モブ→あまねのBSS

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大将

その日、僕の初恋は終わった。






僕には想い人がいた。

菓彩あまねさん。我が校の生徒会長だ。

彼女と初めて出逢ったのは中学に入学した日。爽やかな春の風に黒い髪を靡かせて、凛々しい双眸で校舎を見据えるその姿に、僕は一瞬で心を奪われた。

一年、二年と彼女と同じクラスになることは叶わなかったけれど、僕は諦めなかった。

必死に勉強した。少しでも胸を張れる自分になりたくて。

苦手な運動も頑張った。少しでも頼れる男ってヤツになりたくて。

その努力が実ったのか、僕は二年の終わり頃、生徒会に入ることになった。菓彩あまねさん――会長と一緒に。

彼女は生徒会長で、僕は書紀。出来れば副会長になりたかったところだけど、それでも頑張った方だと思う。

それから、僕は彼女と共に学校生活を送った。なかなか想いを伝える勇気を出せずにいたけれど、いつかこの想いを伝えるんだと決意して。

しかし、その決意が形になる前に、僕は見たくないものを見てしまった。




季節は冬。受験を無事に終えた僕は行きつけのお店で甘味を楽しんでいた。その帰り道、僕の目は遠くを歩く会長の姿を捉えた。

声をかけようと思った僕の脚が止まったのは、会長の隣に男性がいたから。二人はこちらに背を向けていて僕の存在には気付いていない。

会長は隣の男性の手を取ったり、腕を絡めようとしたりして、僕が見たこともない顔で笑っていた。

そして。

二人はやがて、ある建物に入っていった。シックな外観の、とある施設。外には利用料金の看板がある。そこが、ラブホテルであることなんて、縁のない僕でも分かる。

でも認めたくなかった。

認められなかった。

会長が、あの菓彩あまねさんが、男性とラブホテルに入るだなんてあり得ない。

だから、見張ることにした。先の二人がどれくらいここを利用するつもりなのか分からないけれど、ずっとここで見張っていれば出てくる瞬間も見られる筈。

寒空の下なのに、僕の体はやけに熱くて長い――とても長い時間、燻り続けていた。

――そして、ついにその時が来る。

ホテルから出てきた男性には見覚えがあった。確か、品田拓海くんだったと思う。隣のクラスだから名前は間違っているかもしれないけれど、名字は合っている筈。

そして、もちろん女性の方にも見覚えがあった。そもそも、僕が彼女を見間違えるなんてあり得ない。ずっと彼女の隣に並びたくて、ずっと彼女の事を想って、ずっと彼女を見てきたのだから。

二人は楽しそうに話しながら僕のいる場所を通り過ぎる。隠れているから当たり前だけど、会長は僕の事に気付きもしなかった。




それから僕は品田拓海のことを調べることにした。彼がいかに素晴らしい人物なのか分かれば――僕では敵わないと知ることが出来れば、会長を諦められると思ったから。

でもその結果分かったのは品田拓海はとびっきりのクズだってことだった。会長はきっと、アイツに騙されているのだろう。残酷な話になるけれど、会長にはきちんと話さなければならない。

会長を助けられるのは、きっと僕だけだから。




よく晴れた冬の空の下で、僕は会長を待っていた。彼女を呼び出したのはよく開けた公園。話の内容的に他人に聞かれるわけにはいかないからだ。この寒い季節に公園に来る人はほとんどいないし、誰か来てもこの開け具合ならすぐに分かる。下手に入り組んだ場所よりよほど内密な話をするのに向いている場所だ。

