ミハルの補習授業

ミハルの補習授業




 こんな感覚、知らない。


「はっ、ぁ……あ、んぅっ……♡あっ、うっ、ぅぅっ……♡♡」


 くすぐったさに近いような、体の内側が痺れているような、肌がざわついて下から上へ登ってくるような。理解のできない感触が、初めは少し怖かった。


「大丈夫、怖くないよ。ゆっくりでいいから、少しずつ、受け入れて」


 ミハルが教えてくれた。この感覚は、『快感』や『快楽』と呼ばれるようなもので。今私が感じているのは『気持ち良さ』であるらしい。決して悪いものでは無く、むしろ良いものだと。分からなかったものに名前がついて、恐れる必要がないと教えられて、少しずつ、強張った身体と心が解きほぐされていく。


「ほら……気持ちいい、でしょ?」

「ぅっ、うんっ……♡……は、ぁっ……♡♡」


 服を全て脱ぎ去って、ミハルと向かい合うようにベットの上に腰掛けている。そんな私に対してミハルが、伸ばした人差し指で、私の下腹部の下にある割れ目をくすぐるみたいになぞり上げてくる。時折、その周りに指を沈み込ませたり、揉みほぐしたりしながら、壊れ物を扱うような優しい手つきで触ってくる。

 その度に、あの『気持ちいいの』が身体に溢れてきて、身体がふるふると震えて、上手く喋れなくなる。耐えることも堪えることもできなくて、ただただ翻弄される。

 でも、これは良いものだと教わったから。だんだん、怖くなくなってくる。心と身体が受け入れ始めると、もっと、もっととして欲しいと思うようにもなってくる。


「はぁ、はぁ、みは、る……♡」


 私を『気持ちよく』している方とは反対の手が、私の手と指を絡ませて繋いで──後で知ったけど、恋人繋ぎという名前らしい──ぎゅっと握ってくる。しっかりと縋り付かせてくれてくれる手が、なんだかすごく安心させてくれた。


「ふぅ、ふぅ……♡はっ、ぁっ?♡な、なに……?♡」


 そうやってミハルと手を繋ぎながらされるがままになって、ひたすら『気持ち良く』してもらっていると、不意に、何かそれまでとは違う感覚に襲われた。呼吸が荒くなって、心臓の鼓動が速くなって、身体がどんどん落ち着かなくなるような。こう、何かが……


「ミハ、ル……♡な、なにか、へんなかんじが、きそう……ぅぅっ……♡♡」

「ん、それはね。アズサ先輩の身体が、イきそうになってるの」

「……はぁっ、うっ♡……イき、そうに、なる……?♡」

「そう。身体が気持ちいいのでいっぱいいっぱいになると、その気持ちいいのが弾けて、とっても強い気持ち良さになるの。それを、『絶頂する』とか、『イく』とか、そんな風に呼んだりするの」


 またひとつ、ミハルが教えてくれる。その間にも指は絶えず動いていて、『快楽』がどんどん送り込まれてくる。身体のざわつきがさらに大きくなって、『来そう』な感覚もどんどん強くなる。


「はっ、はっ、ぁっ♡み、みは、みはる、みはるぅっ……♡♡」

「大丈夫、大丈夫。怖くないよ」


 思わず、ミハルの名前を呼びながら、手をきゅっと握り直す。しっかりとした手つきで握り返してくれて、落ち着かない心を、また少し安心させてくれる。


「……はっ、あっ……♡」

「だから……いっぱい、イっちゃえ」


 ほんの少しだけ、今までよりも少しだけ指を押し込まれながら擦りあげられて。その瞬間身体の中が弾けるような、そんな錯覚がして。



「あ──────っっ♡♡」



 高い、悲鳴みたいな声を上げて。身体を大袈裟に跳ねさせながら。私は頭が真っ白になった。





「はっ、はっ、はぁっ、はっ、はぁっ……♡♡」

「ん、ちゃんとイけたね。えらいえらい」


 身体のびくつきは少し弱まったけど、余韻のように、身体の内側に燻るみたいに残った気持ち良さが引かなくて、息を荒げながら必死にミハルに抱きつく。そんな私の頭を抱きよせて、ミハルは優しく宥めるように撫でてくれて。私の呼吸がなだらかになるまで、優しく抱きしめてくれた。


「────落ち着いた?」

「……うん」


 ゆっくりと抱擁が解かれる。少し疲労感を感じて、眠たくもなってくるけれど、不思議と充足感があった。身体がじんわりと暖かくなっていて、それと一緒に、心の中も暖かいものまで満たされているような。

 さっきまでの気持ち良さとはまた違う、優しい心地よさがあって、思わず静かに息を吐いた。


「…………アズサ先輩、ちょっといいですか?」

「え……?あ────」


 何分経ったのか、身体に残る感覚に浸っていた私を静かに見守りながら待っていたミハルが、不意に声をかけてくる。なんだろう、と思っていると、ミハルが私の足をゆっくりと開いて,さっきまで触れられていた、そこに視線を────


