一個の樽が決めた、未来の英雄の運命

一個の樽が決めた、未来の英雄の運命


蒼い空、白い雲。地平線まで続く大南原の世界。

一歩間違えれば"死"が牙をむくこの広い海を、小さい魚船一隻で旅する二人の少年少女が居た。


「はーー、今日もいい天気だねーっ」


ひとりは鉄パイプを肩にかけ、鼻歌を奏でながらそう呟く赤と白の髪を持つ少女。


「あぁ、そうだなーっ」


もうひとりは船のオールを担ぎ、少女とのんびりと話し合う麦わら帽子の少年。


「こんなに気持ちのいい日なのになァ」

「なんだけどなァー」


この広い海の上で無謀にも旅する二人はなんと、海賊の一団を作る"仲間集め"の途中であった。

時刻は真昼間。天気は晴天、ときどき──


「──まさか寝てる間に、こんな大渦にのまれるとは」

「うかつだったねー」


──船一隻軽く飲み込む、大渦ひとつ。


「助けてほしいけど、私達以外誰もいないし……どうしよっか?」

「まー、のまれちまったもんはしょうがねェだろ」


このような状況に陥ってしまった彼らの内一人は何年も海賊達と海を旅してきた筈なのだが、航海術やその他諸々は他者にまかせっきりで、つい最近数日間本で読んだ程度の知識しか持たない彼女では、大渦から脱出する術を持ち合わせていなかった。

もう片方は、自分一人じゃあ何もできないという確固たる自信があったので、論外であった。


「でも泳げないんだよねーおれ達」

「でもこんな大渦じゃ、泳げるとか泳げないとか関係なくない?」

「それもそうか!」

「「あっはっはっはっは!」」


まるで地獄の様な状況下でも尚笑い声が絶えなかった漁船だったが、螺旋を描く大渦に転覆させられた船は、悲鳴と轟音を立てながら無慈悲にも海のもずくと化した。



──東の海のとある島、某海賊団の休息地。


「なに?酒樽が海岸に流れ着いてきただと?雑用コビー」


海岸近くにある酒蔵の戸の前で髭面の海賊団員の目の前で、眼鏡をかけた少年がビクビクと怯えながら酒樽をゴロゴロと転がしていた。


「は、はい……まだ中身も入ってるようなので……どうしたらいいでしょうか……」


荒くれ者達の前で引き攣った笑顔を顔に張り付けた少年…コビーはそう言って、酒蔵に海で拾った酒樽を運び入れる。

するとそれを見ていた、コビーを酒蔵に入れた男と一緒に居た男二人は下卑た笑みを浮かべながら、酒蔵掃除仲間の男へおれ達だけで飲んじまおう!!と提案する。


「しかし兄弟!もしお頭にバレたらおれ達ァ……」

「なぁに、バレやしねェよ!! いいか?この事の存在を知ってんのは酒蔵掃除のおれらと、ヘッポココビーの四人だけだ」

「それもそうだな」

「わかってンなコビー…」


自分たちの船長にバレぬうちに酒を盗み飲みすることを決めた男三人。ふとストライプ柄の服とバンダナを身につけた男はギロリとコビーを睨みつけると、腕を上げながら雑用の小僧を睨みつけながらチクらない様に念を押しておく。