待ち合わせ時間のだいぶ前から待っていた僕だけど、それは何の苦でもなかった。会長を助ける為なら僕は何だって出来る。

そんな事を考えていると遠目に人影が見えた。緩くウェーブした黒い髪。間違いない、会長だ。

「すまない、遅れてしまったか」

「いえ、僕が先に来てただけですから」

「そうか。……それにしても、まさか君に呼び出されるとはな」

困ったような嬉しいような。そんな顔で会長は笑う。以前は厳しい顔をしていることが多かった彼女だけれども、今では随分と柔らかい顔も見せてくれるようになった。

だからこそ、僕は品田拓海を許すわけにはいかない。こんな素敵な人を弄ぶなんて。

「今日は会長に大事な話があるんです」

「私はもう会長ではないぞ。今の会長に失礼だろう?」

「ごめんなさい。でも、僕の中で会長は貴女だけなんです」

仕方がないな、と言わんばかりに肩をすくめる会長。

そんな彼女に僕は真っ向から切り出した。

「会長。品田拓海からすぐに離れて下さい」

「……どういう意味だ?」

僕はポケットからスマホを取り出す。そこにはある写真が入っている。本当は見せたくないけれども、会長を救う為には仕方がない。

「これを見て下さい」

僕のスマホを受け取って、会長は操作する。すぐに分かるだろう、品田拓海が浮気していることが。

あの男は会長とホテルに行くような間柄のくせに、他にも何人かの女の子と同じような関係を築いていた。

断定出来る範囲で彼と関係を持っているのは三人。

芙羽ここねさん、華満らんさん、そしてサイドテールの活発そうな少女。この三人は品田拓海とホテルに出入りしているのが分かった。流石に男女がラブホテルに入って何もありません、なんてことは無いだろう。

そして、断定こそ出来ないがやけに距離が近い女の子が後二人。

和実ゆいさんと、儚げな雰囲気の女の子である。この二人は決定的な写真こそ撮れなかったが、やけに品田拓海と近い。和実さんは幼馴染と聞いているけれど、もう一人は違うだろう。

つまり、品田拓海は複数の女の子と関係を持って弄んでいることになる。どうやったのかは分からないけれど口八丁手八丁で丸め込んだのだろう。恐らく会長も同じやり方で。

しばらく僕のスマホを操作していた会長は、やがて僕にスマホを返しながら口を開いた。

「君の言いたいことは分かった。私の為を思ってやったことだろう、というのも」

だが、と会長は続けて。

「端的に言おう。君のやったことは余計なお世話だ。或いはありがた迷惑とも言うか」

…………え?

ありがた迷惑、って会長は何を言って……?

「確かに私達は皆、品田と関係を持っている。だがそれはお互いに理解した上での話だ」

分からない。

会長の言っていることが、何一つ。

「私達は皆納得している。当事者が納得している以上、話はこれで終わりだ。これに文句を言うのは関係ない部外者だけだろう」

関係ない部外者。

その言葉だけが僕の頭をぐるぐる回る。

「確かに傍から見れば歪かもしれない。だが私達が納得しているのだから他人にとやかく言われる筋合いはない」

会長は冷たく言い切った。その瞳はまるで敵を見るようで、気付けば僕の視界はぐらぐらと揺れていた。地震かと思ったけれど、これは僕の脚が震えているからだ。

「で、でも!そんなのおかしいじゃないですか!会長はアイツのことが好きなんでしょう!?」

「好きだから独り占めしたい、等と全員が考えると思うな。私は彼を皆と共有出来る事を嬉しく思っている」

地面が近かった。

僕の膝が崩れ落ちたからだ。

「それに、君が撮った写真だが、どう見ても盗撮だろう。私が被害者であれば情状酌量の余地もあったが、そうでない以上、君のやったことはただの犯罪だ」

僕は滲む視界で会長を見上げた。

……知らない。僕は、こんな顔をする会長を知らない。大切な人が関わると会長はこんな顔をするのか。

「私の為の行動だと信じて、これ以上事を大きくはしない。君も自分の行いを反省して、これで終わりにしよう」

……反省?

僕が?なんで?だって、だって僕は会長の為に。

「僕は!会長が心配だったんだ!だからアイツを調べたのに、何で僕が反省なんか――」

「それが迷惑だと言っている」

二の句が継げない。

言いたいことはたくさんある筈なのに。

「もしも今後、私や品田……他の皆に関わろうとした場合、今度は君を排除しなければならない。それが嫌なら、もう私達に関わらないで貰おう」

それが最後とばかりに会長は僕に背を向ける。

その背中が小さくなっていくのを見て――僕は心の底に湧き上がった思いを叫んでいた。

「アイツの!!品田拓海の何がそんなに良いんですかッ!!」

会長は足を止める。

ゆっくりと振り返ったその顔には、はっきりと分かる程の嫌悪と――失望が浮かんでいた。

「君には関係ないだろう。だが、そうだな」

会長はもうこちらを見ていなかった。そして多分、もう二度と振り返ることはないだろう。

「少なくとも、今の君のように独りよがりではなく、私達を心から思いやってくれる男だよ」

僕はその場を動くことが出来なかった。




それから、僕は一度も彼女と顔を合わせることなく、中学校を卒業した。

彼女達がその後どうなったのかは、勿論分かる筈もない。

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