ヤドリギの木の下で 4

ヤドリギの木の下で 4


幕間


恋をしている。千手の姫様に。神秘的な白い髪も赤い瞳も愛しかった。合理的で一見冷たい物言いで冷たい方だと誤解されがちだけれど俺だけは知っている。姫様は誰よりも優しいのだ。

初めて会ったのは彼女の初陣だった。我が一族と千手は古き盟友だった。千手の助太刀にと参戦した戦に彼女はいた。父と兄に守られながらも勇ましく太刀を握る姿は凛々しく美しかった。




「これをやる」


夕暮れの別れ際に真白は猫の絵を差し出した。真っ白な猫の絵だった。養蚕をやっている家では鼠よけに猫絵を飾ると言うがそういった類かもしれない。


「特殊な墨で描かれた猫だ。これは二枚一対でもう片方は私が持っている」

「どう使うんだ?」

「寅の印をすると猫が反応する」


真白が紙面の猫に寅の印を結ぶとそれに反応して猫が戯れるように横になった。もう一枚の猫の絵も同様に同じポーズを取っている。


「時空間忍術の応用で二つの絵は対応している。お前の都合が空いてる日はこれで教えてくれればいい。もし都合が悪い場合は子の印だ」


子の印を結ぶと八方睨みの猫の絵になる。成程よく出来ている品だ。柱間と違って真白と会うのは不定期だ。故に待ち合わせというのが難しい。彼女が高度な感知が出来る故にマダラのチャクラを頼りにふらりと彼女が現れるか逆に彼女を感知してマダラが会いに行く。そんな待ち合わせの仕方だった。


「凄いなこれ。何処で買ったんだ?」

「私が作った」

「作った!?」


真白はふふんと鼻を鳴らした。普段と違って着飾っているためかより幼く可愛らしく見える。


「強いだけなら代わりが利くが忍具や術を開発できる忍は変えが利かないだろう?だからこういった路線も模索中だ」

「お前すごいな」

「父上に認めてもらわねばならないからな」


余程他所へ嫁ぎたくないらしい。彼女が作ってくれた猫絵を大事に懐へ入れる。


「大事にする」

「あぁ」

「本当は暗くなるし送ってやりたいけど」

「別にいい。私だって忍だ。一人でも帰れる。でも気持ちは嬉しい」

「気をつけて帰れよ」


空の重箱を包んだ風呂敷を持って真白は帰路に着こうとする。彼女が後ろを向いた瞬間に手を引いて耳元で囁いた。


「その格好も綺麗だ」


顔を見て言うのは気恥しくて耳元で囁いて一目散に逃げた。彼女の耳が真っ赤だったのは夕日の見間違いではなかったはずだ。



「妹がなぁ。料理にハマっていて」

「へぇ」

「それは全然いいのだが出来が気に食わないのか何回も何回も同じものを作っていて三食同じものが出るなんてこともザラで」

「…それは飽きがくるかもな」

「だろう?いくら妹の手料理が美味しくても飽きが来ててしまう…。かといってそれを妹に言おうものなら…」

「お前妹の尻に敷かれてるのかよ」

「…お前も妹に会ったらよくわかる筈ぞ。うちの妹に黙れ!なんて言われたらお前だってきっと何も言えなくなる…」


昼餉にと持ってきた稲荷寿司を眺めながら柱間は溜息を付いていた。もう稲荷寿司は飽きたぞなんて言うから俺のおむすびと交換してやった。味付けは何だか真白の稲荷寿司に似ていた。あの日食べた稲荷寿司を思い出して心がほっこりする。あの日から暫く彼女に会えていない。マダラが寅の印を結んでも真白側が子の印だったり、逆も然りで中々会えなかった。


「はぁ」

「溜息ついたら幸せが逃げるぞマダラ」

「うるせぇ」


その日は昼餉を食べて柱間と別れた。午後は家の行事の手伝いがあるからと柱間は家へ帰っていった。久しぶりに弟に修行でも付けようと自分も家路につく。帰り道、茂みの奥から聞いたことのある声がした。ばしゃりと水の跳ねる音とくすくす笑う聞き覚えのある声。誰がいるのか気になって茂みの奥に踏み入った。茂みの奥には小さな泉があった。小さな泉に腰掛けながら白装束を来た真白が水を兎や魚に変えて遊んでいる。どうやら水浴びをしていたらしい。濡れた白装束が彼女の体つきを鮮明にさせる。まだ幼い身である筈なのにくらりとくる色香がそこにある。彼女の周りを水の魚が泳ぎ回り泉の精を思わせる。声をかけるか、見なかったことにして退散するのが正しいのだろう。それなのに目を離す事ができなかった。酷く喉が渇く。ごくりと唾を飲み込んだ時、かさりと薮を鳴らしてしまった。その音にすかさず真白が反応する。


「誰だ!」


目にも止まらぬ早さで彼女の口から針のようなものが飛んでくる。頬を横切ったそれは見事にマダラの頬を切り裂いた。何が起きたかわからず硬直していると真白がやってきた。マダラの姿を見やると頬を染めて真白は胸元を隠した。初めて会った時まな板とばかり思っていたそこはうっすらとだが膨らみを帯びていた。


