モモイの告白としがらみ
「私たち付き合おっか」
某格ゲーで対戦しているなかで突如言われた言葉。
ミドリとユズ、そしてアリス。その3名が買い出しに行っている間に発せられた心の声、もとい愛の告白。
新顔のアリスを除けば口数の少ないミドリとユズを代表するように普段から太陽のように明るく、そして元気いっぱいに言葉を紡ぐ彼女からは想像がつかないような。……まるで春一番の風が吹いたように耳を駆けたその言葉を心で理解するまでに、時間はかからない。
「……」
私は、何も言わない……否、何も言えないが正しい。
それは何故か?愛を紡いだ彼女が子供で想い人の私が大人だから?……そこまで単純な話だったらどれだけ楽なのだろうか。
「……」
先の言葉が発せられた時から1ラウンドも経っていないが、私も彼女も何も言わない。
女の子は常に夢を見ているお姫様で、恋をしたなら立派な淑女。そんな当たり前の事を知っている私は『大人と子供だから』なんて言葉を口には出せない。
「……」
真夏の太陽を彷彿とさせる彼女はこの時ばかりは静かであった。普段よりめちゃくちゃに動く彼女の操作キャラを見れば内心は痛いほどに分かるが、それでも私は押し黙る。
「……」
この部屋に初めて訪れて1年も経っていないのに、彼女と出会って10年以上の時が過ぎたような感覚に陥ってしまうほどに入れ込んでしまった。紅葉のように頬を染めた彼女を思ってしまえば、やはり声は出ない
「……」
シンシンと雪が積もるような静けさを持ったこの部屋で、太陽に照らされた私はその顔を見て微笑むばかりで……今まで出会った生徒達を考えてしまえばやはり紡ぐ言葉は出てこない。
愛を囁かれたその現場で、桃色の頬を作った彼女以外の子を考えるほどに無粋な私は……何も言えない。
「これでもさ、一世一代の大勝負のつもりなんだよ」
思考が追い付かない私をおいて、彼女は話を続ける。事もなげに言っているつもりだろうが、彼女の声は震えていた。きっと私の内心を見透かしているのだろう
「先生からしたら急な話なんだろうけど、私はずっとこの時を待ってたんだよ。何か月もずっとね。だって先生が悪いんだよ。いつも他の子とイチャイチャしちゃってさ。私のことも考えて欲しいな。この気持ちに気づいていないのは分かってる。でもね、それでも嫉妬はするんだよ」
余計なステップ、遠距離からのジャブ、意図の見えないフェイント、そして当たるはずのない大技を振るキャラクターは、暴走する気持ちを止めて欲しいように思えた、
「先生はこんなこと言われ慣れてるんだろうけどさ、それでも少しは動揺してほしいな。これじゃ私がバカみたいじゃん」
私はモモイの攻撃をただひたすらに捌いていた。不用意な攻撃には反応せず、当たりそうな技は全て避けても、攻撃することは出来なかった
「やっぱり先生は先生だね。生徒からの誘惑に応じず、正面から来たら躱して相手を傷つけないようにする。でもね、時には優しさはヒトを傷つけるんだよ」
ここにきて時間制限の無いルールがあだとなり、普段なら5分もかからない試合が10分は優に超えていた。多分、私がのらりくらりと逃げることを想定していたのだろう。私の気持ちにはっきりと答えてと言わんばかりに時間は過ぎる。
「……先生のしたいことは分かった。じゃあ私はコントローラーは置いておくよ。だってこれじゃ意味ないもん」
彼女はそう言って画面を見て固まる私の膝の上に乗ってきた。
"……大人はね、そう簡単に物事を割り切れるものじゃないんだ"
「それは子供の私とは付き合えないって意味?」
"モモイと付き合ったとしよう。でも、そうすると他の人はどうなる。私は先生として顔つなぎをしてきた。それで惚れられたことも多いんだ"
「私もその一人ってこと?」
"最初はな。でも今は違う。アリスを救い出す君にどうしようもなく惚れてしまったんだ。今は純粋に一人の女性として尽くしたいと考えている"
そう、私は彼女を、モモイのことをどうしようもなく愛してしまっている。でも、だからこそ彼女だけを愛することは出来ない
"でも、モモイと付き合ったら冗談抜きでキヴォトスが崩壊するんだ"
「先生、それって中二病ってやつ?」
"至って本気だ。私はとてもモテるんだよ。例えば、ユウカとノアとミドリ辺りに告白したらすぐに付き合える程度にはね。そんな状態で彼女なんて作ってみたら結果は見えてるだろ"
「先生って将来は女の人に刺されて死にそうだね」
"それか腹上死かな? ってそうじゃなくて、そんな私がモモイと付き合うとモモイの命はどうなる? ゲーム部との関係は? もしかしたらミレニアムにも居られないかもしれない。私は、それがすごく嫌なんだ……"
「そっか…… そうなんだ。私のことを一生懸命に考えてくれてありがとう。でもね、私が憧れた先生はそんなんじゃないんだよね。どんな困難があっても一生懸命にひとつづつ壁を乗り越える。そんな姿に私は惚れたんだよ。正直、今の先生は見てられないよ」
"そりゃ困った。好きな人に幻滅されるくらいならそれこそ死んだ方がマシだ"
好きな女の子にここまで言わせたんだ。ここで逃げれば男が廃るどころの話ではない。そう決意し、コントローラーを握りなおした
"いまからずっと忙しくなる。ここに来る時間がずっと減ると思う"
「じゃあその間に大作でも完成させようかな」
"きっと事件が多発すると思う"
「暇しなくていいじゃん」
"女の子に刺されて死んだらごめんな"
「それは流石に困るからやめて欲しいな……」"
"それくらいの覚悟を決めると言うことだ。……じゃあ倒すね"
さっきまで止まっていたキャラクターは瞬く間にゲージを減らし、私はゲームに勝利した
"モモイ、君とは付き合えない。君と付き合うには障害が多すぎる"
「うん」
"でもいつか、その障害を取り払った時には私と付き合ってくれないか?"
「どうしようかな~ あんまり遅いとその頃には先生を捨てて他の人に乗りかえてるかもしれないよ」
"いや、それは流石に……「だからね先生」
「待ってる。ずっと」
"久しぶり、元気してた?"
「かれこれ半年振りくらいだね。まだ生きてて良かったよ」
"モモイと結婚するまでは死ねないよ。そのために、今日すべてを終わらせた報告をしに来たんだ"
「そっか…… そうだね先生。かれこれ5年くらい…… とても長かったね」
"すまない。だが、それも今日で全部終わりだ。モモイのために私は頑張った"
「やめてよ先生水臭い…… じゃあ先生、とりあえず一戦しようか」
"うん。対戦よろしくお願いします"