ミホハン(無茶)

ミホハン(無茶)

恋に落ちるかはまた後日?

時系列的には初対面→ミホークがシッケアールに住んでるくらいまで飛ぶ。

シッケアールの内乱が9年前で、それ以降にミホークが住んでるから作中でハンコックは20代前半〜半ばくらいまでを想定しているのでIQEQ共に低いです

「……子どもを?」

「そうじゃ蛇姫や。年頃の娘ならば、ひいては九蛇海賊団の船長なれば、外海で強い男とでも寝て子を授かって来るニョじゃ」


ニョン婆の言った事を笑う。

男嫌いだということを知っているのか。知っているだろう。

路頭に三姉妹で迷い保護したのはニョン婆だろうに。


「男など嫌いよ。誰とも結婚するつもりなどない」


ぷいと横を向く。結婚など出来る筈もないだろう。

この身に隷属の印を押したような男という生き物に、いったい誰が心を許すものか。


「結婚はしなくても良い。男は入れぬ国に元より結婚文化など薄い!」

「……どういう事じゃ」

「アマゾンリリーがどういう国か知っておるニョか。お主自分の治める国の人口がどれくらいなのか存じておるか」


馬鹿にするな。国政を担う身でそれくらい知らないわけが無い。

近年人口は少しずつ減っているようにも思う。

確か自分が九蛇海賊団の船長になった年以降からだ。

誤差の範囲では済まされない出生率の低下……。

思い巡らせてハッとする。


「……まさかとは思うが、近年の人口減少の理由は」

「お主のせいじゃの蛇姫や」

「……何ゆえじゃ!」

「船長が!皇帝が!男と積極的と寝なくて九蛇の船員がどうして子を産むニョじゃ!オマケにお主は出会う男全て石にして回っているそうじゃニョ!?」


確かに考えてみれば襲う海賊船も商船も、乗組員は全員石にしている。

それどころは最近は九蛇の旗を見ただけで乗組員は船を捨ててボートで逃げ出すのだ。

簡単に略奪をする事ができて幸運だと思った。

男に攫われた原因となった容姿にも、余興で無理やり身につけさせられた能力にも感謝くらいはしてやろうかと思ったくらいだ。

その積荷だけ奪って持ち帰り国を養っているつもりだった。

しかし実際は国民の数は年々減っているという。

自分のわがままで国が滅ぶのは一向に構わないが、亡国となった国の皇帝の末路を想像すると身が震えた。


本来アマゾンリリーは海賊国家であり、女しか存在はしない。

人口を増やす為には外海で男と寝るという。

詳しい事はよく解らないが、補給の為に立ち寄った港で船員達は帰ってこない夜もある。

大体港に出てもロクな事はない為、船長室で次の補給航路を考えたりしているのだが。

それでも船長を立てるのが各海賊団の鉄則。

自分が船長になった事によって、船員も男嫌いという自分の顔を立ててあまり男の話はしないし、避けているし、そもそもあまり積極的に男と寝ないのだという。

自分の為に命をかけるほど心酔しきる船員だが、その実 少しずつ国の寿命がすり減っている。

歴代の船長達は略奪ついでに男と寝ていたのだろうか。

ぶるりと身震いする。

ここは凪の帯、熱帯、女ヶ島のアマゾンリリーだというのに。

風も吹かない島でまとわりつくような熱さはあるのに、どうにも震えが止まらなかった。


「……誰でも良いのかニョン婆」

「蛇姫なら選び放題じゃ。その美しさに抗える男は存在せぬ」

「それは、そうよ……」


確かに美しさにかけては自信があるのだ。

運良く略奪から逃げ延びた男によってもたらされた、噂に聞くが姿は見せぬ絶世の美女、などと言われる程に。

強さが美しさの価値観となる島では、当然最強かつ美しいという理由で皇帝に選出されたのだが、外海の価値観でも美しいと知った。

そもそも幼い頃から美しくなければ人攫いにも遭わなかった為にこの容姿を憎んだりもした。

