ヴィルシーナと買い物に出かける話 2
「これで二人も喜んでくれると良いんだけど」
ヴィルシーナは不安そうに包みをぎゅっと抱き締めている。
シュークリームを食べた後、俺達はショッピングモールを回って、様々なお店を巡った。
楽しそうに、そして時には誇らしげに妹のことを語りながら、彼女は幾つもの品物を見て、候補を選んでいく。
そして数時間後、その膨大な候補の中から、彼女は何とか渾身の一品を見繕ったのであった。
……しかし、どうやら購入が済んだ後でも、不安が拭い切れない模様。
「大丈夫だよ、キミがあれだけ考えて選んだプレゼントなんだから」
何ともまあ、月並みな励ましではあるが、別に根拠がないわけでもない。
彼女の担当という立場故に、俺は妹二人とも、何度か話をしたことがある。
少なくとも、心からの贈り物を無下にするような人物ではない、ということは知っていた。
妹達のことを思い浮かべたのか、柔らかく顔を綻ばせて、彼女は口を開く。
「そうね、二人で選んだんだもの、きっと大丈夫よね」
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないわよ、いっぱい感想やアドバイスもくれたし、服も、ふふっ、ねえ?」
「…………キミが笑ってくれて何よりだよ」
「あはは、冗談よ、今日は本当にありがとう、トレーナーさん」
ぺこりと頭を下げて、ヴィルシーナはお礼の言葉を伝えた。
俺としては何か特別なことをしたつもりはないが、役立てたなら良いだろう。
彼女は何気なくスマホを取り出しと、小さく眉を動かした。
「あら、もうこんな時間だったのね」
「結構じっくり見ていたからね、そろそろ帰りも考えないと」
「そうね……あっ、トレーナーさんは行きたいところとかあるかしら?」
今日は私が行きたいところばかりだったから、とヴィルシーナは申し訳なさそうに付け足す。
それに関しては全く問題はないのだが、行きたいところ、に関しては実は存在していた。
彼女から話を出してくれたのだ、良い機会だと思っておこう。
「そうだな、じゃあ一カ所だけ付き合ってくれるか?」
「もちろん、もしもアドバイスが必要なら存分にさせてもらうわ」
「んー、アドバイスはいらないけど、キミの感想は必要不可欠かな」
俺の言葉に、ヴィルシーナは不思議そうに首を傾げる。
まあ、これに関しては着いてからのお楽しみ、ということにしておこうか。
◇ ◇ ◇
そして、俺達が辿り着いたのは────最初に立ち寄った、女性服専門店。
ヴィルシーナは店に着くと、真っ青な顔で汗を流しながら、引き吊った表情でこちらを見る。
「……もしかして試着した服、買うの?」
「いや買わないよ、というか自分で着せといてドン引きしてるの酷くないか」
「あはは……でも、それだったらどうしてこのお店に?」
「それはだな、確かこの辺りの、ああ、これこれ」
俺はヴィルシーナと共に店の中に入って、店の真ん中あたりへと向かう。
そこにある、ワンピースを身に纏った二つのマネキンを指差しながら、俺は彼女の方を見た。
彼女は耳と尻尾をピンと逆立てながら、目を大きく見開いている。
「合間合間にこれを見てたから、試着とかしたいんじゃないかなと思って」
「……見ていたの?」
「キミのことはいつも良く見てるよ」
「……っ、もう!」
ヴィルシーナはほんのり顔を赤らめ、唇を尖らせながら目を背ける。
しかし、その視線はちらちらとワンピースの方を見ていて、尻尾もゆらゆら揺れていた。
恐らくは妹達へのプレゼント優先で、自分の欲しいものは後回しにしていたのだろう。
しばらくの間、彼女は悩ましそうに考え込んでいたが、やがて残念そうな表情を浮かべた。
「……止めておくわ、今日の予算はもう使い切っちゃったし」
「それだったら大丈夫、俺がキミにプレゼントするからさ」
「ただでさえ手伝ってもらっているのに、トレーナーさんに買ってもらう理由なんてないよ」
「あるでしょ────二人の誕生日より、キミの誕生日の方が先なんだから」
つまるところ、ここに来たのは、完全に俺の目的のためであった。
もうすぐ来るヴィルシーナの誕生日プレゼントを、この機会に用意したかったのである。
