モーニングコールエース概念
トレエスに脳ミソ焼かれまん民太陽が遥か遠くの空を、薄く照らしだして、夜の終わりを告げる朝4時前。いつも通りあたしは目を覚ます。
まだ安らかな夢の中にいるパーマーを起こさないように、静かにジャージに着替えて、ウマホを手にそっと部屋を出る。
起床はいつものことだけど、朝練にしては大分早い時間。
にも関わらず、あたしは何故こんな時間に外に出るのか。
トレーナーさんとの会話を思い出す。
──
きっかけはそう、あたしがトレセンに来る前の話をしていたことだ。
基本的に鶏よりも先に起きるけど、実家と違ってこっちじゃ張り合う相手がいないって話をしてたら、閃いたんだ。
「トレーナーさんも、たまには早起きしてみないか?夜明けを見ながら、体を動かすのも良いもんだぞ!」
そう言ったらトレーナーさんは
「いや、俺は…」
って少し戸惑ってた。けれど、あたしが
「まあまあ。いつも遅くまで仕事していて、辛いのはわかるけど、今日は早く寝て、明日だけ早起きしようぜ?早寝早起きの習慣は大事だからな!なんならあたしが電話して起こしてやるよ!」
って言ったら、諦めたように笑って
「ああ、分かったよ。でもパーマーに迷惑かけるなよ?」
って言ってくれた。だから
「ああ!分かってるって!それじゃ、トレーナーさんも今日はちゃんと早く寝てくれよな!」
って言って、約束したんだ。
──
それが昨日の話。
だからあたしは今、ウマホを持って、夏とはいえど涼しさを感じる、夜明けの空気を吸っている。
寝起きの頭を覚ますために水道で顔を洗ってたら、4時になった。
トレーナーさんの電話を鳴らす。さて、起きるかな?
と思ったら、直ぐに出た。
「おはよう、エース。」
「ああ!おはよう!トレーナーさん」
意外にもトレーナーさんは普通に起きてたみたいだ。
…寝惚けた声とか聴けるかな?ってちょっと期待してたけどな。
でも起きてたなら良いか!
「あたしはこれから朝練するけど、トレーナーさんはどうするんだ?」
って聞いたら
「まあ、俺も走ってそっちに行くよ。昨日エースが言ってた通り、たまには体動かさないとな。まあそんなに遠くないから、30分くらい待っててくれ。」
とのことだったので、しばらくあたしはストレッチしたり、アップをして過ごしながら待っていた。
そしたら本人が言ってたよりも少し遅れて、ジャージ姿のトレーナーさんがやってきた。
・・・結構疲れてそうだな。
「…おはよう、エース」
肩で息をしながらトレーナーさんが挨拶をする。
「おう!おはよう!トレーナーさん!…大丈夫か?」
心配しながら聞いてみると
「いやー、エースのトレーニング見てるとき意外ずっとデスクワークしてたからな。ちゃんと走るのが久しぶり過ぎて、ちょっと疲れちまった。」
こんなんじゃトレーナー失格だな。って自嘲気味に笑うトレーナーさん。
そのデスクワークの理由はあたしなので、それについては何も言えない。
若干気まずい空気になったので、話題を変えるためにあたしは
「それにしてもトレーナーさん。良く起きれたな?てっきり寝てると思ってたぜ!」
って聞いたんだ。そしたらトレーナーさんは
「ああ…いや、それなんだけどな。実は俺、普段からエースの朝練に付き合う時って大体あの時間に起きてるから、余り特別感はないんだよな。」
なんて言われた。
流石にそれは予想外だった。
それこそ、トレーナーさんはあたしが消灯前に電話したときもトレセンのトレーナー室にいるって言ってたことがザラに有る。
そこから仕事を終わらせて、自分の家に帰って、寝て。あたしと同じ時間に起きてるって
「…トレーナーさん、ちゃんと寝れてるのか?」
本当に心配になる。
「ん、ああ。まあ、大丈夫だよ。」
トレーナーさんはそう言って笑うけど、こっちとしては申し訳なさも沸いてきて仕方がない。
トレーナーさんはそれに気づいたのか
「俺のことは気にしなくて良いぞ?俺はこれが仕事だし、エースが走る姿を見るのは好きだからな。」
って言ってくれた。
そう言われると少し照れちまうな。・・・ってそうじゃない。
「…でも、今日も、あたしが昨日変なこと言わなかったら、もう少しゆっくりできたんじゃないのか?」
やはりそう思ってしまう。
そしたらトレーナーさんは
「いや、どっちみち朝は仕事の準備とかしてるしな。それに、いつも起きてるって言ったけど、たまに寝坊もするからな。なんなら毎日電話して欲しいくらいだ。」
なんて言い出した。
・・・ん?なんか変なこと言ってないか?
「毎日?今日みたいにか?」
思わず聞き返すと
「ああ、どうせ無機質なアラームに起こされるんだからな。だったらエースの声で毎朝起きたいよ。」
あれ、なんか凄く恥ずかしいこと言われてる気がする!?
実はトレーナーさん、まだ寝惚けてるんじゃないか?それとも疲れすぎてるのか?
「あ、あたしで良いのか?」
念のために聞いてみる。
「ああ、エースの負担にならないなら。エースの声が良い。」
あ、結構真剣な目をしてる。
「あ、ああ。トレーナーさんがそうして欲しいなら、これから毎朝電話するぞ…?」
「本当か?ありがとう!じゃあこれからよろしくな!」
・・・なんだか、妙な約束をしてしまった。
それでも、まあ、あたしのために頑張ってくれてるトレーナーさんの役に、少しでも立てるなら、まあ良いか!
話に夢中になっていたのか、気付いたら太陽は遠くの空に顔を出し始め、あたし達を優しく照らしてくれていた。
「さあ、朝の練習を始めるか!」
トレーナーさんが疲れなんてなかったかのように、元気良く声を出す。
「ああ!じゃあ行ってくる!ちゃんと見ててくれよな、トレーナーさん!」
そう言ってあたしは走り出す。
後ろから、おう!という声を聞きながら、明るくなりつつある空の下、朝露の輝くターフを駆ける。
今日もまた、あたし達の新しい1日が始まる──