力がヤバい」

そう、カリスマ性が人知を超えているのである。元々優れた方であるので周りの人からの信頼も厚く、多くの人に慕われている。彼女と直接関わることが少ない聖兵の中にすら彼女に心酔しているものがいるくらいなのだ。それまではいい。ただ、何度か、それまで普通に過ごしていた同僚がある日突然リリー様に心酔して、全生活を投げ打って彼女のために狂ったように訓練に打ち込み始めたりすることあり、それを見る度に恐怖を感じてしまう。一体何が起こっているのか。何故か陛下の親衛隊であるリジェ様ですらいつの間にかリリー様の親衛隊を兼任するようになっていたらしい。何それ怖い。

「正直リリー様を中心にやばい磁場が発生してるんじゃないかって思う時すらある·····」

「でも、リリー様はすごくいい人だから人が自然と集まってるだけだって、ニャンゾルも言ってたよ?」

「そうだといいんだけど·····」

というかどういう経緯でニャンゾル様はロゼにそんな話をしたのか。布教だろうか。もしこのロリコンがある日突然リリー様に心酔し始めたら必ず距離を置こう、と心に留めておく。


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ヨルダ・クリスマス様。何とあのユーハバッハ陛下の実子にして帝国の次期皇帝ともいわれる御方。実力こそ未だに発展途上(と言っても俺たちから見たら充分はるか雲の上なのだが)ではあるものの、多くの人に積極的に教えを請い、自身の戦法を増やしながら着実に、そして急速にめきめきと力を伸ばしているらしい。また、ヨルダ様もリリー様と同じく、優れた容姿をお持ちであり、聖兵の先輩の中には「若い頃の陛下に瓜二つ」だとかでヨルダ様を見るだけで涙を流すものもいるのだとか。そして、ヨルダ様が何より優れているのは対人スキルである。陛下の親衛隊とこそ相性が悪いものの、星十字騎士団、狩猟部隊に留まらず果ては一部の聖兵とまで関わっており、ヨルダ様と直接接したものは必ず、彼に好意的な印象を抱いていた。陛下に幽閉されているグレミィ様やバズビー様とも仲がいいのだと聞くから驚きだ。そして、ヨルダ様が変わっている部分は

「後継辞退して主夫になるって本当なんかな」

これに尽きる。元々ヨルダ様は陛下と折り合いが悪く、後継を辞退するつもりらしいということは噂されていたが、なんと後継を辞退して恋人であるリルトット様のために専業主夫になるおつもりらしい。そのための家事のスキルは既に天元を超えてもはや家庭の神の域に達しているのだとか。ただでさえあの恐ろしい陛下の誉ある方針を蹴って、その上で選択する道が専業主夫の道とは奇想天外もいい所である。億が一に俺が同じ立場だったとしても、同じ選択はできないだろう。ところが、陛下もヨルダ様の選択を特にお咎めするつもりもないらしく、もしかしたら滅却師の王であっても実の子供には少し甘くなったりするものなのかもしれない。··········流石にそれはないか。

「よく知らないけど、本人がしたいようにすればいいんじゃない?リルトット様かわいいし。気持ちは分かるよ。」

「おまえさぁ··········」

正直、上の方々のお考えなどたかだか一聖兵の俺たちに理解できるものでは無いし、ロゼの言い分はまさにその通りなのだが、何となくこいつには賛同したくないな、と思う。


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バルバロッサ・バルバレスコ様。バルバロッサ様もまた、リリー様、ヨルダ様と同様に帝国きっての実力者である。バルバロッサ様は聖文字などの個別の能力ではなく、血装や霊子の収束などの滅却師の技能が抜きん出て秀でており、特に霊子の収束はまさに神技の一言に尽きるのだとか。俺たちのような聖兵にも時折訓練をつけてくれる面倒みの良さもあり、聖兵の中にはリリー様やヨルダ様、ハッシュヴァルト様ではなく、バルバロッサ様を帝国の後継者に、と望むものまでいる。また、同じ星十字騎士団のバンビエッタ・バスターバイン様とは恋人同士でもあり、彼女のためならなんでも出来ると日頃から豪語なさっているらしい。バンビエッタ様もバルバロッサ様のことを何よりも信頼しており、バルバロッサ様に出来ないことは無い、と言いきったり、どんな状態であっても彼の言うことだけは聞くなど、大変仲睦まじいご様子だ。俺のような独り身から言わせると羨ましい限りである。