「助平…」

「ちがっ、そんなつもりじゃなくて」


マダラはあわてて弁解した。たまたま聞き覚えのある声がしたから誰かいるのかと思って覗いたらお前で水浴びを覗こうと思った訳じゃないとしどろもどろになって説明した。真白は訝しげに話を聞いていた。


「まぁ痛い目にはあったようだから今回は不問にしてやる」


真白の手が頬の切り傷に触る。そっと触れられたと思うと切り傷は瞬時に治った。


「お前医療忍術使えたのか」

「まあ身内に医療忍術が得意なのがいるからな。必然的に上手くもなる」

「しかしなんだよあの術。チャクラを練ってもいないのに凄い威力してたが」



真白はその言葉ににんまりと笑う。そうだろう、そうだろうという輝いた目で術の解説を始めた。


「あれは私が作った術だ。チャクラを練らなくても使えて最小限の規模でありながら殺傷能力も高いというコンセプトで開発した。開発に時間がかかっただけにお気に入りの術だ。名を天泣という」


さらっと言ってるが中々難しいことを成し遂げている。名前も何処か風情があって美しい。術の内容はえげつないのだが。


「いい名前だな」

「そうだろう?」

「お前の爪の垢煎じて飲ませてやりたいなあいつにも」

「?」

「俺の知り合いは幻術なのか体術なのか訳分からん術名ばっか出してくるもんで」

「なんだそれツボるな」


ガサガサと藪を掻き分ける音がする。知らない男の声で「姫様、姫様」と繰り返される。


「しまった…。お前何か小さいものに変化しろ。見つかると面倒だ」

「お、おう」


咄嗟に何に変化したものかと考えて弟の事を思い出した。イイズナにでも化けるかと思い小さな小さなイイズナに化けて藪の中に入る。藪を掻き分けてきたのはマダラと同じ年頃の少年だった。マダラは何処かで見た顔だなと思ったが何処で会ったか皆目見当もつかない。何処か見覚えのある少年は白装束の真白を見て謝り始めた。


「すみません。水浴び中でしたか」

「いえ…可愛らしいイイズナがいて其方を眺めておりました。あんまり可愛らしいものですから時間の経つのも忘れてしまって」


うわぁ猫被ってらとマダラは苦い顔をした。そんな弱々しい感じじゃないだろお前と呆れた目で真白を見つめる。


「お父上が姫様をお探しだとお伝えしたく」

「急いで着替えて参ります。父上には今暫くお待ちくださいとお伝えください」

「着替える時間くらい待ちますよ。一緒に参りましょう」

「いえ、貴方にも準備があるでしょう?一人でも大丈夫ですから先に帰ってください」

「…わかりました」


少年は一緒に帰りたいという申し出をすげなく断れて肩を落としながら帰って行った。急いで藪の中から出ると真白はマダラを掌で掬った。イイズナの姿でぬいぐるみのように抱かれながら真白に尋ねた。


「何なんだあいつ」

「例の許嫁殿だよ。今日はうちの一族の神事で身体を清めてこいと言われたからここで水浴びしていたんだ」

「水浴びするなら自分の集落の近くでも良かったんじゃないか?」

「あの許嫁殿のせいだ。やんわりとお断りしたのだが人となりを知ってからでもと事ある毎に家に来るようになって。お前としばらく会えなかったのもそれでだ。少しでも離れたくてわざわざこの山の中の泉に来たという訳だ」

「あーあいつの前じゃ猫被んなきゃならないもんな。姫様」


ちょっと笑いを含んで姫様と呼んでやれば真白はイイズナのデコを軽く突く。


「いって」

「たまたま姫と呼ばれる立場に生まれてきただけで私が望んだ訳じゃない」

「悪かったよからかって」

「ふん」


真白は掌からマダラを下ろす。地面に降りてマダラは変化を解いた。


「まぁお前の言うように四六時中猫を被るのも疲れるには疲れるのだが…それだけじゃなくて…」

「なんか嫌なことでもされてるのか?」


むっと眉間に皺が寄る。真白は苦々しい顔で語り始める。


「いやなんというか彼奴の目が嫌なんだ。値踏みでもされてるような目で。都に連れ出して着物やら簪やら買おうとしてくれるのも正直疲れる。そんな事をするより術の開発をする方がいい。お前と鍛錬をしていた方がよっぽど楽しい」


それは暗に俺といた方が楽しいと言ってる様なものじゃないか。顔がにやけてしまう。


「それは光栄だな」

「そういう訳で中々会えなくて済まなかった。流石に断り続けたらいずれ諦めるだろう。落ち着いたらまた会ってくれるか?」

「早く諦めるといいな」


少年の煮詰めた蜂蜜のような粘着質な目を思い出す。真白は自分を値踏みされてるように感じているようだがあれは値踏みしてるんじゃない。恋慕しているのだ。


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