マンチェスターにて 〜騎士の慟哭〜

マンチェスターにて 〜騎士の慟哭〜



森を抜ける。

マンチェスターの街に辿り着く。


目にしたのは、


「みんなで助け合おう!一緒に引っ越しだ!」


「やあ〜ん!」


「手脚を怪我したら大変だ!病気になる前に治療しよう!」


「ぬおー!」


妖精たちが、種族の分け隔てなく手を取り合って助け合う姿だった。

ああ、なんて誇らしい。


この國の大半を占めるのは当然ヌオーだ。

だが、この國にはヌオー以外の妖精もまた住んでいる。

ヌオー種に次ぐ妖精は、ヤドランのような、ヌオーではないがヌオーのように生きる種。

そしてその次に、決して多くはなくとも確かに存在するのが───私や姫様のような、そうでない妖精たち。


そうした妖精の大半、即ち私たちのように特異性を持つ者以外は、ヌオーたちが持つおとなしさと穏やかささえ持たず、気まぐれといたずら心を常として生きている。

もし彼らを野放しにしてしまえば、すぐさまヌオーや姫様のような善良な生命に群がり、あまつさえそれに甘んじ、悪妖精として堕落と残虐の中で刹那的に生きてしまっただろう。


だが、環境に助長される悪性というのは、裏返せば、真逆の方向に強制することも可能だ。

故に、モルガン陛下による善政と姫様による教導の下では、彼らの中にもヌオーのような生き方をするものが現れた。

無論、始めはごっこ遊びに興じるような者ばかりだったが、彼らの琴線に触れたのだろうか、善く生きる妖精は次第に増えていった。

───そして、今私が目にしているように、「人助け」をするようにまで成ってくれた。


そうだ。こうして種族の垣根を越えて思いやれる妖精たちが居るからこそ、私はこの國を、この街を護ってこられたのだ。


……それにしても、武装したヌオーの数が少ない。

まさか、ヤドランたちと同じくらいの数になってしまったとは。


「マンチェスターに帰れたのは、たったこれだけだというのか……」


騎士団の勇敢な子たち───その多くが厄災に立ち向かって散ったのだろう。

無論、生きて帰ってくれた者も確かに居るし、その子たちの生存に代わる喜びなどこの場には無い。

だが、もしも、私が今よりも強ければ、より多くの者、即ち生きて帰った者の友をこの街に帰してやれたと思うと……己が、己の無力が憎かった。


それでも、聴こえてくるのは、


「さあ急げ!バーゲストが帰ってきちゃう!」


「やあーん!」


「ぬおー!」


私の帰還に気付かず、あくせくと働く妖精たちの声。

懸命な彼らを前に、感傷に浸る時間など私に有ろうものか。

一刻も早く力になるため、この身に鞭を打って足を運ぼうとする。


しかし、その中の一団から、普段は耳にしない会話が聞こえてきた。


「バーゲストが来る前に、バレないように片付けよう!」


「やあん!」


「急げ急げ!隠している事が知れたら、バーゲストが悲しむぞ!」


怪しい。非常に、怪しい。

雰囲気からすれば、悪しきことではないのだろうが───


「……何を隠しているというのだ」


「ぎくっ。……なにも隠してないよう!」


「はあ……」


この國に生きる者たちは皆、何かを隠すような行為にさえ慣れていない。

いざこうやって問いかけても、態度があからさまで分かり易すぎる。


隠していることについては、一つ見当が付く。

心優しい彼らのことだ。大方、亡くなった者の埋葬場所に困ったのだろう。

今日この日だけで何人もの妖精が亡くなったのかを私が知れば悲しむ、と慮ってくれたに違いない。


しかしながら、この後のことを考えるなら、そうした信頼に甘んじることは出来ない。

彼らは今、汎人類史への移住を控えている。

そのため、マンチェスターの領主である私には、ヌオー以外の者もストーム・ボーダーへ送るに足るのか、その可否を最後まで確かめ続ける責任がある。

故に、彼らの量刑を私の一存で主観的に裁決してはならないのだ。


「こんな状況だが……お前達の明日のためにも、何を隠していたのか確認させてもらうぞ」


他の仕事をヌオーに任せ、怯えながらも私を案内してくれる妖精たち。そして彼らを慰めながら付き添うヤドランたち。

そんな光景とは裏腹に、最悪の想定が私の頭を過ぎる。

ヌオーに匹敵するほど善良なヤドランたちはともかく、他の妖精たちがこの混乱に紛れて略奪や虐殺をしていたとしたら?

……それはまさに、獣や畜生の行いだ。

もし彼らが衝動的に暴力を振るってしまったのなら、その時は心を鬼にしてでも罰しなければならない。


私が信じ護ってきた妖精たちは、所詮そんな生き物だったというだろうのか?

いや、そんなはずが有ろうものか。

そうだとして、これは、理性的な責任に基づく正しい行いだ。


などと、あれこれ考えている内に、問題の部屋の前に辿り着いた。

時間は多くない。早くこの扉を開け───

扉?……この納屋の、扉を?


