ロシナンテ准将に濡れ衣を着せまくる死の外科医(麦わら編)
*急に始まる
「なあ、お前がコラサンか?」
コラさんと呼ばれて振り返ると、麦わら帽子を被った男がいた。
「麦わらか。お前もおれのことコラさんって言うのな」
「トラ男がよ、会うたびにコラサンコラサンってうるせーんだ」
「トラオ?トラファルガーのことか?お前ら揃って人に変なあだ名をつけるのな」
トラオというヤツは知らないが、おれのことをコラさんと呼ぶヤツは心当たりしかない。
「そうだぞ、トラ男はローだ。コラサンって本名じゃねえのか」
「ああ、おれはロシナンテっていうんだ」
「ろ、ろし……?…………よし、コラサンだな!」
「なんだよ、そんなむつかしい名前じゃないだろ?」
首を90度傾けて困惑した麦わらの顔に思わず笑ってしまった。
「こ、コラさん……麦わら屋と随分仲がいいんだな……?」
麦わらことモンキー・D・ルフィと話していると、トラファルガーが声をかけてきた。しかし、なんだか様子がおかしい。(様子がおかしいのはいつも通りの気がするが。)
「おー、トラ男ー。トラ男もコラサンに会いに来たのか?」
帽子の鍔を下げ、耐えるようにうつむいていた顔をキッ、と上げ、ロシナンテと距離を詰める。
「コラさんはおれより麦わら屋みたいな無邪気な若い男の方が好みなのか!?」
ぼたぼたと涙を流して突然大声でめちゃくちゃなことを言い出した。
「どうしたァ?急に」
「語弊!!語弊がすごいぞトラファルガー!!」
トラファルガーが毎日来ては大暴れしているため、ただでさえロシナンテ准将が死の外科医と痴情のもつれで揉めているだの、幼少の死の外科医に手を出して捨てただの、死の外科医はドMだのと面白半分だったり本気だったりで噂しているのだ。……最後の噂はまあ、別にいいか。
そこにさらに少年趣味などという、本当に謂れもない噂を囁かれてはたまったもんじゃない。
「くそっ、年はしょうがねぇがおれだってやろうと思えば素直になれるし笑顔も可愛いぞ!!!」
トラファルガーは袖口で涙を拭って言い募る。
「どこをどう切り取っても可愛い要素ないだろ」
「その顔で笑顔が可愛いは無理がある」
「悪人ヅラの間違い」
トラファルガーの言葉に海兵たちがヤジを入れる。
「なんだ?身長か!?コラさんと比べたら低いがもっと小柄な方がいいのか!?!?……安心しろ、おれは医者だ。能力でちょいっとやればトニー屋くらい可愛いサイズにだってなれる」
「バランスおかしい」
「わたあめ大好きトナカイに張り合うな」
「安心できる要素がどこにもない」
「キャプテンはそのままが一番カッコいいよ!」
「そうだそうだ!」
なんかヤジにハートのクルーの方いない?
「いや、あの、ちょっと落ち着こう。な?トラ……」
「じゃあ愛してるって言ってくれよ!」
急な言葉にヒョッとなった。地面から3センチくらい浮いた気がする。
周りの海兵たちもトラファルガーの言葉に「え……何……?」「准将……?」「死の外科医と一体なにがあったんだ……」とザワザワとしだしたし、なんか人が増えてきた。マズすぎる。
「え、いや……ちょっ……」
「おれのこと嫌いなのか!?」
「いや、別に嫌いなわけでは……」
ただ海賊だしそれ以前に不審だし……でも悪いヤツじゃないのは分かるし……。ただ愛してるとは言いづらいだけで……。
言い淀んでいると、トラファルガーの瞳がどんどん潤んでいく。
ア〜〜やめてくれ〜〜〜なんかおれの方が悪いことしてるような気分になる〜〜〜!
「あ、あのな、トラファルガー」
「なー、コラサンはおれみたいなヤツが好きなのか?」
「違うよ麦わらくん!?」
「違うって言ってるぞ」
蚊帳の外状態だったルフィの神の一手だった。ルフィの言葉に、半ば泣いていたトラファルガーも、はたと動きを止める。
「………そうだな、気が動転していた。騒いで悪かった、コラさん」
落ち着きを取り戻したトラファルガーを見て、ニシシ、と麦わらくんは笑う。
「む、麦わらくん………!」
麦わらくん……なんていい子なんだ……。この子も海賊で30億の賞金首だけど……。いやこわ、シャバにいさせるのは危険すぎる。早く捕まえなきゃ……。
ローはロシナンテが少年趣味でないことに安心していたが、それはそれとして親しげな様子には嫉妬していた。
コラさんがこちらを見ていないときにルフィに向かって歯を剥き出しにし、中指を立てて威嚇をしている。
「なんだこの死の外科医……」
名もなき海兵が思わずそう呟いた。
海兵たちの心が一つになった瞬間である。
数週間後、別部隊の海兵から「准将が少年趣味だという噂が立っているようですが……」と言われて動揺のあまり咥えてたタバコを落とし、靴に火が付き、熱さに驚いてずっこけ、脱げた靴がカーテンに当たって火が燃え移り兵舎の一角が燃えた。
ドジには自信のあるおれだが、さすがに過去に類を見ないレベルのドジだった。
「あの動揺の仕方は流石にシロ」「准将のドジを引き出してしまったおれたちが悪い」ということで幸いにもおれが少年趣味だという根も葉もない噂はぱったりと止んだ。(実際にはロシナンテに突撃してくる人間がいなくなっただけである。)
こうして、ロシナンテは自身の身の潔白と引き換えに、上官から長い長い説教と3日の謹慎のお言葉を受けることになった。
「まったく散々な目にあったぜ……」
兵舎の広いとは言い難い自室で、ロシナンテはボヤく。まあこの際だから短い休暇だと思ってゆっくりするかと、気持ちを切り替えて伸びをした。
目を開けると、目の前には死の外科医がいた。
「聞いたぜ、謹慎くらったんだってなコラさん。一体なにをやらかしたんだ?」
「ギャーーーーッ!!」
「元気そうだな、なによりだ」
突然部屋に現れた死の外科医、元気に叫ぶロシナンテ。トラファルガーはロシナンテの挙動に小さく笑みを浮かべる。
謹慎もめちゃ長説教もお前のせいだけど!?!?
ロシナンテ准将の受難はまだまだ続く。