ワスレナグサ 1
ナグサは折れない。今までの一年を回願すると、結局のところ、自分は他人のために何もできなかったのかもしれない。
花鳥風月部との戦いではボコボコにされて、アヤメを置いて逃げて来てしまった。
『色彩』との戦いには参加することすらできなかった。
シュロとの戦いでは、先生の導きもあってなんとか勝利を収めた。それだけ。
そして『砂糖』・・・アビドスカルテルとの戦いでは、『終末の光』を見た。
ナグサ「・・・っ!」
頭が痛くなる。目を覚ました実感が湧いて来た。
今でも夢に浮かんでくる。
私を『百物語』から庇うアヤメの姿。
必死に戦う委員達を離れた場所で呆然と見つめる自分の姿。
シュロに論破され、何も言い返せない自分の姿。
そして、義勇兵として送られたのに何かに貢献したわけでもなく、ただあの兵器の威力を見て帰っただけの自分の姿。
ナグサ「・・・準備しないと・・」
布団を片付け、顔を洗い、簡単な朝食を口にする。
そして最後に、箱を開けて中にあるものを取り出す。
『証』と義手だ。
この世にある、私とアヤメを繋ぐ唯一のもの。
そしてエンジニア部からもらった、私の必需品。
右腕に嵌めると、カチッという音と共に、右腕から伝わる情報が頭に流れてくる。
ナグサ「・・・行こう。アヤメ。」
─────────────────────────
あれから半年以上が経った。
あの戦争の直後、陰陽部はゲヘナから購入した新兵器を、花鳥風月部がいると思われる拠点に何発も叩き込んだ。
あの『終末の光』を、砂糖に汚染されてるわけでもない、かつてとはいえ元は同じ学校の生徒に撃ち込んだニヤの判断はともかく、百鬼夜行には本当に平和が訪れた。
今の私達の仕事は、百鬼夜行に流入するものに、『砂糖』が混入していないか確認するだけ。だから、暇な時間が増えた。
特にレンゲは兼部したいと前々から言っており、色々な部活を見て回っている。
彼女が行きたいと言っていた文化系の部活が似合うとはあまり思えないが・・・。
レンゲ「あ。先輩。」
・・・噂すらしていないのに。
ナグサ「・・・レンゲ・・・・・」
レンゲ「しけた顔してるじゃないか。もう!平和な時代になったってのに!」
背中をバシバシと叩きながらニッと笑う。
レンゲ「今日も見回り?」
ナグサ「うん。誰かが見ておかないと・・・」
アヤメがいなくなった時とは別の理由で、百花繚乱は今人手不足だ。
本当に平和が訪れたことで、小競り合いくらいしか事件が起こらなくなった。そのため、秩序を維持するという名目で纏まっていた百花繚乱の所属生徒達は思い思いのことをやり始めた。
キキョウはあやとり部を作ったし、レンゲはご覧の通り。気がついたら私とユカリだけだった。
百花繚乱以外に行くあてがないのは。
レンゲ「・・・その義手、どうなんだ?」
私の右腕に収まっている機械を突きながら聞いてくる。
ナグサ「・・・慣れたよ。おかげで今までより『証』もうまく扱えるようになったし、今までできなかったこともできるようになった。」
コクリコとの戦いで汚染され、不自由になった右腕。
戦後すぐに、私はそれを切断し、ミレニアム製の義手をつけることにした。
黒く爛れていた右腕は、黒く機械的なものになった。
ちなみに、エンジニア部の趣味なのかBluetoothだのNFC機能だのミサイルランチャーだのビールサーベルよくわからないものもつけてもらったが、今まで使ったことはない。
レンゲ「そっか・・・」
沈黙が流れてしまう。
レンゲ「・・・そうだ!今週末さ、ミレニアムの野球部と交流戦をやるんだよ!先輩も見に来てくれないか?」
・・・野球部?
それはそれとして、今週末は空いてる。
ナグサ「・・・わかった。行くよ」
レンゲは嬉しそうだ。
・・・・折角もう1年青春を味わえるのなら、こうやって楽しむことも大切だ。
アヤメならそう言った。
─────────────────────────
見回りはあらかた済んで、私は報告書を書いていた。
砂糖を隠し持ってる人もいなかったし、そういうものの移動販売所もなかった。
ニヤの物流統制が本当に効果を発揮しているのだろうと実感する。
その反面、果物や野菜が品薄になって百夜堂は大変らしいが。
ナグサ「・・・終わった・・」
アヤメを手伝っていたころは簡単だった書類作業。今はかなり大変だ。キキョウやレンゲを頼るのは申し訳ないし、ユカリを頼るのは心配だ。
・・・・やっぱりアヤメがいないと、まだまだダメだな、私は。
そう思いながら、FAX機に書類を入れてゆく。
・・・よかった。まだ日は暮れていない。
時間はたっぷりある。
・・・・あそこに行こう。
─────────────────────────
もう日も傾きつつある中、私はとある場所に来ていた。
『花鳥風月部』が活動していたと思われる拠点。
今は廃墟と化しているが、かつては荘厳な宮殿だったそうだ。
ナグサ「・・・あるかな」
アヤメを示すものが。何かあったらいいな。
あってほしい。それが私の、居場所になる。
そう思いながら、私は崩れかけた門をくぐる。
ナグサ「・・・」
室内は酷いことになっていた。
崩れかけたこの宮殿には、あちこちに本が散らばっている。また『砂糖』が入っていた袋も乱雑に転がっている。
本の内容はどれもこれも全て『百物語』に関することだろう。
目の前にある一冊を手に取り、パラパラとめくる。
内容はよくわからない。
でも決して知ることを諦めたくない。
