ヤバいやつ

ヤバいやつ


知っているはずの男の顔からイカれた事を言われ、鬼ごっことやらが始まって早3時間。次々と発動するトラップや条件を達成することで明かされる特殊ルールのこともあり、どんどん悪くなるばかりのこの状況で、ミヒャエル・カイザーは逃げ惑う逃走者をひとり的確に追い込みながら「クソ最悪」と呟いた。


カイザーが10人目の逃走者を捕まえた時のことだ。イヤホンから「条件クリアおめでとう。特殊ルールの発表だ」と言う楽しげな声がしたのだ。イカれた演説をしていたエロとやらの声だと気づいたのも束の間、告げられたその内容にカイザーは思わず絶句した。

曰く、鬼の数と逃走者の数で鬼のほうが多かったら鬼側の勝ち。

「頑張ってね」じゃねぇんだよクソ戯言ほざきやがってあの男いつかクソ殺すというかせめてそのルールは最初に言っておくべきだろうがそもそも勝利条件なんて言うくらいなら勝ったら何があるのかも負けたら何があるのかもしっかり伝えろクソ怠慢だろうが。そもそもなんで俺はこんな事に巻き込まれてるんだ?世間の偏見と劣情で選ばれたってなんだ、俺が犯される姿でも見たかったのか?今更尻ごとき出し惜しむものでは無いがクソ最悪、クソ不快、クソ死刑。クソみたいな状況にも程がある。


心の底から不愉快だと思いつつも大人しくルールに従っているのは罰則に足を切り落とすなんてものがあるからだった。それは、それだけは決して許容できない。そうなるくらいなら大人しくゲームクリアを目指すほうがマシだ。

つまりカイザーは、300人を超える逃走者を10人以下にまで減らさなければならないのだ。


大抵の人間はこの状況への戸惑いや恐怖でろくに動けなくなっているから捕まえる事自体は容易い。問題は数、それからろくに動いていない鬼に選ばれたはずの者たちだ。

次誰かにあったらクソふざけるなと右脚で蹴り飛ばしてしまおうか、なんて頭の隅でくだらない事を考えていようともその体は叩き込まれたように逃走者を捕獲する。

体力の限界が来たのか、恐怖からか。

崩れ落ちるように転んだ男の頭を走る勢いのままに踏みつけ、無力化した上で手で伸ばす。

「これで24人」

ブーーー、ブーーー、と鬼が逃走者を捕まえた証のブザーが2度続けて響いた後、『50名の逃走者が捕獲されました』と放送が流れた。

区切りのいい数字では放送が流れるのかと少し驚きながらも「やっと50人か」と呟く。

300人強のうちの50人ぽっち。まだまだ先は長い。

カイザーが捕まえたのは24人。残りの半分近くは士道龍聖なのだろう、と思う。あくまで予測だがおそらく間違いないだろう。

逃走者を鬼が追いかけ出すまでのあの10分で、キラくんとか言う男が犯されているのを平然と見ていたのはカイザーを除いてはあの男だけだったから。

しかし、他のやつには鬼だという自覚がないのだろうか?

(ネスもそうだが)

というかあいつは今どうしているのだろうか?一応声はかけたが……呆然とした顔でキラを見るばかりだったし、あの場から動いていない可能性すらある。さっさとしないと人間はどんどん減っていくのだから早く行動したほうが良いだろうに。


そんなことを思っていると少し離れた場所からざわめくような気配を感じた。先ほどの放送に焦ったのだろうか?

ふう、とひとつ息を吐き出し頭を切り替える。自身とてこの状況で他人事に思考を回せるほどの余裕はないのだ。ネスには自力でなんとかしてもらおう。

こちらに気づいたのか、冷静さのかけらも無い姿で階段を飛び降りるように逃げていく男を追いながら、とりあえず動きを止めようと空中へと飛び出し、その流れのまま背を蹴りつけ、床へと叩きつける。

「……」

何の声も出せないまま砕けた歯を血の中に垂れ流している男に(クソしくじったか?)と思いながらもその体に手を伸ばし、すぐにブーーー、と響いた音に微かに安堵した。

今更言うのもなんだが、流血沙汰にしたら捕まえたと認められない可能性もあったのだ。もっと慎重に行くべきか?……いや、これで問題ないのならば気にするだけ無駄か?

