休息
⑬不夜城グラン・テゾーロ。
海上に浮かぶ世界最大のエンターテイメントシティ。
オーナーは世界に名だたるテゾーロ夫妻。
“黄金帝”と称される旦那のギルド・テゾーロは傲岸不遜な大男。
しかし、謎とされているのは奥方で、今までたったの一度も表に顔を現したことがない。一説によれば最初からそんな存在はいないとか既に死んだとか、結婚しているという情報自体がフェイクだとか、色々と言われている。
でも、黄金帝の言動の端々に時折似つかわしくない温かみを感じる時がある。だからいないという認識はウソ。あれは…たしかにいる。
そのことを確信したのは、映像電伝虫で一度だけ聞いた彼の歌。歌はその人の魂の発露。ステージで歌っていた決してごまかすことのできない彼の歌声から、黄金帝の信じられない一面を信じるほかなかった。それをもたらしたものは、件の……おそらく、名前は“ステラ”。
傲岸不遜な黄金帝の正体はびっくりするほどの愛妻家でした!そのことを人々が知ったらいったいどういう反応が返ってくるんだろうね?
今回は、その黄金帝のもとで歌姫をしているカリーナからナミに話があるからと招待されて、せっかくだからと羽を伸ばすことにした我が家一行。
もっとも、予算はナミが厳重に管理して、我が家が誇る世界最高の財務担当大臣のお小言とカミナリがかつての四皇より怖い愛しい仲間たちに従わない選択肢はない。
…私もだけど。
ウソップは開発費確保のためだと鼻息荒く乗り込んでいって、サンジくんは居並ぶ美人にメロリンしてと、皆それぞれに楽しんでいるみたい。チョッパーはロビンが一緒に付き添ってる。なら安心だね。ゾロだけ見なかったけど、きっと迷子だろうなぁ…。
それにしても、ナミがあの歌姫カリーナと知り合いだったなんてね。世界は意外と狭いのかもしれない。そのことをナミに伝えたら赤髪の娘がなに言ってんのって返されちゃったけど。
ギャンブルに興味はないから色々と見て回ることにしたら、ところどころ改修されている場所があって。
世界最大のエンターテイメントシティを謳っているだけあって移ろいやすい流行をいち早く取り入れて飽きられないようにしてるんだろうな。
思った以上にそういった観察が面白く、ふんふんと興味深く見させて貰って、一通り満足して戻ってみるとルフィがきれいな女の人からお誘いを受けている。
ダメだよルフィ?…あんなにきれいな人を惑わしてさ。
いつもとは違う、髪をオールバックにしてタキシードを着ているルフィ。
うん!よく似合ってる。思わず顔がにやけてしまうのを止めることができないくらい。
でも、他の男の人といちばん違うのはその身にまとうオーラ。
新世界も駆け抜けてきた、歴戦を潜り抜けてきた男の人の雰囲気…
あの女の人の気持ちもよくわかっちゃうし、わかることがすでにすごいよね。
まあ私もさっき端正な男性から声をかけられたけど。
綺麗なドレスだと、よく似合っていると褒めてくれた。
そんなことを思っていると、ルフィは女の人から約束を取り付けられたみたい。
一旦解放されたことに一息つくように豪華な休憩室のラグジュアリーソファに座りに行くルフィ。私もその後を追う。
休憩室にはまばらとはいえ他にも人がいたけど気にしない。
私に気付いて声をかけてきたルフィを無視して彼のひざの上に乗る。そしてルフィの首に両腕を回し、至近距離で目を見つめながら口を開いた。
見てたよルフィ。とてもきれいな女の人から誘われてたね。大人の女ってカンジ!あこがれちゃうなぁ。さすがルフィだね!
ルフィの頬を撫でる。
ね、ルフィ。私も男の人に誘われたんだ。どうすればいいかな?