「は、はい勿論!ぼ、ぼくは何も見てません!えへへ…!」


脅された雑用の小僧こと、コビーは怯えながら男達に媚び諂う。

なにせここで逆らえば殴られ、蹴られ、下手すれば殺されてしまうから。

逆らうという選択肢をすっかりと捨て去ってしまった少年は、これからも彼らの顔を伺いながら一生を過ごすのかと心中で絶望していると…


「あーーっ!!よく寝たーーっ!!」


先程まで沈黙を保っていた酒樽から"バキィ!"という音を立てながら、樽の蓋が内から弾け飛んだ。

何だとびっくりしながら目をかっ開く彼らの目の前には、麦わら帽子の少年が腕を上げながら上半身を樽の中から出していた。


「何とか助かったみたいだなァ。目ェまわって死ぬかと思ったよ!はっはっはっはっは! おい大丈夫かウ───ん?」


突如樽の中から人が出て来た事に言葉を失った彼らは、背伸びしながら樽の中にいる"もうひとりの乗組員"に声を掛けようとした麦わらの少年を凝視していた。


「……だれだお前ら」

「「「てめェが誰だ!‼」」」


少年の純粋な疑問にツッコみながら、男達はどういう状況で樽から人が出て来たのかと顔を近づける。すると酒蔵へ向けて、大質量の風切り音が聞こえて来て──


「──サボってんじゃないよ!!」


ひとりの女性の努声と共に、海の方角から飛んできた黒い飛来物…男の身の丈すら超える金棒が酒蔵へと直撃。

酒蔵は金棒の重量と推進力に耐えきれず粉砕されたが、樽に入っていた少年は直撃こそしなかったがその衝撃で森の奥へと転がっていき。その姿を視界に入れたコビーは彼の安否を案じて、同じように森の奥へと駆けていった。



「いやーびっくりした。おーいウタ生きてっか?……あ、お前さっきの」


それから少し歩いた後、コビーは樽に入ったまま横になる少年を見つけ、樽の中へ向けて声をかけていた彼へ声を掛ける。


「あの…大丈夫ですか?ケガは?ずいぶん吹き飛ばされちゃいましたけど」

「はははは!あぁ大丈夫。なんかびっくりしたけどな」

「んー……あ~、目が回る…頭も痛い……」


少年が笑ってそう答えていると樽の中から声が聴こえ、少年と一緒に酒樽からするりと抜け出したのは、ツートンカラーの髪を垂らした可愛らしい美少女だった。

その姿は頭を押さえて不機嫌そうだったが、それでも揺るぐことの無い美貌に目を奪われるコビー。


「起きたみてェだなウタ。大丈夫か?」

「うん、何とか……流石に酒樽一つに二人は狭かったかな……

ところでルフィ、此処はどこ?それと、貴方は?」

「──え?あ、はい!……この海岸は、海賊"金棒のアルビダ"様の休息地です。

ぼくはその海賊船の雑用係 コビーと言います」


親しげに語りあっていた二人から目を向けられたコビーは我に返ると、此処が何処なのかの説明を自己紹介と一緒に行う。


「ふーん、そうか。おれはルフィ。んでこっちが……」

「私はウタ。よろしくねコビー君!」

「あ、は、ハイ!よろしく、お願いします…」


笑顔を浮かべながら握手を行うウタに、長らく可愛い女の子と話してこなかった弊害でたどたどしい言葉でしか返せないコビーだったが、そこへ「ちょっといいか?」とルフィに声を掛けられる。


「小舟とかねェかな?おれ達のやつが渦巻にのまれちゃって」

「う、渦巻⁉ 渦巻に遭ったんですか⁉」

「あー、びっくりしたよねホント。起きたらいきなり大渦に巻き込まれてたんだもん」

「よ、よく生きてましたね……ふつう死ぬんですけど…

あ、小舟の事なら…ない事もないですが……」

「え!本当に?ありがと~!」


船の宛が付いた事に喜びの声を上げるウタ。そのままコビーの先導でたどり着いた先にあったのは…


「なんだこりゃ」

「……これって、棺桶?」


木材板を釘で打って船の形を造ったボロボロオブジェで、仮に海に浮かべでもしたら直ぐに隙間から水が入るか、波で直ぐに転覆してしまうそうな程頼りない姿をしていた。


「一応、船です。ぼくが造った船です…!二年かかってコツコツと…」

「二年かけて⁉…で、いいの?私達が使っちゃって…」


そんなに長い時間をかけて作った船を譲って良いのかと、木の棒に板切れ三枚をくっつけただけのオールを手にしながら不安げに問うウタだったが、当の本人は船の縁に手を当てながら「いりません」と答える。