「まあいい、これで俺は25、鬼は51」

制限時間まで、あと21時間。このペースなら行けるやも知れないとそっと首を撫で、気合を入れ直した



流血沙汰も許容範囲だと知ったカイザーにはもはや躊躇いなどなかった。手で触れることで捕まえなくてはならないのは面倒だが、先に気絶させておくのもアリなのだ。それがわかっただけで今までよりずっとやりやすくなる。片付けられないまま転がっていたボールを遠距離から蹴り飛ばすことで作業効率は大いに上がった。

捕まえられる人間を捕まえられる時にしっかりと捕まえておかなくては後で痛い目を見るのは自分である。事実、始まったばかりの頃に集団のうちのひとりを仕留め損ない、「アイツはヤバい」などと余計な噂を流されてしまった。まったくもって腹立たしい。

それに、もし部屋に入られてしまえば捕まえることは出来なくなってしまう。ただの勘だが、あのトラップはおそらく鬼であっても効くだろう。部屋でしか動かないことが唯一の救いだ。すでにトラップに堕ちていた剣優、羊、蘭世がいた部屋を開け放つことで部屋に入ったらこうなるのだと周知しておいたからそこに逃げこまれることも少しは減ったと思いたいが……。



「57」

こんなことのためにサッカーをしてきたのでは無いのだと心の内から溢れ出す苛立ちをボールに込め、逃走者を蹂躙する。罵る声も許しを請う声もカイザーにとっては騒音でしかなかった。クソうるさい、クソ黙れ。

鬼ごっこが始まって10時間近くずっと動き回っている体はさすがに疲れを訴えている。それでも動かないわけにも行かず、深呼吸を繰り返し、息を整えながら(この辺はもう誰もいなさそうだな)と確認する。いやはや我ながらひとりでよく頑張ったものだ。

しかしまだまだ獲物は残っている。とっとと次を探すかと静かにその場を後にした。


向かう先には演説のあった始まりのホールを選んだ。逃走者を探すついでに、エロの目的を少しでも探っておければと思ったのだ。

……エロは、本当に何がしたいのだろうか?いや、この世に蔓延る劣情を発散だとかは言っていたが、本当にそんな理由で施設のジャックなんてするか?他に何かしらの理由があると考えるほうが妥当だろう。……どちらにせよ、少なくとも簡単に開放されることは無さそうだ。


ホールまでの道行きは結論から言えば無駄足だった。

当然と言えば当然だがエロの姿はとうに無く、情報も何も得られなかった。挙句の果てにホール付近にいたのは未だに犯されているキラと鬼に指名されたはずの人間だけ。どうしたらいいかわからないとばかりに鈍い足取りでふらふらとしているだけの彼らには足が切り落とされかねないということがわかっていないのだろうか?

「なあ、ネス」

「……でも、カイザー、でもそうしたら………」

クソ理解不能、と心のなかでごちる。名前も知らないような連中ばかりだ。とっとと捕まえてしまえばいいだろうに。……いや、普通の人間はこういう反応をするというだけの話なのか。

どいつもこいつもがこう考えるのならば鬼の勝利は遠のいてばかりだ。クソ最悪。勝利条件のことを今知っているのはカイザーを除けばあのクソ俗物ゲスピンクくらいなのではないかというのがさらにクッッッソ最悪だった。鬼のメンツが悪すぎるだろう。もっと躊躇いのないやつをこちら側によこせよ、これが噂のクソゲーか?

思わず深く息を吐き出しながらこちらの指示を待つかのような態度のネスを見やる。

……なんだかふつふつと怒りが湧いてきた。カイザーの方針は既に示した。その上でこうなら聞く気がないということだろう。

ネスも大概頑固だし、それならもう話をするだけ時間の無駄だ。

「好きにしろ」

と言い捨て、身を翻す。何かを言っているようだがイヤホンの音量を上げて聞きとれないようにした。これはこれで不愉快だがまあ良いだろう。


鬼が負けたら。鬼が勝ったら。

どちらにしろろくなことにはならないだろうが負けるよりは勝つほうがマシなはずだ。それならば、それが厳しいこともわかった上でどうすれば勝てるかを考えるしかない。

囮を使うのはどうだろう?人望があるやつか、既に捕まって酷い目にあってる奴が良い。パニックを誘発して人間関係をぐちゃぐちゃに出来たなら少しは捕まえやすくなるかも知れない。

トラップが既に発動した部屋にいる逃走者を捕獲する方法は?手で触れなければ捕まえたことにはならないというのが厳しい。実は鬼には効かなかったりしないか?可能性はゼロでは無いが試すにはリスクがデカ過ぎる。