しかし、容姿の美しさがそのまま能力の強さに反映されていると知ってからは、この身を守るためにも美しさを損なう訳にもいかなかった。

その美しさと、男嫌いを公言する事によって国が滅ぶとは考えつきもしなかった。

人口問題はいつの世も為政者の悩みの種である。

自分が居なくては国が成り立たない。しかし自分が居てはいずれゆっくりとこの国は滅びるのか。

頭を抱えた。


「……そなた、こちらへいらっしゃい」

「はい、蛇姫様」


適当に通りかかった女に声をかける。確か船に乗っていた。


「男とは寝たことはあるか?つまり、子を作る事じゃ」

「寝たいとも思いませんが」

「何故じゃ!」

「蛇姫様が居るだけで満足ですし、蛇姫様は男嫌いですし……国民はみな蛇姫様に夢中ですわ」


頬を赤らめてきゃあきゃあと叫ぶ国民は見た事がある。

少し笑っただけで倒れる始末。

一過性のモノだと思っていたが、冷や汗をかいた。

目の前の女すら若干頬を染めてこちらを見ている。


「待っ、て……。それでは、どうしたら国民は増えてくれるのじゃ。どうしたらそなたら積極的に、こう、男と褥を共にしてくれるのじゃ?」

「そうですわね……蛇姫様が御子を授かるとか?」

「ぐッ!?」

「そうすれば皆気兼ねなく子が欲しくなるのでは?あぁ、きっと蛇姫様なら美しい女の子が産まれますね♡でも、無理にとは申し上げませんが、何より蛇姫様の御心のままに」

「……下がりなさい……」

「ほれ見た事か」


ニョン婆が笑う。

不味い。これは早急にどうにかしないと滅亡する。

ふざけている余裕などなく、夜中に部屋ほど広いベッドの上で考え込む。


「選び放題とは言っても……誰にするか……折角なら強い男がいいが……強すぎて支配してくるような男は御免よ」


適当な男は御免被りたい。

そも男の知り合いなど多くはないのだ。

今まで会った男は大体石像だ。

脳裏に先日会った鷹の目の男が浮かぶ。


「……気が、進まぬ……」


正直に言うと怖い。

しかし条件だけならうってつけだろう。

世界最強、後腐れが無さそう、劣情むき出しの目で見てこない。つまり支配欲が無さそう。

他に釣り合う男を脳内でいくら探そうとも見当たらなかった。

女帝だからといって別に血筋で選出された訳でもないのだから、別にどこかの国の王子を選ぶ必要など無い。

大体弱い男は醜いだろう。自分より強い男なら美しいとは思う。


「……ん……あれ?意外と……?悪くは……ないのでは?」


好きでは無いが、必要に迫られれば悪くは無い。

別に一生居るわけでもなし。あのおそろしい眼に一生縛られる訳でもなし。

さっさと一晩寝て国へ帰れば良い。

産まれた子に愛着が湧かずとも、愛情を注ぐ必要も無いし、臣下が面倒を見るだろう。

それで平和が保たれ、国の人口問題も解決するのならば、まぁ長い目で見れば得かもしれない。


「……明日船を出すか」


シッケアール王国跡地。

「寒いッ……」


せっかく訪れたのに、生憎鷹の目は留守だった。

おまけに寒い。船にコートを積んでおいて正解だった。

ジメジメとしているし、嫌な気配しか感じない。

米や農作物が育っていることから、日は当たるのだろう。

しかしこの気温ではアマゾンリリーの稲のような二期作は期待出来ないな、とふと思った。

シッケアール城の中はガランとしていて薄ら寒い。

なるほどひんやりとした古城が似合う男だろう。

曇った空があの男の陽の光を厭う肌を培ったのだろう。

とりあえず、埃っぽい部屋が気に食わない。

分厚いカーテンが弱々しい日光を受け止めているが、空気中に埃が舞っている。

こんな所で夜を明かしたくない。

船員でも引き連れて掃除でもさせようか。ついでに料理人でも連れてこよう。

