ロード・オブ・ウォー
「ねぇ、聞いた?昨日出たんだって!チェンソーマン!」
「テロリストを殺しまくってたって!」
「殺したんじゃなくて、左腕切っただけだよ」
「人間も悪魔も殺して食べちゃうらしい」
「猫を飼ってると助けてくれるんだって!」
★
「明日はどうする?教官とやらに話を聞きに行くか?」
(えぇ〜…明後日以降にしましょうよ〜)
「ふふ…まぁ、いいがな。今夜は連戦だったし、帰ったらさっさと寝ろ」
(機嫌が良さそうですね…こっちは疲れてるんですけど〜……あっ!)
長い夜を終えて、家路を急ぐフミコは戦争の悪魔に、飢餓の悪魔と名乗った少女について尋ねた。
「アイツは飢餓の悪魔…会うのが久しぶりすぎて気がつかなかった。
飢餓はイカれた事を考えてるから、絶対に関わるな……」
戦争の悪魔はそれっきり口を噤んだ。家族については、話題にしたくないらしい。
(あの子について教えたくないなら、機嫌がいい理由を話してくれません?)
「あぁ…それは、この街が戦時下に近づいたからだ」
(戦時下?たかだか90人相手に?)
「お前と戦争の定義について論戦する気はないぞ。私が言っているのは、戦争がもたらす恐怖の事だ」
戦争の悪魔は再び上機嫌になった。
「マスク、左腕の武器。共通のデザインを持った敵がこの街にどれだけ残っているか、お前は知っているか?
ヤツらの正体、勢力、それらを把握できるまで、デビルハンターどもは警戒を解けないだろう」
悪魔の力を借りていようと、戦いの構図は人間対人間。
「勝利のためには、個人の権利は制限されるものだからな。そして、己の生活圏に敵がいるかもしれないという疑念と恐れが、今夜この街の住民に芽生えた」
争乱を渇望する戦神(アレス)は東京の今後への期待に、胸を膨らませる。
帰宅して風呂に入り、フミコが寝床に入ろうとすると、誰かがインターホンを鳴らした。カメラで確認すると、配達員の格好をした男性が立っている。
「どちら様ですか?」
「キガちゃんから…お届け物です」
カメラ越しに尋ねると、男性は差出人を明かした。約束通り、武器をショッピングモールから回収してこっちに届けに来たようだ。
フミコが荷物を受け取ると、運び人は無言で去っていった。リビングに運び、中身を取り出すとそこにあったのは、あのショッピングモールでフミコが変化させた紅白鞘の刀。
フミコと交代した戦争の悪魔はそっと刀を鞘から抜き、刀身を指で弾く。二度三度ゆっくりとした動きで剣舞を披露すると、刀身を鞘にしまった。
「悪くない…」
戦争の悪魔はスパインブレードを鞘に収めると、フミコと相談してクローゼットの中に隠した。
犯罪者相手だが、フミコは武器に変える際、多少の罪悪感を覚えたようだった。実戦で使わねば断言はできないが、通常の物質で作られた日本刀程度の性能は期待して良さそうだと戦争の悪魔は感じた。
翌日、フミコは昼休憩の間に内線で訓練施設に連絡を入れた。岸辺に繋いでもらい、会う約束を取り付ける。次の休日の夕方に日取りが決まり、フミコは午後の仕事に向かう。
拘束および死亡した暴徒達の身元確認、周辺への聞き込み調査が行われるのだ。警察が行う調査にフミコと牧野も同行する。万が一、戦闘が発生した場合への備えだ。
身元が判明した容疑者周辺への聞き込みの結果、彼らの腕に仕込まれた武器の出所に繋がる手掛かりを発見することはできなかった。
また、暴徒達が何らかの結社に所属しているといった話も出てこなかった。調査は翌日以降も継続される。
★
岸辺と約束した休日がやってきた。
待ち合わせ場所に指定されたのは、都内にあるカフェ。店内に入ると、公安の制服姿の背中が目に入った。
「おぉ、来たか」
岸辺と向かい合わせで座ると、店員が注文を取りに来た。
「ビールくれ」
「ホットコーヒーで」
注文を受けた店員が去っていくと、岸辺が口火を切った。
「この後、人と会うんで手短に頼む。チェンソーマンについて聞いて回ってるらしいな」
「以前、救ってもらったので、一度会ってお礼を言いたいんです。単刀直入に聞きますけど、居場所を知りませんか?」
「知らねぇな」
「2課の野茂さんから大ベテランだと聞きました。1997年頃、デンノコ悪魔の報道がありましたが、チェンソーマンはその当時、公安にいたんですよね」
「いたんじゃないか?」
会話を傍で聞いている戦争の悪魔の機嫌が少し悪くなってきた。
「公安にいたとすれば、どの組織にいたと思いますか?」
「まぁ、特異課だろうな」
「それは特異4課という事ですか?」
「多分。俺は特異1課にいたから、噂程度しか知らん」
岸辺のポーカーフェイスにフミコは内心怯む。
「教官から見て、4課はどんな組織でしたか?」
「どんなってなぁ…血生臭い、てのはどこも一緒か。魔人やら悪魔が所属してたのは知ってる」
「契約悪魔の事ですか?」
「そうじゃねえ。…悪魔や魔人をデビルハンターとして使う実験的な部隊だったんだと」
実験的な部隊、とフミコは心の中でワードを復唱する。1997年にそういった組織があれば、チェンソーマンの席があっても不思議では無い。
岸辺は時計をチラリと見ると、「そろそろ出なきゃならん」と話を切り上げ、注文したビールを飲み干すと、領収書を持って席を立った。