ルフィがその女の人と遊びに行くんなら、私だって男の人と遊びに行ったってかまわないよね。
どちらももう子どもじゃないから、朝まで付きあうことになるよね。
じっとルフィの目を見つめる。
でもねルフィ、私の望みを言うよ。私はルフィに尽くしたい。他の男の人に奉仕するなら、ルフィに奉仕したい。
私は、あなた以外に尽くしたくない———
ねだるように頬ずりして、そのまま切なくひとつだけキスを落とす。
そして体を離してもう一度ルフィの目をしっかりと見つめた。
どうする?ルフィ?
静かにルフィの言葉を待つ。
「……。」
今度はルフィが私の耳元に唇を寄せてきて——
言わねェとわからねェのか、ウタ?
ゾクッ…と体が震える。
まだわからねェッていうんなら教えてやるしかねェか…
期待でルフィから目が離せない——
おれはウタ以外ほしいと思わねェよ。
そう言って乱暴にムードの欠片もない荒々しい口づけをしてきたルフィに。
意識が飛びそうになって。
一瞬でがくがくと腰砕けになりながら、ルフィに身をゆだねてあふれる想いのままにルフィを胸にかき抱く。
小さく抗議の声を上げるルフィを無視して、そのまま強く強く抱きしめる。
こみあげる喜びの笑みを唇に浮かべたままに。
あなたは答えを間違えなかった……
ルフィのために豊かに実った私の胸を存分に味わって貰う。
ルフィ。好き。大好き。うわごとのようにそう言葉を投げかけながら、愛しく何度も頭を撫でる。こんなにも容易く私はルフィにかき乱される。
それからうっとりと深い口づけを交わしあった。他の人の目を気にすることなく。
私の背に優しく添えられたルフィの手。愛する人の熱を分け与えられて体が歓喜に打ち震え心が跳ね上がる。
私の心と体をこんなにかき乱すのは、ルフィ。あなただけ……
そうして二人そろってお誘いを無視して、愛しい我が家に腕を組みながら帰って行った。
ウタ。その格好、よく似合ってるなァ…
前を向いたままルフィが呟く。
くすっ。もう、言うのが遅いよルフィ?
でも、ちゃんと言えたから許してあげる…
ルフィにかがんで貰って頬にキスする。
身長差があるけど、ルフィは私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていたし、前を向いたままだからとてもやりやすかった。
でもそれも、すぐに足早に変わる。
下腹部に灯る熱が私を急かす。
一刻も早くルフィと愛し合いたい。
あなたに早く尽くしたい————
我が家が誇る世界最高の船、サウザンド・サニー号。
その船長室に静かにたたずむ玉座に、日が昇っている間は不在の主が姿を現す。
船窓から入り込むグラン・テゾーロの波止場の明かりをスポットライトにしながら、私はその前でドレスの裾をいやらしく踊らせてゆく。
両腕を頭の後ろで組んで艶めかしく体をくねらせ、淫らに腰を振り、自分で胸を持ち上げ煽情的に揉みしだいて、舌をれろれろと物欲しそうにはしたなく見せつける。
グラン・テゾーロに赴いた一番の収穫。
それは中心部にそびえたつ世界一の八星ホテル「THE REORO」にあるVIPルームのひとつで開催されていたアダルトショーを観覧できたこと。
歌を愛する者同士のよしみとしてカリーナに秘密に案内された、仲間のうち私だけしか入れない場所。
一流のストリップショーや淫靡な色気を第一としたポールダンス、下半身だけ露出した下品な踊りがあれば、隠す気もないえっちなミニスカートで際どい下着を魅せつけるショーもあったな。そのどれにも男の人が群がっていて。
VIPに気に入られた女性は別に用意されている個室へと連れ立って入ってゆく…
そんな男の欲を満たすための女の体の魅せ方を学ぶため。
ルフィにもっと喜んでもらうために。
愛しのダーリンのために勉強していきなよ、とウインクとともに言われた。
ここにいる子たち、いいもの持ってるわよ。でないとスケベオヤジどもから大金巻き上げられないからね♡
…。
ナミ。カリーナって面白いね。食えないニオイがプンプンしてる。ナミみたい。
だからこそ、あの若さで黄金帝の懐刀を務めあげているんだろうな。
あの女性たちも、一癖も二癖もあるんだろう。
でも、カリーナの歌声にはあたたかい優しさも含まれていて。
いつか同じステージで一緒に歌えるといいね。きっと楽しい。
たしかに、おかげで勉強になった。まあ…変な男に絡まれもしたけど。
残念だけど、あなたはお呼びじゃないんだ。ゴメンね?
