ロシナンテ生存IF④
前回
【これまでのあらすじ】
麦わらの一味はパンクハザードで共闘した男、元海兵のロシナンテから船に乗せてくれと頼まれ、一時の船旅を共にすることになった。その後ドレスローザに向かうサニー号で、ロシナンテは電伝虫をとおしてドフラミンゴに取引を持ちかける。調子を狂わされたドフラミンゴはプンスコ怒った。
その夜、ローは街の酒場でロシナンテがドレスローザに近づいていることを知り、決心を新たにしたのであった。
④鳥の弟
朝日とともにサニー号の甲板に座り込み、ニュース・クーの飛来を待つ。風はさわやかなのに、心はずっしりと重たい。警戒し疲れてそのまま外で寝てしまったウソップとチョッパーをしり目に、ロシナンテは働き者の白いカモメを探して空を見上げていた。
ここはもうドレスローザ近海であり、いつ何があってもおかしくはない。展望台でフランキーが見張りをしていたが、目はいくつあっても足りないほどだ。
「アーサ~ですヨホホホ~~~!」
船の後方からダイナミックにハジけるギターの音色が聞こえた。朝でも夜でも騒がしい一味だ、とロシナンテは目尻をさげる。彼らの愉快なノリには、本当のところかなり救われていた。
「アーイエ~~~! フゥー!」
七武海、そして一国の王であるドフラミンゴは、ここ10年で勢力的にも政治的にも確固たる地位を築きあげた。ファミリーの層は厚く、たかだかロシナンテひとりがジタバタしたところでその城壁は崩せないだろう。
だからこそ四皇カイドウとの関係性を利用するのだ。海賊だろうが王様だろうが、彼もひとりの人間である。ジワジワと状況を追いつめれば、必ず勝機は見いだせるはずだ。
「しーんぶんが~~~!」
そう思うと、偶然とはいえ麦わらの一味と行動をともにできたのはロシナンテにとってラッキーだった。彼らは正直、やることなすことハチャメチャだ。裏に隠れて行動しやすい。このままドフラミンゴの周りを引っかき回してくれれば、工場破壊の成功確率も上がるというものだ。
「きてますよ~~~!」
あとは新聞を待つだけだ。ドフラミンゴの出方しだいでこちらの動きも変わる。想定の通りになってくれればいいのだが……。
「って、きてんのかよ新聞!」
「ヨホ」
ブルックの歌を聞きつけ、一味もワラワラと甲板に集まる。芝生に新聞を広げて、みんなで一緒にのぞき込んだ。
『ドンキホーテ・ドフラミンゴ、七武海脱退・ドレスローザの王位を放棄!』
一面に踊る見出しを読んで、一味は飛び上って叫びをあげた。呆気にとられる者、ビビり散らかす者、生唾を飲みこみ苦い顔をする者と様々である。
「本当に辞めやがったァ~!」
「こうもアッサリ事が進むと、逆に不気味だな……」
「ジョーカー! おれのためにそこまで!」
人質として拘束されているシーザーだけが声を高くして喜ぶ。
「これでいいんだ。やつにはこうするしか方法はない……!」
ロシナンテにとっても満足できる結果になった。これで計画を次の段階へと進めることができる。
たかだかひとりの科学者を誘拐しただけで、ドフラミンゴは国王の地位と七武海の特権を投げうった。この取引はドフラミンゴにとってそれほどまでに重要なものだということだ。
そしてこちらは、それすらも囮として使う。
それがロシナンテの計画だ。
『おれだ……七武海を辞めたぞ』
約束通り、ドフラミンゴに電伝虫をつなげる。おそらく国は大混乱なはずなのに、彼はどことなく落ち着きのある声色だ。それが虚勢なのかな何なのか、ロシナンテに知るすべはない。
言葉を選んでゆっくりと口を開こうとしたロシナンテだったが、手に持つ受話器をいきなり隣からぶん取られた。そのままゴムの手が縮んでもとの場所へ。まぎれもなく、ルフィの仕業だ。
「おい待て麦わら……!」
「もしもし! おれはモンキー・D・ルフィ! 海賊王になる男だ!」
「お前黙ってろっつったろ!」
「おいミンゴ! 茶ひげや子どもらをひでェ目に合わせてたアホシーザーのボスはお前かァ! シーザーは約束だから返すけどな、今度また同じようなことしやがったら今度はお前もブッ飛ばすからな!」
