ミョ隊長に破滅までの過程を見届けられたい話
儀式なんです、と彼女は言った。こうすれば「みんな」連れていける。そうしてやっと「私」になれます。不要な「私」も不出来な「私」もいないんです。みんな、必要なんです。
実際結果というものが出ていたので、隊長として彼女の行動を許可するのもやぶさかではなく。だけど、はじめからひび割れていた魂の塗装が剥がれていくのは。あまりに痛々しかったんだ。
退屈極まりない会議が終わって伸びをする。そういえば、と珍しく話を振ってきたのは片角のトナカイだった。
「きみが例のウサギと交際していると聞いたんだけど」
「は?例のって、あの子?なにがどうしてそんな話になってんの?」
「彼女がきみに手料理を振る舞ったり、きみが彼女の部屋から出てくるところを見たって隊員もいるから」
「俺も聞いたぞ〜、ミョ隊長は三月ウサギに骨抜きにされてるってな」
会話に加わったサイも興味深そうに見つめてくる。
R社の傭兵がまともな交際関係を維持できる例はほとんどない。そもそも特異点の漏洩を防ぐために外部との接触はそれなりに制限されている。かといって仲間内での恋愛は、特異点の性質から大抵の場合破綻する。圧縮された時間の中での自分との殺し合いは恋人への情を忘れさせるには十分すぎるし、仮になんとか持ち越せたとしても生きて出てくるのはほぼ確実に愛した彼ないし彼女ではない。言うなれば孵化のたびに関係をリセットされているようなもので、そんな状況では当然いろんな意味で冷める。だからあたしたちの「そういう」関係はワンナイトやセフレがメインで、そうじゃない場合は噂になりやすい。あの子の面倒を見はじめたのも特に隠してはいなかったから、いずれこうやって聞かれるのは冷静に考えれば必然だったというか、むしろ遅すぎた気もする。
でも、ルドルフが聞いたという話は半分間違いだ。
「確かにあの子の部屋には出入りしてるしエッチもするけど、別に付き合ってない。あと骨抜きにもされてないから」
「だろうな。そういう意図を察した時点でお前なら関係を絶つだろうし」
「かといってあのウサギは自分からコトを持ちかけるようには見えないんだけど、もしかしてきみが世話を焼いてるのか?」
「まあ、間違いじゃないかもね。ペットの世話みたいな、要は気まぐれ」
「半年も続いてるなんてずいぶん長い気まぐれだ」
「関係ないでしょ、ほっといて」
「世間話もいいが」
「あいでっ」
ぱしんっと軽い音を立てて紙の束が頭を叩く。
「資料を忘れていくんじゃない」
「いいじゃないの、どうせもう使わないんだから」
「居眠りしかけていた人間の発言とは思えんな。帰ったら目を通しておけ」
「ちぇー」
ババアのお小言に頬をふくらませながら資料を受け取る。こんなつまらないものよりあの子が料理を作ってるところを見ていたい。お腹がくぅと鳴った。残念ながらしばらくは食べられないのに。
「そういえば昼もだいぶ過ぎてるな。食堂でなにか食べていくか?」
「ご一緒します」
「俺も行くか、飯を抜くのはちょっとな」
「あたしパス、用事が……?」
騒がしさの方向に目を向ける。ちょうど話題になっていた食堂、その廊下の前で誰かが言い争っていた。制服の意匠から、ウサギ一匹とトナカイ一匹、対するは複数のウサギたち。ウサギとトナカイの背後ではサイが一匹座りこむ誰かをなだめていて、その誰か、は。
「!」
はっとして駆け出す。呆然とへたりこんでいる彼女の目は、ぐるり、ぎゅるぎゅる、異様な回転を見せはじめていた。
「だからほっときゃいいって話だろ、やり返したきゃ訓練でやれ!」
「そうですよ。私たちも食堂前で騒がれると迷惑です!」
