ローの朝
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ローという少年は、齢十三にてそれはそれは激動の人生を送ってきた。
しかし今は仲間や人に恵まれ、贅沢ではないが今までは考えることすら出来なかった幸せを手にしている。もちろん、死んだ妹や両親、自分の恩人と暮らすのも幸せだろうなと思うことだったり、たまに悪夢を見たり、ドフラミンゴに対する恨みが全てこの幸せで帳消しされるわけではない。だが、やはり笑い合える仲間や信頼できる大人、たくさんの人達からもらった『ハート』は、彼の胸に生きていくだろう。
今回はそんな『トラファルガー・D・ワーテル・ロー』という少年の一日を見ていこうと思う。
「んんっ…」
じりりり、という音と共に目が覚める。優しい夜空色でそのまま染めたような髪が、ぴょん、と跳ねる。開いた目はまるで夜空に浮かぶ朧月のような色をしており、育ったらなかなかの好青年になるだろう。
目覚まし時計を止め、大きく伸びをする。寝起きで少し気怠い足でスリッパを履き、カーテンを開けると、しゃっ、という音と朝日が部屋に射してきた。
軽い日光浴をした後はまず、顔を洗うために洗面台に向かう。
蛇口から聞こえてくる、しゃー、ぱしゃぱしゃ、という音と、ちょうどいい温度で冷えた水がちょうど良い具合に目を冴えさせてくれる。
きゅ、という金属が擦れる音と、ぽた、ぽた、と顔に残る水の余韻。タオルをとると、その中に顔を埋める。ぱふ、という感触と、顔にある少し不快な感覚が消えさり、代わりに目の前のタオルが水を吸って少し冷たく、かたく感じる。顔を離すと、押さえつけられていた前髪が、「待っていました」とばかりにぴょん、と跳ねる。
またタオルをかけ直し、目の前の三面鏡をちょっとだけ折り曲げて髪を確認する。今日はひどいクセは見つからなかったようだ。満足げに頷くと、ぱたん、と鏡を元に戻す。
それからコップを取り出し、中に水を注ぐ。
しゃー、こぽこぽ、ごぽごぽ。だんだんコップから聞こえていく音が低くなっていく。ある程度水を入れたところで水を止め、口の中に少量。水を含む。ローは乾いてかぴかぴになった喉を水が潤していくような、ちょっとした痛みに伴う快感を味わい、上を向いて、抑えながらも息を吐く。
がらがらがら、という音が耳元で響く。もういいかな、と思ったところでぺ、吐き出す。
その次に、また水を口に含む。両方の頬袋を膨らまして交互に水を行き来させる。
グブグブグブ、というくぐもった音が聞こえる。水が生暖かくなってきたらこれもぺ、と吐き出す。ローはそれを何度も繰り返す。口の中が十分潤ったところでやめた。
隣にあるトイレで用を足す。内容は割愛させてもらおう。
ほかにすることもないため、バスルームを出てすぐそばの階段を降りてゆく。たんたんたん、と早足で降りてゆくと、そのうち野菜を茹でるような優しい匂いに米の炊ける香ばしい匂い、ぐつぐつと何かをゆでる、くぐもった水が跳ねる音、さくさくと果物を切る音、声変わりを終えたばかりの少年の鼻歌が聞こえてきた。
「あ!ローさん、おはよう!」
「おはよう、ペンギン」
ダイニングに入ると、洋梨を切り分けていた少年が、ローに気付いたのか鼻歌を止めて挨拶をしてきた。ローもそれを返す。
「…この匂い、今日はポトフか?」
「大当たり!相変わらず鼻が効くね」
「それは褒めてるのか?」
「もちろん!ちょっと待っててね、今よそうから」
蓋をしていた鍋を開けると、そこからもわ、と湯気が溢れてくる。近くにある丁寧に置かれたお玉をとりだして鍋の中に入れ、木で出来たお椀によそった。
「はい、これがローさんの分!お米は自分でよそってね」
と言って差し出されたのは、ほかほかのスープだった。
お椀の中からは湯気が上り、底を持ったら少し熱い。
黄金色のスープが美味いから早く食べろ、と誘ってくるかのようだ。
くう、とローの腹から催促が聞こえてくる。
米は炊飯器を使って炊かれており、ぱか、と開けると、ちょっとじめじめする感覚と、米の炊けた香ばしく、少し甘い匂いを感じる。す、と白い煙がひいた炊飯器の中にはまるで白い宝石のような米粒が一つ一つ朝日を反射し輝いていた。