パンクハザードでの件はルフィもそうとうお怒りだったらしい。ウソップの制止も聞かずにまくし立てる。ナミとチョッパーは顔が真っ青。他のクルーはやれやれと苦笑している。
『“麦わらのルフィ”……! フッフッフ、おれはお前に会いたかったんだ。おれはいま、お前が喉から手がでるほど欲しがるものを持っている』
「お……おい、それはいったいどれほど美味しいお肉なんだ……?」
「麦わら! やつのペースに乗るんじゃねェ!」
思考全部が肉に持っていかれてしまったルフィをウソップとチョッパーが引きはがした。受話器を取り戻したロシナンテが焦ったように言う。
「余計な話はするな! 約束通りシーザーは引き渡す」
『そりゃあその方が身のためだ。ここへきてトンズラでもすりゃあ……どんな目にあうか、お前はよくわかっている』
電伝虫がニヤニヤとうす気味悪い笑みを浮かべた。
『フッフッフ、さあまずはウチの大切なビジネスパートナーの無事を確認させてくれ』
「ジョーカァー! すまねェ、おれのためにアンタ七武……」
「今から8時間後! ドレスローザの北の孤島“グリーンビット”南東のビーチだ!」
ロシナンテは汚らしく鼻水をたらしながら泣きわめくシーザーの言葉を途中で切り、用件だけを矢継ぎ早に伝えた。
ドフラミンゴは頭の回転がはやいうえ、人の心をかき乱す方法を熟知している。会話が長くなればなるほどに、危険度はあがるだろう。その手腕はファミリーにいたころにイヤというほど味わった。
「午後3時にシーザーをそこに投げ出す。勝手に拾え。それ以上の接触はしない」
『フッフッフ、寂しいもんだ。なァ、ロシナンテ。ロシー。ドジでマヌケなおれの弟』
「!」
『おれは裏切りは許さねェが、それでも実の兄弟には愛情を感じているんだぜ。せいぜい楽に死ねるように殺してやるよ』
まとわりつくような言い方に身震いがした。首筋をナイフの先で舐められている感覚、背筋にヒヤリとしたものがつたう。
『また鉛玉がお望みか? それとも糸で心臓を貫くか? 安心しろ、ローの目の前でやってやる。今度こそ確実に……』
「切れー! こんなもん!」
いまだ美味しい肉の幻想にとらわれながら、ルフィが乱暴に電伝虫をきる。それと同時にドッと疲れが押しよせた。冷えきった体に、ジワジワ温度がもどってくるような感覚だ。
「ふーっ、危なかった! また『やつのペース』にやられるとこだったな!」
「あ、ああ……ありがとう、助かった」
ロシナンテがはずむ心臓を落ちつかせながら礼を言うと、ナミが声を張り上げてふたりに割り込む。
「じゃなくて! ちょっと聞いてないわよ! あんたドフラミンゴと兄弟なわけ!?」
「兄弟? こいつミンゴと兄弟なのか!?」
「さっきからそう言ってるだろ!」
「おまえ、鳥の弟だったのかー」
ルフィが数テンポ遅れて驚きの声をあげた。ウソップのツッコミもなんのそので、自己流の妙な解釈で納得する。
ロシナンテはなんだかバツが悪くなって、ボリボリと後ろ頭を掻いた。じっとりとした目線がいたたまれない。本数も残り少ないタバコに火をつけて肺いっぱいに白い煙を吸いこみ、ゆっくりとはき出しながら答えた。
「アーすまなかった。隠してたわけじゃなかったんだ。余計な不信を抱かれたくなかった」
海賊と、元はといえ海兵という本来であれば敵対してもおかしくない立場だ。ましてやこれから挑む海賊のトップの血縁ともあれば、いまここで手を切られても文句は言えない。
ロシナンテにもそれは痛いほどによくわかる。お互い良いやつだと分かっていても、組織を守るために切り捨てねばならないものはことのほか多いものだ。
一味が目線で先をうながす。ロシナンテは両手を肩まで上げて敵意のないことを示し、再び口を開いた。
「ワケあって、おれは小せェガキの頃にドフラミンゴと生き別れた。そのとき両親はすでに死んでいて、ひとりだったおれを拾って育ててくれた人が海兵だったんだ。おれはその人の正義に憧れ、それで海兵になった」