「あっ、ま、待って……!?」


 そこを見られることが、なぜだが強烈に恥ずかしかった。顔が一気に熱くなって、心臓も嫌な跳ね方をした。


「みっミハルっ!やだっ、お願い、見ないで……!」

「はい、見ません」


 私が悲鳴混じりに止めた瞬間、ミハルはあっさりとそう言って脚から手を離すと、ベットの上に脱ぎ捨てられていたバスローブをかけて肌を隠してくれた。始める前にお風呂に入ったあと、私が身に纏っていたものだった。


「ごめんなさい、ちょっと意地悪しちゃった。でも今、アズサ先輩は、とっても恥ずかしい、って思ったでしょ」


 ぴっと人差し指を立てて謝りつつ、ミハルが何やら話し始めた。


「その感覚は、とても大事なものだから。それだけは覚えておいてね」

「う、うん……?」


 どうやら、これも『補習授業』のひとつらしい。いまいちピンとこない私に、ミハルが説明を始めた。


「さっき、私に大事なトコロを擦られた時、そしてイっちゃた時。とっても気持ちよくなったと思うけど……気持ちいいことをもっとして欲しい、またして欲しいって、思ったんじゃない?」

「あ…………」

「ふふ、やっぱり。そんな風に思ってくれて嬉しいな。それでね、アズサ先輩がそう感じたのは、人間がみんな持っている感覚なの。えっちなことをしたい、気持ち良くなりたい、気持ちのいいことをして満たされたい、そう思う気持ち。そういう欲求を、『性欲』って言ったりするの」

「せい、よく……」

「そう。でもえっちなことは、今みたいに恥ずかしいって感じることでもある。それは、人によって程度の差が全然違うけど……みんなそれぞれ持っているもの。恥ずかしい、だから遠ざけたい、そんな感覚。恥ずかしい、だから抑える。そういう心の動き。先生が言ってた『性を恥じらう』っていうのは、そういうこと。『理性』、なんて言ったりもするかな?」

「恥じらう……理性……」


 ひとつひとつ、教えてくれる。私が実際に抱いた感情や感覚がなんなのか、それが今のこれを始める前にみんなが話していたことの何にあたるのか、説明をしてくれる。


「人は、その、えっちなことに対しては強い欲求もあるけど、躊躇いや忌避感もある。さっきヒフミたちが反対してたのは、それが理由?」

「そうだね。エッチなことは気持ちのいいことで、もっとしたくなることだけど。恥ずかしいこと、人に見せたくないこと、見せちゃいけないことって意識もある。エッチなことは本当はみだりにしちゃいけないし、明け透けに話すことも、恥ずかしいことって考える人が多いかな」

「コハルがいつも言ってたのは……」

「お姉ちゃんは、えっちなことにとっても強い興味があるけど、それと同じくらい恥ずかしいって思う気持ちも強い人なの。だからいつも、『えっちなのは駄目!』って大袈裟に否定しちゃうってことだね」

「じゃあ、ハナコは……」

「ハナコ先輩はちょっと特殊な例。エッチなことを想像させるような、思い起こささせるような、そういう言葉を言って恥ずかしがったりする人を見て楽しんでるって感じだね。恥ずかしいものだとわかってるけど、恥ずかしさのブレーキを敢えてかけない、みたいなタイプ」


 ひとつひとつ、疑問が解けていく。知りたいことを知っていく。けど、今までの、それまで知らなかったことを知れた喜びとはまた違う、上手く言葉にできない感情があった。


「さて、色々と説明したり答えたりしたけど────それを踏まえた上でアズサ先輩に問題、というより質問です」

「…………あ」


 言いながら、ミハルが私の身体をそっとベッドに横たえて、私の上に覆い被さってきた。


「えっちなことは気持ちいい。でも、えっちなことは恥ずかしい。それを覚えたアズサ先輩に聞きます。……………もう一度、気持ちいい事、シたい?」

「……………っ」


 薄く笑ったミハルに見下ろされる。その顔に、なんだか身体がゾクっとした。


「シたい気持ち……性欲が上回ったんだったら、もう一回。恥ずかしい気持ち……しないという理性が上回ったら、ここでお終い」


 どく、どく、どく、と心臓の鼓動がまた強くなって、早くなって、身体が落ち着かなくなる。これがミハルの言っていたエッチなことに対する欲求なんだ、と頭の片隅のどこか冷静な部分が納得して。それ以外の全部が、ミハルのことで頭がいっぱいになって、それ以外考えられなくなって────


「…………も、」

「も?」


「…………もう一度、して欲しい……」


 身体が熱い。顔が熱い。恥ずかしくてたまらないけれど、それ以上にもう一度、して貰いたくて。ミハルのことを感じたくて、そんな言葉を口にしていた。


「…………わかった。それじゃあ────また、いっぱい、愛してあげるね」





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