ポケモンパロ①
この世界では、古来より人と共存している生き物が存在していた。それは、ポケットモンスター。通称ポケモンを仲間にし、育て、戦わせる。そのような人々のことをポケモントレーナーと呼ぶ。
アスティカシアアカデミー。
ラグランジュ地方のL4エリア中央に聳え立つ私立学園だ。創立21年と歴史は浅いが、様々な地方から集まった新進気鋭の若者達が通い、現在最も注目されているポケモントレーナー育成機関だ。
基本的に全寮制であり、クラスも合わせて類別されている。
学園長はデリング・レンブラン。現在のチャンピオンでもある。
ジェターククラス。首席はグエル・ジェターク。四天王ヴィムの息子だ。その男らしさと面倒みの良さから多くの指示を集めている。しかし、先日謎の赤毛のポケモンに求婚している姿が目撃されたという噂があるとかないとか。
ペイルクラス。首席はエラン・ケレス。四天王ニューゲン+3が営むペイルテクノロジーズが擁立するトレーナー。その中性的な容姿から女子生徒の隠れファンは多いが、誰にも心を開かない孤高の人。
グラスレークラス。首席はシャディク・ゼネリ。四天王サリウスの養子。飄々とした振る舞いの色男。ガンダムクラスのミオリネとは腐れ縁という噂がある。
ガンダムクラス。首席はミオリネ・レンブラン。チャンピオン兼学園長デリングの娘にして、唯一の女子生徒首席。その性格から交友関係は少ないが、憧れている生徒は多い。
その他ブリオンクラス、ダイゴウクラスもあるが、ここでは詳細は省かせてもらう。
生徒達はみな、デリングを倒し、新たなチャンピオンとなるため日々研鑽しているのだ。
これは、孤高のポケモントレーナー、エラン・ケレスと、とある1匹のポケモンの物語。
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僕には過去の記憶がない。だから、これは全てペイル社お抱えの博士から聞いた話。
孤児だった僕は、トレーナーとしての才能を見出され、ペイル社に引き取られることになったらしい。そして、この会社が擁立するトレーナーに瓜二つの顔と名前が与えられた。所持しているモンスターボールの中にいるのは、ペイル社によって生み出された人工ポケモン。そう。この姿も、所有品も、他人の物なのだ。影武者に与えられた役目は、エラン・ケレスとしてチャンピオンになること。何故オリジナルが表に出てこないのかなんて知らないし、今更興味も湧かない。粛々と命令に従いながら、自分で生きることも、死ぬことも叶わず、ただ命の灯火が消える日を待つだけ。さらさらと落ちていく砂時計を、まるで自分の人生のようだと思いながら見つめていた。
ポケモンなんて、僕にとっては呪いでしかない。そう思っていたはずだった。彼女に会うまでは───。
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「エラン先輩3対1の不利な条件で勝利したってマジ?」
「流石だよね!顔も綺麗だしいいよねぇ。彼女とかいないのかな?」
「ないない。氷の君は誰にも興味を持たないよ。この前だって、めっちゃ可愛い子からのアプローチ完スルーしてたんだぜ?」
「でもさぁ、これは噂なんだけど──。」
エランは自らの風評にも関心を示さず、生徒の前を足早に通り過ぎて行った。
向かう先はペイル寮。自室の扉を開けば、朝から待ち望んだ彼女との熱い逢瀬が今日も始まる。
早く、君に会いたい。
「とある赤毛のポケモンにだけは、笑顔を見せるんだって。」
彼と彼女の出会いは半年前に遡る。
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ラグランジュ地方の東部に広がるL2エリアから少し外れた秘境の地、スイセイタウン。その周囲を囲んでいる山地に目的地がある。
「ここでいいよ。」
川霧に包まれた渓谷の下に、その洞穴は存在した。この先の調査が、今回与えられた任務だ。
エランは足場の悪い岩場に降りると、自分を乗せていたファラクトをモンスターボールの中に戻した。
何かの巣穴のような狭い入口を潜ると、暗然たる坑道が広がっていた。これでは何も見えない。手持ちのポケモンを呼び、フラッシュを命じると、辺りは照らされて行った。
まだ仄暗いが、目映い光は不快なだけだ。だから、これで申し分ないだろう。エランは周囲を見渡した。長い年月を経て天井へと到達しようとしている石筍が、神秘的な空間を作り出していた。落ち着く場所だが、いつまでも立ち止まっていては仕事が終わらない。足場に気をつけながら、奥へと進んでいく。
鼻を刺す湿った土や苔の独特の匂いが、異世界に迷い込んだような気分を誘発する。
歩を進むにつれて耳障りな虫ポケモンの鳴き声は遠ざかり、聞こえるのは自らの足音と天井から落ちる水の音、何かの羽音のみという静寂の中、耳が捉えたその声が、エランの歩みを止めた。
「くぅーん…………」
なんだろう、この鳴き声は。というより、泣き声?
