一次侵攻ネタ
「さっさと行け。…そこで隠れて機会を窺ってる二人もだ」
「しかし…」
「理解できなかったか?足手まといは邪魔だからさっさと消えろと言ったつもりなんだが」
しばし逡巡するような間を置いて、複数の足音がその場を去っていく。それを横目で見つつ、青年は「ちょっと待ってね」という風に手を上げながら通信機の方に話しかけた。
「———エル。そっちの進捗は」
『騎士団主力は”不運にも”誰一人止めるどころか会敵すら叶わぬ状態で、早々に打って出てきた山本重國を自由にさせてます。打ち合わせ通りですね。おかげで死神側の士気も回復してきて、このままならこっちの助けがなくても制限時間まで押し返せそうです。こっちは想定以上……あ、今ポテト野郎のところに瓦礫の流れ弾がすっ飛んできました!ふ、ふふふ…』
「…君が楽しそうで何よりだよ。あんまりやると陛下も気付くだろうからほどほどにな」
『もちろん。バレない範囲でギリギリまで粘ってから離脱しますね』
「…待たせてすまない。君が意外と融通がきくタイプでよかったよ。さっきの彼らもちゃんと立ち去ってくれたようだし」
苦笑い混じりの声から平常通りの———否、今まさに炎渦巻き阿鼻叫喚と何故か嬌声まで聞こえてくる地獄の戦場下で平常通りのテンションでいること自体が異常ではあるのだが———トーンに戻ったヨルダが気さくな笑みを浮かべた。
「…雀部長次郎はメッセンジャーとして不十分だったか?少なくとも隊長格には十分に伝わってくれたと認識していたんだが」
というか、一部の隊長とはすでに顔合わせしたことすらある。
色々禍根が残ると面倒だからスナック感覚で殺すのやめてよね!と念を押すような声に、先ほどから待たされていた剣八は一言「知るか」と返した。
「向こうが殺しに来てるんならこっちだって当然そうするだろうが」
「……それはそうだ。僕がいささか浅慮だったな」
「こっちこそ、さっき雑魚どもが「殿下はいない」とかなんとか言ってたからお前はいないもんだと思ってたんだがな」
「ああ、それ別の人」
「姫君とかいう奴か」
「それも別の人。…まったく。大事な初戦で主力を温存しまくるとは、陛下の身内贔屓にも困ったものだ」
まあ、だからこそこちら側が盤面をコントロールしやすくて助かるんだが———と零すヨルダを見て、剣八は僅かに首を傾げる。
「お前も身内じゃねえのか?」
「え、なんで?」
「…そうかよ」
触れちゃまずいところだったか、とやや気まずい気持ちになった剣八をよそに、ヨルダが「ついでに質問いいか?」と変わりないテンションで投げかけた。
「スタークさんって破面が今どこかって知ってるかい?引き渡したいやつがいるんだがどうにも所在が掴めなくて」
「知らん」
「わかった。機動力的に僕が探すしかないな。それじゃまた今度———」
「待てよ」
「———はい?」
ヨルダが咄嗟に飛び退くと、寸刻もなく先ほどまでいた位置に鋭い斬撃が刻まれた。
「何を勝手に行こうとしてる。強者同士が戦場で遭ったら、やることなんて全力の果し合い一つだろうが」
「そうか?僕はみんなで気楽に暮らすのに必要な以上の労力なんて微塵も割きたくないが」
(僕にはわからない思想だな、後でバズにでもわかるか聞いてみるか)とヨルダは内心嘆息する。怪しまれないためにも何らかの戦果に見える行動はしておくべきだとは思っていたが、更木剣八を一人で相手取るのは割と普通に狂気の沙汰であるというのが彼ら一派の中でも共通見解であった。唯一ちょっとやる気だったグレミィも、友情パワーで説き伏せてもう少し堅実な方の役割に回ってもらっている。
「そっちも何かしら報告する事が要るだろ。こっちも微妙なのばっかり相手するのに飽き飽きしてたところだ」
「…君と殴り合っただなんて言ったら友達に羨ましがられそうで怖いんだが」
「いいじゃねえか。これが終わっても生きてたら自慢してやれよ」
「………はあ…」
「じゃあ早速———」
「あ、ちょっとタンマ」
再び通信機の方に意識を払いはじめたヨルダに向かい、剣八が「なんだよさっきから」と刀を握った状態で文句を吐く。
一応双方合意の上で喧嘩するだけ体裁は守る、結構律儀な男であった。
「何かなバンビエッタ。僕は今すごく忙しいんだが。あとそっちドカドカうるさい」
『しょうがないでしょ!好きに暴れていいって言われたから言われた通りにしてたら色々寄ってきちゃって…!』
「…ああ。君の爆発は頗る目立つからな」
『ダーリンなんてなんか謎空間に攫われちゃったし今はあたしだけでなんとかできてるけどもう限界!普通に死ぬ!ちょっと手貸して!』
「えー。どうせバルバさんならなんとかできると思うけどなぁ」
『うるさい!○○○爆発四散させられたくなかったらさっさと助けに来なさいよ!』
「ヒエッ……………チッ、すぐ行くよ」
「待たせてすまない。…重ねてすまないが、あまり時間を割いている余裕がなくなった」
「らしいな。じゃあ、さっさとやるか」
時間の猶予はそれほどない。
イチモツ爆破の危機は置いておいても、この半ばアンコントローラブルな状況下で長い間一箇所に集中しておくのは得策ではないのだ。
———一撃必倒、即離脱。幸い瞬発力には自信がある。向こうがこっちの実力に慣れる前に、全力で一撃かまして勘弁してもらおう。多分この人なら死にやしないし。
そう覚悟を決めて、ヨルダ・クリスマスは拳を強く握りしめた。