ヤドリギの木の下で 2

ヤドリギの木の下で 2


柱間と親交を深めながらその一方で時折真白とも親交を深めた。最初は女相手の忍組手など初めてだったからどう加減してやるべきか散々悩んだ。しかし真白は負けず嫌いなので私に遠慮なんてしたら許さないと口をへの字に曲げるのだ。どうにも真白は柱間同様傷が早く治るようでマダラが加減を間違えて痛々しい青痣を付けてしまっても次の日には真っ白な肌に戻っていた。二人とも生命力の強い一族の出身なのだろう。初めは辿々しい忍組手だったが次第に遠慮が無くなり手加減無しの忍組手になるのにそう時間はかからなかった。


「なにをっ、呆けている!」


大きな木刀を両手で持って立ち回る真白。小さな体にはその太刀は重いのだろう。動きが鈍い。柱間程では無いにしろ、真白は中々筋がいい。咄嗟の機転と素早さは俺を凌ぐかもしれない。故に得物の選択を間違えているように思う。真白の太刀を捌きながら注意の逸れた足元をはらう。足払いをされてバランスを崩した真白は尻もちをついた。悔しそうにこちらを見あげる彼女に手を差し出す。マダラの手を取って立ち上がる真白。最初の頃は一人でも立てると口を尖らせていたのにこうして手を取ってくれるようになった。大分心を許してくれたらしい。


「いや勿体ないなと思ってよ」

「何が勿体ないのだ」

「折角お前素早いのにその獲物が重いばかりにそれが活かせてねぇ」

「しかし太刀は父上から頂いた大切なものだ」

「思い入れのある得物使いたい気持ちはわかるがお前のスタイルには向いてねぇ。お前はその早さを活かして相手の懐に入って確実に相手を倒す。そういうやり方が向いてる」


地面に転がる木刀を見ながら顎に手を当て真白は何やら考え込んでいた。


「つまりこういうことか?」


突然勢いよく踏み込んだかと思うと一瞬で間合いを詰め真白はマダラの懐に入る。いつ手に取ったのか分からないが手には苦無が握られていた。やられる。首筋に苦無の冷たい感触がする。


「お前なぁ…」


冷や汗をかいた。恥ずかしいので言いやしないが。目の良さには自信があったのに彼女の踏み込みは見えなかった。やはり彼女のスピードには目を見張るものがある。


「確かにどんな強者でも身構える前に懐に入り首を取ればその強さも意味をなさないな。勉強になった。助言感謝する」


悪戯が成功したような顔でにんまりと笑いながら真白は苦無を降ろした。物騒な女である。無事だった首を撫でながら真白と向き合う。


「参考になったなら何よりだ。俺ばっかり言うのもなんだし俺に言いたいことあったらお前も言えよ」


真白は言葉がきついのでどうせ遠慮なくずけずけと改善点を指摘するのだろう。そう思いながら真白のきつい指摘にマダラは身構えた。しかし帰ってきたのは予想外の返答だった。


「舞ってるみたいだ」

「舞?」

「お前の体術は舞のようだ。優雅さがある」


まさか褒められるとは思わなかったのでどんな顔をしたらいいのか分からない。真白はそんなマダラに構うこと無く言葉を続ける。


「体幹がいいんだろうな。動きにぶれがない。必要最低限の動きで相手をいなす様も見ていて勉強になる。見ていて飽きない。見惚れるとはこういう事を言うのだろうな」


真白が笑う。初めてこんな顔を見たかもしれない。美しいものを見せてくれてありがとうとでも言うように彼女は微笑む。ああ、見惚れるとはこういう事を言うのだろう。


「兄さん何してるの?」


蔵の中、巻物の海に横たわりながら家系図を眺めていると弟のイズナが顔を覗き込んできた。


「ああ、たまには一族の歴史でも学ぼうかと思って」

「えぇ、そんなのより俺と修行しようよ。最近兄さん付き合い悪いんだもん。今日こそ一緒に修行しようよ」


最近、柱間か時々真白ばかり相手にしていたからイズナに構ってやる頻度が下がっていた。イズナが盛大に拗ねる前に相手してやるかと思い立ち上がる。


「こらこら兄様の勉学の邪魔をするんじゃない」

「父様!」


父が弟を咎める。巻物に囲まれるマダラを一瞥して父は感心感心と言った顔をする。


「お前も宗家の嫡男なのだから一族のことを知ることは良い事だ。ここは好きに使いなさい」

「えぇ!俺の修行は?」

「父様が付けてやるから」

「うぅ」


父に連れられて弟は蔵から出ていく。父はあんな事を言っていたがマダラが家系図を見ていたのは不純な動機だった。


「うちはの宗家が他所の一族から妻を迎えた記録が無いか調べたくて。なんて言えないよなぁ」


もしも自分と同じように他の一族に恋をして妻に迎えた記録があったなら自分が肯定されるような気がした。宗家の嫡男でも他所の一族の娘に惹かれる。そういうことはありきたりで特別変わったことではないと自分を肯定出来る気がしたから。あの微笑みから真白の顔を思い出すと胸がきゅう締め付けられる。本当の名前を知りたい。あの髪に触れてみたい。唇は柔らかいだろうか?そんな事ばかり考えてしまう。


