マイフレンド

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🔓小鳥遊ホシノと空崎ヒナの親愛度が200以上。


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「はぁっ…はぁ……」


小鳥遊ホシノは崩壊したアビドス校の中を息をつきながら歩いていた。

周囲には砂嵐が吹きすさんでいる。見えても2,3メートルが限度の最悪の視界は今回の件の首謀者であるホシノの逃走を助けていた。


新生アビドス対策委員会は敗北した。

考えうる限りの最悪と、考えもしなかった邪悪な形で。


サンモーハナストラが数機破壊、数機は機能停止。隙間から校舎内に廃校連合がいくらかなだれ込み、ゲヘナ風紀委員会とヒナとの戦いが始まってすぐ。

私とハナコは、先陣をきるより尚早く、サンモーハナストラが生徒たちなら乗り越えられるとわかりきっていたかのように、さらりと入り込んできた彼らと対峙していた。


先生と、トリニティの補習授業部と、私のただ一人で外に出た後輩。


先生と彼女の言葉に心が揺らがなかったかといえば嘘になる。

ハナコも同じなようで、あの子達の説得に普段の魔女の仮面がポロポロと崩れ落ちかけていた。


だが。


打ち込まれたミサイルの爆音がすべてを押し流してしまった。


崩れ行く校舎と、逃げ惑う生徒たち、外から押し寄せる生徒たち、必死で叫んでいる先生の声を思い出す。


そこから先は全てが最悪の方向に進んだ。

押し寄せる殺意と混乱の波に、先生たちも私も呑み込まれかけて。

ハナコのその決断を止められなかった。


彼女が胸の間から取り出した小さな袋。

それはハナコが戯れに作成し、私が実験して、ヒナが全力で私を押さえつけて。

そして、封印することを三人で決定した。この法が地に落ちたアビドスにおいても禁制の品。

純度100%の、アビドスシュガー。


それを彼女は狂気と絶望の狭間の表情で、一息に吸い上げた。


ビクンと一瞬、大きく身体を震わせて。

ハナコは全身から凄まじい量のサイダーを噴出した。

アビドスに来て、徐々に変異していった肉体の意図的な暴走。

砂糖交じりの液体は、私たちの周囲を一気に呑み込んで、甘い匂いで包み込んだ。


その後に広がっていたのは、甘い静寂。

恐怖と混乱を強制的に塗りつぶし、なにもかもを有耶無耶にした。

砂糖の耐性が最も高いものだけが…この中で辛うじて正気だった。


ハナコは元より、砂糖の耐性が高かったわけではない。

継続的な摂取と、研究。そして、それに合わせるように変異した肉体。それらによって、適応したように見えていただけだ。

だから、OD(オーバドーズ)の代償は、当然ある。


『逃げて…ください…。』


うつろな声が響く以外静かになった戦場で、変わり果てたハナコが私に言う。

白く染まった肌。奇怪な蛇のようにうねり、身体から複数飛び出したホース。ヘイローはポロポロと破片が落ちだしている。水分を吐き出しつくした身体はいまにも崩れかける寸前のようにカラカラに乾いている。