とにかく冷たい城はどこか昔の記憶を思い出して居心地が悪いのだ。


「……」


「帰ってきたか」


さっぱりして暖かくなった城に戻ってきた鷹の目は、誰かを斬ってきたのか、血の匂いがする。

せっかく香を焚いていたのに台無しだと眉を顰める。

しかし案外早い帰りだ。何日か滞在する羽目になるかと思った。

鷹の目は眉を少し上げて、綺麗になった城にも、勝手に上がり込んで、勝手知ったる我が城のように寛ぎ倒す自分にも動揺はしなかった。


「……なんで、いるんだ?」

「色々あって、わらわが男と寝ないと国が滅ぶ。さっさと風呂に入って夕餉をとれ……あぁ、ワインには手をつけておらぬから安心せよ。元より水のような酒では酔えぬ」


説明するのが面倒だと手を振る。

暖炉に新しい薪を蹴り入れた。

まったくいくら燃やしても冷える。九蛇城に帰って湯浴みをしたい。

やはり水のような酒でも無いよりはマシかと思ったが、別に簒奪しに来たわけでもない。

ただ持ち込んだだけだ。色々と。


「色々と言いたいことと聞きたいことが……ひどく沢山あるが……何故おれなんだ」

「打算じゃ。後腐れが無さそうで強い男を消去法で選んだに過ぎぬ。その理由に愛などなく、一欠片でも愛されるなどと自惚れるな。勘違いもするな。ひたすら光栄に思え」

「……まぁ、話は夕食の席で聴くか」

「先に湯浴みをしてくれぬか?血の匂いが気になる。その血なまぐさい服は出しておけ。ああ、寝間着は元の場所じゃ」

「……ほう、そんな顔と手で、意外に家事が出来るのか」

「……違う。本当に違う。勘違いするでない。不快な臭いが嫌いなだけよ。別に家事など好きではない。人が居ればやらせる。まったく、このわらわが一夜でも滞在する場所が薄暗く湿っているのも相手が清潔な服を着ていないのも耐えられぬ」


話したくは無い。皇帝たる自分が忌まわしい過去のお陰で雑用が出来るなどとは。

迂闊にも喋りすぎたかも知れないと口を噤む。

清潔とは一ゴルもかけずにできる最大の贅沢だ。とりわけ人が居ない時には。

鷹の目が風呂に入っている間に料理を暖め直す。

夜になるまでの間に船員を船に帰らせなければ良かった。

下女のような振る舞いをしようとは思わなかった。

しかし船員にすらこんな姿は見せられない。

いずれ料理も作るのをこっそりと練習しなくてはいけないかもしれない、と、ぼんやり思った。

今頃仲間たちは近隣の島にいるのだろう。

今頃気兼ねなく色んな男と楽しんでいるのだろうか。

自分が男嫌いでなかったらどうなってただろうか、と考える。

まず人攫いに遭わないことが条件である。

そのまま育ったとして皇帝になれただろうか?

一般の船員のように適当に恋が出来ただろうか?

守る秘密もない、強くなる理由もない。

美しく産まれたのは仕方がないが、強くなどなかったらいずれきっと酷い目に会うのは想像に難くない。

やはりどこかで男嫌いになって皇帝くらいにはなるかも知れない。

夕食の席でポツポツと鷹の目に説明をした。

特に別に好意があるという訳では無いという事は念入りに伝える。


「それでは何のために寝るんだ」

「……国のためよ。ひいてはわらわの為。……こう見えて、若い身空で命は惜しくてな」

「例え男が嫌いでも、か。理不尽だな」

「生憎、…………その、理不尽には慣れていてな。色々と諦めた訳ではないが。そなたは不満か?」

「不満は無いが気遣ってるだけだ」

「余計なお世話じゃの……。その優しさに甘さはいずれそなたの命取りとなろう。努努覚えておくがいい」

「お前のようなプライドの高い女が男と寝るなど、自分の為と言いつつも、やはり国や誰かの為に決まっている。故にお前にも言われたくは無い。いずれその思いが枷にならないように気をつけろ」


