モモカイにならない
邪悪なお玉ちゃんで強制的にする方法しか思い付かなかったよ…。
モモの助の朝はそれなりに早い。伸びをしながら布団から出て障子を開けて街を見下ろすと、朝日に瓦がきらきらと輝いて、活気づく民の様子がよく見えた。
将軍として勉強しなければならないことは山のようにある。それに加えて和ノ国の現在ある問題の解決策や今後の問題への対策の検討や立案などの指揮を取らなければならない。成長の過程を吹っ飛ばしたモモの助にかかる責任は、齢8つの精神には非常に重かった。
将軍なのだから城下の子どもと混じって遊ぶなど、もう許されない。
下で遊ぶ子供達を視界に入れたくなくて、モモの助は上を向いた。今日は随分晴れている。
綺麗に晴れた青い空は龍の姿のカイドウを彷彿させた。とても、とても怖い、あまりにも恐ろしい相手だった。噛みついて、恐れるものなどないとルフィに宣言はしたが、今でも瞼の裏に蘇る火の海にモモの助は怯えている。それと同時に、言語化しきれない感情を自分は持っているのではないかとモモの助は自問する。
強いというのはそれだけで崇拝の対象になる。己の父も強い人だった。自分は、彼らを越えることが出来るのだろうか。その必要性を己に求めている人は少ないことは承知していても、強さを求めてしまう。それが男の性だと言われてしまえばしょうがないが、モモの助はこんなことを考えていてもどうしようもないと被りを振った。
「モモ君!おはようでやんす!…あれ、元気じゃないでやんすか?」
「…あ、お玉!おはようでござる。拙者、元気でござるよ?」
甘やかな声が耳に染みて、振り返って見下ろすと紫色の髪の女の子、お玉が心配そうにこちらを見上げていた。笑顔を作れば怪訝そうな表情になってしまった。
「…本当でやんすか?落ち込んでるみたいでやんしたよ?」
その声が、疲弊した心に砂糖のように溶けていく。強がって作った仮面も溶けてしまう。
「な、何を言っておる!そんな訳…訳……お主になら、相談しても、いいかな…」
「相談?ふふっどんと来いでやんす!おらに任せてけろ!」
朝の透き通るような日差しの中、そう嬉しげに言って胸を叩いてみせたお玉に、拙者はしゃがんで、目線を合わせて…何を言ったのだろうか。
そもそも、あれは本当に自分の知るお玉だったのだろうか。
くるりと回った世界の中でお玉だけは回らない。
お玉のような何かが可憐に笑う。
「夢でやんす。全部夢。したいことを無理矢理にでも叶えられるのが、夢でやんす。」
モモ君の願い、叶えてあげる!
「ゆめ…ねがい…?」
モモの助は大きめの和室の畳の上で目覚めた。先ほども起きた様な気がしたが、夢だったのだろうか。寝起きのぼんやりした雰囲気を引きずりながら身を起こして部屋を見渡してみる。どこか見覚えがあり、ないような。不思議な雰囲気を感じた。だが、城にこんな部屋はなかったように思う。増築されたものだろうか?
「錦えもーん!錦えもーーん?どこにいるー?」
応答する声はない。
「雷ぞう!雷ぞうも居らんのか!?」
いつもなら天井から飛び降りてくる大きな陰は現れず、ネズミの鳴き声さえ聞こえない。これは、緊急事態なのではないか?モモの助は慌てて立ち上がり襖に手を掛けた。
「なっ、開かない!?ふんぬぅぅぅ…!!」
渾身の力でもってグイグイ開けようとしたが、襖は微動だにしない。押しても、引っ張っても、逆の方向に引いてみても回転させようとしてみても、襖は動かなかった。ならばと蹴破ろうとすれば、傷んだのはモモの助の足の方だった。
その後も赤鞘の名を次々に呼んでみたが、誰からの返事も返ってこなかったし、龍の姿になって足掻いてみても部屋にはひびも入らない。結局何の成果も得られず、緑牛を焼き払ったことで少しはついた自信も消えてしまった。
「拙者の力では足らぬのか…カイドウなら、いや!そんなことを考えている場合ではない!!」
痛みと不安で半べそになりかけていたモモの助の耳に、ポポンと奇妙な音が届いた。振り返って見てみると無地だった壁に文字が書かれている。
「憎さあまってかわいさ100倍けゃんぺーん……??なんでござるか、このふざけた部屋は」
モモの助はこの部屋で唯一の情報源となりうる壁に書かれた文字を見て眉を潜めた。するとまたポポンと音がして文字が追加された。
「あなたが今、一番気にかかっている存在をお連れします。…拙者は早くここから出たいのだが」
モモの助は28歳の肉体に8歳の精神が宿る健全なる将軍様である。和の国においての最高権力者と言っても過言ではない。そんな存在にこのような悪戯をしかけるなど、赤鞘の皆が黙っている筈がない。