曰く一応やりたい事もあるが、船に乗って逃げ出す勇気を出すことが出来ずにいたらしく。ずっと海賊の雑用として運命を共にするのだろうと卑下していると、コビーのやりたい事があるという話を聞いたルフィは早く逃げればいいじゃないかと言う。

しかし、二年前に釣りへ行こうとして間違えてアルビダという海賊の船に乗ってしまった彼は、殺さない事を条件に航海士兼雑用として働き。今日まですっかりアルビダに怯えながら生きていく負け犬根性が染みついてしまっていた。

その話を聞き終えたルフィは──


「お前ドジでバカだなー

そのうえ根性なさそうだし、おれお前嫌いだなー」

「うーん、相変わらずストレートだねルフィ…ごめんね?コビー君」


──余りにも辛辣ながらも、的を射た言葉を送っていた。

それを横で聞いていたウタはコビーに無礼を謝罪するが、本人はルフィの身も蓋もない言い分に涙を流しつつも、言っている事自体は事実である為、余りの情けなさにぐうの音も出せずにいた。


「でも、その通りです…ぼくにも、タルで海を漂流するくらいの度胸があれば……

……あの……ルフィさんとウタさんは、そこまでして海に出て何をするんですか?」


だがそんな自分と違い、ルフィとウタは明確な意思を持って海に出ており。一体何が其処まで彼らを駆り立てるのか、それが気になったコビーは二人にそう問いかけた。


「おれはさ、海賊王になるんだ‼」

「私は世界の歌姫になって、歌で皆が幸せでいられる『新時代』を作る‼」


「え………え!?」


──しかし帰って来た答えは、コビーの予想を遥かに超える位に、余りにも大きすぎる夢物語だった。


「ふ、ふたりとも本気ですか!?

海賊王ってゆうのは、この世の全てを手に入れた者の称号ですよ⁉ つまり、富と名声と力の"ひとつなぎの大秘宝"…あの『ワンピース』を目指すってコトですよ!?

新時代だってそうです!この危険な大海賊時代を塗り替えるには、その海賊王以上の影響力がないと不可能!それも、歌で世界中を幸せにするなんて……⁉

死にますよ⁉ 世界中の海賊がその宝を狙っていますし、新時代だって貴女が思ってるほど容易には作れませんよ!?」

「だから、おれも狙うんだよ」

「うんうん。新時代だってそう!私は絶対に作って見せる。子供の頃からの目標だもん!」


この世界で夢を叶えるには、現実は余りにも厳しすぎる。この二年間で嫌というほど知って来たコビーにとって、目の前に居る二人が語った夢は非現実的すぎた。


「……ム、ムリです‼ 絶対無理‼

ムリムリムリ無理に決まってますよ‼海賊王なんて、この大海賊時代の頂点に立つなんて、歌で新時代を作るなんて、できるわけがないですよ‼ムリムリ──痛いっ⁉」


そんな壮大すぎる夢に思わずコビーは、首を横に振って無理だと叫んでしまう。

だがそれを聞いたルフィとウタはムッとしたのか、彼の額にそれぞれパンチとデコピンを喰らわせた。


「ど、どうして殴るんですか⁉」

「「なんとなくだ‼」」

「なんとなく⁉……でもいいや…慣れてるから……えへへへ…」


殴られてもへらへらと笑って、それが当たり前だと言わんばかりに「慣れてる」と呟くコビーに、ルフィに便乗してデコピンしてしまったウタは思わず心を痛めて顔を歪ませる。


「おれは死んでもいいんだ!」


だがルフィは全く気にせず、頭の上にあった麦わら帽子を手に取ると、おもむろにそう呟く。


「おれがなるって決めたんだから。その為に戦って死ぬんなら、別にいい」

「!!……し、死んでもいい……⁉」


夢の為なら死んでもかまわない。それを聞いたコビーは、覚悟に満ちた目をしたルフィの顔を、ただ唖然と見つめるしか出来なかった。

そんな彼を他所に「それにおれはやれそうな気がするんだけどなー。やっぱ難しいのかなー?」とルフィが呟いていると、そこへウタが「ちょっとルフィ!」と眉間にしわを寄せながら、ルフィの肩を掴んで顔を近づける。