ルフィを誘っていた女性も、VIPルーム関係者だろう。
でも、どれだけ魅力的なオトナの女であっても、ルフィには相応しくない。他をあたってね。
ルフィの頬に両手を添えて愛おしくキスする。熱い吐息を漏らしながら角度を変えて何度も。
あなたはわたしだけのもの……
そうして学びとったことを今この時間に必要な分だけ楽しんで貰ったあと、ルフィの前に貞淑にかしずく。
すべてを披露すると朝になってしまうから。時間はたっぷりある。だからまた今度。
ポールダンスも見てほしいから、今度フランキーにおねがいしておこう。
玉座の真正面にあつらえて貰う展開可能なポールダンス用のステージ。理由はそれらしいものでごまかしておくけど、玉座の本当の主が誰なのか、ばれちゃうかな?
そうだ、どうせならストリップショーもできるようにしちゃおっか。名案だね。
大きく屹立しているルフィの象徴にまるでこの世の至高の宝物に触れるかのように繊細に指を添え、ルフィの目を見つめながらその先端に3回。
忠誠と、服従と、屈服の誓いの口づけをうやうやしく落とす。
それからルフィの手に私の手を重ね恋人つなぎをして、お口だけで奉仕する。顔をうずめ、頭がくらくらするほどのむせ返るオスの匂いを胸いっぱいに吸い込んで堪能してから。
舌全体を這わせて味わうように舐め上げ、傘の部分に到達すると舌をねっとり絡ませて先端まで含めてれろんれろんと丹念に舐めしゃぶった。
そしてルフィの目をしっかり見つめたままゆっくりと飲み込んでゆき……
答えを間違えなかった私のルフィのためにご褒美として、人々が求めてやまない歌声を紡ぎ出す歌姫の大切なのどを、心ゆくまでたっぷりと味わわせてあげた。
人には見せられない、あなたにしか見せない……下品ではしたない顔をこれでもかと魅せつけながら————
体を清め、クイーンベッドに身を預ける。
え?黄金帝に会ったの?
あァ。ナミが連れてきた。
そうなんだ。なんの話をしたの?
大した話はしてねェさ。2年前のシャボンディ諸島でのことを聞かれただけだ。
……そっか。…ね、ルフィ。
ちゅっ
ウタ?
ん…なんでもない。ダーリンカッコイイなって思っただけ…
…そォか。
うん。
静かに寝息を立てるルフィ。そのたくましい胸板につけられた傷跡を見つめる。
……。
私たち一味で言ういわゆる「2年前」。…あのシャボンディ諸島でのできごと。
私を見るなり不愉快な奇声を上げたかと思えば、気持ち悪く腰を前後に激しくシェイクしながら自分のために尽くせ、自分のためだけに歌えと勝手なことをよだれを汚くまき散らして叫び。おぞましい動きで不躾に近寄ってきた醜い天竜人に。
ルフィは私の前に守るように立ちふさがって、戸惑うことなく拳をめり込ませて吹っ飛ばした————
一瞬の静寂のあと、騒然とする場内。
微動だにせず佇む頼もしい背中。
……カッコよかったなぁ。
直後にレイリーさんが現れて。
これは驚いた…!その麦わら帽子は…君に本当によく似合っている…!