「バルバロッサ様は御本人というより周りの空気感がヤバい。」

この件に関してはバルバロッサ様、と言うよりもバルバロッサ様の幼なじみであらせられるキャンディス様の問題な気がしないでもないのだが、バルバロッサ様に明らかに好意を寄せていらっしゃるキャンディス様と、それに全く気づいていらっしゃらないバルバロッサ様。幸い、キャンディス様もバンビエッタ様もバルバロッサ様がバンビエッタ様に一途である事を理解なさっているので明確な争いが起きることはないが、この前偶然一日だけバンビーズの所で仕事することになった日は、あまりにも空気感が薄氷の上の平穏過ぎてずっとハラハラして胃が痛くなった。キャンディス様はバルバロッサ様の意思を尊重して身を引き、彼から距離を取っているらしいが、それをバルバロッサ様は嫌われて避けられていると勘違いなさっているらしく、いつか一悶着起きてしまうのではないかと気が気でない。

「現世の昼ドラみたいな関係だよな·····大丈夫なんかな·····」

「ひるど·····?」

「これも分からんか·····」

まあ、俺が考えても仕方ないことではあるし、人の恋愛関係など当人同士の問題なので、出来れば俺たち聖兵が喧嘩やらのゴタゴタに巻き込まれて死なない方法で穏やかに決着するといいな、と願う位しか出来ないのだが。


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エロイアイ・ドラリエッタスデイカ様。一見は朗らかな美少年なのだが、

「この方は普通にヤバい。」

帝国の中でもずば抜けた性癖と性欲を持つヤバい滅却師。それがエロイアイ様である。噂によると、あのペルニダ様と正式に交際しつつ他の星十字騎士団の方とも爛れた関係にあるのだとか。正気か。入隊当初、古参の聖兵の先輩からとにかく厳しく注意されたのは「明確な用がない限り、エロイアイ様と一対一で接するのはやめておけ、顔がいいやつは特に」ということである。エロイアイ様も見境なく誰でも手を出すのではなく、気に入った相手にしっかりと合意を取ってから事に及ぶのだが、彼の持ち前の飛び抜けた明るさに当てられて、ホイホイついて行くやつがよくいるのだとか。それでも今は昔よりは落ち着いたらしく、昔は彼氏持ちのバンビエッタ様やジゼル様、さらにその彼氏にまで手を出そうとしていたらしい。流石に古参の聖兵が話を盛っただけだと思いたい。そんな、エロイアイ様だが、滅却師としての実力は確かで陛下からの信頼は厚く、ヨルダ様とも師弟として関わりがあるらしい。また、いかがわしい噂は絶えないが、以外にも帝国内でも痴情のもつれで問題を起こしたこともない。どうなってるんだ。

幸か不幸か俺は残念ながら凡庸で三日合わなければ人に忘れられる顔であり、聖兵という身分も手伝ってエロイアイ様に興味を持たれることはないだろう。だが、隣でのほほんとしているこの無駄にツラのいい同僚は大丈夫だろうか。ホイホイ騙されそうな残念なオツムをしている。

「お前、一応気をつけとけよ」

「うん?うん」

ダメかもしれない。今でさえ特に何も分かってないのに頷いてる。友人のよしみで何時か何かしら起こったら骨は拾ってやろう。


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「後は、バズビー様がこないだまた銀架城を吹っ飛ばして··········」

「ごめん、ちょっと待って」

「あ?」

まだまだ言いたいことは大量にある。反ユーハバッハ派として名高いバズビー様がまた城内でバーナーフィンガーをぶっぱなした話を始めたところで、ロゼは突然話を遮った。訝しむ俺を気にもとめずに立ち上がって適当に居住まいを正す。

「この後陛下に呼ばれてて、時間だから行かなきゃ。話の続きは後で聞かせて」

「は?」

一介の聖兵が直々に陛下に呼び出されるなど普通は有り得ない。突拍子もない発言に反応を返せない俺をよそにロゼは踵を返して歩き出す。

ロゼは変わったところはあるが普通の聖兵である。大した用もなくすぐ帰ってくるだろう。そしたらまた続きを話せばいい。小さくなる背中を見ながらそう考える。自分の胸に湧いた嫌な予感は気づかなかったフリをした。


だが、ロゼは帰ってこなかった。

俺がこの後聞いたのは、『ロゼ・リードが帝国から脱走した』という無機質な一報だった。

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