「それを信じろってのか?」
「そうしてもらうしかねェな。おれはかつて、兄の悪事を止められなかった。だがまだ正しいことはできるはずだ。そのために七武海……果てには四皇にまでケンカ売ってんだぜ、おれァ」
張りつめた空気に沈黙が落ちる。たった数秒に永遠を感じた。まるでナギナギの能力のような静寂をやぶったのは、汚らしい嗚咽と鼻水をすする音だった。
「お、お、お前~、苦労したんだなァ~! いや泣いてねェ、泣いてねェよおれは!」
「ぐ、おっふ!」
フランキーがデカい顔面をぐちゃぐちゃにして「こいつ、男のなかの男じゃねェか!」とロシナンテの背中を気安くバシバシと叩く。身長こそロシナンテの方が高いものの、重量はフランキーのほうがはるかに重い。容赦のないスキンシップにロシナンテは思わずつんのめり、つまづき、ゴロゴロと転がって甲板の手すりに激突した。
「まァた器用にドジりやがって……」
「アーやめだやめ。バカくせェ」
「たしかに、もめてる場合じゃないわね」
「まァ少なくとも、お前がこうもドフラミンゴにこだわる理由には納得したよ」
「兄が海賊で弟が海兵……けっこう複雑なんですねー」
一味もやれやれと肩をすくめる。誰もロシナンテについてそれ以上の批難を浴びせるものはいなかった。船長にいたっては「鳥をブッ飛ばしゃいいんだろ!」と力強くガッツポーズをしている。
痛むところを抑えながら座ったロシナンテに、救急箱をもったチョッパーが駆け寄る。ロシナンテが「ユルすぎねェか、こいつら」と小さくぼやくと、たまたま聞こえたチョッパーが「なにかおかしいのか?」と小首をかしげた。
ドフラミンゴがこぼした血縁という情報は、最悪の場合、一味との敵対の火種になる可能性があった。そうでなくとも船を追い出されるくらいされてもおかしくはない。それなのに彼らはあるがままを受け入れ、作戦への協力も続行だという。
そんな一味のブッ飛び具合に呆れかえると同時に、果てない自由を感じた。のぼる朝日を背にたつ彼らの姿はひたすらにパワーに満ち、のばされた手は言いようもなく温かい。まともに息をすることさえ厳しいこの海で、自由をつらぬくには力が必要だ。そしてこの船は、それを持っている。そう強く感じた。
手早く治療を終えたチョッパーを、大きな手でひと撫でして礼を言う。彼らは海賊なのに、ロシナンテはすっかりと彼らのことが好きになっていた。
「改めまして、おれの名前はドンキホーテ・ロシナンテ。元海兵で、ドフラミンゴの弟だ。気軽にロシーと呼んでくれ。よろしくたのむ」
ニッコリ笑って両手でVサインをしながら、今さらながらに自己紹介をする。強烈な光にあてられて、なんだか無性にローに会いたくなった。目の奥が熱くなる。おまけに肩も燃えるように熱い。
「だァっ! また燃えてるぞてめェ!」
「あっちィ!」
「消火だ!」
「いやお前もうタバコ吸うなッ!」
◆
ドレスローザに着岸したのは昼にかからない時間帯だった。ここからは3つのチームに分かれて、シーザーの引き渡し、工場破壊&侍の救出、サニー号の安全確保のためにそれぞれ動く。ここはもう敵の本拠地である。むやみやたらな行動はできない。
ロシナンテが線の歪んだヘタクソなドレスローザの地図を甲板の芝生に広げて、各チームの今後の足取りについて説明する。それを聞きながらルフィはいても立ってもいられない様子で、うずうずソワソワと体をゆらしていた。
それぞれの動きをおさらいしたあと、ロシナンテは思い出したように顔をあげた。ドフラミンゴを打ち倒すのなら、確認しておかねばならないことがある。
「ああ、そういやお前らに頼みたいことがある。もしもコラソンってやつの」
「ルフィ! 敵だ!」
「うごェっ!」
後ろの方から興味なさげに地図をながめていたゾロが、とつぜんロシナンテをつき飛ばした。手には刀を抜き、にぶい金属音の中心から火花が散り咲く。
「へェ、妖刀か……ずいぶんなご挨拶だな」