彼女は言葉を詰まらせて、困ったように視線や耳を揺らす。
やがて大きなため息をついて、ぽそりと言った。
「…………試着、だけだから」
「うん、とりあえず着てみなよ、きっと似合うと思うから」
店員を呼びつけて、指定した服の試着をお願いする。
一瞬俺を見て、えっ貴方が着るんじゃないんですか、という顔をされたが無視。
しばらく待っていると、試着室の扉が、ゆっくりと開かれた。
「その……どう、かしら?」
おずおずと遠慮がちに身を晒したヴィルシーナが来ていたのは、白のドレスワンピース。
ふんわりとした生地で作られていて、装飾も少なく、清楚で大人っぽい雰囲気の一着。
彼女の魅力をそのまま引き出して、見る者全てを引き付けるようだった。
一瞬、俺は見惚れてしまいながらも、彼女への感想を正直に口にした。
「とても綺麗だよヴィルシーナ、キミの魅力が尚更輝いて目を焼かれそうだよ」
「…………トレーナーさんって、無意識にキザな台詞を言うことあるわよね」
「……マジ?」
「マジよ、でも私はそういうところ、嫌いじゃないわよ」
嬉しそうに微笑むと、ヴィルシーナは鏡の前に立ち、くるくると全体を見渡す。
とりあえずご機嫌なようで、尻尾は楽しそうに舞い踊っていた。
やがて、彼女は軽いステップを踏みながら試着室に戻り、扉を閉める。
恐らくはもう一着の方に着替えるのであろう、中からがさごそと衣擦れの音が聞こえて来た。
そして数分後、今度は勢い良く、扉が開かれる。
「トレーナーさん、こっちはどう?」
先ほどとは打って変わって、自慢げにヴィルシーナはその姿を晒す。
次に彼女が着ていたのは、青を基調とした少女らしい雰囲気のワンピース。
スカートの裾にはボリュームのあるフリル、袖などにはレースが合わせている。
先ほどの白いワンピースが彼女の美しさを強調しているのに対して、こちらは彼女の年相応の可愛らしさを強調していた。
しっかり者で大人びた彼女の、新たな魅力を引き出す一着といえるだろう。
「こっちはとても可愛らしくて素敵だと思う、こういうのもキミは似合うんだね」
「ふふっ、ありがとう……うん、こっちもなかなか、良いわね」
ヴィルシーナはまだ鏡の前に立って、今度はポーズを取り始める。
今の彼女はふんだんとは違い、どこか振る舞いが子どもっぽくて、ハシャいているようだった。
きっとそれは妹達の前では見せない、彼女のもう一つの一面なんだろう。
もちろんどちらが本物というわけではなく、どちらも彼女の持つ本質。
でも出来れば、せめて俺の前ではこういうところ遠慮なく出せるようにしてあげたいと、心の中で思った。
そしてしばらくすると、彼女は元々着ていた服に着替えて、二着のワンピースを並べて、難しい表情で見比べ始める。
「うーん……どちらも捨てがたいわ」
視線と一緒に尻尾を左右に動かす姿が少し面白くて、俺はつい意地悪を口にしてしまう。
「とりあえず、買わせてくれる気にはなったのかな?」
「んっ……そうね」
一瞬、不満そうに眉を吊り上げたものの、何かを思いついたのかヴィルシーナはニヤリと笑う。
そして二着のワンピースを手に取って、俺に突きつけるように見せつけて来た。
「じゃあ、どちらが良いかトレーナーさんに選んでもらおうかしら」
大人っぽい白のワンピースと、可愛らしい青のワンピースがゆらゆらと揺れる。
なるほど、俺に選択を迫らせて、あわよくばそこに付け込んで困らせてやろう、といったところか。
しかし、残念。
俺の答えは、ヴィルシーナがどちらを選ぼうとも、最初から一択だったのである。
「店員さーん! このワンピース両方とも包んでもらって良いですかー!?」
「なっ……そんなのずる、じゃない、悪いわよ!」
「いや、これは俺の我儘だから」
「……我儘?」
「そう、両方のワンピースを着るキミを、俺が見たいから、俺の我儘で両方買うんだ」
「はあ……それなら、仕方ないわね」
ヴィルシーナは呆れたようにため息をついて、困った子どもを見るように微笑む。
店員さんに包装してもらって、会計を済ませて。
二着のワンピースを大切そうに、愛おしそうに抱き締めながら、彼女は小さく呟いた。
「こういう『二着』なら────悪くないわね」