「確かに私も夢のためなら、海賊にだって悪魔にだってなってやるって覚悟してるし。ルフィなら絶対に海賊王になれるって信じてるけどさァ!海賊王になる前に勝手に死ぬのは、流石に許さないからねっ⁉」

「おぉ、そうか。悪ィな。でもそれくらいの覚悟じゃないとなれねェだろ、海賊王」

「そりゃそうだけどさぁ……」


ルフィが海賊王になれる前提で会話を続ける二人の姿を眩しそう見ながら、コビーは今まで語る事の出来なかった"己の夢"を、ぽつぽつと語ろうとしていた。


「……ぼくにも、やれるでしょうか……!し、死ぬ気なら……」

「ん?なにが?」

「ぼくでも……海軍に入れるでしょうか……‼」

『…海軍?』


ルフィとウタが首をこてんと傾げながら、コビーの言葉を反復する。

──海軍。それは、『絶対的正義』を掲げて世界中の海の治安維持を行っている、国際統治機関世界政府直属の海上治安維持組織である。

其処へ所属することはつまり、海の荒くれ者である海賊達とは、敵対関係になる事を指している。


「ルフィさんやウタさんとは敵ですけど‼

海軍に入って偉くなって、悪い奴らを取り締まるのが、僕の夢なんです‼ 小さい頃からの!! やれるでしょうか⁉」

「そんなの知らねェよ!」

「海軍かぁ……フフッ、いい夢だね」


口ではそういいながらも口角を上げるルフィに、純粋に彼の夢を応援するウタに、目元に涙を貯めていたコビーは「いえ!やりますよ‼」とルフィに強気の姿勢を見せ始める。


「どうせこのまま雑用で一生を終えるくらいなら‼ 海軍に入る為、命を懸けてここから逃げ出すんです!そしてアルビダ様…アルビダだって、捕まえてやるんです‼」

「──誰を捕まえるって⁉ コビー!!」


ようやく諦めかけていた夢を目指そうと思い始めていたコビーだったが、そんな彼の決意を嘲笑うように、彼が懸命に作って来た船を粉砕しながら、彼女が現れた。


「ッ!!ぼくの船……!」

「このアタシから逃げられると思ってんのかい⁉」


コビーの船をその金棒で破壊した女…懸賞金500万ベリーの女海賊・アルビダの背後から、何人もの仲間をぞろぞろと連れて三人の前に現れる。


「そいつらかい、お前の雇った賞金稼ぎってのは…ロロノア・ゾロじゃなさそうだねェ」

「…ぞろ?」


ルフィがアルビダの言った『ゾロ』という人物の名前を呟く中、ウタは男たちの下衆な視線を受けながら彼女の姿をまじまじと見つめる。


「最期にきいてやろうか…この海で一番美しいものは何だい…?コビー!!」

「‼……え、えへへ。そ、それは勿論───」


「…なァコビー」

「…ねぇコビー君」


さっきまでの意気込みは何処へ行ったのか、コビーはいつもの様に愛想笑いを浮かべていつも通り「もちろんアルビダ様です!」と言いかけるも、彼の言葉を遮る様にルフィとウタの二人が口を開いた。


「「誰(だ)?このイカついおばさん」」


そして二人がアルビダを指差し、互いにハモらせながら言い放った言葉は、その場を空気を完膚なきまで破壊しつくした。

そう言い放った二人の視界には、ボールの様に丸々と太ったそばかす顔の大柄なおばさんが映っていたが。彼女の海賊団でアルビダの侮辱は"死"を意味しており、青筋を作って怒りの形相を浮かべるアルビダに男達は脂汗を滝の様に噴き出して恐怖していた。


「る、ルフィさん!ウタさん!訂正してください!