今もきっと救出に馳せ参じてくれている筈。みなで必死に探している最中かもしれない。ならば、ここで体力を減らす訳にはいかぬ。ドンと構えていようではないか。そう思って、腰を据えそうと顔を下げて中腰になった時だった。
「あァ?ここは何処だ?」
「!!!!??!???」
腹の底から揺るがすような低音、何度も夢で苦しめられた親の敵、同じ龍の姿に成れるもの。カイドウの声が正面から聞こえたのだ。
顔を上げると、厳めしい岩みたいな巨体が目に入り、金色に鈍く光る目と目が合ってしまったモモの助は文字通り飛び上がって後退りした。
「かか、カイドウ!?!??何故ここに!?ルフィが殴り飛ばしたと…」
「麦わらか…確かにな。何故おれは、また…そもそもお前は誰だ小僧…おでん?違うな……」
「せ、拙者はおでんの息子、モモの助でござる!!!」
「モモの助ぇ?あのチビが?」
そう言って訝しげにこちらを覗きん込んでくるカイドウに、悲鳴が出そうになる口を根性で押さえ込む。だが、ふと気がつく。
カイドウは手や足を太い鎖で繋がれていたのだ。本人が気にも留めていなかったから気がつくのが遅くなってしまった。長さ的に、立つことも此方に手を伸ばすことも出来ない長さだ。
ポポン
また音がした。壁を見ると「さあ!思う存分愛をぶつけよう!」と書いてある。
「は?」
「あ?」
壁を見ながら呆然とするモモの助にカイドウは首を傾けた。どうやらカイドウにはこの壁の文字が見えていないらしい。
ポポン 愛さなければこの部屋から出ることは叶いません
「なあ!?」
「壁なんか見てどうしたってんだよ見苦しい…なんだァこの鎖」
ポポン どうすれば愛せますか?
「そんなの知らん!!さっさと拙者を帰してくれ!!」
「っち、外せねぇのか…酒はねェのか」
ポポン 質問には答えなさい
「!……か、カイドウは大きすぎるから、無理だ」
「……突然どうした?」
ポポン 承知
ポポン では小さくしてあげましょう
ポポン そして、怖いというなら鎖で動けぬように縛りましょう
ポポン あなたが愛せるように。
「拙者は怖いなんて一言も言ってないでござる!」
「さっきからおかしなやつだ。気でも触れたか?ん?お、おお!?」
するとどうだろう。カイドウが服ごとどんどん縮んでゆき、モモの助より少し背が高いくらいまで小さくなってしまった。
壁の文字の通りなら、モモの助の意思を反映した鎖はジャラジャラと音をたててカイドウを縛りつけた。カイドウの両腕は万歳をするように上から吊られ、膝が大きく割り開かれていく。
「なんだ…これは、どうなってやがる!?」
「カイドウが小さい…!?な、なななな!!?そんな恰好、拙者望んでなんかないでござるぅ!!」
「………お前が原因か?……趣味が悪ィな」
外の国で言う「M字開脚」のような形に足を拘束されて仰向けにされたカイドウは驚いたが、自分よりも驚天動地真っ只中の様子のモモの助を見て挑発するように笑った。
そんな余裕に満ちた笑みを、モモの助は崩したいと、ふと、そう思った。
ポポン この部屋の殿様はあなたです
ポポン 全てはあなたの思うまま
「……本当か?」
ポポン 肯定
「そうか…」
こんな異常な空間にも段々と慣れてきたモモの助は、我ながらここまで確認をするなんて情けないなと思った。しかしそれほどの警戒をしなければならない相手なのだ。カイドウはあまりに強すぎる。
しかし、愛する。この男を愛せと言うのか。モモの助は視覚からの情報が多すぎて頭がどうにかなりそうだったので、一旦目を閉じて考えることにした。
そうすると、カイドウの声にならない声が聞こえてくる気がした。
カイドウは眼前に目を閉じて立つ青年の顔をまじまじと見上げた。縮むと相対的に世界が大きくなるからモモの助の顔が良く見えた。
あの小僧がこんな小僧になるだなんて。人生とは不思議なものだ。ヤマトと同じくらいの背丈に見えたが…いや、考えても仕方ない。それにしてもコイツの顔はおでんに似ている。泣きわめいていた何の力も無かったガキが…随分と成長したのだな。
しかし本当に、何故自分は五体満足で怪我の1つもせずに存在しているのだろうか。
カイドウは訝しむ。記憶は自分を倒すやつに出会えたことを喜んで、後悔して、許されたように、眠るように地底か何かに沈んでいったのが最後の筈だ。それに片方の角が折れた感触を確かに感じたが、いまは左右にバランスの差も感じられないし痛みも疲労もない。
それならば、今させられている屈辱以外の何物でもない(床に背をつけ腹を見せて、膝から下を鎖につられて中空に浮かした)姿勢をやめたいのだが。この鎖、硬い。それとも、自分の力が萎えているのだろうか。
カイドウはガチガチと鎖を軋ませたが、砕けも曲がりもしなかった。海楼石の嫌な効力も感じなかったのでカイドウは唯一自由な首を傾げた。
