ユーマくんが次代の死に神ちゃんになる話

ユーマくんが次代の死に神ちゃんになる話

特殊な独自設定満載。全年齢すけべ。死ユマ。TSF。

 死神の書には記憶喪失の他にも、大きなデメリットがあった。それは、死神の力を使うほどに、契約者の肉体が“死に神ちゃん”に近づいていき、最後には次代の“死に神ちゃん”に成り果てるというものだった。

 自分の体を見下ろす。そこには豊かな双丘があった。胸が邪魔をして、足元がよく見えない。

 これが今のボクの体だ。ボクは死神の書の力に頼るあまりに、記憶だけでなく、自分の姿すら失ってしまった。身に余る力を求め、殺人犯とはいえ人を殺してきた罰なのだろう。暗澹たる思いになる。

『きゃっきゃっきゃ! どう、ご主人様? オレ様ちゃんと同じ体になった気分は! カワイイでしょ〜? キュートでしょ〜? 今なら特別に、胸もお尻も揉み放題だよ! なぜなら、ご主人様の体だからね!』

 ボクとは対照的に、死に神ちゃんは上機嫌だ。死に神ちゃんにとって、ボクが“死に神ちゃん”に近づいていくことは、嬉しいことらしい。彼女には何度も助けられているが、こればかりは受け入れられない。やはり死神の価値観を理解することは、人間には難しいことなのだろう。

『そんなこと言っちゃっていいの〜? 次に謎迷宮に入ったら、“死に神ちゃん”になるのはご主人様なんだよ?』

 彼女はそう言って顔を寄せた。

「……謎迷宮には、もう入らないよ。この先事件が起きたとしても、ボクは探偵として、自力で事件を解決するんだ……」

 自分の喉から出る、女性の声に未だに慣れない。

『へ〜? ホントに1人で事件を解決できるのかな? 人に頼ってばかりの見習い探偵さんがさ。結局また、オレ様ちゃんを頼ったりしてね!』

「………………」

 ボクの体が、元に戻ることはないらしい。

 たとえ記憶を取り戻したところで、もう元の自分として生きていくことは叶わないのだ。

 それでもボクは……“死に神ちゃん”にはなりたくなかった。

 それがボクに残った人間としての矜持なのか、男としての意地なのか……ぐちゃぐちゃになった思考では、わからないけれど。

 かと言って、この女性の肉体を抱えたまま、現実で生きていくのも厳しいものがあった。

 事務所のメンバーやクルミちゃんとはギクシャクしている。この体になった時に、なんとかしてユーマだと信じてもらうことはできたけれど、誰もがまだ受け入れきれていないのだろう。ボクだってそうだ。顔も体も性別も大きく異なる相手を前に、以前と同じように接してほしいだなんて、無理がある。拒絶されていないのが救いだけど……それでも、辛いものは辛い。ボクには事務所しか居場所がないのに……。

 考えれば考えるほどに心は淀み、うなだれる。ツインテールにセットされていない、長い桜色の髪の毛が、ボクの視界の左右に垂れるのが見えた。


    *


 ボクは今、謎迷宮の中にいる。

 結局、ボクは死に神ちゃんの予想通りに、死神の力に頼ってしまった。

 だって、しょうがないだろう? 保安部が幅を利かせるこの街で、目の前の事件に苦しむ人を助ける手段は、限られているのだから……。

 ニコニコと笑う死に神ちゃんを尻目に、ボクは謎迷宮を攻略していった。それはボクという存在が終わりへ向かう道でもあったけれど、今更立ち止まる訳にはいかなかった。せめて最後まで、探偵として真実に向き合いたかった。

