ルナハーレムと冴②
冴は日本から逃げるようにスペインに戻ると、ルナの子猫の1人が車を手配しており、彼の花園に連れてこられた。
凛の表情が目に焼きついて離れない冴の前に、優しげなグリーンの瞳が現れる。
「どうしたのサエ、寒くないかい?」と微笑みながら肩に布をかけてくれたらしい。それだけのはずなのに彼の温かい手から体内を通して腹の奥までじわりと温まる気がする。ああ、この優しげな顔に騙されて、その奥の毒に気が付かない人間が何人いるんだ。
ルナの瞳に視線が釘付けになった時、自分の今の姿に気づいた。絶望を隠せない顔。そして、肩に羽織った彼の所有印のような派手な赤と影絵のような黒の花柄の着物。
これに袖を通したら終わってしまう!と頭に警鐘音が響く。下部組織の試合に初めて出た時の喜びは、ストライカーという夢を書き換える苦しみは、スペインの4年間の努力は。
「…お前なんて本当に嫌いだ…俺は帰る…」
「ふうん、本当に強情だね」
変わらず毒を隠した微笑みを浮かべていたが、アッサリ帰してもらえた。夢だったのかと思うが、持って帰ってきてしまった着物がアレは現実だと突きつけるのだった。