ラルトス達とのお昼前のひと時
「ラルゥ……ラァルゥ…………」
「ラルッ! ラルラール!!」
「……?」
庭で洗濯物を干していると、遠くの方から、ポケモンの鳴き声が聞こえてきた。
今の声……どこからだろう。
「ゼイユさん」
「ハルト。あんたにも、今の聞こえた?」
「うん。ちょっと探してくるね」
「あっ、ハルト!!」
そう言うとハルトは、抱えていた洗濯籠を地面に置いて、鳴き声の聞こえてきた方向へ走っていった。
「まったく……ま、ああいうところがハルトの良いところだし、仕方ないわね」
ハルトが残していった洗濯籠を抱え上げて、あたしは干す作業に戻った。
「ただいまー」
洗濯物を干し終わってしばらくして、庭の方からハルトが戻ってきた。
顔を覗かせてみれば、両腕に二匹のラルトスを抱えている。
「その子たちがさっきの? ゲットしてきたわけ?」
「ううん、そうじゃないよ。ねぇゼイユさん、オレンのみかオボンのみって、まだ残ってたっけ」
「ええ、まだあったはずだけど……って」
ハルトを出迎えに庭まで降りて、ラルトス達が怪我をしているのに気づく。
「ラ……ルゥ……」
「ラルルゥッ!!」
「おっとっと、よしよし、怖らがらなくて大丈夫だからね」
ラルトス達のうち、比較的傷が少ない方のラルトスがハルトの腕にしがみつき、もう片方の、傷が多い方のラルトスが、あたしに向かって威嚇してくる。
「そういうことね。きのみの方はあたしが持ってくるから、ハルトはきずぐすりを使ってやって」
「わかった。ありがとう、ゼイユさん」
「どういたしまして」
ハルトが部屋の中にラルトスを下ろすのを見てから、あたしは倉庫へと向かった。
「はーい、それじゃ、きずぐすりをかけていくよー」
シュッシュッ、と、ラルトス達の傷に向けて丁寧にきずぐすりを吹きかけていくハルト。
あたしはその隣で、ラルトス達が食べやすいように、オボンのみを細かく切っている。
「……で、その子たち、何があったの?」
「ポチエナの群れに襲われてたんだ。タイプ相性は良くても、数で負けてたから、この子たちはこの有り様。見つけてすぐに追い払いはしたけど、間に合わなかった」
「あの声が聞こえた頃にはもう襲われてたでしょ。ハルトが気にすることじゃないわよ」
気落ちした様子のハルトを励ます。
「そっちの子の傷の手当ては終わった? それじゃ、これを食べて回復しなさいな。はい、あーん」
すっかり傷が綺麗になったラルトスの口元に、細かく切ったオボンのみを差し出す。
しかし、ラルトスはハルトの身体を壁にするように、隠れてしまった。
「ラルッ! ラールーッ!!」
「わわっ! 暴れちゃダメだよ、ラルトス!」
もう片方の、ハルトが手当てをしているラルトスが、またあたしに威嚇してくる。
「別にとって食べたりしないわよ! ほら、落ち着きなさいな!」
「ラールー!!」
ラルトスは抑えていたハルトの手から抜け出すと、オボンのみを載せていた皿をねんりきで持ち上げて、隠れていたラルトスを引っ張って部屋の隅まで逃げていってしまった。
「……警戒心強いわね。さすが野生の子って感じ」
「そうかな? 僕はあそこまで警戒されなかったけど」
「それはあんたがおかしいの」
とぼけた顔で首を傾げるハルトの額を指で弾く。
「庭でオーガポンと遊んでたら、オオタチの一家がやってきて一緒に遊ぶことになってたり、道を歩いてたら後ろをガーディ達が追従してきたりとか、普通はあり得ないことなんだから。ハルトは、ポケモンに懐かれるのが早すぎるのよ」
「そうかなぁ……」
そう言いながら、ハルトは膝立ちのままラルトス達の所まで移動して、手当の続きを始めた。
ラルトスの方も、ハルトには素直というか、反抗したりする様子はない。
