メタ聖都のありふれた一日
【多眼フェチと手術ゲームバグスター】
眼目亭瞑合は眼鏡ショップのスタッフだ。仰々しく画数の多い名前なので仲間からはもっぱら多眼と呼ばれている。
今日は相棒とも言えるバグスターと遊ぶ日なので、普段は隠している全身の目が映えるファッションを選んで家を出た。
「よ、手術の。デバッグの調子はどうだ?」
『まだ先は長い。特定の条件で切断した部位が壁や天井に移植できてしまう……』
「それは現代アートだな……」
『だがさらに自由度を高めたぞ。お前の感想を聞きたくてうずうずしていたのだ』
「そりゃ楽しみだ」
楽しく話しながら歩いていると向かいから知り合いの放射線科医が歩いてきた。
手術バグスターと目配せし、とりあえず頬に目をくっつけてやったらめちゃくちゃ怒られた。
【フィギュア令嬢】
わたくしはそれなりに名の知れたフィギュア職人。Twitterのフォロワーはもうすぐ六桁に届きそうだし、YouTubeで始めた制作講座も順調。収益化が通ってなかなかの人気ですわ。
けれどわたくし、注文を受けて作るオリジナルフィギュアも大好きだけれど、本命は二次元──そう! この街には割とよくいるバグスターたちですの!
ゲームキャラが実体化した彼らは三次元にして二次元。フィギュアを愛するわたくしが彼らに魅せられるのは当然と言えましょう。もちろん目的はフィギュア制作ですから、彼らが動かずモデルとなってくださればそれでいいのだけど。だってバグスターは寝食を必要としないのでしょう? わたくしさえ時間があればずうっと観察できますのよ!
「今日はドレミファビートのポッピーピポパポさんを狙いますわ!」
意気込んだところに電話が来ました。風都……だったかしら? 他所に住んでいる親戚からのようです。彼女は剥製を愛しているはず。最近は合法の動物じゃ足りなくなっているとか聞きますけど、わたくし関係ありません。独立したなら自己責任ですもの。
わたくしはモデル確保のための道具を持ち、病院へ歩き始めました。
【汗フェチ】
「さあ、今日もいい汗かきますよー!」
爽やかな笑顔を振りまくインストラクター、夏野水男。主に奥様向けのダイエットコースを担当している。
自分じゃ続かないけど夏野くんと一緒なら頑張れるわぁ、と奥様たちは言う。
一連のメニューを終えて休憩時間に入り、夏野はドリンクを配ってからトレーナーの控え室へ入った。
「今日もいい汗がキラキラと輝いている……最高だ……! 極上の汗は良き運動からッ! 強度ではない、ジャンルでもない、元気に体を動かし笑顔になってこそ!」
奥様たちには見せられない興奮した顔。夏野は極度の汗フェチである。聖都にやたらいる変態の中では健全な方だが、彼が営むジムにはあるフィットネスゲームから生まれたバグスターが所属している。能力は運動の強制だ。
「健康に運動強制メニュー、大人気ですよ!」
『それはよかったです。夏野さんの考案するメニューを僕が体にあったフォームで強制させる。良い相性ですね』
バグスターの能力を活かしたメニューですと宣伝しているので問題にはならない。ギリギリ。会員には無料で貸し出しているタオルやウェアが全部グレーで、濡れた部分がよく目立つことに他意などないのだ。
【箱詰めフェチ】
箱は箱だけで完結しない、というのが箱家充平の持論である。中に何を入れるか考えながら組み立てて飾る。全ての調和が美しい箱を作るのだ。
そんな充平の生計はオーダーメイドの箱作りで成り立っている。オルゴールやアクセサリーボックスの依頼が多い。端材で作った小物入れなんかはハンドメイド専門の通販サイトに出している。
仕事で作るのもいいが趣味に走りたい日もある。幸い急ぎの依頼もない。外出ついでにあれをやっていいんじゃないだろうか……そう思った充平は大きな、人が入れそうな箱を背負って外に出た。
工房から数歩進んだところに良さそうな人影が。あれは確か幻夢コーポレーション所属の良性バグスター、名前は……なんだっけ? 剥き出しの足を見るに既にバグスター被害を受けたらしい。
「どうも」
「貴様また来たのか! やめろ! 俺を詰めるな小姫にこっそり回収頼むの大変──あああーッ!」
何か言ってたがラッピングペーパーを敷き詰めた箱に寝かせ、ぬいぐるみで飾り、蓋に綺麗なリボンを巻いたあたりでおとなしくなった。
満足した充平は知り合いとの待ち合わせに間に合うよう駅へ向かった。
【覗き見マニア】
「大漁、大漁! やはりここはいい街だ!」
撮った写真をパソコンに取り込んで確認する。今日は知り合いの変態たちの写真が多い。放射線科医の頬に目をくっつけて殴られる多眼フェチ、ドレミファビートのバグスターを追うご令嬢。不自然なほど真面目くさった顔でウェアを干す汗フェチもいれば目にもとまらぬ早業でリボンを巻く箱詰めフェチもいる。
彼女の趣味は変態の隠し撮り。性癖を露わにするときの情熱的な表情がたまらないのだ。命の危機があれば撮影より救助を優先するが、今日はそういう事件性のある事件はなく、聖都では日常の範疇に収まる騒動ばかりだった。おかげで一日中楽しめた。
「明日は仕事だし早めに寝るか。っと、その前にトレーニング……来週は風都へ遠征。ふふ、予定がいっぱいだな」
変態を撮るには余裕を持って追いつける身体能力、追い続けるスタミナ、何かあれば割って入れる腕力が必要だ。
努力を欠かさず盗撮するあたり、彼女もまた聖都の変態の一人である。