家系図をなぞる。写輪眼が血継限界である以上宗家の者は基本的にうちはの娘を娶る。そんな残酷な現実ばかりが広がっている。しかし、一箇所だけ変わった記述があった。妻の欄に千手 女と書いてある。うちはとは何百年と争ってきた筈の千手の女を娶った男がいる。どういう事だ。マダラはその男の代の記録を探して見ることにした。


その男の代は純度の高い写輪眼をと近親婚を繰り返した末に兄弟は皆早死し末の子だった男が族長となったらしい。記録はそこまでしか書かれていなかった。マダラに雪女の話や昔話を教えてくれた長老の爺様なら何か知っているかもしれない。マダラは長老の元へ向かった。


「爺さんなら知ってるかと思って。なぁここなんで千手の女なんか娶ったんだ?」

「坊っちゃん、あんたは純粋だからそんなこと知らなくてもいい」


しわがれた声で爺様はマダラに言う。それでも負けじと食い下がる。


「もう戦場にだって出てる!純粋な子供なんかじゃない!宗家の嫡男なんだから一族の後暗い過去だって知っておかなきゃならないだろ。覚悟は出来てる」 


他の代に比べて記録があまりにも無いことからこの代の事がうちはにとって後暗いものであるのは察しがついていた。それでも知りたかった。


「その時代は血が濃くなりすぎると起きることを知らなかった。だから従兄弟どころか兄妹や姪と叔父の間柄でさえ子を作り跡継ぎとしました。より純度の高い写輪眼を求めて」

「でもそんなこと続けられる訳が無い」

「そう続けられなかった。初めは良かったがどんどん先細っていった。子がね、みんな早くに死んじまう。辛うじて成長した子も虚弱で戦に出る所じゃなかった。困ってしまった一族はある医者に頼った。医者は言った。外の血を入れなさいと。これは近親婚がもたらしたものだと」

「だがこの時代は宗家以外も多かれ少なかれ近親婚を続けていた」

「ええ、皆誰かしら血の繋がりがあって一族の中から選べなかった。だから攫ってきたんです。千手や同じく瞳術を持つ日向の娘を」

「日向の?でも日向とうちはで子が産まれたら片目が白眼、片目が写輪眼の半端者が産まれるって聞いてるが…。写輪眼は二つ揃ってこそだろう?そんなの宗家の後継には出来ないだろ」

「そう、その通りです。では坊っちゃん、何故我々は日向とうちはの間の子は半端者になるのか知っているのかまでは考えた事はありますか?」

「あ…」


最悪の考えが頭を過ぎる。攫ってきた娘に子を産ませたんだ。その中で一番優秀な子を産んだ娘を妻としたんだ。


「千手の娘が一番都合が良かった。戦場で散々鍔迫り合ってきたから攫うのも容易い。しかも並々ならぬ生命力と頑強さ。そしてよく子を産む」

「っ…」

「しかも産まれてくる子は皆千手の頑強さを備え瞳力も強かった」

「他の娘達は…」


爺様は苦々しそうに首を振った。処分したんだろう、産まれてきた子諸共。一族の汚点でしかないから。


「千手の娘は最初こそ兄者の所に帰りたいとさめざめと泣いておりましたが、腹をくくったのかいつの頃からか当主に取り入るようになっていた。当主が娘に夢中になるのも時間はかからなかった。当主は娘を片時も離さなかったと言います。今までと打って変わって可愛らしく甘えてみせる娘に当主は骨抜きになった。高価な着物もご馳走も娘が望めばどんなものも与えたと言います。自由以外は」

「娘は…その後どうしたんだ」

「ある晩、当主と閨を共にした際に当主を殺め自害したと聞きます」

「ずっと復讐の機会を伺っていたのか」

「娘の遺書には本当は子供達もと思っていたが憎い男の子とはいえ可愛い私の子を殺めるなど私には出来なかった。当主を殺めた千手の娘の血を引くとはいえうちはの子には変わりないはず。どうか私の代わりに立派な忍に育ててくださいと書いてあったそうです。当主の死に顔は不思議と嬉しそうだったと。これがその代にあったことのあらましです」


成程、記録には残したくない顛末だ。無理矢理攫ってきた娘に骨抜きになってまんまと殺される当主など恥でしかない。一族の暗部に吐き気がする。しかしその一方で打算的な自分がこの話は使えると思っていた。


推測だが柱間と真白は同じ一族の者だろう。二人とも性質が似ているし何より手裏剣術の癖が似ている。手裏剣術は一族独自の癖が出やすい。あの癖は千手か千手縁の一族の者に多い。柱間と俺がこのまま仲良くやっていったなら千手とうちはの和平も有り得るかもしれない。その時なら真白に好きだと伝えられるだろう。長老連中は千手の娘なんてと反対するかもしれないがこの事例を出したら食いつくかもしれない。伝承の代程では無いがマダラの代も血が濃くなっている。ここらで血を薄める必要性はある。過去の前例を出せば言いくるめやすい。


Report Page