ワイちゃん、カフェテリアにて同期を知る

ワイちゃん、カフェテリアにて同期を知る


 後日談と言うか、今回のオチ。


「あれ、メイヴ。どしたのボーッと突っ立って」

「ハイアさん」


 昼のカフェテリア。これからのトレーニングに向けての栄養補給の時間。ハゲに提示されていた食事メニューとにらめっこしつつ、でもにんじんハンバーグ食べたいなあ、なんて葛藤をしながら食券機に向かった私は、列の前で立っているだけのメイヴライトに遭遇した。

 やたら難しそうな表情を浮かべており、何をそんなに悩んでいるのだろう、と不思議に思う。何事も迅速果断、迷うことなど惰弱である、みたいな印象があるからこそ、こういった場所で悩んでいる姿には違和感を持った。


「うん。実は」

「実は?」

「蕎麦と饂飩で悩んでいてな」


 拍子抜けして思わずズッコケそうになる。なんとも普通の理由……! 迅速果断なのはレースだけかこいつ……? というか、


「トレーナーから指示とかされてないの?」

「ハイアさんは指示されているのか? 私は『何を食べてもこちらで調整するし、問題があったら言うから自由にしてくれ』と」

「おぉう……」


 先日見ためっちゃ美人なトレーナーからそれを言われたのか……羨ましいぞ変わってくれ。こいつもスパダリトレーナーかよ女性だけど……うちのトレーナーはハゲなんだぞ。言ってて悲しくなってきた。いや助けられてるから文句は……文句……は……いややっぱハゲどうにかしてくれないかなあ。

 微妙な私の内心を知ってか知らずか、メイヴライトは不思議そうにこちらに問うてきた。


「そういえば、ハイアさんのトレーナーさんはどんな人なんだ? 随分管理徹底するタイプのようだが」

「え? あー、そういえば会ったことなかったっけ」


 私はメイヴライトのトレーナーを知っているが、そう言えばメイヴライトはハゲと話したことどころか、おそらく見たこともない。レースで何度か一緒になっているものの、私のトレーナーとしてハゲを認知していない可能性は十分ある。

 スマホを取り出して、ハゲの写っている写真を探す。確かハロウィンのときに、似合わないコスプレをしていたものだから、爆笑しながら撮った写真があったはず。写真アプリをスクロールしていけば、その写真はすぐに見つかった。


「このハゲ」


 言いつつ、ハゲを指差しながらメイヴライトに見せる。メイヴライトは私のスマホを覗き込むと、


「…………?!」


 え、何その反応。どういう反応なのそれ。なんかめっちゃ目を輝かせてない? え、ハゲを見て目を輝かせる要素とかある?


「は、はいあさん」

「なにその話し方」

「こ、この人が……あなたのトレーナーなのか……?」

「そうだけど……どしたのメイヴ。なんか変だよ」


 目を輝かせつつ、ハゲの写真を食い入るように見つめるメイヴライト。本当に様子がおかしい。どうしたんだろう。


「惜しい……あなたのトレーナーは逸材だ、なのに何故……!」

「え、ちょ、は……?」


 心底口惜しそうな口調と表情。メイヴライトがそこまでの表情を浮かべるのなんて見たこともない。レースで負けてもここまでの表情は浮かべた様子もなく、自らの不足を叩き直そうと決意している表情を浮かべていたような、こいつが?

 思わず写真を見つめる。逸材? 何か惜しいものがある? 何だ? 何を見落としている? メイヴライトが一瞬で見つけられるものを、ずっと一緒にやってきた私が見落としているのはなんだか納得がいかない。しかし、どれだけ見ても見落としがわからない。

 何故かモヤモヤした気持ちを抱いていると、メイヴライトがついに口を開いた。


「髷が……! 髷があれば、完璧だったのに……!!」

「……………………………………は?」


 思わずぽかんと口を開ける。そんな私を無視して、メイヴライトは悔しそうな顔のまま続けた。


「だってそうだろう?! 側頭部、後頭部には髪があり、前頭部から頭頂部の半ばまで髪がない……そうなれば、あとは髷があれば武士の髪型だ! 実に惜しい!」


 心底口惜しそうに、悔しそうに、もったいなさそうに熱弁するメイヴライト。え、あの。私の貴女に対する印象がどんどん崩れているんですがその。


「あ、あんたそういうキャラだったの……?」

「『そういうキャラ』とはなんのことだ? それよりハイアさん、貴女からもトレーナー殿に伝えてもらえないだろうか……髷を結え、と!」


 目をキラキラと輝かせつつ、ハゲがちょんまげになる姿を幻視して、ワクワクしたように懇願してくるメイヴライト。その姿に、私は彼女に抱いていたあらゆるイメージが瓦解していく音を聴いた。


 刀のようなウマ娘?

 覚悟ガンギマリ?

 何度故障しても折れない強き者?


 どれも正しいけれど、どれも違う。こいつは──


「天然かお前……!」

「だからなんのことだ?」


 とまあ、そんな感じで。ハゲのことを知ったメイヴライトに、これからしばらくハゲへの伝言を頼まれることになったりする私であった。

 めでたし、めでたし。いやめでたくねえよ。


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