会いたかったよウタ————
今思えばルフィは元海兵だけあってあのあとどうなるか、ある程度予測できていたんだ。間髪入れずの海軍大将の出現。七武海の介入。愛しい仲間たちとの離散。天竜人に手を上げることの意味。あの時の私はルフィにときめいてまったく考えもしなかった。レイリーさんと別れたあとルフィに言われた言葉。
ウタ。麦わら帽子、ちょっと長く借りるぞ。心配すんな、必ず返す、と。
天竜人を殴り飛ばした手とは反対の手で頭をなでてくれながら
おれは元気なウタが大好きだぞ———
いつもと違う、私でも今まで見たことない優しい表情で…どうしてそんなことを言うのか疑問に思うべきだった。ルフィは今までそんな言葉を言ってくれたことなんてなかったのに。なのに私はのんきに喜んで。ついにルフィに想いが通じたって……
これからも、大好きなルフィとずっと一緒。今までどおり、いつもどおりに。疑いもしない。
…。
あれはきっと、覚悟を決めた顔だったんだ。一刻を争う事態を前に。
私と……離れ離れになってしまうことに。私を、守るため。
襲来した黄猿との戦闘、レイリーさんの手助け、続く七武海のバーソロミュー・くまと激突したあと不自然な沈黙があったかと思えば、私はシャンクスのところに飛ばされ。ルフィはそれからエースを助け出すためにインペルダウンへ向かう誰かの軍艦に密航して、それからマリンフォードへ向かったとあとで教えて貰った。
突如としてプレゼントされた空の旅。崩れる日常。愛しい仲間との離散。なによりルフィがいない現実に私の頭は考えることを放棄し意識は沈み、シャンクスの船に飛ばされてから誰かとの小競り合いの最中も私は深く眠りこみ、目覚めたあとは勃発した頂上戦争を止めるためにマリンフォードへ向かうシャンクスについて行く。
なぜか正義の門は開いていて。遠くからでもわかる見るに堪えない悲惨な状況。
見聞色の覇気でエースとルフィの存在を感知してからは皆の制止を振り切り、はじめてルフィの言いつけを破ってウタウタの能力を使い飛び出していた。
三大将全員を相手取った戦いで無事であるハズもなく…なのにぼろぼろになりながらもエースを助け出して撤退しているルフィの姿を目にして。
頭が真っ白になり能力を解除してしまいながらもなんとか合流できた時に、大将赤犬が立ちふさがった。
すぐさま赤犬はルフィに殴り飛ばされて気を失っているエースをすがりついてた私ともども狙いを定め———
…なにかすごい顔の大きい人?がやられて—— オゥ~
間に割って入ったジンベエ親分が弾かれ———
そのまま止まることなくマグマの拳が———
とっさにエースをかばい———
ルフィの背中が見えて———
ルフィが———
るふぃが……
……。
黒ひげの横やり。白ひげおじさんの死。エースを処刑できずに矜持に対する落としどころのつかない海軍。
ボス亡き今エースを死なせまいと多大な被害を出しながら大将二人の足止めに集中する白ひげ海賊団。
ルフィとエースの撤退を援護する仲間の海賊団と…なんか奇抜な格好をした人たちの必死の抵抗。
遊撃する七武海。
なぜか囚人服の集団もいて…見知った顔がいたような…?
