「一緒に暮らそうか」

「一緒に暮らそうか」



あたしが、「卒業後はトレーナーさんとなかなか会えなくなるなー」って何気なく言ったら、トレーナーさんは何の躊躇いもなく冒頭の台詞と、その後に「結婚しよう」と言ってくれた。

そこからあたしの両親に挨拶と一緒に暮らす許可を貰いに行ったんだけど、最初父ちゃんは柄にもなく緊張していてまともに喋れてなくて、母ちゃんがその場を仕切ってくれている状態だった。

夜、父ちゃんとトレーナーさんは酒を飲み交わして意気投合し、最終的に「娘をよろしくお願いします」って、号泣しながらトレーナーさんにあたしを託してくれた。

あたしも思わず泣いちゃって、トレーナーさんまで涙目になって、母ちゃんだけが呆れながらも笑っていた。

その後、トレーナーさんのご両親に挨拶しに行った。

トレーナーさんのお義父さんは穏やかな人で、お義母さんは茶目っ気のある人で、どちらもすごく優しく、あたしのことをすんなり受け入れてくれた。


「昔から夢見がちな子でね、こんなんでまともな彼女が出来るのかなぁって心配してたの、だから、エースちゃんみたいな芯の強い子がお嫁さんになってくれて、本当によかった」


「息子ともども、よろしくお願いします」と、手を握りながら言ってくれたお義母さんに、あたしはなんだか目頭が熱くなった。

両家の親との挨拶を終えたあたし達は一緒に部屋を探したり、家具を見に行ったり、マンションのベランダで出来る家庭菜園に必要な物を買いに行ったりして、気付けばあたしはトレセンを卒業して、トレーナーさんと入籍した。

式はまだだけど、トレーナーさんとの生活が落ち着いたら挙げるつもり。


「また入り用の時はよろしくお願いしまーす!」

「はーい!ありがとうございましたー!」


あたしは引越し業者の人達を見えなくなるまで見送り、扉をしっかり閉めてリビングへと向かう。

新しい住居は2LDKのマンションで、2人で住むには十分な広さ。

トレセン学園から距離が近く、近所にはスーパーやコンビニもあって、中々の良物件だ。


「業者の人達帰ったぜトレーナーさん!今日は何処まで手を付け…る?」


まだガムテープが貼られたダンボールがそこら中にあるリビングの奥、大きな窓のその先、トレーナーさんはベランダに出ていて、手すりに手を乗せて外を眺めていた。


(仕分けしとくって言ったくせに…まったく)


あたしはダンボールを避けながら先に進み、素足のままベランダに降り、トレーナーさんの隣に並んだ。

ベランダの下には沢山の家やビルが建ち並んでいる都会の風景。

けど、上に広がる薄雲がかかった青色の空はあたしの故郷と同じで、あたしとトレーナーさんの間を吹き抜ける穏やかな春の風も、同じだ。


「いい眺めだなぁ」

「うん、この景色だけで俺達の新しいスタート場所をここにして良かったって思えるよ」

「あたし達の新しいスタート場所…ああ、そうだな」


手すりに置かれたトレーナーさんの手の上に、あたしの手を乗せる。

トレーナーさんはあたしの方に顔を向け、少し首を傾げた。


「改めまして、不束者ですが…よろしくお願いします、あたしの旦那さん!」

「……こちらこそ、末長くよろしくお願いします、俺の奥さん!」


手はそのままに、トレーナーさんに体を預けて肩に頭を乗せる。

トレーナーさんは何も言わず、少しあたしに寄りかかってくる。

そのまま日が傾くまで、あたし達は引越しの片付けの事を忘れ、ここから始まる2人の旅路に、想いを馳せるのだった。


終わり

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