(開けてはならない。いいや、開けなくては)


葛藤が私を惑わせるが、腕は止まらない。

私の腕を動かしたのは、疲れ故の苛立ちなのか、あの子たちに切ってきた啖呵の数々なのか、あるいは因果や業の類だったのか。


扉を開けた先───納屋の奥。


そこは、


「───え?」


───肉、肉、肉。

───骨、骨、骨。


なんとも■■■そうな■■■の山だった。


───なん、だ───

───なんだ、これは───


「……これを、お前たちが?」


そんな訳ない。

だって、これは。これは───


「ごめんなさい、バーゲスト!ボクらずっと『隠してた』!」


「「「やあ〜ん……」」」


いいんだ。

これを「隠していた」こと自体は、いいんだ。

問題は、誰がこの罪を犯したか、だ。

この惨状を作り出したのが、あなたたちでないのなら───


「他には、何も、やって、ないのか?」


「うん。ボクら、ここに隠してただけだよ」


「でも、隠し事は悪い事だから。悪い事をしたら、ちゃんと謝らないといけないから」


違う、違う。

あなた達が■したのでないのなら。

つみを、おかしたのは。

わたし、だと、いうのか───


刹那、記憶の片隅にかかっていた霧が晴れる。

思い出した。思い出してしまった───

脳内から視界まで埋め尽くしたのは、あの日あの時のヌオーたち。そして、その笑顔。

眩しくて、美しくて、愛おしいそれらに、全ての罪を突きつけられる。


そうだ。私は、こんなにも沢山のヌオーを食べたんだ───


※『機動戦士ガンダム サンダーボルト』のトレスです


力が抜け、へたり込む。


私が我慢できなくなってヌオーを■■てきたことを、そして■した■を、この子たちはずっと隠してきてくれたんだ。

ああ、何故私は欠片でも彼らを疑ってしまったのだろう。

あなたたちに隠させたこと、隠してもらったこの真実、そんなあなたたちを疑ったこと、その全てにおいて───悪いのは、私だ。


だというのに───こんな■しい■■■を前にして、涙も、涎も、止まらない。止まってくれない。


何が騎士か。何が守護者か。何が領主か。護られてきたのは───私ではないか。

もっと多く帰してやりたかったなどと、どの胸を痛めたものか。彼らを殺めてきたのは───私ではないか。

遊びにすぎない、などと、どの口が言えたものか。おままごとに興じていたのは───私ではないか。

どの心で鬼になろうなどと思えたものか。私の心は、今日に至るまで、ずっと───獣そのものではないか。

どのような身で彼らを裁こうとしたものか。獣は、畜生は───私こそではないか。


「やあん!」


「可哀想なバーゲスト!頑張り屋のバーゲスト!」


「やあん!やあん!」


「ボクらみんな知ってるよ!悲しいのに、辛いのに、いっぱい食べて、ボクらを護ってくれた!」


ここにいる皆が私を気遣い、近づいて慰めようとする。

ダメだ。今の私に近づかせてはならない。

後ずさる。すぐ、壁にぶつかった。


ならば、払い除けなければ。

いや、それではいけない。

払い除けようとすれば、きっとその手で掴んで■■てしまう。


だから、両手で、咄嗟に口元を覆う。

両の頬に爪が食い込むまで、力いっぱい押さえてこの衝動を抑える。

そうして覆った口元からは、嗚咽と涎が止めどなく溢れた。


「やん?やあん、やあん!」


「そっか、バーゲスト、頑張ったからお腹空いちゃったんだね!」


妖精、ヤドランの、屈託の無い笑みと慈しみが、私の■■を駆り立てる。

ええ、そうなのです。

私、所詮は獣だったのです。


「でも、今お腹いっぱいになるまで食べたら、ヌオーたちが一人も居なくなっちゃう!」


「やああーん!」


分かって頂けて何よりです。

どうか、私のことなど見限って下さい。

……などと自嘲するように祈ることなど、罪深い私には許されていなかった。


「だけど、食べられないのはもっと可哀想!だからボクたち、ずっと考えてたんだ!」


「やあんやあん!」


「こうなったらどうするか、みんなで約束してたんだ!」


分かっていた、分かっていたとも。

彼らの優しさは既に、ヌオーたちに同じく、心の底からのものだと。

だからこそ、そこから先は、それだけは聴きたくない。いや、聴いてはならない。

私が、私でいられなくなってしまう───


「ねえ、バーゲスト」


おねがい、もう止めて。

耳を塞ぎたくとも、手を口元から離せないの。

どうしよう。どうしましょう。どうすればこの子たちを■■ずに済むの?

……そうだ、舌だ。舌を噛み千切れば───


「ボクらをヌオーの代わりにたべてよ!」

『ぼくたちをたべて』


ああ、その優しさが、愛らしくて、愛おしくて。

もう、おさえ、られ、ない───


───部屋に、血が、肉が、飛び散っていく。

その渦中、順番を待つ妖精の一人が、私に尋ねた。


「ねえ、バーゲスト」

「ボクら、悪い生き物だったけど」

「これで、バーゲストみたいに、立派な妖精になれる?」


いいえ、いいえ。

こんなことをしなくとも、とっくに、私なんかより。

そんな嫉妬混じりの懺悔を振り切るように、その子を鷲掴みにする。


「ねえ、ばーげすと」

「ぼくら、ぬおー、みたいに、いいこと、できたかな」


ああ、あなたたちは、本当に───


「ねえ、ばーげすと」

「ぼくたちは、おいしい?』


なんと、気高い生命か。

そんなあなたたちだから、余すことなく───


責任を取らなければ───決して外の世界に出してはならない

この邪悪な生き物(わたし)を、殺さなくては


ごめんなさい、ごめんなさい。

きしのふりをしてごめんなさい。

おままごとにつきあわせてごめんなさい。

やさしいみんなをうたがってごめんなさい。

みんなのせいにしようとしてごめんなさい。

おなかいっぱいたべてごめんなさい。


どうか、だれか、わたしを、ころして───




……こうして、マンチェスターには黒い檻が現れ、檻の中にご飯を運ぶ黒い犬たちが街を駆け巡るようになりました。


すくいあれ、すくいあれ。


哀しき■■■■■にすくいあれ。


優しき妖精たちにすくいあれ。



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