一夜の夢
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。」
厳かな雰囲気の和式の館。
その豪勢な門を潜った先には案内役の生徒がいた。
彼女は質素ながらも綺麗な和装に身を包み、見事な礼を以て私を迎えてくれる。
「本日は大変混み合っておりまして…道中は何かと騒々しいかと思われます。」
「ですが、お楽しみ頂く離れは静かですのでご安心下さい。」
私はその言葉の意味に何となく察しが着くが気にせず、軽い会釈をして案内役に着いていく。
すると、確かに騒がしいと思う場所を通ることとなった。
左右にあるのは一般的な襖であり、間の廊下を抜けていく。
その襖の向こう側から聞こえるのは、嬌声や早く激しい呼吸音に唸り声。
そう、ここは遊女屋。三大校とは比較にならない程小さい、百鬼夜行と隣り合う自治区。
その秘匿された通りの一角に建つ、一夜の夢を見る場所だ。
「…こちらでございます。」
指し示されたのは渡り廊下へと続く道だった。
案内役は脇に立ち、頭を軽く下げている。ここからは一人で行けということだろう。
「どうぞごゆっくり、お楽しみくださいませ…」
その言葉を聞きながら私は渡り廊下を歩み始めた。
確かに離れは静かだった。
耳をすましていても、木造の廊下がほんの少し軋む音以外は何も聞こえない。
見える庭園の景色も非常に心地が良い。
緑の苔に覆われた石や灯籠。
それらを柔らかな月明かりが照らし、水面には大きく美しい月が映り込む。
これだけでも来た甲斐があったと思うほどだった。
だが、この美しい景色は高い金を払ってまで来た本懐ではない。
漸く辿り着いた離れ。私はその上質な襖に手を掛け、横に静かに滑らせる。
そこには───

「ようこそおいで下さいました、旦那様。」
「”チトセ”と申します。どうか可愛がってくださいませ。」
鈴を転がした様な声で源氏名だろう名を名乗る少女。
この館の至宝と呼ぶべき美姫が三つ指をつき、私を迎えていた。
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「…もう一杯、如何ですか?」
酒のおかわりを促すチトセ。
私は静かに首を横に振り、十分である旨を伝える。
「畏まりました、こちらはお下げ致しますね。」
「…?はい、何か…?」
私は、気になっていたことを訪ねてみた。
君は何故ここにいるのか、と。
するとチトセの表情にほんのわずかだが影が差す。
そして、静かに口を開いた。
「ここにいる者の大半が…同じ様な理由です。」
「お金に困っていたり、行き場所がなかったり…」
「私もその例に漏れず、そういう事があった…という事にして頂けませんか…?」
濁すように、周知の事実を話すチトセ。
もちろん納得のいく回答ではない。
もう少し深掘りをしようとしたその時だった。
「ただ一つ申し上げられる事は…私は本来、自分でこの館の門を叩くはずは無かった、とだけ…」
「これ以上は───秘密、です。ではそろそろ…閨に参りましょうか?」
憂いを帯びた笑顔を浮かべる彼女に、私はもう何も言えなかった。
ここから先は知るべきでないと、そう言われている気がして。
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「旦那様…脱ぐのを、手伝ってくださいませんか…?」
彼女の言葉に私は頷き、手をその華奢な身体に這わせる。
案内役のものとは異なり、強すぎない派手さを感じる着物。
それを一枚ずつ、丁寧に、脱がせて皴にならない様に退けていく。
手にかかる重量はずっしりと重く、本当にこれを着ていたのかと驚愕する。
だがそれも、剥ぐにつれて次第に軽いものに変わっていった。
そして、最後の一枚を剥ぐ。
「ありがとうございます。」
すると彼女は私の手を静かに取り、自身の胸に運んだ。
「ふふっ、旦那様。これが、チトセの身体にございます。」
手には吸い付く様な感覚を覚えた。
きめ細かでしっとりとした肌に指が沈み込む様な感触。
私の手を取るその手指も、白魚の様に細く小さく、女を感じさせてくれるものだった。
「…ここまで優しくお待ちいただいた方は、貴方様が初めてです。」
そう言うと彼女は私の手を静かに置き、一糸纏わぬままに布団に寝そべる。
そして迎える様に両手を広げ、私に告げた。
「大変お待たせ致しました…私を、どうぞ召し上がってくださいませ…!」
私は辛抱堪らず彼女の顔の横に手をつき、覆い被さる。
そして、彼女に体重を極力かけない様に身を重ね、唇を奪った。
「ぁむ…んちゅ、んぅ…っはぁ、むぅ…ん、んぅ…!」
絡み合う舌に交わす唾液。
彼女の目が蕩けていき、その身体も朱に染まっていく。