手負いの野生のポケモンの警戒を、あそこまで解けるのは最早一つの才能だと思う。
「ラールゥ……」
手当が終わってる方は、ハルトの上ですっかり寛いでる。
ポケモン相手に嫉妬するのも馬鹿らしいと思うけど、どうにも良い気分はしない。
「ホント、なんであたしには近寄ってこないのかしらね。その子達」
「なんでだろうね……」
膝の上のラルトスを撫で回し、ラルトスはキャッキャッと喜ぶ。
手当が終わった方はちびちびとオボンのみを齧っているけど、撫でられているラルトスが羨ましいのか、チラチラとハルトのことを盗み見ている。
「……あ、そういえば、前にラルトスに関しての古い図鑑を読んだことがあったっけ。確か……」
ハルトがふとそう呟いて、スマホロトムを操作する。
目的のものがすぐに見つかったのか、ハルトはふむふむと何かを考え、膝の上で寛いでいるラルトスを優しく床に下ろした。
「ゼイユさん、ちょっとこっち来て」
「? それはいいけど……何するつもり?」
「いいからいいから。ほら、早く」
「もう、なんなのよ……」
両手をついたままハルトの方へ近寄ると、ハルトはあたしの手を取って、自分の膝の上に引っ張り込んだ。
「え、えっ!? なに!?」
「よーしよーし……」
そのままハルトは、あたしの頭を胸に抱え込み、ゆっくりと頭を撫で始めた。
いきなりの行動にわけが分からなくなっていたあたしだけど、ハルトの心臓の鼓動が聞こえてきて、徐々に力が抜けていく。
「ラル…………?」
「ラル、ラールル」
「よし、ラルトス達もおいで。これなら大丈夫でしょ?」
「ラルー!」
「ラルルー……」
さっきまでとは打って変わって、ラルトス達があたしの膝の上に飛び込んできた。
「は、ハルト? いったい何をしたの?」
「うん。ラルトスって、強い感情を持ってる人が苦手みたいなんだよね。今のラルトス達みたいに弱ってる状態だと、なおさら苦手に感じるんじゃないかな」
ほら、とスマホロトムの画面を見せてくるハルト。
確かに、ハルトの言う通りの内容が、スマホロトムのラルトスの説明に書かれていた。
「それで、ゼイユさんを落ち着かせればラルトス達も近づけるんじゃないかなって思って、こうしてみた。結果は大成功みたいだね」
「ラルル!」
「ラルゥ……」
「そ、そうだったのね……」
おそるおそる、ラルトス達の頭に手を伸ばす。
ラルトス達は逃げたり威嚇することなく、あたしに頭を撫でさせてくれた。
「フフッ、可愛いわねー、あんたたち」
「ホントだねー。さて、こうして打ち解けられたことだし、オボンのみで体力を回復させないとね。はい、あーん」
皿を手に取ったハルトが、オボンのみを指で摘み、ラルトス達の口元に運んで食べさせる。
「ゼイユさんも、あーん」
「……ハルト、あたしには必要ないんだけど?」
「僕が食べさせてあげたいだけだよ。ほら、早く口を開けて」
「もう、仕方ないわね……」
あたしが小さく口を開けると、ハルトがオボンのみを優しく押し込んでくる。
「美味しい?」
「……悪くはないわ。というか、あたしが用意したものだし」
流石に少し恥ずかしかったから、ハルトに顔を見られないように、顔を少しだけ背けて答える。
「もう、相変わらず素直じゃないんだから」
「うっさい。ハルト、覚えてなさいよ。いつか、あんたにもコレをやってあげるから、その時に、あたしが感じた恥ずかしさを味わいなさい」
「はいはい」
軽く流したハルトの頬を、後ろに伸ばして手で引っ張って仕返しする。
結局この体勢は、あたしとラルトス達がオボンのみを食べ終えるまで続いたけれど。
食べ終わる頃には、ハルト無しでもあたしの膝の上に乗ってきてくれるくらい、ラルトス達と打ち解けることができたのだった。