ルナ冴SS⑧
食いませんよ、あんな健康に悪そうな奴ら。周りが勝手に噂してるだけっす」
「そうなの? でもうちのチームでも兄弟や知り合いがキミに惚れておかしくなったって話してる人達、何人かいたよ?」
前傾気味に窓枠に膝を置いて手の平に顎を乗せる立ち飲みバーのラフな客みたいな姿勢で、ルナはじっとこちらを見上げてくる。
レ・アールにまで勘違いから生じた悪評が広まっていようとは。いや、誤解なのはヤりまくりという点だけで実際に冴に惚れ込んでマゾ犬になりたがっている連中は何人もいる。真が混じっている嘘は信憑性があるのだ。自分が仕方なくマゾ犬どもの首輪にリードをつけて散歩してやっている姿を目撃される等して、きっと他の話も真実味が増してしまったのだろう。
窓の外では空が赤く燃え始めている。夕焼けを反射して紅がかった金髪が目に痛い。チカチカするから少しだけ視線を外して、ルナと会話する傍ら、とりあえずクラブの偉い人にLINEを飛ばしてレイプされかけたことは報告しておく。大してサッカーも上手くないし14歳に突っ込もうとした連中だ、たぶん明日からもうシャバにはいない。
「……そっちは本当なんで。別に誘ってやったわけでも無いのに、俺の周りの男どもは気付いたら俺を好きになって、俺に虐められたがって、俺に跪きたがる」
──女王様なんて、やりたくてやってるんじゃない。
そう結んで口を噤み、冴はスマホを見下ろす瞳を揺らした。
召しませ花をと薔薇を贈られ、貢ぎ物に相応しい態度を求められて、それに応えてやれば喜ばれ、応えてやらなくても悦ばれ。
たたでさえスペインに来てからは本業のサッカー以外にもそんなことばかりで大変だったのに、今日は輪姦の被害まで受けるところだったのだ。さしもの冴と言えど、トラウマにはならずとも心労を感じるだけの場面ではあった。
「ま、もう慣れたんすけど。俺強いんで」
用事を終えたスマホをしまってふてぶてしく言い切る。
しかし締め括る冴の語尾には力が無かった。
気丈に見せるため腰に当てた手の指先が、微かに震えている。
……いくら強がっても、いや誠に強かったとしても。それでも糸師冴は住み慣れた日本を離れて異国で孤独に暮らす14歳の少年だ。絶対の味方と言える者が1人もいない居場所で、悪意と性欲の混ぜ物を3人分ぶつけられたのは流石に心に効いた。