ヤドリギの木の下で 3

ヤドリギの木の下で 3


「戦いをなくしたいなら協定を結び、戦いをやめればいい」


大きな大きなおむすびを丸かじりしながら真白は言う。自分で作ってきたであろうお弁当は大きなおむすびだけでなく紅鮭や紫蘇の入った卵焼き、おひたしが入っていた。大きな口でおむすびを頬張る姿でさえなんだか可愛く思えるのだから恋とは恐ろしい。頬に着いた米粒をとっても許されるだろうかと邪な気持ち抱きながらも返事をする。


「確かにそれで戦いはやめられる。でも根本的な解決方法にはならないだろ」

「お前も仲間の無念が晴れないだとか言うつもりか?」

「上っ面だけじゃ意味が無いって話だ。腹の奥底で相手への憎悪を持ったまま協定を結んでもいずれは駄目になる」

「上っ面でもいいじゃないか。それで争いが減るなら。大人もお前も熱くなりすぎだ」


あれはあれ、それはそれと割り切れるタイプの真白には分からないのだろう。そんな人間ばかりじゃない。物事はそんなに簡単ではないと。


「今は良くてもいつか瓦解する平和になんの意味がある?腹の奥底も見せあえる本当の同盟じゃないと平和になったなんて言えねぇ」

「本当の同盟」

「一族のしがらみなんか超えて痛みも辛さも分かち合えるそういう集落みたいなのがあったらいいと思うんだ。そしたら人目を忍んでこうしてお前と会わなくても堂々と会いに行ける」


真白は笑うだろうか、他の大人のように馬鹿げた夢と笑うだろうか。けれども真白は笑わなかった。柱間と同じように決して笑わなかった。


「お前は優しいな。私は上辺だけでも取り繕って平和になるならきっと喜んでやる。その下にある憎悪を無かったことにするだろう。耐え忍ぶことを美徳とする。でもお前はその苦しみを無かったことにせずに汲み取るのだな」

「子供の我儘みたいな夢だけどな」

「お前と同じようなことを言う奴を一人知ってる。困っていると手を差し伸べたくなって困った時は頼りたくなる。そんな優しい男だ。そんな夢物語を大真面目に夢見てる馬鹿は世界で一人だけだと思っていたが…」


うっとりと頬を染めてはにかむように語るその様子は恋でもしてるのかのようだった。そんな馬鹿げた夢物語を大真面目に追いかけてる奴を俺も知っている。柱間だ。やっぱりお前達知り合いなのかだとか柱間とはどんな関係なんだよとか問いただしたかったが出来なかった。口を噤む俺を見て真白は俺が拗ねたのだと思ったのか卵焼きを差し出して来た。


「馬鹿と言われて拗ねているのか?これはいい意味の馬鹿だからそんなに怒らないでくれ。これをやるから…」


まるで弟をあやしているようだ。こんな感じで真白は弟をあやしていたのかもしれない。頬に押し付けられた卵焼きを渋々食べる。紫蘇がはいった卵焼きは初めてだったが案外悪くない。


「紫蘇入りは初めてだ」

「私のお手製だ。中々いけるだろう?」

「うまい。うちは卵焼きに何か入れるってのをあまりやらないから新鮮だ」

「うちは卵焼きでも何でも具沢山だからな。むしろ紫蘇入りなんて一番シンプルだ。稲荷寿司でも何でも具沢山だ」

「…稲荷寿司は酢飯だけがシンプルで一番美味いだろ」


真白はふふんと鼻を鳴らした。


「わかってないな?今度作ってきてやる。具沢山も美味しいものだぞ?」

「おう…稲荷寿司好きだし楽しみにしてる」

「好きなら早く言え。そのくらいいくらでも作って来てやったというのに…」


卵焼きが美味しいと言われて嬉しいのか真白はご機嫌だった。沢山作ってやるからと笑う彼女を見てると先程の妬むような気持ちも何処かに吹き飛ぶ。


「一応聞いておくがお前の嫌いなものはなんだ?」

「…真鱈の白子」

「………マダラだけに?」

「うるせぇよ!だからあんまり人に言いたくねぇんだよ!なんか脳味噌みたいで気持ち悪いだろうがあれ!」

「ぷっ、くくくマダラだけに真鱈が駄目。共食い…くくっあはははは…ツボるっ」


彼女のツボに入ったのか浸すら腹を抱えて笑っている。物凄く腹が立つが好物を作ってきてやるという約束を取り付けたので不問とした。どうにも真白は俺を舐めている。いつか絶対泣かせてやる。


しばらく親戚の用事とかで会えなかった柱間と久方ぶりに会う。駆け寄ってきた柱間は何処か浮き足立っていてにやにやしていた。


「なんかいい事でもあったみたいだな?」

「聞きたいか?どうしようかなー?教えてやってもいいけど迷うなー?」

「じゃあ聞かん」


柱間はその言葉を聞いてずぅーんと座り込む。この世の終わりみたいな顔をして俯いている。久しぶりに見たなそれ。


「そこは聞くところぞ?勿体ぶるなよと言って根掘り葉掘り聞くところぞ?」

「だぁ!めんどくせぇ!聞きたい聞きたい!教えろよ柱間!」


その言葉を聞いて柱間はバネのように立ち上がる。浮き沈み激しい奴だ。柱間は何が楽しいのかにんまりと笑いながら話し始めた。


「許嫁の女子にな会ったのだ」

「許嫁ねぇ」

「しっかり者で物怖じしなくてしっかり者で物怖じしなくてハッキリと物事を言う芯の通った女子でな」

「まあ未来の奥にするならしっかり者の方がいいよな。お前の場合尻に敷かれてそうだけど」


柱間は許嫁がいかにしっかり者で可愛いかったのか身振り手振りを加えて説明する。惚気かよこいつと睨んでいるが如何に許嫁が素晴らしい女性だったか語るのに夢中で気づきもしない。