耳をすませ、声の方向に視線を向ける。どうやら狭洞の奥に誰かが隠れているようだ。迷い子であれば、迅速に救助しなくてはいけない。勿論敵意を持った野生のポケモンという可能性は高いだろう。カバンの中のモンスターボールに片手で触れながら、声の持ち主に声をかけた。
「そこに誰かいるの?」
「きゅー!?」
声をかけると、頓狂な声が返ってきた。十中八九間違いない。この子はポケモンだ。警戒しながら中を覗き込むと、涙を滲ませながら怯える大きな瞳と視線が絡んだ。暗闇でよく見えないが、輪郭はまるで人間の少女のようだ。それ以上は音も出さずに、まるで静止画のようになっている互いを観察する。
ぐぅーーー
しばらく見つめあっていると、空腹を訴える気の抜けるような音が洞窟内に響き渡った。
「お腹空いてるの?」
「きゅう…。」
ポケモンは恥ずかしそうに目を覆い隠した。言葉は分からないが、肯定と捉える。肩から下げたカバンの中からオボンのみを取り出し、穴の中に腕を伸ばした。すると、攻撃されると勘違いしたのか、ポケモンは慌てて顔を隠してしまった。随分と臆病な性格のようだ。しかし、それ以上人間が近づいてこないことに疑問を覚えたのか、再び恐る恐ると顔を覗かせた。
「きゅー!きゅー!……くぅーん?」
目の前に置かれているご馳走を見つけると、嬉しそうな声をあげて身を乗り出しかけたが、踏みとどまってしまった。人間の存在を思い出したようだ。此方を見上げた瞳は、食べていいのかという期待で光り輝いていた。なんて分かりやすい子なのだろう。いつのまにかエランの警戒心は緩んでしまっていた。
「どうぞ。」
「!」
ポケモンは、エランの短い一言に嬉しそうに目を見開くと、奥から姿を見せて座り込み、食べ物に齧り付いた。
「……ハロ。」
『全世界ノデータト照合中、照合中。
───該当データハアリマセン』
エランの呼びかけに、スマホハロ──インターフェースポケモン・ハロを取り込んだ多機能ガジェットが無機質な声で応答した。
相手が人間であれば、そもそも図鑑機能は反応しない。つまり、他の地方の図鑑にも登録されていない未確認ポケモンだということだ。どういうことだ、この子は一体──。
その赤毛の獣を、じっくりと観察する。白いワンピースのような衣服を身にまとっている。身長は、エランの腰よりも上だ。浅黒い肌でも目立つ紅潮した頬は人間の少女にしか見えない。しかし、ハロに確認せずとも、毛に覆われた側頭部から生える耳、ブンブンと素早く振り続けている尻尾が、人外であることを如実に現していた。余程空腹だったのか、大粒の涙を流しながら頬張り飲み込む姿に、エランの中で何かが芽生えようとしていた。
再びカバンの中からある物を取り出せば、赤毛のポケモンは首を傾げた。くんくんと鼻を動かすと食欲をそそる匂いを嗅ぎ取ったようで、瞳を輝かせた。それは、紙で包まれたサンドイッチだった。エランが遭難時の為に用意していた非常食だったが、逡巡せずポケモンの前に差し出した。
「お腹空いてるんでしょ。」
しかし、赤毛のポケモンはサンドイッチを見つめたまま動かない。見た目が好みではなかったのだろうか。口の端からは涎が垂れているようだが、何度促しても首を振るばかりだ。分かりやすい子だと思ったが、今回は意を汲んであげることができない。だが、しばらく見つめているうちに、1つの可能性が浮かんだ。エランはサンドイッチを拾い半分に分割すると、少し大きめの方を元の位置に戻し、もう片方を自分の口元に近づけた。不思議そうに顔を上げた赤毛のポケモンの瞳を、無表情のまま見つめ返す。
「僕はエラン・ケレス。一緒に食べよう。」
隣に座り、指についたケチャップを幸せそうに舐め取っている。エランへの恐怖心など、とっくに消え失せているのは一目瞭然だ。エラン自身もこの時間に安らぎを覚えていたが、今は仕事中であることを思い出した。
ハロで現在時刻を確認する。どうやら長居しすぎたようだ。洞窟内の調査を続けるため、立ち上がろうとするが何故か腰が少し重たい。振り返ると、赤毛のポケモンがハーフパンツが掴んでいた。そして、寂しさを訴える潤んだ瞳で此方を見上げている。
「どうしたの?」
「くぅーん」
下穿きが露出しているので衣服を整えたいのだが、手を離してはくれない。何となく意図は読めたので、ここは一つ提案をしてみよう。
