ユキユキアド
いつも前を歩いて、歩き疲れた私たちを抱きかかえてくれるお父さんたちが好きだった。
いつも手を繋いで、遊ぶ時もご飯を食べるときも寝るときも、一緒にいてくれるお姉ちゃんが大好きだった。
新しい島に着いたとき、体の弱い私はいつも船でお留守番。
調子が良くなったらベックマンが手を引いて一緒に町をお散歩するけど、お姉ちゃんみたいに駆け回って色んなところに行くことは出来ない。
私が走ったらすぐ咳が出て、酷いときは喉が切れて血が出るから、ホンゴウさんが気を付けるようにと何度も言っていた。
お姉ちゃんはそんな私に島の様子や景色なんかをたくさん話してくれた。
お土産として買ってきてくれた小さなギターみたいな楽器は私のお気に入りで、お姉ちゃんの歌に合わせて弾くのが好きだった。
皆を好きになるほど自分の事が嫌いになった。
お父さんたちと同じように歩けないひ弱な足が嫌いだった。
お姉ちゃんみたいに綺麗に歌えない自分の声が嫌いだった。
夜になるたび、自分とお姉ちゃんの何が違うのだろうと思わない日はなかった。
だから船の近くの海岸でそれを見つけた時、私は迷わず食べた。
渦を巻くような表面の模様、雪のように真っ白で下側が溶けたような奇妙な果実。
悪魔の実――お姉ちゃんにあって私にないもの。
私の《嫌い》が《好き》に変わるかもしれない。
自分が変われるなら、その時の私にはなんでもよかったのだ。
・・・・・
「おーいアド! そろそろ行くぞ!」
「あっシャンクス。 わかったー」
食べた実は何だったのか、何ができるようになったのか。
アドがそれを確かめようとしたところに、町から戻ってきたシャンクスが声をかけた。
羽織っていたケープが飛んでいかないよう両手で端を掴み歩いていく。
その時悪魔の実を食べた事実に少しだけ興奮していたアドは知らず早歩きになっていた。
砂浜を踏みしめ、上でシャンクスが待つ階段を半ばまで上ったところで足を踏み外した。
あっ、と声を上げる間もなく階段が顔に迫ってくる。
シャンクスは素早く反応して手を伸ばしたが、それでも届かない。
手を突き出すこともできず、やってくる痛みに目を固く瞑るアド。
しかしボフッっと柔らかいものがぶつかった音がしただけで、衝撃も痛みもアドは感じなかった。
階段に手をついて体を起こし目を開ける。
白い小さなものがひらひらと落ちていくのが見えた。
顔を上げるとシャンクスが目を丸くして見下ろしている。
もう一度下を向いて白い小さなものに触れると、それが雪であることに気付いた。
「アド、大丈夫か?」
階段を下りてきたシャンクスがアドを抱き上げる。
声に焦りがないのはアド自身より何が起こったかを理解しているからだろう。
足を踏み外したアドは階段にぶつかったところが雪になって崩れた。
そして起き上がるのに合わせて元通りになった。
間違いなく悪魔の実、それも自然系の効果だった。
シャンクスに抱き上げられキョトンとしているアドも、先に船で待っているウタも、出来ることなら海賊になってほしくないとシャンクスは考えている。
だがウタは物心ついた時から悪魔の実を体に宿していた。
そして普段なら決して怪しいものに触れないアドも導かれるように実を口にした。
悪魔の実は食べる人を選んでいる、という俗説がある。
その力を使いこなせる人間、力を必要としている人間の元に流れ着き食べられるように誘導しているのだと。
それがあながち間違いではないということをシャンクスは知っていた。
「シャンクス……? どうしたの?」
「ん、いや……アド、お前何か変なもん食っただろ」
「う、えっとそれは~」
「別に怒ってるわけじゃない。でも何を食ったのかはちゃんと話してもらうからな」
「はぁい」
力を持つということは、力に相応しい行動を人々に求められるという事でもある。
二人にはそんな苦労は背負ってほしくないと思って、そうならないように行動していたつもりだった。
アドの青白の髪をガシガシと撫でる。
きゃあと声を上げながら笑うアドを見てシャンクスもまた笑う。
この幸福が続くように、彼女たちが生きていけるように、シャンクスは自分の役目を果たすべく決意を新たにした。