実に不可解。まるで、誰かの都合のいい夢の中のようだ。
ツラツラと考えていたカイドウだったが、おもむろにカイドウの脇に座ったモモの助の奇行にあんぐりと口を開けた。
カイドウが惜しげもなくさらけ出していた胸や腹を、モモの助が赤子の様にペタペタと触ってきたのだ。まるで乳を探す赤子のような動きから、素材を確かめる職人のように、初めての行為でおっかなびっくり触るチェリーのように変わっていく動きを、カイドウはただ見ていた。互いに、そんな風に触れる関係性ではないことだけは明白だった。
こんな風に縛り上げられれば、やることなんてムチ打ちかリンチなどの拷問やら復讐だと思っていたカイドウは暫くフリーズしてしまった。
「……何をしている?」
「いや、お主も人なのだなぁと…」
「そうか…っ」
十字の傷をなぞられてカイドウは喉をひきつらせた。おでんに付けられた消えぬ傷は、それからの20年は事あるごとに疼いて疼いて堪らなかった。そこを、おでんにそっくりのおでんの息子に触られている。あまりに鮮烈に焼き付いたおでんの記憶がリフレインし、過去と現在がカイドウの中で混同していく。
「そんな場所、触って、何になる」
「拙者は、おでんの息子だ…父上は偉大だ。拙者はお主に噛みついたが、結局跡は残らなかった。拙者は弱い…」
「…分かってるだけマシじゃねェか」
カイドウはフンッと鼻で笑うがモモの助は腹の傷に集中しているようでこちらを見ない。傷痕をカリカリと引っかかれたり、強めに撫でられ押されるとゾワゾワとした感覚が背筋を這い上がっていく。傷痕は敏感なのだ。
「、…っ…本当に、何が目的だ?」
「拙者は…お主を愛さなければここから出れないらしい」
「???」
「だから、お主も拙者と同じくらいの弱さになってほしい」
そうモモの助が言った途端、カイドウの中の何かに鍵を掛けられたような感覚があった。モモの助の手から伝わる体温が殊更生々しく感じてカイドウは歯を食い縛った。己の磨き上げてきた肉体から権利をはく奪されていくような屈辱感に声が出そうだ。
新手の拷問だろうか。そもそも愛するとは?
反応が少し変わったカイドウを見てモモの助は得も言われぬ感覚を覚えた。征服欲と言うのだろうか、今、カイドウに噛みついたら、血が出るのだろうか。しのぶの苦無を素肌で弾いたカイドウに傷が、つくのだろうか。
ポポン あなたが噛まれて血が出る程度の力があれば出ます
ポポン 傷もつくでしょう
「そうか」
モモの助は散々触って、少し汗ばんだカイドウの脇腹に顔を寄せた。父が残した傷の中央に舌を這わす。口を開けて、皮膚に歯を突き立てる。そして、噛んだ。
歯が皮膚を突き破って、温かい血が赤い玉となり、弾けて流れた。
「なっ…く、ぐぅ……痛ぇじゃねェか。テメェの攻撃が通るとはな」
「……拙者も驚きだ」
しょっぱくて鉄臭い。旨くない筈なのに、モモの助は吐き捨てるでもなく口の中で赤を転がした。龍になれるようになったからか、以前よりも肉や生肉が好ましくなった。その影響もあろうとモモの助は思うことにした。
モモの助が口についた血を拭っていると、カイドウがモモの助の下腹部を見ていた。何事かと見やれば服が膨らんでいた。いや、服は膨らまないな。……あ!
「み、見るな!!」
「お前が見せて来たんだろう」
呆れたようなカイドウは、最早笑っていた。慌てて手で下を隠して、モモの助は赤面した顔をそらす。初恋でもしたみたいに頬を赤くさせながら、口元には猟奇的な血の跡をつけた様は下手なコメディーのようにアンバランスだった。
ポポン 愛せますね
「え、いや、これは」
「…」
ポポン その勃起させたものを入れて愛しなさい
ひゅぉぉ…と情けない音を立てて息を吸い込んだしたモモの助は目を見開いた。顔に集まっていた血がどんどん下がっていく。もう真っ青だ。
「あ、あいしあうって、そういうことでござるのか…」
「さっきから何なんだ小僧…おい。事情を話せ。モモの助」
「…え」
不機嫌そうにカイドウは口角を下げた。
「てめェにはそこの壁に何か見えてんだろ?おれには見えねぇからな。お前もおれも、この状況を打破したいって目的は一致してんだろ。話せ、モモの助。事の次第によっては協力しないでもない」
「かくかくしかじかということでござってな」
「……なるほど。夢ならいいじゃねェか。いずれ覚めるだろう。寝ようぜ」
「ね、ねる!?ねるというのは、だ、だだだだくの隠語だと…」
それは壁の文字の言う通りのことをさっさとしろと言うことだろうか!
「え…おぬしは、その、尻の経験があるのか…?」
「ある訳ねェだろう!!時間が経てば外の連中がお前を起こすだろうから待ってりゃ良いって言ってんだ!!」
「ひいい!…そんなに怒るな」