「先輩たちは甘すぎるんだ!こんなキチガイ放っておいたらいつこっちに牙を剥くか!」
「隊長は篭絡されて頼りにならないし、だったら僕たちで先に始末しておいたほうがいいでしょ」
「まあまあそのへんで、っと、大丈夫か?落ち着いたか?」
「……………」
ぎゅるり。光を失った目が、すぐそばで微笑む無精髭のサイを捉える。持ち上げられた腕がその首にかかる前にあたしは二人の間に滑りこみ、彼女に噛みつくように口づけた。
「……ん!?あ、えっ、ミョ隊長さん!?」
「っ、は…!」
何度も、何度も。角度を変えて、深く。流しこんだ唾液を飲みこんだのを確認してから口を離す。瞳孔は相変わらずかっぴらいていたけど、あと一歩で溢れそうだった無機質な殺意はなんとか引いたようだ。
「……あ〜、ありがとね面倒見てくれて。あとはこっちで引き取るから」
「あ、ええと…はい」
戸惑うサイを尻目に彼女を立たせる。電源の切れた人形のようになすがままの手を引いて、荷物────もう一人の彼女の死体を担ぎ上げる。
「た、隊長!なぜ「それ」にそこまで目をかけるんです!?だいたいクローン人間は」
「わかってるってば」
泡を噴きそうな勢いで話すウサギたちに目を向ける。見覚えがない、目に光がある。ああ、この子ら新入りか。しかもあまり孵化の経験がない。
「単純にこの子のほうが強いから。孵化場行きも同期と比べると目に見えて少ないし、はっきり言うと子ウサギのあんた達よりは優先順位が高いの。ほんとは孵化場から死体持ち出すのもよくないけど、結果は出してるし、それに厳密にはもうただの肉だし。なんなら総司令官からも許可もらってるよ、気になるなら聞いてみれば?」
呆れた顔で後を追ってきた司令官にすべてを押しつけて彼女の部屋に向かう。立て付けが悪い寮の扉を強引に開けて、ベッドに座らせ、その下のブルーシートを引っ張り出して部屋全体に敷いていく。敷き終わってから放置していた死体をその上に落とした。汗も一緒にぽとりと落ちる。今回の死体は右側頭部を銃弾で貫かれたらしい。
「どう〜?食べられそ?」
「……………」
闇の中から這い出してきた手があたしを絡めとる。かぷかぷ。首筋を何度か柔らかく食んだかと思うとそれは離れて、小さなキャビネットに向かった。その中から取り出した解体用の包丁は、漆黒の中にあってもよく手入れされているのがわかる。
「終わったら連絡よこして」
頭が上下に揺れたのを見届けてから部屋を出る。扉を閉める直前、包丁を慣れた手つきで滑らせる彼女を廊下の光が鮮やかに照らしていた。
三月ウサギ。最後に殺した「自分」を持ち出して骨の一片すら残さず食らうことから、彼女はいつしかそう呼ばれるようになった。何度繰り返そうと忌避される自分喰らいを好んで行っているように見えるのだから、狂っていると謗られるのも当然で。そして、実際、彼女は壊れている。
すっかり愛液で塗れたそこに指を挿入する。腹側の、ちょっとザラザラした感触のところ。彼女が一番好きな場所。
「っは、は、あ〜…ん〜〜っ……!」
指の腹で擦ったり、押しこんでみたり。声こそ出さないものの、彼女は腰を浮かせて背をそらせる。シーツの海に広がる頭髪が星のようだと思いながらかわいがる。もともと声を出すタチではなかった彼女に、身体で快楽を享受するよう教えこんだのは自分だ。
「あ、あ、あ。あ〜……んぅ…」
「…気持ちいい?」
「……う〜…あー…あー……」
(…まだダメか)
少し肩を落としてもう一度深く舌を差し込む。絡んでくる舌の動きもあたしが指導したもので、少しずつ彼女の中に「あたし」が含まれていく事実に心臓が弾む。だけど、その目にまだ自分の姿は映らない。