殺気はないが、太刀筋に迷いがない。明らかにロシナンテを切りつけようとした動きだった。ギリギリの鍔迫り合いに視線がからみ、どちらともなく間合いをとる。
「敵襲! 敵襲〜〜〜!」
「誰だ!」
「あれ、あいつ……?」
敵の男はひとふりの大太刀をかまえながら、サニー号の手すりに着地した。ゆっくりと一味を見まわし、ドジのついでに起きたミラクルで気絶しているロシナンテを一瞥する。ピリピリと肌のひきつるような緊張の走るなか、敵の男はたったひとりマヌケ面で何かを考えるルフィを睨みつけながら名のりをあげた。
「ドンキホーテファミリー最高幹部、コラソン」
「さ、最高幹部!?」
「いきなり〜〜〜!?」
「まさか、ドフラミンゴの刺客!?」
「さっそく手ェまわしてきやがった!」
告げられた肩書に、一味はおのおの跳ねあがる。コラソンと名のった敵ははよく手入れされた鋭い刃先でロシナンテを示し、濃いクマをまとった双眼をスッと細めた。
「用があるのはそこのドジ1名。渡してもらおうか」
「絶対に渡すなよ!」
「あいつ殺されちまうぞ!」
やはり狙いはロシナンテらしい。しかし手伝うと決めた以上、そう易々と彼を渡すわけにはいかない。ゾロ、サンジ、フランキーがロシナンテを守るように並び立つ。その様子をみて、コラソンは眉間の谷を深めていぶかしげに言った。
「いや、殺しゃしねェ」
敵の言うことなど信頼できないとはいえ、ドフラミンゴとの怒りに満ちた通話からしてみるとそれは意外な返答で。ウソップが恐る恐る声を出した。
「え? あんがい良いやつなのか?」
「手足もぎ取っておとなしくさせるだけだ」
「ダメだ! やっぱりヤベーやつだ!」
叫びをあげるウソップにすこしムッとしながら、さらにコラソンが続けた。
「あとでちゃんとくっつける。おれは医者だ」
「ンな医者いるかコンニャロー!」
医者と聞いてだまっていられないのがチョッパーだ。さらっととんでもないことを言いだした自称医者に食ってかかる。
コラソンは彼らのツッコミを流れるように華麗にスルーし、ロシナンテの転がった方をジッと見つめた。獲物を狙う肉食獣の目つきだ。
ルフィ以外がそれぞれの武器をかまえ、一度はゆるんだ空気が再びふるえて。
「あ、思い出した! おーい、お前じゃんかー! おれだよおれ~! あん時ゃありがとなー!」
「ルフィ!?」
一石を投じたのはめずらしく静かに状況をみていたルフィだった。万歳よろしく両手をあげて全身から喜びのオーラを出す。ニコニコ笑うルフィに、一味はもれなくギョッとした。
「よく見りゃシャボンディのヒューマンショップで見かけた顔だな」
「彼、トラファルガー・ローね。ドフラミンゴの傘下、ハートの海賊団船長。七武海の部下だから懸賞金は無いものの、億超えの海賊を討ちとるほどの実力者。ドンキホーテファミリーの最高幹部だというのは初耳だけど……」
一度みた顔だと呟くサンジに、ロビンが付け加える。それを聞いているのかいないのか、ルフィは最近のようではるかに遠い2年前を思いうかべた。
「そうそう! トラフォル……トラ男! あいつよー、白ひげの戦争からおれを逃がして傷も治してくれたんだ!」
「傷を……!?」
「そうさ! ジンベエと同じように、あいつも命の恩人なんだ!」
船長の恩人と聞き、一味がザワついた。クルーの誰もルフィのそばにいられなかったあの時の恩人とあれば、一味全体の恩人である。しかしこの場においてはロシナンテをねらうドフラミンゴの手下だ。向けるべきは敵意か敬意か。誰もが計りかねていた。
「こんなトコで会えるとは思わなかった! あん時ゃ本当にありがとう!」
「……よく生きていたもんだな、麦わら屋。だがあの時のことを恩に感じる必要は無ェ。あれはおれの気まぐれだ」
ルフィはもとより、腹のさぐり合いのようには見えなかった。命の恩人というのも間違いではないのだろう。
そうだとしても、タイミングがすこぶる悪い。ドフラミンゴと敵対している今でなかったら盛大に宴でも開かなければならない案件なのに、相手に殺意がないとはいえ、さすがに両手を広げて歓迎できる状況ではないのだ。