「俺の夢を素敵な夢だと笑ってくれたんだ」


嬉しそうに柱間が笑う。その言葉に真白の事を思い出す。彼女は言っていた。お前と同じ馬鹿みたいな夢を語る奴がいるんだと嬉しそうに笑っていた。


「その許嫁とやらは変わった髪の色をしていないか?」

「ん?そうだなぁ。目を引く色をしてるの!赤色がとても似合う!」

「…」


柱間の許嫁は真白かもしれない。しっかり者で物怖じしなくてハッキリ物事を言う。まさに彼女の事だろう。


「彼女は料理上手でな…」

知ってる。卵焼き美味かった。

「くのいちとしても優秀で」

知ってる。鍛錬を欠かさない努力家だ。

「笑顔が可愛くて」

知ってる。初めは冷たい印象を与えるのに笑うと可愛いんだ。

嬉しそうな柱間に適当に相槌を打つ。素敵な許嫁だなと笑ってやるのが友としての正解なんだろうがマダラはちっとも笑えなかった。



何となく真白に会うのを避けていた。彼女らしきチャクラを感じてもどうにも顔を見たくなくて避けている。好きになった女の子が親友の許嫁でしたなんてどう飲み込めばいいのかわからないからだ。


川を眺めていれば気持ちが変わるかもしれない。柱間と初めて会った川辺でただ水面を眺めていた。ぼうと眺めいると川辺には不釣り合いな煌びやかな振袖を来た娘がマダラの元に走り寄ってきた。手には重箱を包んだ風呂敷を持っている。真白だった。普段は逆立った髪を綺麗に撫で付けてうっすらと化粧をしていた。はぁはぁと息を切らして彼女は風呂敷を差し出した。


「やっと見つけた」

「お前どうして。っていうかなんだその格好」

「お前を感知で見つけてな。絶対捕まえてやると。着替える時間も惜しかった」


差し出された風呂敷を開けとばかりにマダラに押し付ける。風呂敷の中の重箱には稲荷寿司が詰まっていた。


「作ると約束しただろう。なのにお前と来たら逃げるから」

「…すまん」

「私が何かしたか?何か気に触ることをしたか?悪い所は改めるからこんな避けるような真似はやめて欲しい…」


写輪眼でもないのに赤く輝く瞳は薄らと涙の膜が張っているように見えた。振袖の裾を握りながら懇願する様はいじらしい。


「悪かった」


お前は何にも悪くない。勝手に傷ついた気持ちになっていた俺が悪いんだ。あやす様に白い髪を撫でてやる。


「ちょっと色々あって人に会いたくない気分だったんだ。お前は何も悪くない」

「…そうか?」

「稲荷寿司作ってきてくれてありがとうな」


うちはではあまり見かけない具沢山の稲荷寿司を箸で一つ取って頬張る。


「これはこれで美味いな」

「…そうだろう?でもお前のリクエストに答えてシンプルな酢飯のやつも作った。好きなだけ食べてくれ」


真白はそう言いながら水筒を差し出す。二人で川辺に並んで座る。ゆっくりと噛み締めるように彼女の作ってくれた稲荷寿司を堪能した。ご馳走様を言って改めて真白に尋ねる。


「どうしたんだよその格好」

「許嫁殿と会ってきた」

「許嫁…」

「正確には仮だがな…。見合いだよ」


許嫁、今あまり聞きたくない言葉だ。つまり柱間に会って来たということだろうか?


「父上は私に協定を結ばせたいのだ」

「協定…」

「男と女だから出来る協定をな…。私を嫁がせて同盟の強化を狙ってる」

「借りってことはまだ未定なのか?」

「あぁ。だから今必死に父上にアプローチしている。私を嫁がせるより私を忍として使った方が一族に何倍もの利益をもたらすと」


許嫁は未定という言葉に安堵する。まだ決まった訳じゃない。チャンスが無いわけじゃないと安堵する。


「兵法は一通り覚えているし感知だって一族で並ぶものはほとんどいない。後方支援だって得意だ」

「嫁ぐのは嫌なのか?」

「和平の為に私がどうしても嫁がなければならないというのなら嫁ぐだろうな。でも今回の縁談はそこまで重要性のあるものじゃないから正直お断りしたい」


それにと真白はおずおずとマダラを見上げる。


「嫁ぐにしてもまだ先でいい。家庭に入ったらお前に会えなくなる。それは少し寂しい…」

「…俺も寂しいよ」


並んで座る彼女の手に手を重ねる。払い除けられると思ったが手はいつまでも重なっていた。夕日が沈むまで手はいつまでも重なっていた。

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