見事な水加減で炊かれたそれの中にしゃもじを突っ込む。
ちょっとだけ力を入れて柔らかく、一つ一つの米の間にに空気を込めるようかき混ぜると、ぱっとかきあげ、お椀の中に入れる。そして近くの棚から海苔を取り出す。
炊飯器の蓋を閉め、ポトフと米、それから箸と海苔を盆の上に置き、運ぶ。
テーブルの上にはまだ何も置かれていない。かんかん、かんから、と木のぶつかる音や箸が勢い余って回る音が聞こえてくる。
ローは席に着く。
「おはよー!」
「おはよう。なんじゃ、今日はポトフか」
「なんじゃって、不服かじいさん」
「いや、そんなことはないぞ?」
「お…はよ…ふぁああ」
いつも決まった時間に起きるロー、ちょっと早起きなペンギン、元気のいいシャチ、ちょっと素直じゃないじいさん、そして朝に弱いベポ。
みんな揃ってからのいただきます。
これはローにとって大切な、『いつも通り』だった。
じゃがいもを口に運ぶ。ほろ、と崩れてゆき、ほくほくとした暖かさを感じる。
にんじんを口に運ぶ。柔らかく煮込まれており、にんじん本来の甘さがよく引き出されている。
キャベツを口に運ぶ。下に乗せた瞬間すぐに溶けて、旨味とちょっとした苦味がいいアクセントだ。
ソーセージを口に運ぶ。パリッ、とした皮に封じられていた肉汁が出口を求め、じゅわ、っと勢いよく溢れる。中の肉は柔らかく、ちょっと独特な歯応えを残していった。ハーブのような香りがさらに食欲をすすめる。
ベーコンを口に運ぶ。しょっぱめの味付けに、止まる気のない肉汁。かぶりついただけでその独特な風味と硬めの食感、柔らかく脂身の部分の食感が混ざり合い、原始的な「もっと食べたい」という欲を沸かせる。
ふーっ、ふーっ、と冷ました後スープを啜る。黄金色の液体に、肉汁や野菜の旨味が優しく溶け合い、体を芯から温める。
米を口に運ぶ。白い宝石は噛み締めた途端に甘味と旨味が暴れまくる。海苔をちぎり、巻いた運んだ時には海藻の磯臭さが余計に米の旨さを引き立て、ただひたすらかっこみ続けていた。
牛乳を飲む。大きくなりたいのか、特にたくさんぐびぐびと飲む。濃い牛乳のほのかな甘さと纏わりつくような冷えた膜を味わう。口の中に液体の感覚がなくなるが、ほのかな風味が牛乳を飲んだことを教えてくれた。
「相変わらずペンギンは料理が上手いな」
「そうでしょー、へへ!」
「あ!ペンギンずるい!おれも褒めておれもー!」
「シャチは…手先が器用?」
「なんで疑問系なんだよ!でも嬉しい!」
「おれふぁ…?」
「ふわふわで可愛い」
ニコニコするベポ。
「わしは?」
「ガラクタ屋はない」
「酷くない!?」
「むにゃあ…ねむい…」
「ベポ、毛玉取りきれてないぞ」
「ええ…?後で取る…ふぁぁあ」
かちゃかちゃ、すすす、ぱりぱり、もぐもぐとさまざまな音に、少年と老人の声が混ざる。
皿の中身が空になり、全員で手を合わせる。
『ご馳走様でした』
皿を洗面台に置いていく。かたん、と濡れたお椀が音を立てる。
再び洗面台に向かう。一階にはバスルームがあり、そこにある歯ブラシを手に取る。
水で濡らし、チューブ状の歯磨き粉から粉を取り出し、口の中に入れ、歯に添える。
しゃこしゃこしゃこ、と勢いよくブラシで歯を擦る。口の中がスッキリしてきた頃に歯ブラシを抜いて、中の水をぺ、と吐き出す。
近くにあったコップを手に取り、水を口に含む。くぷくぷくぷ、ぺ、と口の中を洗い流すように何度か繰り返す。終わったら手で水を拭い、自分の部屋に戻って自転車の鍵を取り出す。じゃら、という音と共に手の中に収まる白くまストラップの鍵は、朝日を受けてキラキラと輝いていた。
歯磨きを終え、時間になったことを確認する。
「おーいお前ら、行くぞー」
玄関に向かい、行ってきますを言ってから自転車を取る。しゃ、と鍵を差し込み回すと、手応えと共にかしゃんと音がした。
「行ってきまーす!」
「いこ、ローさん!」
周りの仲間と共に、自転車にまたがる。
「誰が一番早くつくか競争だ!負けたら皿洗いやれよ!」
「よしっ、絶対勝つ」
「3…2…1…ゴー!」
勢いよく自転車を漕ぎ出す。少年は心なしか、楽しそうだった。