案外口が減らない男だと思った。

説明のような、言い訳のような、誹りあいのような、褒め合いのような奇妙な会話をするうちに

何となく、思ったよりは冷たい男では無いのかもしれないと少し感じた。

何よりあれほどおそろしいと一時感じたあの目ですら自然と合わせることができたことに驚いた。


「早うベッドに入れ」


折角弱い日光で乾いたシーツだというのに、この気候の夜ではすぐに冷たくなってしまう。

湯浴み後の温まった身体が冷める。

このままでは風邪をひくだろう。

鷹の目を布団に押し込み、少し温かさを感じる程度まで離れて枕に顔を埋めた。

船に揺られて数日、初めての揺れない他人のベッドではあるが、案外簡単に寝れるだろう。


「……おやすみなさい」

「……なんの、つもりだ」


一応寝る前の礼儀として挨拶をしてやったというのに。瞼を下ろした途端に鷹の目が呆気に取られた声を上げて、思わず鷹の目の顔を見た。


「え?いや……寝る所じゃ。一晩男と寝ると子どもが出来るのでは?」

「子どもを作りに来たと言いながら……本当に寝る女がどこにいる……なるほど。至るまでに時間と……日数をかけろと言うことか。だからお前はあんなに生活用品を持ち込んだのだな。事前に手紙か電伝虫でも寄越せば色々と───」

「?いや、待て、わらわ明日帰るが……迎えがくるし」

何を言っているんだこの男は。誰が好き好んで滞在しようものか。一晩だけとは言わなかっただろうか。もしかして言わなかったかも知れない。

しかし少しくらいならいても良いかもしれぬとは頭の片隅で思った。

「まさかとは思うがわかってないのか。寝るということは肌を合わせることだ」

「は!?……こ、こうか……?」


肌を触れるだと。そこまで聞いていない。

仕方がなく、恐る恐る距離を寄せ、腕と腕を合わせた。


「それは、添い寝だ莫迦者。婉曲な言い方で伝わらんか」

「唐突な罵倒は不敬じゃ!……待って。今更なのじゃが……わらわ凄い勘違いしておらぬか」


まさかとは思うが、“寝る”とは多分想像した事の無い行為なのではと今更ながらに思い、冷や汗をかく。


「……それに関しては本当にそうだ。まさか何も知らないで来たのか」

「……ね、寝るとしか!褥を共にするとしか!聞いておらぬ!詳細を聞こうとすると誰も彼もが目を逸らし、口を噤むのじゃ!ならば教えてくれるのか?」


気を利かせた従者が、蛇姫様、寝るとはこれです。と遠慮がちに2匹の蛇を箱に入れて持ってきたが、絡み合っているだけだったのを思い出す。

まさかとは思うが。絡むのか。動物のように。腕や脚を絡ませるのか。

確か蛇が絡み終わったのは一昼夜かかったような。

鷹の目は呆れを通り越して笑うかと思ったが、案外笑わなかった。


「まず、寝間着を脱げ」

「待っ……やだ……まさかはだっ、裸を見るのか……!?それだけは!!」

裸などいくら見られても構わない。前だけならば。

しかし背中の秘密は守らなくてはならない。これでは本末転倒だ。


「……そうだな明かりは消すか」


鷹の目が何かに納得したのか、蝋燭の芯を潰す。

蝋の匂いと共に、寝室に一気に夜の闇が満ちる。

分厚いカーテンは締め切っている為に月の光すら入らない。

好都合だろう。こんな関係に明かりは要らない。

忌まわしい背中も見せなくて済む。何より男という存在を意識しなくて済む。


「はぁ……何をするかは知らぬが、早う終わらせてくれぬか……?もう手足絡ませようと文句は言わぬ」

「女を抱く時にここまでムードの欠片もないのは初めてだな」

「抱くってなんじゃ!?あっ……それが噂に聞く結婚……!?いや、結婚はしないわよ……?大人しく子だけ寄越して?」

「もう黙ってくれ……」


身体に回された腕に抵抗せんとしたら、いつの間にか抵抗する声が物理的に出来なくなっていた。


ここは“偉大なる航路”クライガナ島シッケアール王国跡地。

ひどく寒く、ここは冷たい石の城だというのに、熱が醒めやらない。

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