「よければ、一緒に行く?」
「きゅー!?きゅー!きゅー!」
ポケモン。人間に使役され自由を奪われた哀れな奴隷。それと同時に、自分を縛り付ける呪いの種族。だからエランは手持ちのポケモンにも心を開かない。
しかし、闇の中で1人寂しさに耐えながら涙を流す姿が、孤独な自分と重なって見えたのだ。
赤毛のポケモンは繋がれた手をじっと見つめていた。掌から伝わる熱が、心までも温めてくれる。
何故彼が自分なんかに親切にしてくれたのか、理由が知りたかった。もっと彼のことを知りたかった。そして何より、寂しかった。傍にいてくれた家族もいなくなってしまった。もう孤独には耐えられないのだ。だから彼に着いていく。大好きなお母さんの言いつけも忘れて。
「エア………。」
白きゴーレムのような風貌の生き物が、奥へと進んでいく2人を、影からそっと見守っていた。
エランの腕の中で、赤毛のポケモンは熟睡していた。起こさないようにそっと寝台に下ろし、布団を掛けてやる。
出口までのつもりだったが、何故かエランの自室にまで着いてきてしまったのだ。結局、他の生命体は確認できなかったので問題はないのだが。今頃何処かで迷い子の家族が捜索中かもしれない。大切な人に会えないのは、とても辛いだろう。しかし、理由は分からないが、あの洞窟の中がこの子を閉じ込める牢獄のように見えたのだ。だから、拒むことができなかった。家族と再会できるその日まで、ここで暮らすといいよ。博士に報告はさせてもらうけどね。
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背もたれのない丸椅子に腰掛け、部屋の主を待つ。腕の中に抱える赤毛のポケモンは、見慣れない空間に連れてこられたせいで不安そうに落ち着きなく周囲を見回している。声をかける度に何が嬉しいのか満面の笑みで応えてくれるが、当然会話が広がるわけもない。勿論言葉が分からないせいだが、エランは元々寡黙なのだ。手持ち無沙汰になり、ポケモンを真似てもう見飽きてしまった空間の観察を始めた。
白い壁の部屋に、様々な検査機器や試薬類が並んでいる。窓一つ設置されていないのは、非人道的な実験を部外者に見せるわけにはいかないからだろう。当然、来客用のインテリアなど用意されているわけがない。
ここは、ベルメリア研究所。ペイル・テクノロジーズに属するポケモン研究機関だ。
薬品同士の混ざり合うこの匂いが、エランは嫌いだった。不快感をかき消したかったのだろう。無意識に鼻先を赤毛に埋めていた。自分と同じ洗髪剤の香りがする。それもそのはずだ。野生の獣に相応しい匂いを放っていたので、朝目覚めたボケモンの身体を丁寧に洗ってあげたのだ。何やら恥ずかしそうに赤らんだ顔で切なそうな鳴き声をあげていたが、装置の使い方を知らない彼女1人に任せる訳にはいかなかった。そのお陰で雌だという情報も得られたのだから無駄な行為ではなかった。人間に近い姿をしていても所詮はポケモン。なおかつエランは小児性愛者でもなければ、元々そういった欲も目立たない。疚しいことなど一切なかった。
エランはまだ気づいていない。赤毛のポケモンの年齢を人間に換算すると、同世代の少女であることを。恋する相手と密着し、心臓が破裂しそうになっている乙女心を。彼女はとっくに、身体を弄りまわしてきた彼に操を捧げたつもりでいることを。
「それで?突然訪問してきた理由とその子について、話してくれるのかしら。」
「きゅ!?」
いつの間にやら隣の椅子に座っていた白衣の中年女性が声をかけてきた。突然現れた見知らぬ人間に怯えたポケモンは、エランの胸に顔を埋めた後、恐る恐る振り返って声をかけてきた人物の姿を確認した。疲れが滲み出ているじっとりとした瞳が、赤毛のポケモンを見つめていた。
彼女の名は、ベルメリア・ウィンストン。通称ベルメリア博士。『人工ポケモン』を中心に研究しているペイル社お抱えの研究者だ。
「あんたならこの子のことを知ってるんじゃないかと思って。」
図鑑に登録されていないのであれば、まだ世間に存在を公開されていない人工ポケモンの可能性を疑った。エランの言葉で、この少女が人間ではないことに気づいたようだ。未知のポケモンを見つめるベルメリアの瞳が揺れたことをエランは見逃さなかった。常識人然としている彼女だが、所詮は新しい知識に貪欲な研究者なのだ。エランは別にこの女性を信用しているわけではない。しかし頼みの綱など他にないのだ。