この方は、この海で一番………一番……っ!」


同じように脂汗を垂らしながら、コビーは二人に向けて訂正を試みる。しかし…


──おれがなるって決めたんだから。その為に戦って死ぬんなら、別にいい。


彼の脳裏にルフィの覚悟に満ちた顔が浮かび、その時彼が言った言葉は、強者の顔を伺ってへりくだるだけの腰抜けだったコビーに勇気を与えた。


「───一番イカつい、クソばばあですっ!!」


いままで言えなかった言葉を、どんなに屈強な男も言う事の出来なかった言葉を、遂にコビーは言い放つことが出来た。

──この時コビーは確かに、アルビダ海賊団に勝ったのだ。


「あっはっはっはっはっはっは!」

「アハハハハ!言うねぇコビー君!!」


その勇気に、ある者達は大きく笑い声を上げていた。


「このガキャーーーっ!!」


その無謀に、ある者は怒りの大声を上げていた。


っアアアアアアーーーーーッ!!(くいはない‼くいはない‼ 僕は言ったんだ!戦った!夢の為に!!戦ったんだ!!)」


その行動に、その者は腰を抜かして一寸先に訪れる死に涙を流しながらも、決して後悔をすることはないと心の勝利を噛み締めていた。


「よく言った!ウタ、コビーを守ってくれ!」

「了解、船長!」

「⁉ ル、ルフィさん!!」


するとコビーの前にウタがオンボロのオールを手に持って立ち上がり、ルフィは金棒を振り上げるアルビダの前に立ちふさがった。


「同じ事さ!三人とも…生かしちゃおかないよ!!」


ルフィの頭目掛けて落下した金棒は見事に激突。その金棒を喰らった者は頭蓋骨がかち割れ、そのままお陀仏になっただろう……目の前の男が、普通の男であったのならば。


「──効かないねえっ! ゴムだから」


────モンキー・D・ルフィ。

後に『麦わらの一味』の船長として名を上げて大海賊となるこの少年は、海の秘宝である悪魔の実"ゴムゴムの実"を食べた『ゴム人間』だった。


「!?バ…そんなバカな‼アタシの金棒が──」

「ゴムゴムの――」


自慢の金棒が効かなかった。その事実に動揺したアルビダの前で、ルフィは後ろの方へ腕を伸ばす。


「銃(ピストル)!」


驚愕の光景を目にした彼女の手下達が唖然する間にも、勢いよく伸ばされたゴムの腕が勢いよく戻っていき、その反動を利用して繰り出されたパンチは彼女の頬を撃ち抜いた。


「手が…手が伸びたぞ!!」

「お頭!!」

「アルビダ様が負けた!化け物だ!」


それによってアルビダが地に落ち、船長が負けたという事実に森中に響くくらいの絶叫を届ける手下達。


「…いや、まだだ!あの女を人質取れば――!」

「ん?」


だがその中の内ひとりがウタの方を見ると、悪あがきとして人質にしようとしたのか、サーベルを手に取って彼女に向って走り出した。

男はそのままルフィの横を通り、ウタとコビーのいる方角へ向けて襲い掛かる。


「ギャーー!こっち来たァーーー!?というかルフィさん!何してるんですか⁉ 早くしないとウタさんが──」

「あぁ、その必要はねぇよ」


ウタに襲い掛かろうとする海賊の男を見たコビーが慌てた様子でルフィに助けを求めるも、ルフィは全く慌てた様子を見せず、落ち着いた様子で腕を回してそう言い放った。


「ぎゃははは!女ひとりゲッーー」

「よっと」


男が笑い声を上げながらウタ目掛けてサーベルを振り落とすが、ウタもまた落ち着いた様子でオールを振り上げ、男が持つ得物を「ガキンッ!」と叩き上げた。


「ーート?」

急速な“プレスト”──」


「ウタはな、お前らが思っている以上に…」


男が空中へと上がったサーベルに視線が向いたその隙に、ウタはオールを構えて突進し、前面に向けて思いっきり突き出す。


──練習曲“エチュード”!!