うなじや腰、脇腹、そして尻といった具合に全身を愛撫する。
私の愚息も昂ぶり、今か今かとその時を待つ。
その時手に水気を感じ、驚きと同時に気づいた。
「ぁ…お気づきになられましたか…?」
「ええ、私の女隠は既に濡れ、貴方様をお迎えする準備は整っております…」
「ですからどうかこのまま…来て…!」
最後の理性の手綱が、他ならない彼女の手によって外される。
私は目で最後の確認をするが、彼女は蕩けた表情で微笑み頷くだけ。
ならばもう、遠慮は無粋というものだろう。
「ふ、あぁぁ…!ふ、とぉ…!」
私が彼女の中に押し入る。
スキン越しではないその感覚は極上のものだった。
まるで、自分の愚息を受け入れるために存在していたと錯覚するほどに。
「ふぅっ、う、うあっ、うぅん…!…ふふっ、全部入りました、ね。」
蜜壺は温かく伸び広がり、私を受け入れる。
だが、締め付ける事も忘れていなかった。
「見て、下さい…ここ…貴方様の形に、なっているでしょう…?」
彼女は自分の下腹部の、私の愚息が貫いている場所を撫でながら言葉を紡ぐ。
その一言で、いよいよ私は止まれなくなった。
「ふ…ひぁ…!ん…んぅ…!」
にちゅ、にちゃ、ぐちゅん、と腰は勝手に抽挿を繰り返し始める。
ヒダは抽挿の度に愚息をこそぎ上げ、絶えず異なる快感を与えてくれていた。
全く飽きないその魔性に、私の昂ぶりは更に増していく。
まだ足りない、もっとこの娘を感じたい。
その熱を、その香りを、その柔らかさを。
「はぁ、ん…!はぁ、んむぅ…!?」
気づけば私は、彼女の唇を再度奪っていた。
彼女の表情は更に蕩けていく。しかも、どう見ても演技ではない。
それが彼女との情事が一方的なものではないと暗に告げており、私の心まで満たしてくれる。
まるで、男の欲望を満たすためだけに創られた存在が、彼女であるかのようだった。
「んちゅう、れろぉぁ…、っぷぁ…あぁ…ちぅ…んぅ…!」
抽挿を続けながら舌を絡め、唾液を交換し、息が限界に達せば離れ、一呼吸してまたその小さく美しい唇を貪る。
その度に愚息を締め付ける女陰は更にその滑りが良くなり、痙攣するかのようによくうねる。
どうやらキスがかなり好きな様だ。すればするほど具合は良くなっていく。
だが、こちらも昂ぶりが最高潮に達していた。
これ以上は持たない。そう思い、唇を離して彼女を見下ろした矢先のことだった。
「っぷぁ…お兄さんの…すごく…きもちいい…!もっろぉ…!」
「ふわふわして…お日様と、もこもこの雲に…包まれてるみたいなの…!」
口調が変わった。いや、これが本来の彼女なのだろう。
舌足らずで甘えるような、それでいて身体の芯にまで沁みる様な声。
気づけば全てがどうでも良くなっていた。
今の自分は、眼下にいる極上の雌を支配する雄であると認識を改め、再度の柔肌へと身体を重ねる。
「むぅ…うむぅ…んちゅぅ…っぷぁ、らひて…!お兄さんの、いっぱい、らひてぇ…!」
「私のお腹、おっきくしてぇ…!あったかいの、びゅーっ、て…!」
そして私は、自身の全てを彼女の中に吐き出した。
「ひぁっ…ぁ…あぁ…あった…かぁい…」
比肩するものが何一つ無いと断言できるほどの多幸感。
眼下の彼女もそれに酔いしれ、恍惚としながら私のモノが流し込まれた腹を撫でる。
その姿は、あまりに淫靡で愛おしく、美しかった。
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「ぁ…おはようございます、貴方様…」
目が覚めると、彼女は私の上でうつ伏せに力無く寝ていた。
あの後はほぼ夜通しで情事に耽っていた事を思い出す。
最後の光景は彼女が私の上で腰を振る姿だった。
「今…降りますね…ふ…うぅん…!」
腰を上げた彼女の股座からは、ごぽり、という音と共に粘性のある白濁液が塊となって落ちた。
その光景を見たが故にもう一度と思い立つが、もう彼女との別れの時間が来ていた。
布でそれをふき取りながら衣を纏っていく彼女に、私は自身も着衣しながら尋ねる。
その口調はここで覚えたものかと。そして、できれば普段の話し方で話して欲しいと。
彼女は今度は少し残念そうに微笑み、答えた。
「口調は…ここに来る前に覚えさせられたものです。品位を感じさせる様に、と。」
「元の口調は原則禁止されているのです。ですが…」
彼女は髪を整え、全ての衣を羽織り終えると私に耳打ちするように告げた。
「常連様には…許可をされております。」
「また来て頂けたのなら、その時に…」
こうして私の一夜は明けた。
料金は他の追随を許さないほどだったが、今はそれすらも安いと感じている。
何せ、この一夜はかけがえのないものに感じていたから。