「分からないわ。だけど、調べてみる価値はあるわね。1度だけ血液を採取させてもらえないかしら。」
「きゅー!?」
ベルメリアは目の前の机に置かれたボックスから、真空採血管、注射針…その他必要な物品を取り出した。
それを見て今から痛いことをされると感じ取った赤毛のポケモンが、エランの腕の中で逃れようと暴れはじめた。
「……貴方、その子を押さえていてちょうだい。」
「……ねぇ、君。」
エランに呼ばれ、赤毛のポケモンは涙目のまま顔を上げた。
「僕は君のこと何も知らない。今だって、名前で呼んであげることもできないんだ。一瞬とはいえ、針で刺されるのは、痛みが伴うだろう。でも、もっと君のことを教えてほしいんだ。……駄目かな。」
「きゅっ………。」
最早髪の色と区別がつかない程に全身が赤く染まり、硬直してしまった。無感情と認識していた彼が無自覚とはいえ乙女の心を鷲掴みにしてしまったことに若干驚きながらも、今が好機と捉えたベルメリアが、素早く穿刺を終えた。
「結果は後で貴方のハロに送るわ。」
「頼むよ。なら僕達はこれで失礼するから。」
「……待って、4号。」
「なに?」
「貴方、嬉しいの?」
「……あんたには関係ないだろ。」
赤毛のポケモンに向けた穏やかな視線とは打って変わって、冷ややかな目つきでベルメリアを睨んだ。随分と嫌われているが、彼の境遇を思えば仕方ない。ベルメリアは溜息をつき、少女を抱えて去っていく背中を見送った。
4号。それがエラン……いや、エラン・ケレスの影武者である彼に与えられたコードネームだ。
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「!なんなの、これは………。先輩、貴方はいったい何を考えてるんですか?」
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『ベルメリア博士カラメール一件受診。図鑑データガ更新サレマシタ』
ベッドの上で、入浴を済ませたポケモンの豊かな髪を梳かしていると、ハロがメールの到着を知らせてきた。ポケモンの腰に回した腕はそのままに、一旦ブラシを置いて片手でハロを操作する。
『一致するデータが見つかったから、貴方の図鑑に登録しておいたわよ。
No.LP041
スレッタヌ
分類 すいせいポケモン
タイプ ノーマル
高さ 1.3m
重さ ひみつ
特性 ひとだすけ
人見知り するが トレーナーに よく懐く。
狸の ように 見えるが 実は スイセイタウンから きた 犬の ポケモン』
「君の名前は、スレッタヌで合ってる?」
ポケモンは、合っているが違う、と首をぶんぶん振って、懸命に話し始めた。
「きゅ、……す、すぇった……!」
「なら、今からスレッタと呼ばせてもらうよ。」
「きゅー!」
好きな人に初めて名前を呼んでもらえたスレッタは、こんなに嬉しい気持ちは久しぶりだと笑顔を抑えきれない。
やはり分かりやすい子だと、湯に浸かっている時よりも心が温まっていくのを感じたエランだったが、メールにはまだ続きがあることに気づいた。
『これだけは守ってちょうだい。絶対にスレッタヌを貴方の部屋の中から出さないで。他の人間に見せてはいけないの。どうしても外に連れ出してあげたいのなら、正式に貴方のポケモンにして、モンスターボールに入れた状態で移動しなさい。きっと、貴方とスレッタヌにはこの先も試練が待ち構えているわ。いっそのこと、その子のことは手放してしまった方が貴方も楽になるかもしれないわね。』
彼女をモンスターボールに閉じ込める?そんなのお断りだ。この子の帰るべき場所はここではない。だがしばらくは部屋の中から出さない方がいいのは確かだ。この子は色々と危なっかしいところがある。せめて彼女によく似ているであろう家族をこの目で見つけるまではこの箱庭で守り続けよう。
そんなエランの決意も虚しく、翌日登校して目の前からいなくなってしまった彼を探すため部屋から脱走したスレッタが、学園内を彷徨い歩き、色々な人間との出会いを果たしたのはまた別のお話。