最初の孵化を経た時点で壊れかけていた彼女の精神が選んだのは、思い込みによって自我を繋ぎ止めることだった。自分を丁寧に食べつくしていって、そうして最後に残った一人を食べれば、それはつまり「自分」の再統合で。だから自分は自分だと自己暗示をして、そうしなければ壊れてただの暴力装置になってしまうから。でも、それは自分自身を炎にくべて燃えるのと同じ。いずれほかのウサギたちと同じく消えてしまうその火が惜しくて、あたしは薪を足そうと思った。
口づけをしながら乳首を引っかく。くにくにと指で挟んでやると太ももをすり合わせた。やっと人らしい情動的な反応が返ってきて、お腹の上から子宮を押す手にも熱が入る。
(戻れ…戻れ…戻ってきて…)
口を離すと銀糸が垂れて、切れる。あらぬ方向を向いていた視線がきゅる、とそろって、束の間あたしを捉えた。もう少し。胸の先端を舐りながら、また下肢で主張する花芽に手を伸ばした。彼女は、ここを指の腹でこねくり回されるのが殊更に好きなんだ。
「ん、あ…ん〜…っ、あ、あー…んぅっ…!っあ!?」
じゅっと乳首を吸い上げると同時に指で肉芽を押しつぶす。一際甲高い声が上がって彼女の全身に力が入った。指先が濡れる。離してみるとぬるついた糸を引いた。あふれてくる淫液で秘部を弄びながら今度はどう責めようかと考えていると、小さな声で名前を呼ばれる。
「たい、ちょ。みょたいちょー…?」
「!…うん、おはよ」
「いま、は、よるでは…」
「起きたんだからおはようでいいの。よい、しょっ」
「ふやっ…!」
今度も戻ってきてくれた。壊れなくて済んだ。ふわりと頭が軽くなって、彼女に跨る。少しだけ蜜をにじませたそこを指で開いた。
「ね、舐めて」
「…はぁい」
ぺちょりという音とともに舌が触れる。甘い刺激と急所を握られているスリルで背中から震えが上ってくる。熱く息を吐きながら、ベッドの上をさまよう手を捕まえて指を絡ませあった。ぎゅうと握りこまれる感覚に胸の奥がいっぱいになる。
「ん…んんっ…んー…」
「は、あ…ああッ…!んんっ!?ちょっ、舌ひろげなッ、あっ、あぅぅ…!」
長い舌で蜜穴をほじられ、啜られる。奉仕体質なのか彼女はずいぶん舌遣いが上手い。おまけに見ているこっちが恥ずかしくなるほどおいしそうに蜜で喉を潤すんだから、勝手に体温を上げさせられる。いまも嬉しそうに目を細めていた。
「ん、は…きもちよさそーで、うれしぃ、です。つがい、わたしの番、かたわれ…だいじ、わたしの、欠片」
「う、っん。そう、そうだから。あたしはアンタの番。大事な片割れだから。…ずっと、そばにいるから」
「…うん…ミョは、番、私の…私の一部」
ぼうっと言い聞かせるように繰り返される言葉。自己暗示にしたって限界はある。こうして外部に楔がなければ、もう彼女の自我は一週間ともたない。逆に言えば、「自分」を構成するものとして認識する存在が外部にあれば多少の保険にはなる。焚べるものにあたし自身を選んだのは、生理的な快楽は依存性が強くて忘がたいからだ。その証拠にあたしが訪ねてくる度に嬉しそうに頬をほころばせる。それを見るのも、やってくる度に律儀に食事やお菓子を作っているところを観察するのも、それらを一緒に食べるのも。満更では、ない。
だから。だからまだ、こわれないで。いなくならないで。
手を取って、その甲に口づける。赤く染まる頬を撫でた。
「夜はまだこれからでしょ?気張りな、あたしも溜まってるんだから」
「…うん、ミョ」
もっと楔を打たなくちゃ。あたしを忘れないように。自我からあたしを消さないように。傷跡をつけよう。それが、ほんの僅かな延命に過ぎないとしても。