「いや、待て……」

そもそも自分でやろうとせずに誰かにさせれば良いのか。それで鬼には効かないようだったら捕獲も進む。しかし効くようだったらただ鬼がひとり減るだけだ。

「クソ!」

苛立ちのままにボールを蹴り飛ばす。壁に跳ね返ってコロコロとこちらに戻ってきたボールに少しだけ心が落ち着いた。

とりあえず、クソピンクとの合流でも目指してみるか……。



それが叶ったのは実に2時間以上が経過した頃のことだった。

逃走者側も鬼との人数差を活かして大人数のチームを組むなどと小賢しいことをやりだし、こちらも手加減無しの全力でブチのめしているとき、その手にゴールネットを持ったアイツと目があったのだ。静かにひとつ頷き、即席でコンビを組み全員を捕獲した。

ブーーー、ブーーー、ブーーーと捕まえた人数分だけ響き続ける音を数えていると

「青薔薇皇帝さぁ、勝利条件聞いた?」

と声をかけられた。

「クソ聞いた。最悪じゃないか?アレ」

「だよねん、俺もそう思う。つかいつも一緒だったあの紫髪は?そもそも俺ら以外ってちゃんと捕まえてんの?」

「ネスは何もしようとしないから置いてきた。少なくとも俺の知ってる限りでは俺以外が動いてるところはクソ見ないな。お前のほうは?」

「俺もー。マジで誰も動こうとしねぇんだよな」

最悪だわと溢される愚痴に心の底から同意した。そう、そうなんだ本当に。普通に生きてきた人間なら躊躇うものなのかも知れないがこんな状況で良識や罪悪感なんぞ邪魔なだけだろう。

次の獲物を探すかと歩き出したあたりでブザーが止まり、『150人の逃走者が捕獲されました』と放送があり、思わずパァンとハイタッチを交わした。

「ようやく半分近くまで来たか……クソダルかった」

「マジそれな。もっといい奴鬼によこせって話じゃね?」

「こういう状況で無駄に躊躇うやつは味方にいてもクソ困るだけだからな。正直ノアあたりも鬼なら心強くはあったんだが」

「あー、ノエル・ノアってスラム出身なんだっけ?それなら確かに。今の鬼ってちゃんと動いてさえくれてれば優秀なやつも多いのにあんな感じだし、となるとやっぱメンタルも大事だろうし?……役に立たねぇ鬼と入れ替えれたりしねぇかな」

「………」

鬼の、入れ替え…?

「?どうかしたのん?」

「いや、鬼が逃走者に捕まったらどうなるのかと気になって」

「……あー、入れ替わるかもってこと?でもそれ無理じゃね?どうやって捕まえんの、鬼に手で触られたらアウトなのに」

「さっき俺たちがしたように、物で殴るか投げるかで意識を落としてからゴールネットで拘束して、そのまま部屋にでも投げ入れてしまえば捕まえたことにはなるんじゃないか?」

「……エロトラップで動けなくさせるってこと?確かに捕まえてはいるしワンチャンあるか?てかやっぱアレ鬼にも効くの?」

「まだ確認出来ていない。ネスにでも試させようとは思っていたんだが……どうせ部屋からは逃げられないようだしと後回しにしてしまった」

「ふーん、なるほどねん。弱っちい鬼と強い逃走者が入れ替わるか試してみたい。もし出来なくてもエロトラップが鬼に効くかだけはわかるからまあ良しってわけだ」

「そういうことだ。話が早くてクソ嬉しいぞ、クソ触覚頭」

「にしても紫髪に対して結構エグいこと言うのな、姫カット」

「姫カット?なんだそれ」

「その髪」

「へぇ、日本ではそんなふうに呼ばれるのか。ところで俺は鬼になってほしい人にノアを推薦したいんだがお前は?」

「良いんじゃね?強そうだし。でもノエル・ノア今どこいんの?」

「そこ」

そう言ってカイザーは静かに天井を指差した。







もしこのまま鬼が勝っても3人とも一回は抱かれます。ただその行為がすごく優しくて気持ちよくて一回で終わらせてもらえるだけです。

鬼が負けたら他のみんなと同じように無理矢理突っ込まれたり叩かれたりしますが特に罰はありません。

特殊ルールはこのままだと30人はクリアされるなと思った絵呂のお茶目です。



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