花鳥風月部が言っていた『百物語』。
それを探れば、アヤメを助ける鍵が手に入るかもしれない。
しかしコクリコもシュロももういない。
だから自分の力だけでこれを解析し、『黄昏』への接触方法を確立するしかアヤメを助ける方法はない。
それをやろうとして、いったいどれだけの月日がかかるだろうか。
そう思うと、あの時の何千倍も重圧がのしかかってくる。
ナグサ「・・・うっ・・うぅ・・・」
またお腹が痛くなってしまう。
『現世でたった一人の親友すら助けられなかった手前が、その親友黄昏から助け出すなんて、できると思ってるんですかぁ?!』
聞きたくない声が脳内を駆け巡った。
『果たしてその親友はどうなりますことやら。ナグサちゃんのことなんかもう忘れてしまってるかもしれませんし、もしかしたら・・・異形のバケモンかもしれませんねぇ?!!!』
やめて
『楽しみですねぇ、黄昏に呑み込まれ、『百物語』と化したアヤメを見た手前の表情がどんな面白いものになってるか』
頭の中に入ってこないで
次に聞こえた声は、あの声とは別の声色だった。
だが、ある意味一番聞きたくない声だった
『最初から、あんたを友達だと思ったことないから』
・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・。
ナグサ「ああああああっ・・・うっうっうあっ
うおおおぁああああ~~~~~~~~あああっ・・・」
それが自分を助けるための、自分を思っての言葉だとは、ある程度わかってた。
でも、その言葉はもはや・・・。
私にとっては呪いだった。
カホ「・・・ここにいたのですか。ナグサさん」
その声で現実に引き戻される。
ナグサ「・・・カホ・・・」
陰陽部の副部長がそこにいた。
カホ「・・・花鳥風月部、そしてアヤメさんに関する捜索。とても難航しているようですね」
崩壊しかかった宮殿を見渡しながら、彼女は続ける。
カホ「・・・これらの本は百鬼夜行でもわずかな者しか解読できない、言ってしまえば外国語のようなもの。これを独力でなんとかするなど、不可能でしょう」
ナグサ「・・・それは、分かってる・・・分かってるけど・・・・」
助けを求めることはできるようになった。
でも、これは別問題だ。
アヤメを助けるのに、誰かを巻き込んではいけない。
『百物語』のバケモノがもう出現しなくなったとはいえ、黄昏の地に乗り込んだら何があるかはわからない。
カホ「・・・はぁ。」
そういうと彼女は私に背中を向けた。
去ってゆくのだろうか。
その去り際だった。
カホ「戦いの面ではなく、知識の面であなたを支えてくれる人がいます。・・・古関ウイを・・・知っていますか?」
ナグサ「・・・え?」
カホ「トリニティ総合学園、図書委員会の委員長です。「古書館の魔術師」と言う異名を持ち、古書の解析においてとても優れた才の持ち主と聞いています。」
私はカホの顔と、本を交互に見る。
彼女がもし、百鬼夜行の古代文字を解析できたら。
彼女がもし、『百物語』や『黄昏』に関して何か知っていたら・・・・。
ナグサ「・・・その、その人はっ!どうやったら会えるの?!」
カホ「・・・トリニティにある古書館です。確かあそこは内戦の戦火を逃れたはずなので、きっといるでしょう」
では私は、チセ様の世話があるので。
と言い残すと、ポンと消えてしまった。
ナグサ「・・・・・」
本を何冊か手に取り、懐に収める。
この宮殿中の本をすぐに持ち出すことはできないが、根気よく運び出せば、1冊くらいあるはずだ。
私は門をくぐり、家路につく。
明日は見回りは休もう。
ユカリがなんとかしてくれる。
とにかく一刻でも早くトリニティに行って、そのウイさんという人と会わなければ。
アヤメを助けるための扉を、早く開かなければ。
おまけ
カホ「あと、書類に計30ヶ所のミスがあります。ちゃんとしてください」
ナグサ「・・・」
─────────────────────────
用語集
義手:ナグサがエンジニア部から作ってもらった義手。色々と余計な機能がついているが、今回ばかりは超傑作。変な機能で壊れたらかわいそうだし・・・・
この義手のおかげでナグサは、証である『百蓮』の性能を100%引き出せるようになり、名実共に委員長として完成した。次にアヤメがナグサの手を握る機会があったら、その冷たさに驚くことになるだろう。
『終末の光』:広域ヘイロー破壊爆弾搭載型弾道ミサイルのこと。着弾地点に太陽のように明るい光がのぼることから、百鬼夜行の生徒たちはそう呼ぶようになった。
現在このミサイルを持つ学校は、ゲヘナ、ミレニアム、百鬼夜行の3校。
うへ〜冷戦不可避だね〜。
花鳥風月部の壊滅:ゲヘナから購入した例のミサイルを、ニヤはテストも兼ねて花鳥風月部の各拠点に発射。計7発のミサイルにより花鳥風月部は滅びた。コクリコとシュロは生死不明だが、ミサイル以降『百物語』由来のバケモノが出てこなくなったので死亡したと考えられている。物証はないけど。
ニヤの物流統制:ゲヘナ学園の信頼できる盟友として扱われている百鬼夜行は、事前にアビドスの砂由来の化学肥料が輸出されることを知っていたのかどうかは定かではないが、野菜や果物を有機栽培であるゲヘナ以外から輸入しないようにした。これだけでなく色々な物品をチェックしたり、百鬼夜行内での地産地消に取り組んだりしている。
シュロの残留思念:ナグサの妄想だよ、こりゃ!
おまけ:年表作りました