 そうして、謎迷宮の最奥に辿り着いたボクは、死に神ちゃんが“真犯人の魂”を裁くのを見つめていた。

 ボクにもあの黒い羽が生えるのだろうか。

 ボクは既に頭に生えてしまった、黒いツノをさすった。


    *


 死に神ちゃんが“真犯人の魂”を裁くのと同時に、謎迷宮は崩壊し、ボク達の意識は現実へと帰ってくる。それがいつものお決まりだった。

 だが、さすがに今回はそうはいかないようだ。ボク達は謎迷宮の中とも違う、薄暗くて不気味な空間にいた。

『いや〜久々に戻ってきたよ! この空間!』

「ここは……?」

『ここは“死神の書”の中だよ、ご主人様。契約をしていない時のオレ様ちゃんは、この空間で眠りについているんだ』

「ここが……“死神の書”の中……」

 ああ、そうか。

 ボクはここで、次代の“死に神ちゃん”として眠りにつくのか。

 頭ではわかっていたことだが、今更ながら実感が湧いてくる。ボクはもう、みんなには会えないんだ。ヤコウ所長にも、ハララさんにも、デスヒコくんやフブキさん、ヴィヴィアさん、クルミちゃんにも、もう会えない……。

 視界が歪み、涙が頬を伝うのを感じた。

『ちょっとちょっと! なんで泣いてるの!? これからオレ様ちゃんになれるんだよ!? こんなにキュートで素晴らしい存在になれるっていうのに、どうして泣く必要があるわけ?』

「だって……」

『もー、仕方ないなーご主人様は!』

 泣きじゃくるボクに、死に神ちゃんはやれやれといった顔をすると、ボクの体を抱きしめた。

「え……?」

『……大丈夫だよ、ご主人様。すぐに終わるからね』

 死に神ちゃんがそう言うと、ボクが身に纏っていた服は、光の粒子となって消えてしまった。

「……えっ!? なんでっ!?」

『オレ様ちゃんがお着替え手伝ってあげる!』

「やっ……何して……!?」

 死に神ちゃんがボクの体に触れる。すると、触れられた部位から、次々と“死に神ちゃん”の服が着せられていった。足に触れられると黒いブーツが現れ、腕に触れられると黒い袖と指出し手袋が現れた。胸や腹をなぞられると胴体に衣服がまとわりつき、腰を撫でられると黒くて大きなリボンが現れた。ボクが戸惑い、恥じらっている間に、ボクの着替えはあっという間に終わってしまった。

『次は髪の毛をセットするよー』

「あ……あぁ……」

 死に神ちゃんが手をかざすと、ボクの髪の毛は独りでにうねり、三つ編みへと編まれていった。

『ほいできた! これで服装もオレ様ちゃんとお揃いだね!』

 死に神ちゃんはそう言って、どこからか大きな鏡を持ってきた。

 そこに映るボクの姿は、頭の上に冠がないことを除けば、まごうことなき“死に神ちゃん”の姿だった。

 大胆に露出した胸元に、ぱっくりと開いた背中、お尻を隠すには心許ない長さの衣服……見慣れていたはずの“死に神ちゃん”の服装は、自分が着るとなると、途端に恥ずかしいものに見えた。鏡の中には、顔を赤く染め、モジモジと体を揺らす“死に神ちゃん”の姿がある……。

『仕上げに……じゃーん! オレ様ちゃんの冠でーす!』

 そう言って死に神ちゃんが掲げたのは、死に神ちゃんが普段身につけている黒い冠だった。

『実は……この冠にはなんと! “死に神ちゃん”になるのに必要な知識やパワーがぎゅぎゅっと詰まっているんだよね! だ・か・ら、ダメダメヘボ探偵のご主人様でも、これをかぶれば一発でオレ様ちゃんになれるよ!』

 よかったね、ご主人様! そう無邪気に笑う死に神ちゃんを前に、ボクは背筋が凍りつくのを感じた。

「ちょっと待ってよ……それって……ボクの意識はどうなるの……?」

『あー、そうだね。知識やパワーと一緒に、オレ様ちゃんの人格もインストールされちゃうかもね』

「そんなのって……」

『問題ないよ、ご主人様! だって人格が書き変わっちゃえば、怖い気持ちも嫌な気持ちもぜ〜んぶなくなっちゃうからね!』

「問題しかないよっ!」

 ボクが……消える……? 記憶をなくし、元の姿をなくし、遂にはこの心さえもなくなってしまうのか……?