際限なく激化する一方の殺し合い。
絶え間なく消えてゆく…数えきれない命の声。
それを楽しむ不愉快な黒ひげの笑い声。どうやったのか、白ひげおじさんの能力を奪い取っていて。エースを亡き者にしようと無分別に周りを飲み込みながら仲間たちと戦場を我が物顔で横切ってくる。
その行く手を頭から血を流しているガープおじさんと金色の大きいおじさんが阻み。
呻きを上げ身をむしばむ灼熱の痛みに耐えるジンベエ親分。
そして
胸をえぐられ大量の血を地面に染み込ませながらも一歩も引き下がることなく赤犬の行く手を塞ぎ、私たちを逃がそうとする血みどろのルフィ———
舞い上がった麦わら帽子が私の目の前に落ちてくる…
「わしが逃がさん言うたら——もう生きる事ァ諦めんかいバカタレが…」
「……。」ゼェー…ゼェー…
「……赤髪の娘か。」
「…。」ピクッ
「その赤髪の娘ともどもエースをこっちへ渡せ…——ルフィ」
「そいつは…できねェ相談だ…サカズキのおっちゃん」ゼェー…ゼェー…
「……。」
「おれは…命に代えても……守ると決めてんだ。」
!
「ほォかい——じゃあもう…二度と頼まんわい……のォ…
ドラゴンの息子!!」
ゴォッ!!!
「……。」ゼェ… ガハッ!… …スゥーッ…
ルフィが
ルフィが死んじゃう。
いやだ
せっかくまた会えたのに。まだなにも話せてない———
ルフィ……!
ドクンッ・・・!!!
私からなにか放たれたような気がして——
…意識を手放した。
その場にくずれ落ち閉じゆく瞼に、居並ぶ猛者たちが全員驚愕した目で私を見ていたような気がした……あ。顔の大きい人生きてたんだ…よかったね…
ヒーハ~!?ヴァナータイッタイ…!?
ひとつだけはっきり覚えていること。
少しだけ…ほんの少しだけふりむいたルフィの———口元に浮かぶ優しい笑み。
…ウタ。大丈夫だ、ウタならやれる———
おねがい私。気を失わないで…いま気を失ってしまったらもう———
ルフィ……
それからのことは覚えていない。
レッド・フォース号で目覚めた私は同じく目覚めたエースと無言で抱きしめ合って、エースはシャンクスたちと一緒に白ひげおじさんの亡骸を弔いに行った。
別れた私は散り散りになった愛しい仲間たちにメッセージを送るためにレイリーさんと十六点鐘し、頂上戦争で亡くなったすべての人々にレクイエムを捧げ、あとからエースも合流してレイリーさんのもとで修行に励むこととなる。
…サボと一緒だったころを思い出してしかたなかったな。エースもそうだったみたい。
ルフィのゆくえはわからなかった。…預けた麦わら帽子と一緒に。
あの時、生まれたチャンスを逃すことなくジンベエ親分と顔の大きい人がエースと私を連れて離脱し———
「ジンベエ!イワ!行けッ!!」
「すまんルフィ君ッ!」
「ヌゥ~~~…!ゼッタイに死ぬんじゃないよDボーイ!!ヴァナータを死なせてしまったとあっちゃあドラゴンに会わせるガンメンがなッシブルなんだよヴァターシはッ!!!」ヒーハー!
「はは…そんなにでけェのにか?」
行ってくださいイワ様~!!
おれ達ゃニューカマー!あとで必ず馳せ参じてみせます!!
イワ様~~~!!!
ワーワーワー!
「キャンディーズ…!!……おつかまりジンベエ!
ヘ~~~ル・・・WINK!!!!」
ハ’’’チコーーーーン!!!!!
✨キラーン ヒーハー! ナンジャァー!?
「…心配すんなイワ。おれは死なねェよ…」
ウタ……
落ちた麦わら帽子を拾いあげ、正気に戻って追跡を再開する赤犬を阻止する直前コビーが割って入り、始末しようとした赤犬と激突した瞬間、轟音とともに衝撃波によって爆発と見紛う土煙が巻き起こって———
「…数秒…無駄にした…正しくもない兵は海軍にゃいらん…!」
「させねェよ…!」
ドンッ・・・!
カッ!
