一堂に会する
「やめろ!!ッ、その子はおま、えの───」
「ハーイ、落ち着け。今何言おうした?」
ぱちん、と肌を打つ音がして、勢いよく真子の口が塞がれる。一回り大きな手に阻まれて、それ以上言葉を紡ぐのが防がれた。その原因である彼女の片割れは、緊迫した雰囲気にそぐわない間延びした声で、しかし剣呑に目を細めて藍染から距離を取らせた。
「アホ。オマエが頭に血ィ上らせてどないすんねん、真子」
そのまま首根っこを掴んで、確認もせずに後ろへ投擲する。
「そのボケ頼むで、お洒落なカッコの隊長さん?」
「……隊長『代理』っス」
「さよけ、出世おめでとうさん。その辺に転がっとる自称父親どもも頼むで」
「だから代理ですって!」
一瞥もくれずに藍染へにこりと笑いかける。視線は彼の腕の中の少女へ。怪我の度合いを推し量っているらしい彼は、藍染へ視線を戻した。
「さてと。ほな僕らの娘から、手、離してくれるか?惣右介くん」
刀の鯉口を切る。
「僕な、キミのこと、恨んだりとか憎んだりとかしたないんよ。だって僕ら、友達やろ」
「相変わらずだな。冷徹なくせに、妙に甘い。君の欠点だよ平子真生」
「僕のことよう解ってくれてるようで嬉しいわ。せやから……僕が妹泣かしたヤツを許す訳ないんも、解っとるよな?」
言うが早いか、刀を持たない左手を顔に翳して虚の仮面を被った真生は、藍染の目の前に飛び出した。鏡花水月の完全催眠のことなら、はるか昔に本人から聞いている。同じように、自分の黒太陽も、そっくりそのまま彼は知っている。
だから。抜いた刀は『斬魄刀ではない』。
「翳れ──『銀月』」
仮面が割れた。反対に、彼の痩躯が硬殼で覆われ、獣の姿へ変貌する。わざと刀をぐるりと下げて、パフォーマンスのジェスチャーを取る。
「はじめよか、化かし合い」
途端に、意識を無くしてぐったりと藍染に身を預けていた筈の少女が真生の腕の中に納まっていた。
どこまでが空想で、どこからが現実か。
「成程、帰刃か!よくぞそこまで高めたものだ」
その姿を見た藍染は、堰を切ったように話しはじめる。できるならその発展の過程も見てみたかったと嘯く彼は、先ほどまで歪んだ執心を向けていた少女にはもう興味を失ったようだった。
「──だが、それだけだ。私はもう君に興味がない」
「その上から目線でモノ語るのやめえや。悪いことは言わんからここまで下りてこい」
「私が降りる?違うな、君が一人で堕ちていっただけの話だろう」
問答の最中も、打ち合う彼らの表情は険しい。不愉快極まりないといった表情の藍染の、掌にばちりと霊力の奔流が奔る。
「チッ、せやから僕、鬼道嫌いやねんて!」
「知っているさ、何もかも」
後ろへ飛んだ真生に対して、藍染が一歩踏み込む。
「さようなら、嘗ての友よ」
「そりゃ残念。キミがな」
「食い込め。『裏狩』!!」
白い羽織が翻る。
ガクンと視界が下がったものの悠然と振り返った藍染は、視界の先、左腕に少女を抱き留めて、空の右掌をこちらへ伸ばすかつての副官を目に止める。
「裏狩を仕込んでいたのは流石だと言っておこう。だが、その距離で荷物を抱えた君に出来ることは何もない」
「残念。逆や、藍染」
逆さまの視界では、当たる鬼道も当たらない。
いつの間にやら、既に始解を解放した状態になっている逆撫を真子が揺らす。その間に距離を取った真生は、再び腰の刀を抜いた。
「一瞬のスキが三度もあるなら十分。──照らせ、『黒太陽』。流石のキミも、ノータイム適応はでけへんやろ?そら、来るで」
「……地に満ち己の無力を知れ。破道の九十ッ──黒棺!!!」
青年に支えられた少女の掌から、黒い帯が迸る。振らつきながらも、勝気な彼女は誇らしげな笑みを浮かべた。
「ヘヘ……ざまあみろ、アタシの鬼道はハッチとテッサイ仕込みや」
「大丈夫?まだあんまり動かない方が良いよ。俺の回道じゃせいぜい応急処置程度だし」
流石に顔色の悪い彼女の様子に、青年はこの子も吉良たちの元へ運ぶべきだろうか、と逡巡する。
「ようやった、お前ら」
「オカン」
「平子隊長」
二人まとめて抱き締められて、兄妹は顔を見合わせ照れくさそうに笑う。人型に戻りながら、和やかな雰囲気に苦笑した真生も近くに降り立つ。顕になった彼の顔つきは険しいままだ。
「気張れよ。こっからが正念場や」
彼に促された視線の先、少女の放った完全詠唱の黒棺は、既に内側から砕かれ始めていた。