 怖い。

 死にたくない。

 消えたくない。

 嫌だ。

 こわい。

 たすけて。

『んもー! ぐちぐち言わなーい! ここに来た時点で、ご主人様の運命はもう決まってるんだから! さっさと冠つけちゃうよー!』

「や、やめ……!」

『えいっ!』

「あぁっ……!」

 死に神ちゃんは軽いノリで、ボクの頭に冠をのせた。すると、たちまちボクの頭の中に、知らないはずの知識が、情報が、意識が、流れ込んできた。

 謎迷宮。案内人。死神の書。契約。代償。記憶喪失。死に神ちゃん。役割。神様。殺人事件。死体。謎。真実。真犯人。探偵。世界探偵機構。書庫。契約者。人間。死神。異世界。現実世界。影響。能力。約束。決意。魂。

 情報の濁流に、頭が、割れそうだ。

 気づけばボクは、地に伏してのたうち回っていた。視界がチカチカと明滅して、知らないはずの光景がフラッシュバックする。いや、でも、ボクはこの景色を知っていて、ちがう、これは、ボクの記憶じゃ……。

 ボクと“死に神ちゃん”の境が、わからなくなっていく。ぽっかりと空いたボクの記憶の中に、“死に神ちゃん”の記憶が、以前からそこにあったかのように馴染んでいく……。ちがうの、こんなのオレ様ちゃんじゃ……あぁ……ボク、ボクは……。

 ………………。

 犯人を……ぶっキル……それが“死に神ちゃん”の役目……この世から未解決事件をなくして……人々が笑顔になる平和を目指す為にも……オレ様ちゃんが……やらないと……。

 あぁ……そうだ……人殺しなんて死んで当然だ……オレ様ちゃんが謎迷宮を壊さないと……現実世界に影響が出ちゃう……早くこの連鎖を……断ち切らないと……。

 頭の痛みが引いていく。それにつれて、体が熱くなっていくのを感じた。

 ……わかってしまう。オレ様ちゃんの力が、この体に流れてきているんだ。

 体がどんどん熱くなっていく。

 これが……神様の力。

 死神の……オレ様ちゃんの力。

 オレ様ちゃんは……ボクは、万能感に酔いしれた。

 この力をどう扱えばいいのか、説明されずともわかる。鎌を出すことも、空を飛ぶことも、謎迷宮へのゲートを開くことだって、今のオレ様ちゃんには自由自在だ。

 あぁ、どうしてボクはあんなに怯えていたんだろう? どうしてあんなに嫌がっていたんだろう? オレ様ちゃんになることは、こんなにも素晴らしいことなのに……。

『……そろそろ終わった?』

 昂りが落ち着いていく。その頃合いを見計らってか、死に神ちゃんが話しかけてきた。

「……うん、終わったよ。ありがとう、死に神ちゃん。死に神ちゃんの言う通りだった。ボクは今、最高の気分だ……!」

『それはなによりだよ、ご主人様! ……でも、わざわざ演技しなくてもいいんだよ? だって、オレ様ちゃんとご主人様は、一心同体なんだからね!』

「……きゃっきゃっきゃ! バレちゃった? でもオレ様ちゃんには“ボク”として生きた記憶がしっかり残ってるし、それにまだ“ボク”の人格がほんのちょっぴりだけ残ってるから、大事にしよっかな〜って思って!」

 オレ様ちゃんと死に神ちゃん。2人の“死に神ちゃん”は鏡写しのように手と手を取り合い、きゃらきゃらと笑い合った。

 先代となった“死に神ちゃん”がどうなるのか……それはオレ様ちゃんにもわからない。

 だけど今は……四六時中を共に過ごした相棒と、心の底から分かり合える喜びを分かち合おう。

 微かに残った“ボク”の意識は……そう考えたのだった。

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