煙が晴れたその場には、気絶したコビーと片膝をつく赤犬しかいなかったと———
そして、シャンクスたちが到着して戦争の終止符が打たれた。
はじまる大海賊時代の暴走。海軍の権威の失墜。黒ひげに引きずられ勢いをつけて台頭する数多の海賊たち。逃げ惑う人々。対抗するための海軍の再編成。
2年間の激動。それも嵐の前の静けさに過ぎなかった。
水面下、静かに牙を研ぐ者たち。
……ルフィのゆくえはわからなかった。
別れ際、私の頭を優しくなでてくれながらシャンクスは言った。
心配するな、あいつはそんなヤワじゃない。
でなければ、俺の宝は預けない———
シャンクスは、ルフィを信頼してる…もしかしたら、私以上に?
……ずるい。私だって。
…にだって負けたくない。
お前は俺の大事な娘だ。いつでも会いに来い。
そして、またお前の歌を聞かせてくれ————
2年後私は再びシャボンディ諸島へ、エースはマルコたちと合流しに行った。
……
…
……。
ルフィの胸の傷に愛しく頬ずりし、精一杯の想いを込めて口づけを落とす。
ルフィ…
胸が苦しい。あの時と違って今はもうひとりじゃなく、愛するあなたと結ばれたというのに…私の予想に反してルフィに対する想いはさらに大きくなってゆくばかり。
私のダーリンは私を守るためなら海軍大将にも、世界貴族にだって臆さず立ち向かう世界でいちばんカッコイイ人…
それどころか、海賊王にだってなってくれる。
どうすれば私はルフィにお返しすることができるんだろう?
……もっともっと、あなたに尽くしたい。
とめどなくあふれる想いのまま傷跡に何度もキスしていたら、頭をなでられる感触。
ゴメンね、さすがに起きるよね…
開きなおってルフィの唇に切なく吸いつく。ぺろぺろと子犬のように舐め、頬ずりし、体をこすりつけ、心の求めるままに触れあったあと、飽きることなくルフィの顔にキスの雨を降らし、ルフィの目を見つめながら愛の言葉を囁きつづけて眠りに落ちていった。
黄金帝も、天竜人となにかあったのかな?
もしそうなら良かったね、ステラさんを守れて。大事にしなきゃだね……
それにしてもイワさん、あんなに楽しい人だったなんて…
サンジくんは見るのも嫌そうだったけ…ど……
世界最大のエンターテイメントシティ、グラン・テゾーロ。
不夜城の別名に相応しく、深夜の暗闇に包まれる海上の中に今日も一点のまばゆい輝きを放ち続け、昼夜の別なく招かれた客人を洗練されたエンターテイメントでもてなしている————
時はさかのぼり、頂上戦争終結時。
ウタの手配書を片手に、酒瓶を掲げて黒ひげは宣言する。
ゼハハハハ!気に入ったぜ!コイツをおれの女にしちまおう!
おもしれェ女だ。ヘンな力をもってやがるな…悪魔の実の力だけじゃねェ。奪えねェのならおれのために使うべきだと思わねェか?おれが活かしてやる。女としてもな!ゼハハハハ!赤髪の娘ってのもいい!
別の部下が口をはさむ。
でもよォ…赤髪が黙っちゃいねェだろ…
ゼハハハハ…この世に不可能という事は何一つねェよ!
お前の娘、闇に引きずり込んでやらぁ…底の底までな…
どうせお前に似てんだろ?ならそれくらいしねェとなァ…
どんな顔しやがるんだ?堕ちるとこまで堕ちた娘を見てよォ?赤髪ィ…
舌なめずりしながらウタの手配書を見やる。
とことんまで堕ちておれに尽くせ!!!
ギャハハハハ!!!!!
この日、ウタは闇に見初められ。以降まばゆい光を一切の暗闇に引きずり落とすために虎視眈々とその食指を伸ばしてゆく……
大監獄の中で出会った、己が連れてきたひとりの男に打ち砕かれることを知らずに。