「グへぇッ!?」


「…強ぇんだぞ?」


その細い腕からは想像が出来ない衝撃が男の腹に決まり。それによって彼女の持つオールがへし折れるが、男も体をくの字に曲げながら仲間達いる所までぶっ飛んでいった。


「……あちゃー、ごめんねコビー君。オール壊れちゃった」

「へ?…あ、いや大丈夫です。船も壊れちゃったし、もういらないですし…」

「……おいお前ら!」

『ヒッ!は、ハイ!』


気落ちしながらそう返すコビーを見たルフィは、完全に戦意を喪失したアルビダの手下達に向けて叫び声を上げる。

その声を聞いた男達は背を伸ばし、体を硬直させた彼らの間に緊張が走る。


「コビーに一隻小舟をやれ!こいつは海軍に入るんだ‼黙って行かせろ」

『は…はい』


「ルフィさん…」

「よかったねコビー君」


後に海軍へ入って自分達の敵になるだろう自分の為に、船を用意させようとするルフィの優しさに思わず涙を溢すコビー。それを見たウタは自分の事の様に、嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。




「──それにしても、ルフィさんがあのゴムゴムの実を食べてたなんて、驚きました」


その後、無事に海へ出た三人が波に揺られていると、ふとコビーが船首の上に座るルフィと、アルビダ海賊団から小舟と一緒に武器として手に入れたデッキブラシを持ったウタに話しかけてきた。


「でも…二人とも"ワンピース"を目指すって事は、あの"偉大なる航路(グランドライン)"に入るってことですよね…‼」

「ああ」

「うん。そうなるね」


二人が何事も無いように返事を返すが、コビーはそんな彼らが二人が心配でならなかった。

なにせ、これから彼らが向かうべき世界『偉大なる航路』は、目まぐるしく天気が急変したり、超巨大な海王類に襲われたり、島々が持つ特殊な鉱物が放つ強い磁気の影響で羅針盤が役に立たなかったりする、そんな危険な海であるからだ。

故にその海は海賊の墓場とも呼ばれており、そんな所をたった二人で向かう事は、自殺しに行くのと同じことだと暗に伝える。


「うん。だから強い仲間が必要なんだー」

「それでな、これからお前が行く海軍基地に捕まってるって奴、居るだろ?」

「あぁ…ロロノア・ゾロですか?」


コビーは先程会話してる最中に語った、"海賊狩りのゾロ"の異名をもつ魔獣が海軍基地に捕まっている事を思い出していると…


「いい奴だったら仲間にしようと思って!」

「いいねそれ!"魔獣"なんて呼ばれてるくらいだから、すっごく強いんだろうなー」

「えーーーっ‼またムチャな事をォーーっ!

ムリですよ、ムリムリムリ!あいつは、魔獣のような奴なんですよ!?」

「そんなのわかんないだろ」

「そうそう。一回会ってみないと分かんないでしょ?」

「ムリっ!」


──天気は晴れ、のち大声。

三人を乗せた船は、"海賊狩りのゾロ"と海軍基地が待ち受ける島へ向けて進路を進める。







・おまけ


海軍基地を目指す道中、コビーが鼻歌を奏でていたウタに話しかけていた。


コビー「あのー、そういえばウタさん。貴女はなんで、ルフィさんと一緒に海に出たんですか?」

ウタ「んー、シャンクスとまた会う為かな?ルフィもシャンクスに会うつもりだし、一緒に居た方が早く会えるかなーって」

コビー「あ、"赤髪のシャンクス"と!?な、なんでそんな大海賊と……?

しかも"また"って…?」

ウタ「…あれ?まだ言ってなかったけ」


ウタが首をこてんと傾げながら驚きの声を上げるコビーを見ていると、コビーの疑問を解こうとルフィが口を開いた。


ルフィ「だってこいつ、シャンクスの娘だもん!」


コビー「・・・・・・・え"え"え"え"えええええええ!!!????」


衝撃の事実を知ったコビーは、これまでにない位の絶叫を、この大きな海に轟かせていた。

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