『なんでこんなことをした』と声をあらげそうになって。彼女の目線が自分を通り過ぎていることに気づいた。

それと同時に、思わず私も振り返って、彼女が見ているものを見た。


砂糖に犯されて、気持ちよさそうに笑わされている、私たちを止めに来た人たちを見た。


『あはは……』


低く、暗く。すべてに絶望した乾いた笑い声が後ろから聞こえて。

ぐしゃりと、ハナコは崩れて、白い塊になって死んだ。





その後のことは、よく覚えていない。

叫んだ気がする。崩れ落ちた気がする。先生と後輩が、笑いながらそれでも必死に何かを言っていた気がする。

ただ、自分の身体から何かがでていった感覚がして。

気づけば、戦場は巨大な砂嵐に呑まれていた。


彼女の最後の言葉に従うように、私は逃げていた。

まだ、まだやるべきことがある。それまでは死ねない。

あの子たちを逃がさなくてはならない。

地下なら砂嵐の影響はないはずだ。入口や出口が塞がっているなら私がどかせばいい。

ミヤコは無事だろうか。

戦争はどうなったのだろうか。負けたことは確かだ。勝者もいないかもしれないが。


ヒナは、どうなったのだろうか。


私のもう一人の友人のことに思い当たって。

僅かに見える景色から、そこがアビドスの校庭であることに気づいた。


「っ…?」


足元の感触がひどくぐしゃりと湿ったものであることに訝しみ、地面に目を細める。


「……。」


赤黒い。血の池と叩きつけられた肉がそこにあることを理解した。


「ヒナ…?」


アビドスでこの状況を作り出せる存在は多くはない。


「ヒナ…!?」


砂嵐の音にかき消されぬように必死で声を張り上げる。ふらふらと校庭だった場所を彷徨う。


「ヒナ…!!」


そんな、嘘だ。あの子はこんな。


ドスッ。

「あ…。」


砂と赤黒い血と煤で汚れたかつては白かったのであろう塊が、ぶつかった。

それには一切の気配が無かった。私がぶつかった事に対しても、呼ぶ声に対しても何も反応しなかった。

片方の足の側に虚空が拡がり、だらだらとあたたかな血だまりができていたが、痛みに呻く声すらなかった。

ただ、目だけを見開いていた。砂嵐が覆い隠してしまったソレを、未だに見つめるように。


「ヒナ…。」


唇を強く噛む。僅かに見える惨状と、こうなってしまったヒナを見ればわかる。

彼女の心は、死んだのだ。

己のかつての居場所を殺しつくし、そして、帰ってこれなかった。


「っっっ……あぁぁ!!!!」


嫌だ。嫌だ。

すべて壊れてしまったのに。すべて壊してしまったのに。あなたまで。

私にあなたが憧れていたことを知った。

けれど、私とあなたはまるで違う。

こんな所に来てほしくはなかったのに。

こんな風に堕ちて欲しくはなかったのに。

だけど、あなたまで置いていかないでくれ。それでも一緒に堕ちてきたのに。あなたまで先にいってしまう。


「食べて!食べてよ!!」


ポケットの中を必死にまさぐって、飴玉を取り出した。

半開きになっているヒナの口に飴玉をぎゅうと押し入れて。

それはポロリと地に落ちた。


「うぅぅぅ…あぁぁぁ……」


記憶を思い出す。

私とヒナで二人きりでの会話はあまり多くなかった気がする。

どちらかといえば私はハナコによく甘えていたし。

ヒナはとても精力的に働いて、アビドスを開けることも多かった。

三人で砂糖を舐めながら、だらだらと今後の方針を固めるのが一番の会話だった。


だから、それは珍しい記憶。

たまたま、私とヒナが二人きりで。

砂糖を取り過ぎたせいか、夜の暗闇がやけに深く恐ろしく思えて。

だから、部屋にも帰らず二人で教室で眠ってしまうことにした時の記憶。


あの時、私たちは素面だったのだろうか。


『ねえ、ホシノ。』


『ん~。なに~ヒナちゃん。』


『あなた、思っていたより強くはないのね。』


『そうだよ~。おじさん、もうガタガタなんだよ~。』


『でも、私よりは間違いなく強いわ。』


『そうかな~?ヒナちゃんここに来てからどんどん強くなってるじゃん。』


『…ねえ。』


ヒナは私の手をとって静かに指を絡めてきた。私はなされるがまま、彼女の穏やかな言葉を待っていた。


『私が耐えられなくなったら、あなたに甘えてもいいかしら。』


『……。』


『私もあなたもハナコも。ここでいつか壊れてしまう。その時に。』

『…それを引き換えに私たちにもっと、甘えて欲しいの。』

『あなたはとても強いけれど…一人では限度があるんだから。』


『…実感がこもってるね。』


『ええ。実体験よ。』


『……うん、わかった。いいよ~。二人を引き入れたのはおじさんだもの。責任はとるよ~。』


『ごめんなさい。身勝手なことをお願いしてしまって。』

『…その約束があれば私、絶対にあなたより先に壊れたくないって思えるの。』

『あなたにこれ以上、重荷を背負わせたりしないわ。』


『……うへ~、おじさんのことは、そんなに気にしないでよ~。』


『そうは行かないのよ、ホシノ。』

『           。』


その先で彼女が続けた言葉は小さくて、薄暗がりの教室では口の形がぼんやりと読み取れるだけだった。


「あああぁぁああぁあああ!!!!」


肺の空気をすべて絶叫と同時に吐き出して。懐に入っていた飴玉をじゃらじゃらと口の中にほおり込んで、すべて噛み砕いた。

口の中一杯に甘さと痛みが広がって、拒否感と絶望を無理矢理塗りつぶす。塗りつぶさないとできない。

銃も、撲殺も彼女を絶対に殺すとは言えない。足の血は既に止まりかかっている。

だから。


『さあ、ホシノちゃん。こうやるの。』


私の後ろから現れたユメ先輩が、ヒナを軽く押し倒した。

抵抗もせず、ぽすりと彼女は地面に倒れ込む。

そして、ユメ先輩は、ヒナの首に手をかけた。


「うるさい!黙っててください!!」


ぎりぎりと両手に力がこもっていく。折れそうなほど細いヒナの喉は私の手の中にすっぽりと入ってしまう。


『笑うな…先輩の顔で笑うな……こんなっ、こんなのちっとも……』


ヒナは抵抗しない。私を見ていない。


「やってやる…やってやる……私が、私がやらなきゃいけないんだから……」


視界がぐずぐずに溶けて、ヒナ以外の景色が消えていく。砂嵐も、瓦礫も、血だまりも私の世界から消えていく。


『そう、ホシノちゃんがやるの。ホシノちゃんのせいだもん。』


私のせいだ。


「ヒナ…ヒナ……ヒナ……」


私が始めたせいで。こちら側に来てしまった子。だからこれ以上地獄を見ることがないように。


『私が終わらせなきゃいけないんだ…』


自分の輪郭がぐずぐずに溶けていく。ユメ先輩なのか、私なのかもうわからない。

ヒナの首にかかった手に力がこもる。ヒナのヘイローが薄れていく。あと少し、あと少し、力込め続けたら、きっと彼女は死ぬ。


『彼女は、私の……』


暗い夜に落ちる教室で、

彼女は私に言ったんだ。



『あなたは私の友達だもの。』



手から、力が抜けた。

最後の一押しができなかった。

ヒナのヘイローは消えていない。


世界が戻ってくる。

吹きすさぶ砂嵐の音。口内の甘ったるさ。立ち込める血の匂い。崩壊した学校。


その中にいる私はひどくちっぽけで。

小さく小さくうずくまり。

ただ、ヒナの傍で震えている。

頬に流れるものは涙ではないのだろう。

約束を果たせなかった私に涙を流す資格などないのだから。

私の頬をつたう甘い液体が、ヒナの顔にぼとぼとと落ちていく。

それは彼女の虚ろな瞳にも落ちて。

つうと一筋だけ顔に線ができるのであった。



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