「おい待てルフィ! 近づくな!」
「船長のことは礼を言うが、お前はドフラミンゴの手下だ。この場で慣れ合う理由がねェ」
「命を救っておいて気まぐれというのも引っかかりますね」
「いったい何をたくらんでるのかしら」
「よし! おれの指示ど~り! いけっ、お前ら!」
コラソンと話すルフィを押しとどめ、相手の出方をうかがう。こちらからは手を出さない。いまはこれが精一杯だ。
「おれの都合を話す義理も時間もねェ。ここにいるってだけでおれは立場を危ぶめてる」
そう言ってコラソンはひとつため息をこぼした。なにか諦めた様子で刀を鞘におさめ、懐から取り出したコインをルフィにむかって投げる。ルフィがキャッチすると同時にあたりは青いドームに包まれたが、それはあっという間に消え去った。
なにが起こったかわからない一味はどよめいたが、当のふたりはどこ吹く風だ。これまでの緊張感などまるで無く、マイペースにそのまま会話は続いた。
「なんだ? ビブルカード?」
「それが指すのは伝説の島“ゾウ”」
「伝説の島?」
受け取ったのはコインだったはずなのに、いつの間にかそれは小さな紙の切れ端になっていた。ルフィの手の上で生き物みたいにジリジリと動く。伝説の島と聞いてルフィの好奇心が大きくゆれ動いたが、なぜそれをいま渡されたのかまったく理解できなかった。
一味の動揺をよそに、まっすぐにビブルカードを指さしながらコラソンが口を開く。
「ゾウはドフラミンゴも知らない、ハートの海賊団の避難場所だ。おれの名前を出せばかくまってくれる」
その島とハートの海賊団が『会った』のは5年ほど前のこと。近隣諸国の偵察のためにドレスローザよりも少し離れた海域を航行していたとき、そいつは音もたてずに巨大な姿をあらわした。
どんなに見上げても頭の端すら見えないほどの巨象。一秒たりとも足を止めることなく歩き続けるその背中に、ミンク族の国“モコモ公国”はあった。
うわさに聞くよりもずっと親しみあふれるミンクたちは、気のいいクルーの多いハートとはすぐに馴染んだ。そこでローは国を治めるイヌアラシ公爵、そしてネコマムシの旦那と密約を交わすことになる。
『おでん様の死より15年。トキ様の予言の時までもう5年』
昼の王は透きとおった青の空を仰ぎ。
『指くわえて待ってるわけにもいかんぜよ』
夜の王は闇に満ちた森で地鳴りのように喉を鳴らした。
『ジョーカーの討伐はお前らの利にもなるはずだ』
ふたりの王それぞれに取引を持ちかけたローの胸を占めるのは、船長としての責任感だ。ごくごく個人的な因縁に、クルーたちの未来を巻き込むことになる。もしもの時のために、逃げこむ場所が必要だった。
『ジョーカーが落ちれば、カイドウはゆガラたちを決して許さんぜよ』
常に移動を続ける記録指針も指さないこの島は、隠れるにはうってつけで。
『ゆガラらが危機の際は国をあげて匿おう。そのかわり』
互いの利害も一致した。
『カイドウを討ち滅ぼすときには必ずおれも駆けつける』
盃にまあるい絆が満ちる。青にただようかすみ雲と黒にかがやく満天の星を、それぞれひといきに飲みこんだ。
『のった』
『のった』
『のったぜよ!』
コラソンは毛むくじゃらの愉快な住民たちに思いをはせながら、ルフィに続ける。
「もしお前がおれに通してェ筋があるとすれば、ゾウにあの人を連れて行ってくれ。ドフラミンゴに殺される前に。おれは、あの人が死ななきゃそれでいい」
一味はコラソンのことをなにも知らない。ロシナンテとの関係もなにひとつわからない。しかし仮にも敵であるはずの麦わらの一味に向ける声は、どこか縋るような色をしていて。きっといまここにいるのは『コラソン』ではなく、ただの『ロー』なのだろうことがうかがえた。
「よくわからねェが必死だぞ、あいつ」
「……どうする、ルフィ」
ルフィはひっそりと眉をよせた。真一文字にむすんだ唇をそっと開き。
「わかった」
静かに答えた。